「分岐点」
「終わりましたね」
暗殺部隊の暗殺者たちは全員消し飛び、この世から消え去った。肉片や血は、土や泥が飲み込んだ。
「さて、この人たちには生き返っていただきましょう」
最高神は先ほどの女性を蘇生した時のように死んだ兵士や女性騎士、魔導兵士、そして王女を生き返らせた。今度は転がっている死体に触れずに指を死体にさすだけで蘇生していく。
女性騎士は最高神を無視して、すぐに立ち上がり馬車の中に入る。
やがて各々息を吹き返し、立ち上がっていった。さっきと全く違う雰囲気に戸惑う人たちそして作業中の最高神に話しかける。
「あ、あなたは?」
一人の男性兵士が話しかけてくる。
「私?」
最高神はあたりを見まわし右手の人差し指で自分を指した。
「はい、あなたは何者ですか?」
「私はですね。・・・私は・・・・えっと」
「?」
兵士たちがこちらを見る。
(しまった名前決めてないな)
「えー私の名前はえっと、セウス・・・です」
「セウス様ですね」
「あ、いや、その、まいいや、それで」
訂正するのを諦めた最高神。名前を決めていなかったことに戸惑ってしまったが、別に元々名前は無かったので適当に決めたのだ。そもそも、名前は重要ではない。
名乗ったと同時に馬車の中から女性騎士と王女が出てきた。
「蘇生魔法を使うとはどこの最高位魔導士様かは存じませんが、我々お救い下さり誠にありがとうございます」
地にひれ伏す兵士たちをよそ眼に本命らしき人物の方に目を移す。馬車から降りてきたこの国の王女。
「セウス様、我々をお救い下さり誠にありがとうございます。私はレーゼ王国王女、レーゼ・ミフィーナ・フィーレと申します。そしてこちらは・・」
「ミフィーナ王女の護衛を仰せつかっている、シレナ・ミザブルと申します」
ミフィーナとシレナがそれぞれ自己紹介をする。
「王女ですか、この度は災難でしたね~」
「全くです。まさか暗殺されるとは思いませんでした。ところで、あの者達はもうここにはいなのですか?」
あたりを見回すミフィーナ。
「はい、全員死にました」
「・・・え?全員ですか?」
驚くミフィーナとシレナ。
「それでは、私はここより南東の港に用があるのでそれでは失礼します」
「あっお待ちください!セウス様」
「我々を救ってくれたお礼をまだ何もしていません。お手数ですが王都に赴いて、なにかお礼を・・」
「あ、いらないです」
最高神は笑顔で答えた。
「え、えっとそれでは食事はいかがでしょうか?」
どうにかお礼をしたい王女を読み取った最高神は諦めて礼をもらうことにした。
「まぁいいでしょう、それ位ならいただきましょう」
「王都に行く時間が惜しいというのであれば、城塞都市コルンにおいでください」
「わかりました。行きましょう」
「は、はい!」
急に決めたセウスに対して慌てて王女が返事をする。
シレナはその光景に乾いた笑みを浮かべている。
最高神はシレナよりも10cm以上背が低いし、体も非力にも見える。
死体どころか血の一滴も辺りにないため本当にこの男が全滅させたのかという疑問もあるが、蘇生は本物なので半信半疑の状態で納得した。
馬車に揺られること数十分。
城塞都市コルン
ここは壁が三重になっており一つ目の壁と二つ目の壁はかなり近距離で一つ目の壁よりも二つ目の壁の方が頑丈になっており砦も城壁上に建っている。二つ目の壁から三つ目の壁までが村々の農牧地で三つ目の壁の内側が都市になっている。川も流れており自給自足が可能な一つの砦になっている。
そして、都市の中心にあるのがコルン城だ。
「さぁ着きましたセウス様、ここが城塞都市コルンです。それでは中心にあるコルン城に向かいましょう」
城塞都市コルンに入り三重の壁に守られた中心街にやってきた一行。
「いい匂いがしますね、路上に店が立ち並んでますね。おいしそうですね」
「あ、興味がありましたら食事会のようなものではなく好きなように食べ歩いてみますか?」
