表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/144

第31話「岡村翔平は受け入れたい」③

 それからも、翔平(しょうへい)(あお)の交際はうまく続いていた。



「先~輩~! 今度、テレビでやっていたこの水族館に行きませんか? イルカショーの迫力があってすごいらしいですよ!」

 時にはちょっと遠出をして休日デートを楽しんだ。碧は積極的で、行きたいところをよく提案するので、翔平も大変助かった。



「翔く~ん! えへへ、翔くんか~。今日はどこに行きますか? 今日もたくさんお話しましょうね!」

 呼び方は愛称に変わり、より親密度は上がった。その頃から、碧が甘える機会は更に増え、翔平は絆が深まったと感じていた。



「これ、ワタシにですか!? ……嬉しいです。ワァ! 可愛いくておしゃれな水筒……。大事に使います! 翔くん、大好きです!」

 誕生日にプレゼントをあげたりもした。翔平も彼女の喜ぶ顔を見るのが楽しみだった。



「見て見て翔くん! このアプリだと、翔くんの顔年齢は十四歳らしいですよ! 超ウケる~!」

 翔平をからかうことも多かったが、そんなやりとりにも翔平は幸せを感じていた。



「翔く~~ん。勉強教えてください~~。このままじゃ追試で翔くんと会う時間が減っちゃいますよ~~!!」

 勉強の苦手な碧に、勉強のできる翔平は大いに頼られた。公民館で一緒に勉強をし、その後二人で一緒に帰る。学生の平和な日常を感じ、翔平はどこか安心した心地だった。



「翔くんのたい焼きも美味しそうですね! ワタシのと分け合えば、二倍楽しめますよ!」


「相合傘だと、密着度が上がってドキドキします……。これじゃ濡れちゃうので、もう少しくっつきますね~♪」


「この服、翔くんに似合いそうじゃないですか? ほら! 絶対似合いますって! 着てみてくださいよ~」


「え~、手を握りたいんですか? しょうがないですね~翔くんは。仕方ないから握ってあげますよ。こんな可愛いカノジョと手をつなげるなんて、光栄じゃないですか、先・輩?」


「今日も楽しかったですね! また遊びに行きましょう!」






「花火、綺麗ですね……」

「本当だね……。綺麗だ」


 花火大会に行くこともあった。辺りに人が大勢いるにも関わらず、翔平は二人だけで花火を見ている気がした。


「ワタシ、翔くんがカレシで良かったです。翔くん以外のカレシなんて、考えられないです」


 浴衣を着て大人びた碧が、翔平の方を向いて笑顔でそう言う。その顔は、本当に幸せそうで、本当に満足そうで、翔平にはそれが一片の偽りもない言葉のように聞こえた。


「翔くん。これからもずっと一緒にいましょうね。ワタシは、翔くんのことが大好きです……」

「……俺も碧のことが好きだよ。誰よりも愛してる。これからも一緒にいようね」


 翔平は、あの時の気持ちを再び感じた。碧が、元カレのことを考えなくなったと言ったあの日と同じ気持ち。自分が碧に注いだ愛情は、決して無駄になってなどいなかったんだ。むしろ、あの時の別れがあったからこそ、今のような絆が築けたのではないか、と思っていた。

 そう、全ては布石だった。あの困難を乗り越えたからこそ、碧はこうして俺の側にいる。俺が碧を信じたことは、正しかったんだ、と翔平は自信を持っていた。


「(幸せだな。このまま、俺たちは二人で一緒にいよう。受験生になっても、大学生になっても、社会人になっても……ずっと一緒に……)」


 好きな子といる未来を夢見て、再び花火を見上げる。美しく咲き続ける花火に希望を感じ、翔平は花火に見入った。一輪の花びらが散っては、再び別の花びらが開く。咲いたと思ったら、あっという間に消えていく。翔平たちの関係も、この花火と同じように、突然終わりが来るものとは、この時、翔平も碧も考えてはいなかった。


 *


「……は?」


 目を丸くして瞳を揺らす。

 放課後のいつもの帰り道、「ちょっとそこの公園に寄って行きましょう」と碧に提案された翔平は、突然聞かされた言葉にショックを受ける。


「翔くん、ごめんなさい。ワタシと距離を置いてください」

「どう……して……? また、元カレが原因なの?」

「……はい」


 一年以上、順調にいき続けた翔平と碧だったが、再び碧に突然別れの言葉を告げられた。


 碧は、ここ数日元気がなかった。碧の家は、中学の頃に住んでいたことのある土地へ、近々引っ越す予定だった。碧も今とは別の高校に通うことになる。今までのように、気軽に会うことができる関係ではなくなってしまうのだ。翔平は、碧の元気がないのはそれが原因だと思っていた。


