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時の螺旋  作者: 兼高由季
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4.好奇心

「幽霊が見える?」

佐倉みちるは、ぱっちりとした大きな目を、さらに大きく見開いた。

「そんなことを言われて、本気にしちゃった?」

「そ、本気にしちゃったの」

俺はベッドから身を乗り出して、転がっている服を拾い上げた。


「やだなあ、もう」

みちるは口元を押さえて笑っている。

こいつの反応はノーマルだ。

誰だって、自分で体験したのでなければ、簡単に信じたりはしないだろう。

でも、なんか、おもしろくない。


佐倉みちるは、すれ違う人が振り返るほどの美少女だ。

二ヶ月ちょっと前から付き合い始めた俺の彼女でもある。

桐谷が佐倉にふられたという噂が何となく流れてきて、あいつが女にふられるなんて珍しいこともあるもんだなんて思っていたら、いきなり屋上に呼び出されて告白された。


断る理由なんてなかったし、短いスカートから伸びる長い足にもそそられた。

俺の周りには「佐倉は純情ぶっているけど絶対処女じゃないぞ」なんて言う奴もいて、それが事実かどうか確かめたかったこともある。

好奇心に引きずられてしまうのは俺の最大の弱点だ。

桐谷あたりに言わせると、俺のようなタイプはいつの日か好奇心のために身をほろぼすことになるのだという


まことしやかに流れていた噂は本当だった。

みちるが震えながら俺にしがみついていたのは、ことが始まってから十分ぐらい。

その後は……。

もちろん、俺だって初めてじゃないわけで、イマドキの高校生なんてこんなものだ。


(でも、水原は200%処女だろうな)


彼女とセックスしながら、そんなことを考えている俺は、はっきり言ってかなりやばい。

でも、暴走する好奇心は抑えられない。


水原には、地縛霊、浮遊霊、生霊、エトセトラ、あらゆる霊が見えるらしい。

二人して学校を抜け出したあの日、滅多に口を開かぬ電波少女が、信じられないほど多くの言葉を駆使して語ってくれたのは、身の毛もよだつ怪談だった。


「真夜中に苦しくなって目が覚めるの。そうすると、日本人形みたいな三歳ぐらいの女の子が胸の上に正座して、小さな両手で私の首を絞めているの。胸が重くて、息ができなくて、何とかしようにも身体が動かない。そんな日が何日も続いて、気がついたら、別人みたいにやつれていて……」


普通の顔で――眼鏡のせいで実際は表情なんてわかんないけど――怪談を口にする三つ編み少女の図はかなり怖い。

恐怖で顔をひきつらせながら、俺は水原の話に耳を傾けた。

平和公園界隈と、岩国駅近くにあるとある店舗の地下には、原爆や空襲で亡くなった人の霊が大勢うごめいていて、近づくだけで具合が悪くなるとか、中庭の幽霊――須藤正樹の話だとか、楳図かずおが手放しで喜びそうな話を淡々と語り終え、こほりと一つ咳払いをした。


「だから、私には近づかないで」

きっぱりと告げられた時、この言葉を告げるためだけに、水原がここにいるのだと気がついた。

「霊感が強い人は私のそばにいると危険なの。見えないはずのものが見えたり、聞こえないはずのものが聞こえたり、そして最後には引きずられてしまうのよ」


どこへ引きずられてゆくのか知りたかったけど、喉まで出かかった問いかけを、俺はごくりと飲み込んだ。

あらゆる質問を拒絶する水原の背中が、みるみる小さくなっていく。

まるで、古い映画のワンシーンみたいだった。


「あのまま、水原を帰してしまったのは失敗だったな」

何気なく呟いた時、銀色の閃光が暗い闇を斜めにつんざいた。

バリバリという耳をふさぎたくなるような雷の音に、激しく降り始めた雨の音が重なったのを合図に、部屋の電気がふっと消えた。


タクシーを呼んで、みちるを帰らせたのは正解だった。

わくわくしながらその時を待ったけど、幽霊が現れる気配はない。

(よしえちゃん、よしえちゃん、よしえちゃん……)

頭の中で果てしなくリピートされる水原の声を聞きながら、窓の外を眺めていた俺は、ふと思い立って、クローゼットの中を覗き込んだ。


最初に取り出したのは懐中電灯。

次に取り出したのは引越し用のダンボール箱。

ここに引っ越して来た時に、唯一持ってきたその箱の中には、当時大切にしていたものに混じって、ばあちゃんの遺品が入っている。


古びたアルバムに挟み込まれたセピア色の写真。

写っているのは俺が知っているばあちゃんではなく、確かに「よしえちゃん」だった。


よしえちゃん――まん丸顔の小柄な女の子は、右隣りに立つ子と仲良さそうに腕を組み、あどけない笑顔を浮かべていた。

彼女も含めて写真の中におさまっている女の子は全部で六人。

いずれもセーラー服にモンペ姿で、背景には木造校舎が写っている。


「ばあちゃん、けっこう可愛いじゃん」

懐中電灯を写真に当てながら、軽く口笛を吹いたまでは良かったが、冷静でいられたのは、そこまでだった。

よしえちゃんと腕を組んでいる子の顔を見て、俺は悲鳴をあげそうになった。

ダサい眼鏡におさげ髪。

眼鏡のレンズが厚すぎて、どんな顔をしているのかわからない。


弛緩した指の間をすり抜けた写真は、裏面を上にして床に着地した。

少し黄ばんだそこに写っている少女たちの名前が、丸っこい手書きの文字で記されている。

俺は混乱したまま床にはいつくばり、今度こそ悲鳴をあげていた。


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