「はい、そうします」
「では、こちらをお持ちください」
最高神は何かが書いてある札を受け取った
「これは?」
「自由に飲み食いできる許可証のようなものです。これを使えば、国の負担になります」
「大丈夫なのですか?それは」
「はい、大丈夫です。それを持つことができるのは極々一部の方ですから」
「では、ありがたく使わせてもらいましょう」
「なにか問題がありましたら、中心のコルン城においで下さい」
最高神は許可証を持って人ごみの中に消えていった。
「よろしいのですか?コルン城に迎え入れなくても?」
シレナがミフィーナに聞いてくる。
「ええ、あの方は堅苦しいものを嫌うような性格をしていますから」
「・・・・自由ですね」
シレナが若干呆れている。
「自由な神様ですからね」
「・・・・え?」
再び驚くシレナ。
都市に入り町内を散策する最高神。中世ヨーロッパのような街並みが広がる。
「城塞都市とは言え栄えていますね」
カルマでは下級国家に入るレーゼ王国だが、街並みはかなり綺麗で、下水機関がしっかりしているのがわかる。
「港から一番近いけどが距離自体は遠いのでやはり魚は干し魚または川魚ですね」
「あの、王女は察しているのですね」
「この町の人々は気づいているようですが」
「危険が迫っていることを」
最高神は呟いていく。
誰にも聞こえない音量で。
王女は無欲ではない。神であることを悟られているため利用しようとしている。この街に縛り付けて守ってもらおうということだ。
ガヤガヤ
「魔物の軍がこの町に迫ってきている。急いで兵を集めろ、もちろん冒険者にも手伝ってもらう」
「は!」
戦士長のような人物が指示を部下に飛ばしている。
急に魔物の大群が来たのでかなり驚き慌てているようだ。
なぜ察知できなかった理由は最高神のせい。
最高神が魔力をたくさんまき散らせすぎた結果、ここの魔力感知がおかしくなってしまったようだ。
「冒険者諸君!これから魔物たちと戦争が起きる。諸君らの力を貸して欲しい!もちろん報酬は出す!」
集められた冒険者に戦士長が演説をしている。
どうやら夜に魔物が襲撃し来るようで、それを迎え撃つようだ。
最高神はその辺の屋台で貰った、チーズらしい乳製品を食べながら傍観している。
やがて夜となり、昼の間に休んでいた兵と冒険者は街の城壁に集められ魔物の大群に備え始める。
どうやらどの方向から攻めてくるのかはわかっているらしいが、実は今兵や冒険者が集中している場所は「囮」の寄せ集めの大群である。
真逆の方向から本隊が攻めてくる。
「囮部隊は、ゴブリンとオークの寄せ集めの大群、後ろの本隊は、オーガやゴーレム、トロールあとはその統率者である、トロールロードですね」
「しかし、感知妨害魔法が展開されているところを見ると魔導士のオーガかトロールがいるようですね」
「この街の魔導索敵は、今は私のせいで役立たずになっているが、この感知妨害はかなり魔力が少ないので、感じることはできる人が少しくらいいてもおかしくはないと思うのですが、見たところいるにはいますがあまり協力的ではない人ばかりですね」
「あるいは関わりたくないのでしょうね。隙を見て逃げる予定という気持ちが伝わってきます」
「それでは後ろに行って見てみましょうか、何も褒美としてはもらえませんが代わりに本隊の方は私が相手いたしましょう」
「感知できなかったのは私の責任ですから」
最高神の目が一瞬光った。
そして、兵や冒険者が集められている方とは逆の方に歩いて行った。
現在日没
そこら辺の店で貰った食べ物を食べながら歩いていたらいつの間にか夜を迎えた。そして、人間が集まっている方とは真逆の城壁の上についた。ほとんどの人間が出払っているため城壁上にはかがり火すらない。
「静かな夜には似合わない呼吸の数ですね。総数281体、オーガ145体、ゴーレム106体、トロール30体、この町にいる人間ではこの数を相手にするのは難しいですね」