 だが、翔平はそこまで心配していなかった。碧の引っ越す場所というのは、隣の町というわけではないものの、すごく遠いというわけでもない。放課後気軽に会うことはできないかもしれないけど、休日には何とか会える。確かに碧も、翔平自身も寂しさをとても感じてはいたのだが、それで自分たちの関係が大きく変わるとは思っていなかった。


 しかし、聞かされた話は別れ話。それも、理由は以前と同じ、碧の発作的な『元カレを忘れられない』というものだった。


「先日、引越し先の下見に行ったとき、会っちゃったんです……。元カレに……。それで、ワタシ……やっぱりまだ完全には……」


 碧の引越し先は、いわゆる元カレと碧の地元であった。そして、転入先の高校にも元カレが通っている。碧はその辺りの事情を翔平に話した。


「けど碧。今までだって何度も思い出すことならあったじゃないか。けどそれでも、別れるとだけは言ってこなかったよね? 別れるっていう行為は簡単に行っちゃいけないんだ。今回だって、何とか乗り切れるよ! 俺だってついてる!」


 今まで、何度も何度も碧は元カレを思い出しては苦しんだ。翔平もだ。だが、その度に二人で乗り切ってきた。今回だって、それと同じだ。翔平はそう思った。


 顔を暗くしてうつむく碧。翔平は、そんな弱い姿を見せる碧を守ってやりたかった。元カレとの呪縛から解放してあげられるのは、恋人である自分だけ。だったら、別れるということは絶対にしてはいけない。それはもう、恋人ではなくなってしまうのだから。形式だけかもしれないが、翔平は強くそう思っていた。付き合っていれば、自分が支えてやれるのだから。


 そして、碧を正面から包み込む。いつものように、碧を安心させるために。その行為に碧自身も安らぎを覚え、目を閉じる。


「翔くん……、やっぱり優しいですよね。こんなどうしようもないワタシなんかでも、こんなに好きでいてくれるんですから」


 翔平には、そういう碧の言葉はどこか嬉しそうに聞こえた。恋人からの愛情を間近で感じた碧は、本当に幸せだった。このまま甘えて背中に手を伸ばしてもいいんじゃないかと、背中に手を伸ばしかける。


 翔平も、碧の伸ばされた手の感触を腹の横に感じた。


「(ここで碧が俺を頼ってくれるなら、俺は碧を手放さない。ずっと守っていく。たとえ、これから先、何度元カレを思い出しても、碧が俺の手を掴んでくれているなら俺は頑張れる。俺はどんな碧だって受け入れられる!)」


 一度目の別れの時と同じ決意を心の中で行う。元カレを忘れられないのは、もはや仕方がない。碧に元カレの話をされてしまうと、自分が一番と感じない気持ちもある。それでも翔平はそんな彼女とでも上手く付き合っていこうと、決意を胸に抱きしめ続けた。碧が自分の背中に手を回し、『頑張る』、『こんな自分でも、信じて付き合い続けて欲しい』と言ってくれれば良かった。


 だが、碧のとった行動は、翔平を離すという拒絶的な行動だった。両手で翔平の腕を押し、優しく自分から引き剥がす。


「けど、ダメです。このままのワタシでも翔くんは受け入れてくれるかもしれませんけど、翔くんに甘えてばかりでは、ワタシはダメになってしまう一方です」

「受け入れるよ! 元カレのことを忘れられなくても、俺は構わない! 俺が元カレよりも魅力的な男になればいいんだから! 俺も頑張るから、碧も頑張ろうよ!」

「翔くんは十分に魅力的な彼氏ですよ。元カレよりも優っています。悪いのはワタシです。ワタシの心の弱さがいけないんです……」


 自虐的に自分を責める碧。碧はうつむいていた顔を上にあげ、翔平に言った。自分の思っている気持ちを……。


「ワタシは、元カレに会いたいです」

「碧……!」

「お付き合いっていうのは、きちんとしないといけません。こんなだらしない状態でズルズル付き合っているだなんて、翔くんにも失礼ですし、何よりワタシがワタシを許せません。だからワタシは自分が正しいと思ったままに、素直に行動します」


