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迷い込んだ世界で武器営業  作者: あんもるごあ
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帝都で新規開拓奮闘記

聞けば来賓用であるらしい大広間に、これまた白くて大きな机が一つ。長辺にきっちり10人ずつ用意された椅子に、行儀よく座っているのがこの度の商談に集まった商人たちである。恐らく最後に部屋に通された俺は空いている自分の席を見つけて腰を下ろす。

各々が儀礼用騎士鎧や民族衣装などの正装に身を包み、俺も自分なりの勝負服でその列に加わっているのだが、多くが白や金などを基調とした豪奢な色が並ぶ中、グレーのジャケットに申し訳程度の白いシャツ、ネイビーブルーのネクタイといういでたちは些か場違いであるという自覚はもちろんあった。

そうでなくても、俺の故郷ではありふれたサラリーマン標準のスーツスタイルの人間がこの場に一人もいないばかりか、初めて目にするといった好奇の視線が容赦なく注がれているこの状況。当然想定内であるとはいえ居心地の悪さはどうにもならない。しかし内心の焦りをつとめて出すまいと、持参した紙資料に目をやる振りをして平然を装うことにした。席に通されて周囲はしばらくざわめいていたが、やがて緊張感を取り戻し静寂が訪れる。わずかにひそひそ話が漏れてくる程度だ。

この広間に詰め込まれているのは、帝都有数の規模を誇る騎士団である「天龍騎士団」の呼びかけに応じて集められた武器商人たちである。結成以来初めて行われる武装の大規模更新のため、主力になる新たな武具を供給してくれる商人の募集をかけたのだ。この国の武器商人にとって騎士団は最大口の取引先であり、見事契約に漕ぎ着けることができれば潤沢な資金と設備、そして莫大な利益が約束されるというビッグビジネスチャンスであり、まさに稼業を背負った一世一代の大勝負に臨んでいる商敵同士なのである。そのほとんどが名の知れた工房や老舗の職人ギルドの代表者たちであり、その中でも最近旗揚げしたばかりの新参者である俺が見慣れぬ格好で紛れ込んでいたところで、必要以上に注意を払う者はいなかった。なので俺も多少は緊張も紛れようというものである。

刻限が訪れ、騎士団長が入室したところで緊張感は最高潮に達した。団旗にも描かれている伝説の生物、天を舞う白雲龍の刺繍が施された純白のマントを靡かせ、荘厳な甲冑に身を固めた姿は威厳と力強さに満ち溢れ、固唾を呑んで見守る者たちの視線にも涼しい顔で部屋の上座へを歩を進めるその男こそが、若くして大戦団を纏め上げる天龍騎士団最強の戦士、ユグダール・イルキスである。流れ者の俺ですらこうやって直にその姿を拝めば、伝え聞く半信半疑な武勇武勲の数々も信じざるを得ないほどの説得力がある。なにより数々の功績に似合わずとても若々しいという印象を受ける。ともすれば優男とも取られかねない端正な顔でありながら頼りなさなど微塵も感じさせない力強さに満ち溢れ、策謀商策に長けた老獪な商人たちも、その一挙手一投足から目が離せないようであった。もちろん俺もその一人である。悠然と着席すると、腰の長剣を手に取り開会を宣言した。

「まずは、わが団の命運を賭けた商談の場にお集まり頂き、感謝申し上げる」

明朗な声が会場を駆け抜けた。俺も思わず背筋が伸びる。この国の階級制度からいって、国防を一手に担う騎士の称号を持つ者は皇帝に次いで政治を司る貴族と同等であり、この場の商人など平民と十把一絡げの下民である。にも関わらずその丁寧すぎる挨拶は、様々な思惑が渦巻くこの大広間の張り詰めた空気を幾ばくか和らげていた。人の上に立つ者とは、たった数分の立ち振る舞いや言動で人の心を掴んでしまう。

「見てのとおり私は若輩者、そして戦うことしか知らない。なので決定は同席させた副団長と戦術担当官、会計係と相談のもとで下させてもらう。承知願えるかな」

その言葉に促されるように、顔を縦断する大きな傷が目を引く大柄な壮年男性、続いて金色の髪を優雅になびかせた妙齢の美女、そして団長と同年代くらいに見える精悍な表情の青年が相次いで入室してきた。その順番のまま並んで着席する。これもまた事前に周知されていた通りである。異論のある者など居はしない。

「よろしい。では早速始めて貰おう」

話には聞いていたが、騎士の中でも珍しく堅苦しさを嫌う性分というのは本当らしく、ほとんど前置きもないまま会合は始まった。若干の拍子抜けを覚えながらも、その実利優先主義は俺にとって好ましく思えた。商談は事前に引いたくじびきの順でプレゼンしていく方式で、俺はかなり後半である。持ち時間内でアピールすべきことはすべて頭に入っており、その準備に抜かりはないため楽な気持ちで他の商人の話を聞いていた。