はるか後ろの方で戦闘が始まり人の声と魔物の声があがる。
「後ろで戦闘が始まったようですね。さて、こちらも始めたいと思います」
「ああ、ちなみに私が直々に相手するのは、今回はお預けということで」
静かな夜に感じる動く無数の気配。呼吸がはるか後ろの魔物よりも大きい。それほど代謝が大きいことがわかる。もちろん、後ろの連中とは魔力量が桁違いだ。それでも500Bから5Kぐらいだが。
最高神は両手を空に挙げて語りだす。
「魔物の諸君、どうかこの星の贄になってくれ」
「さあ行け、私の兵士たちよ」
最高神が立っている城壁の足元が黒く染まり左右に勢いよく広がる。そして、最高神は右前を見て右手の指をパチンと鳴らした。そこから現れたのは無数の黒い影。
左側も同様に指を鳴らし黒い影が生まれる。
平均魔力量400P
右手を前に持っていき黒い影たちに合図する。
「かかれ」
最高神が軽く指を倒す。
「あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ” あ”」
狂気に満ちた声が響く。こちら城壁近くには誰もいないというわけではないが、非戦闘員に迷惑をかけるようなことはない。
黒い影たちが魔物本部隊に突進していく。そして、虐殺が始まり、魔物の悲鳴が聞こえてくる。
魔物と言われているが列記とした生き物で、この世に生を受けて本能のまま生きている。生きている限り苦しみがあれば、喜びもある。
つまり、恐怖がある。
「私は人間に同情しているわけではない」
最高神は興味が失せた無表情で語りだす。
「人間が何万何億死のうがどうでもいい」
「しかし、感情表現の少ない生物ばかりが増えると面白くない。退屈しのぎに降り立ったんです、私は」
「これからです。面白くなるのは。まだ序章なんです。だから、邪魔されるととても困るし、あなた方が生贄になってくれることで面白い展開になるんです」
暗闇から魔物悲鳴が止まり再び静かな夜に戻った。オーガは食いちぎられ、トロールは食い殺されゴーレムすら食べられる。全てを食い尽くした黒い影たちは闇夜に消えていった。
気持ちを切り替えて辺りを見回しこう言った。
「さあ、ここからですよ」
そして、周りには息を切らし怯えている命がいくつか感じられる。彼らはこの一方的な虐殺を見ていたというのがわかる。
彼らは魔物の本隊が接近していたことに気づいていた奴らだ。この厄介ごとに巻き込まれないために戦いと協力を避けようとしていた亜人達だ。
ここに来たのはただ観に来ただけの好奇心だ。そして、最高神が魔物のよりも恐ろしい存在と認識されているため身を潜めて怯えながら警戒している。
「そろそろ出てきてはもらえませんか?」
最高神が隠れている亜人たちに問いかける。
しかし、出てこないどころか問いにも答えない。なぜなら彼らは完璧に隠れていると自負している、と思っているためその問には答えもせず、ましてや身を出すこともない。
たしかにただ感知能力があるだけでは見つかることはないだろう。しかし、最高神にとっては大したことではない。
「そこですよ、そこ、私に一番近いあなた」
最高神が振り向き城壁と地面をつなぐ階段にめがけて左手人差し指をさし、その指先から小さい光弾を出す。その光弾が階段の一番上の段に着弾し小さい爆発と水色の閃光を起こす。
「ひいぃ」
青ざめ恐怖に駆られ驚く声が聞こえた。しばらくして呼吸が荒くびくびく怯え膝が笑いながら、青ざめた女エルフが出てきた。
胸の大きさは貧弱で身長も低い。人間でいうところの10歳前後の見た目をしているがこれでも実年齢は71歳だ。髪は金髪で短く切り揃えている。
「やぁどうも、私の名前はセウス。君の名前を教えて欲しい」
最高神が無表情で話を進める。
「は、はい!あ、あたし・・じゃなくて・・違う!・・ええと、わ、私はアリス・エーリン・シロップと申しま・・・す」