 そう言うと、碧は瞳に涙をためる。それでも泣かずに、ほんのわずかな笑みさえ見せながら



「だから翔くん、ワタシと別れてください」



 そう()()()した。


 翔平は何も言えなくなる。お願いされてしまった。ここまでされてしまったら、碧の気持ちを動かすことはもう不可能だ。自分にできることなど、何もないと痛感した。


「分かった……。別れよう……」


 碧を背にし、最後に「じゃあね、碧」とだけ言うと、翔平は帰り道を歩いていく。碧は歩き出さなかった。翔平には碧がどんな表情をしているのか、知る由もなかった。


 *


 自宅への帰り道。気の抜けた歩き方で突然降ってきた雨に打たれながら、翔平は考える。


「(好きだって、言っていたじゃないか……。あんなにうまく、いっていたじゃないか……)」


 碧の笑顔が思い出される。花火の時に見た、幸せそうな表情。


『翔くん。これからもずっと一緒にいましょうね。ワタシは、翔くんのことが大好きです……』


「(そう言ったじゃないか……。なのに何で……?)」


 碧の言葉に疑問を抱く。あの言葉に、嘘偽りの言葉などなかった。それは間違いない。なのに、どうしてこんな最悪の結果になっているんだ。


 そして、翔平は妙な方向に考え、気づいてしまった。


「(そうか。俺の力が足りなかったんだ……。俺じゃ、一人の女の子さえ満足にさせてあげられない……)」


 どれだけ表面上うまくいっているように見えても、どれだけ自分が一途でも、大好きな女の子と付き合っていくことすらできない。一度困難を乗り越えて自信をつけ、順調な交際を行っていただけに、失敗した時の落差は翔平にとって尋常ではなかった。それに加えて、別れた原因に変化がないのだから、なおさらだ。


 自身の力不足、恋愛の非常さ。翔平はこれをモロに受けた。


 以降、翔平は自分に自信をなくしてしまった。日常生活においてもその傾向が見られ、別れてから数週間はその状態が続いた。


 ただ、いつまでも引きずるほど精神力の弱い翔平ではなかった。友人、大樹(だいき)のフォローの甲斐もあってか、立ち直る。本人も恋愛により多少のキズは負ったものの、そこまで気にはしなくなっていた。


 だが、実際の翔平は違った。後遺症とでもいうのか、立ち直ってからも翔平は以前ほどの自信を持てなくなっていた。


 恋愛方面に関しては、少し特殊とでもいうような自信の失い方をしていた。

 自身の恋愛が絡むことに関しては、極端なまでに鈍くなり、まるで、自分にバリアを張っているかのように鈍感になった。


 更には、無自覚な自信の喪失を引き起こした。恋愛以外では、自分の自信のなさを多少なりとも自覚している翔平ではあったが、恋愛では無自覚な自信の喪失。誰かからのはっきりとした好意も、拒絶するようになってしまった。

 以前、大樹に「ミドリさんと付き合いたいと思わないのか」と聞かれたときに、「自分の好きは憧れによるもの」と答えたことや、桃果(とうか)からの告白を「友人としてしか見られない」と断ったこともこの無自覚な自信喪失が引き起こした結果であった。


 *


 桃果への返事の日、翔平は桃果の告白を断った。断りの言葉に悲しむ気持ちはあったが、それ以上に翔平の様子がいつもと違うことに疑問を覚える桃果であった。


 第31話を読んでいただき、ありがとうございました。岡村翔平の過去編でした。


 これまでのコメントで、非常にたくさん、「翔平、鈍感過ぎでしょー!」といった感想をもらいました。けど実は、理由なくラノベ主人公の特性を有していたわけではなかったんです。きちんとした理由がそこにはあって、このように、元カノとの確執によるものだったんです。

 ことあるごとに、翔平に関わる恋愛事については、やり過ぎなくらいに鈍さを表現して来ましたし、感想もらって、「実は理由が......」とネタバラシしてしまいたいときもありましたが、読者を少しでも納得、びっくりさせたくて、我慢して来ました(笑)良かった。ようやく出せて!


 さて。ともあれ、このような過去を持ち、碧との再会により自身の無力さを思い出してしまった翔平は、どうなるのでしょうか? 第32話に続きます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