気が楽、というのはそれだけではない。そもそも俺はこの商談にほとんど勝算がなかった。商談の場というのは契約においての3割も占めていない、というのは俺の持論でもあり、悲しいかな現実でもあった。並み居る工房や商会の積み上げてきた実績や信頼という武器を持たぬポッと出の商人である俺は、スタート時点で圧倒的な差があった。その上商談開始に至るまでに団幹部への様々な接触、具体的には賄賂や接待などがあったことは想像に難くない。決定権を握る4人の内、誰か1人でも引き込むことができれば趨勢は大きく傾くだろう。もちろん弱小零細の俺などではできもしない芸当だ。

というわけで俺自身あまりこの商談を重視はしていない。にもかかわらず努めて自信満々といった表情でこの場に座って順番を待っているのは、単に場数を踏むためであったり、他の商人のプレゼンを偵察する程度でしかなかった。もちろん万が一採用となり契約できれば御の字であり、その際に提供できる商品やデータ、見積もりは用意している。そこまで含めて一つの練習台である。

「では次、フジモト商会のケンジ氏」

呼ばれて俺は立ち上がる。近寄ってきた補佐役に、用意してきた人数分の紙資料を渡した。他の商人たちのプレゼンを聞く限り、この業界はあまり検証データや試算などを重視しないことがわかった。流儀はある程度合わせなければならないが、なにせ俺たちには目に見える実績が何一つない。できうる限りをしなければならないと思い直し、カバンに手を突っ込んだ途端、怒号が飛んだ。

「無礼者!弁えられよ!」

にわかに守衛が色めき立つ。俺は失敗を悟った。

「失礼、規約通り武器の持ち込みは誓って行っておりません。見て頂きたいものは単なる木の棒です」

慌てて布に包まれた物を取り出した。言葉の通り、拳二つ分ほどの長さの木の棒である。見えるように掲げた俺に、団長は穏やかな顔で頷いた。守衛も手持ちの槍を下げる。冷や汗をかきながらも補佐役にそれを手渡した俺は、改めて準備していた言葉を紡ぐ。

「わが商会が用意できるのは、決して折れぬ名刀でも、何物をも寄せ付けぬ鎧でも、ましてや邪竜を穿つ名剣でもありません」

途端に会場に失笑が漏れる。

「とはいえ、そのような名を冠する武具というのが確かに存在することも知っています。天龍騎士団の武勲の数々はそれらの業物によって作られてきたということも承知の上で、わが商会が用意できるのは、そのような類のものではないということを予め前置きさせて頂きます」

失笑は次第に大きく波立っていく。俺の視線の先の団幹部も眉を顰めている。恐らく長々とした前置きを好まないであろう団長の表情は、特に変化なく穏やかなままだ。掴みは上々、と言ったところだろう。

「その上でわが商会では、武勲を打ちたて人を英雄足らしめるのは『何を』握っていたか、ではなく『誰が』振るっていたか、だと考えています。端的に言ってしまえば、その辺の木の棒であったとしても熟練の達人が握れば名刀にも勝る。武器商人としてあるまじき、と言われればそれまでですが」

途端に静まり返る会場。俺は再び焦りを覚えた。想定ではここは笑いが起きるポイントだったのだが、思いっきり滑ってしまった。そればかりか、幾ばくかの敵意を含んだ視線があちこちから刺さるのを感じる。少し巻くことにした。

「私がご紹介させていただくのは、標準装備であるロングソードなどの携帯武装を、従来の統一規格ではなく所持者に応じて適宜調整を加えた個人仕様に手を加えて提供する仕組みです。ではお手元の資料をご覧ください」

俺は資料に沿って説明をしていった。ここ数年の団員による訓練で破損した武器のデータを集計し、剣技やパワー、体格などの個人差によって損傷の頻度や箇所に様々な差が生まれていること。そして、統一規格の武装を使わない上級団員には武器の廃棄はほとんど起こっていないということ。つまり、自分の力量に合わせて選んだ武装は長持ちし成果を挙げるのに対し、合わない武器を選んでしまった場合は損傷が激しいばかりか、団員自身の安全性にも影響があるという、ある種知っている者からすれば当たり前の事実の裏づけだった。

「もちろん、これらの事実は常在戦場の騎士の方々は当然ご承知のことであります。しかし、あえて統一規格の武具を使用するのは、それを補って有り余る利点があるからです」

統一規格の武器は1つあたりのコストが低く抑えられるため大量に用意できる。新進気鋭で次々団員を増やしていき、戦力拡大が最優先であった天龍騎士団にとって安価で大量に仕入れられる武器こそ最良であったのだ。

