JK、明治神宮にて。
二〇一九年七月二三日。午後一時三〇分。東京都、原宿駅前。
わたしと祐佳はこれから明治神宮を参拝するため、原宿にきていた。前日歩いた渋谷もそうだったが人が多い。今立っているような駅前の交差点は特に多い。はぐれたら困るので、わたしは祐佳の手を握った。そのことに気がついた祐佳が、その手を前後に揺さぶる。
「楽しみだね」と祐佳がいった。
「そうね。そういえば、京都にもいつか行きたいといっていたけど、神社とか好きだったの?」
わたしは訊いた。祐佳は「うん」と頷くと、空いているもう一方の手で、肩から提げてるポシェットから、手帳のようなものを取り出した。狐の刺繍が施された、青い表紙。表面は透明なビニールカバーで保護されている。
「手帳?」
「御朱印帳だよ」
御朱印。たしか神社とかで貰えるやつだっけ?
「なんか……渋いね」わたしがいった。
「ふっふっふ。でも最近は若い人たちにも人気らしいよ」
へー、とわたしは相槌を打った。くわしくは知らないけれど、たしかに少し流行っているようなのを耳にした覚えがある。まさかこんな近くに愛好家がいたとは思いもよらなかったけれど。
信号が青に変わった。停止していた人混みが動き出す。わたしたちもその流れのまま横断する。目の前はすぐに明治神宮の入り口だった。
大きな樹木が目に飛び込む。その森の入り口には巨大な鳥居。後ろはビルが立ち並ぶ大都会なだけにギャップがすごいなとわたしは思った。
周囲の観光客は、立ち止まって写真を撮る人、お辞儀をしてから潜る人、そのまま歩いて行く人や帰る人で賑わっていた。わたしたちはとりあえず立ち止まった。
「大きいね」祐佳がいう。
「そうだね。とりあえず進もうか。鳥居を潜る時はお辞儀するのかな?」
とりあえず他の参拝客を見習って同じ所作で鳥居をくぐることにする。鳥居の前に立つと、繋いでいた手を離して両手を合わせる。軽くお辞儀をして他の参拝客の迷惑にならないように早足でくぐり抜けた。まあ迷惑にならないように、というか少し恥ずかしかったからだけど。
「お邪魔しますー」祐佳はいうと、顔を上げてわたしに駆け寄った。
すぐにまた手を絡めてくる。もう迷うほど人が多いわけではないのだけれど。
「すごいね、ここ。まるで都会のオアシスだね」
「そうね。田舎だと珍しくもない景色だけど、この辺りだと貴重よね」
わたしは頷いた。幅のある広い道を祐佳と二人で歩く。舗装された道の間は砂利道となっている。その砂利道を挟むように右側は参拝を終えた人達が帰路についていた。日本人の観光客もいるようだが、外国人の観光客も多そうだった。まあわたしが外国から来ても行きたい場所のトップになるだろうから当然か。
「写真撮ろうか」祐佳がいう。
「自然の? 地元に帰れば珍しくもないでしょ」
わたしは周囲で写真を撮っている観光客を観ながらいった。
「ここで、撮るからいいんだよ」
祐佳が笑いながらいう。
「それじゃ、1枚だけね。どうせもうすぐいっぱい撮るんだから」
はーい、と祐佳が頷くと、わたしの横に立ってスマホを向けた。ああ、こういうのか。てっきり景色だけ撮るのかと思ってた。ピピッと電子音が鳴る。1組の観光客が、そんな私達を横目に追い越して行く。
「いいねー」祐佳はスマホを操作すると、撮れたばかり写真を確認した。
「ほら、それじゃ進むわよ」
わたしは肩をすくめると、祐佳の手を引いた。
十分ほど歩くとまた大きな鳥居があった。それと手を清める手水舎が横にある。どうやら本殿まですぐ近くまで来れたみたいだ。
手水舎には水場とひしゃくが置いてある。わたしはそのひしゃくを手に取ると、水をすくった。その水で両手を濡らして清める。そして余った水を片手に注ぐと、それで口を清めた。参拝の作法を終えたわたしは手水舎から離れると、リュックから取り出したハンカチで濡れた手を拭いた。
「使う?」わたしは祐佳に訊いた。
「ありがとー」
そういうと祐佳は両手と唇を軽く拭いた。拭き終わったハンカチをわたしに返すと、鳥居の方に歩いて行った。どうやら待ちきれないらしい。わたしは返されたハンカチをたたむと、ほのかに甘い香りが漂った。わたしは何気なくハンカチを鼻に近づけた。
(ハンドクリーム変えたのかな? なんか……いい匂いがする)
そういえば、ずっと手を握っていたからそこからも同じ匂いがするのかも。ためしに嗅いで……
「あかねー? 何してるのー?」
「なんでもない!」
祐佳がわたしを呼ぶ声と同時に、ハンカチをズボンのポケットに放り込んだ。急造の笑顔で装うと、祐佳の後を急いで追った。
拝殿に設置されたお賽銭箱の前には列ができていた。しかも横に複数、六列くらい。みんなお金を投げ入れると、両手を合わせてお祈りをしていた。行列に並ぶのはあまり好きじゃないのだけれど、せっかく来たので二人で並ぶことにした。
「何をお願いするの?」
祐佳がわたしに訊いた。わたしは顎を撫でた。うーん、健康祈願? 来年は大学受験だから勉学? それとも祐佳と今後もずっと入られますように……とか?