アリスというエルフの少女は最高神に対して混乱しながら名乗った。誰がどう見ても怯えている。
「ふむ、ではアリスさん他の仲間も出してくれませんか」
最高神は辺りを見回す。
「な!何のことですか?こ、ここには私しか、い、いませんよ?」
声を震わせながら話すエルフ。誤魔化しているようだ。
「ここのエルフたちは、人間みたいなことをするのですか?」
最高神は煽ってみる。
エルフ限らず亜人というのは何よりも仲間と同胞を大切にし、身代わりなどには決してしない。もちろん時と場合によってはそうせざる負えない状況もあるが、仲間のために命を使うのであって見捨てているわけではない。
「な!彼らはそんなことはしません!・・・・・・・あっ」
挑発に乗ってしまい隠れているエルフことを教えてしまうアリス。
「もうとっくにばれているんです。隠れるのはやめて出てきてはもらえないでしょうか。それと
私はあなた方に、危害を加えないことを約束します」
「・・・・わかりました」
後ろに振り返って右手の指先を光らせて合図するアリス。それに応えるように街の建物の窓や茂みの中から仲間たちが光で合図する。それが、終わると再び振り返り最高神を観察するような目で見てくる。
少ししょんぼりしているアリスは自分が挑発に乗ってしまったせいでばれてしまったと思っている。
「しょげる必要はありませんよ、最初から知っていたので」
「!」
アリスは驚いた顔をしている。体が小さく隠密能力に長けていることに自信を持っていたが、その自信はへし折られたようだ。
再びアリスがしょげている間に仲間たちが集まってくる。
アリスを含め男性2人女性3人の全部で5人のエルフが集まった。彼らは隠密能力が高く、鋭利で短い刃物を持っている。
「やっと集まってくれましたね」
エルフたちはアリスに集まり最高神を睨んでいる。
「そんなに睨まなくてもいいのに、まいいや。私の名前はセウスと申します。あなた方の名前を教えてください」
エルフたちは互いを見合わせた後、各々自己紹介を始めた。
「俺の名はペール・オロウ・シロップだ」男性
身長は175cm程で体型はスリム。
「俺はニクラス・セーデン・シロップ」男性
身長は180cm程で体型はペールとそこまで変わらない。
「僕はイリヤ・ヤーソン・シロップ」女性
身長は170cm程で普通に美型。アリスよりは胸がある。
「私はオリビア・ノリアン・シロップ」女性
身長体型ともにイリヤと変わらないが胸がさらに大きい。
警戒しながらも自己紹介をしてくれるエルフたち。髪は5人全員短く切り揃えている。
「そこまで警戒しないでください。危害は加えませんから」
「信用できないな」
あっさりと言うペール。
「あんな恐ろしい魔物を呼び出せるなんて魔神か何か?」
イリヤが怪しがる。
たしかにやり過ぎたとは思っている。
「もし、私が皆殺しにするという目的であったなら先程の魔物を使ってここを蹂躙していますよ」
たしかに、普通に考えればすでに死んでいるはずだ。それをしていないということは危害を加えることは無いと普通は判断する。
「少し待ってください」
アリスがそう言うと振り返り全員顔を見合わせながらと小さな声で話し合っている。
何を言っているのかというと、セウスのような恐ろしいけど強い人を迎えて我々を助けてほしいということだ。
不安と恐怖がぬぐい切れない状態で半信半疑の状態のまま彼らは意を決した。
「お待たせしまs」
「ちょっと待ってください」
最高神が言葉を割って入る。エルフたち言葉も出さず立っている。微動だにしない。なぜなら時間を止めているからだ、白黒の世界に色があるのは最高神のみ。
「この時を待っていた、物語が複数に分かれるこの時を」
最高神は自分を増やした何人いるかはわからないが“今”を動くものは3人だけ。その3人は別々の場所を歩むことになる。
2人は別々の方角に飛んでいき最初からいたものはその場で2人の自分を見送った後、時間停止を解除した。