「このように、天龍騎士団が今の地位を築くことができたという事実がまさに、私どもの考えを裏付けていると言えます。並みの剣を、振るう者が名剣としてきたのです」

素晴らしい切れ味や決して曲がらぬ頑丈さといった要素はことさら重要ではない。使う者が使いやすい剣でありさえすれば、剣はいつまでも切れやすく、いつまでも折れない。

「では、どのようにしてその使い手の力量を見極めるというのだ。我らほどの剣士であっても、長い経験と試行の果てに見つけていくというのに」

副団長の荒々しい声が俺に向けられた。いつの間にか良い食いつきが得られたことに安堵しつつ、待ってましたとばかりに補佐役に手を振って合図を送った。

「もちろん、副団長殿が仰る事はもっともでございます。最良の武具とは己の剣の道の中で見つけ出すものという理に異論はありません。ですので、我々ができるのはその手助けとなるものとお考えください」

副団長の下に補佐役が歩み寄り、俺が用意していた木の棒を手渡す。それを見た壮年の男の目には、理解の色が灯った。

「ご覧いただいたのは、団員の方ならばお馴染みの訓練用の木剣の柄です」

剣を修める誰しもが通る、素振り用の木剣。何千何万も握り締められたその柄は最初に削りだされた形から大きく変形し、指の形がくっきりと刻み込まれていた。

「流派によって違いはあれど、修練の年月が積み重なれば重なるほど本来の型からズレが生じ、自分なりのいわばクセというものが生まれていくものです。これが個人差を生む。そして、そのクセは握り跡に現れるものなのです」

納得、といった顔で頷く副団長。他の3人も興味深そうに手のひらの木の棒を眺めている。思わぬ好感触に気を良くしながらも、油断せず続ける。

「力が入る場所が特定できれば、負担が大きい箇所も特定しやすくなります。それ以外にも、手のひらのマメの位置、筋肉の付き方、握力、靴底の磨耗等の様々な情報を元に、個人に最適な調整を行っていきます。実施するのは、目利きに長けた職人です」

その後はいくつかの質問の受け答えを経て、準備期間の試算、予算の見積もりの説明をしていった。いくらか駆け足で進めた甲斐もあって、時間内に終わりそうである。プレゼンの反応は想定以上のものだったが、やはり俺の脳裏では不採用の文字がチラついていた。自信がないわけではない。むしろある程度の自信がついたくらいだ。それでもやはり、当日ぶっつけのアピールが決め手になるとはどうしても思えなかった。

「私からは以上です。ご検討下さい」

一礼して着席しようとした俺を呼び止める声があった。団長である。

「なかなか面白い商品だった。一つ聞かせてほしい」

下ろしかけた腰を戻し、俺は団長の表情を伺った。その言葉とは裏腹に、憂いの混ざった目をしていた。

「貴殿は異郷の人間であるとお見受けする。そして新参でもある。我が団もかつてはそうであった。帝都に流れ着いた食い詰め者の寄せ集め、そう揶揄されていることも承知している」

団長はかつて帝国によって起きた戦乱の難民であったと聞く。その腕一つでのし上がり、騎士の称号を得てからも周囲との軋轢は常について回ったであろうことは容易に想像できた。それはまさに、俺にこの先待ち受けているかもしれない運命でもあるのだ。

「持ち手が名剣足らしめる、こう言ったな。ならば貴殿は何をもってして自らの名を上げようというのだ」

しばしの逡巡を要した。彼は問うている。俺がどこまで先を見据えているのかを。自らを名剣とすべくビジョンを持っているのかを。似た境遇の俺を試そうというのだろうか。共に歩むビジネスパートナーとして相応しいかどうかを見極めようというのだろうか。

「私は、いや、俺は単なる営業に過ぎません。俺にできることは商品のよさ、そして職人のよさを顧客に伝えることだけです」

物さえ良ければ売れるわけではない。しかし知られなければ、どんな名刀も死蔵しているのと変わらない。

「俺が名剣を生むのではない。商品を生み出す職人と、受け取って満足してくれる顧客がいれば、それが名剣になっていくんです」

思いの丈をぶつけてみたが、団長の表情から険しさが去ることはなかった。自らの力で命運を掴み取ってきた生粋の戦士からしてみれば、俺の言っていることは何とも他人任せに聞こえたことだろう。だがそれも仕方がない。あの真剣な目からは適当な方便で逃げることは許されなかった。偽らざる本心が届かぬなら、俺に掴めるチャンスはなかったということだ。

今度こそ一礼して席に着く。その後は自分なりの反省点をまとめたり、他のプレゼンを参考にしたりしながら終了を待つのみであった。

「では、結果は追って連絡する」

始まりと同じく、終わりの挨拶も大変そっけないものであった。一仕事終えたためか安堵の表情で談笑を始めた商人たちもいたが、相変わらず俺に向けられる視線は冷ややかだ。俺はさっさと会場を後にし、帰路につくことにした。

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