「うーん、健康祈願とか? あんま思いつかない。祐佳は何かあるの? 億万長者とか?」
「お金もいいけど、わたしはね、あかねとまたどっか旅行に行けますように、かな」
祐佳が笑顔でいった。
「まあ、夏休みはまだあるし、9月にまた連休あるだろうし……」
「なるほど、楽しみだねー」
わたしは喜ぶ祐佳を横目に、火照った顔がバレないように正面を向いていた。祐佳は昔からストレートな性格だから困る。まったく……生意気な……。
わたしたちの順番になった。お財布から取り出した五円玉を賽銭箱に放り投げると、両手を合わせてお祈りした。そうだな、旅行安全と……祐佳の安全と、あとは祐佳が受験に落ちないように、それと風邪とか病気にならないように、あとは……。
「………………」
「──はっ!」隣で祐佳がわたしの横顔を見ていた。
「あまり思いつかないとかいって。めっちゃお願い事してたでしょ」
祐佳がにやにやと笑っていた。
わたしは口を尖らせて強がって見せたが、誤魔化せる自信はまったくなかった。
参拝を終えたわたしたちは、お守りやお札が売っているお店を訪れた。
「この旅行安全と心身健全をいただけますか? あ、あと学業も」
わたしは巫女さんにいった。するとサイズやカラーについて訊かれた。いくつか色違い、形違いがあるらしい。身に付けるので小さい方を。色は気に入った色を選んだ。
「あかねは、ぜったいにわたしより信心深いよね」
「……そうかな」
たしかに三つは買いすぎか? いやいや、せっかく北海道から旅行に来てるんだし買うでしょ。
「お祈りとか超長いし」
「それがいいたいだけでしょ」
これはしばらくいわれそうだ。わたしは巫女さんからお守りを受け取るとお店から離れた。
「祐佳は何も買わないの?」
「うん。代わりにわたしはそこの屋台でお好み焼きが食べたいです」
お店のすぐそばでは屋台がでていた。お好み焼き、フライドポテト、フランクフルト、屋台の常連だ。
「どこでも買えるじゃん……、それにお昼もちゃんと食べたし……」
「ここのお好み焼きが食べたいのー!」
ダメだ。こうなると、この子は絶対食べる。仕方ないから半分は私が貰うか。夕飯が食べられなくなると困るし。
「あ、でもその前に御朱印もらってくるよ」
祐佳は御朱印帳を取り出した。ああ、そういえば来るとき言ってたっけ。
「御朱印ってどこでもらえるの?」
「このお店のすぐ隣でもらえるみたい」
祐佳はお店の横に伸びている列を指差した。わたしたちはその最後尾に並んだ。私は列に並んだ人たちを見ていた。帽子をかぶった大学生くらいの男性。三人組の女子グループ。外国人観光客。
「意外と若い人もいるね」
「そうだよ。あかねもやってみる? 一緒に集めようよ」
うーん。御朱印をよくわかっていないんだけど、スタンプラリーみたいなもの? ……祐佳と一緒に日本の神社仏閣を巡るのは悪くないかも。京都にも今度遊びに行きたいと思ってるし、そうしたら祐佳と二人で……、さらには二人で日本中……。
「ま、まあ文化を学ぶにはちょうどいいかもね」
「やったあ。やっぱり、あかねはわたしより信心深いよね。きっと二、三年後にはわたしより詳しくなってるよ」
じゃあ御朱印帳を買おう、と祐佳がいった。それから今回の旅行で訪れたい他の神社の話を始めた。わたしは相槌を打ちながら、頭の中では別のことを考えていた。
二、三年後。今が高校二年生の夏だから、卒業後。わたしたちは互いに進路について真面目に話し合ったことは一度もない。だから祐佳がどこに進学、または就職するつもりなのかわたしは知らない。祐佳もわたしの進路希望を知らないはずだ。
それでも祐佳は卒業後もわたしと一緒にいるということを当たり前のように考えているのだろうか。御朱印をもらう祐佳の背中をぼんやりと眺めながら、わたしは拝殿でお祈りしたことを思い出していた。
「……もう少し、課金してこようかな」
拝殿の方角を向いてわたしはそっと呟いた。