第31話「岡村翔平は受け入れたい」②
だが、その二週間後。思いもよらぬ再会に、翔平は驚いた。帰り道に通るあの公園。そこで誰かを待つようにして立っていたのは、
「先輩!」
「碧……。なんでここに?」
別れた元カノ、水無碧であった。
気持ちを整理できていない翔平にとって、碧との再会は辛いものだった。忘れようとしても簡単には忘れられない好きな人との記憶。だが、すでに過去の人。どうにかして忘れなければならない。なのに、どうしてまた自分の前に現れるのか? 翔平には、理解ができなかった。
「先輩……。ワタシ……」
「えっ! 碧!?」
碧は泣いた。翔平を見た瞬間、泣き出した。どうして碧が急に泣き出したのか翔平には分からなかったが、咄嗟に碧に駆け寄る。慌てながらポケットからハンカチを取り出し、碧に差し出す。
「大丈夫、碧? 一体どうしたの?」
「はい、大丈夫です……」
ハンカチを受け取り、涙を拭う。
「先輩はやっぱり、優しいですね……」
別れた元カノからの言葉なのに、翔平は嬉しく思ってしまった。やはりまだ、俺は碧のことが……。そんな風に思っている翔平に碧は呼びかける。
「先輩、ワタシ……、」
涙を拭って翔平の瞳を見つめる碧がその後続けた言葉は、翔平が全く予想していないものであった。
「ワタシ、やっぱり先輩と付き合っていたいです!」
「……え?」
一度自分のことをフった元カノが、復縁を申し出てきたのだ。あまりに身勝手な要求に翔平は難色を示す。それに、元カレのことはどうしたというのか?
「ワタシ、結局元カレには連絡を取りませんでした。改めて考えてみたんです。先輩と、元カレ。ワタシにとって大事なのはどっちなんだろうって。そうしたら、ワタシの答えは、先輩でした」
「けど、俺たちはもう別れただろ……。それに、碧は元カレのことが……」
「好きなんじゃないの?」。そう聞こうとしたところで、碧に遮られる。
「はい、ワタシはまだ元カレのことが好きみたいです……。けど、先輩のことはもっと好きです! 大大大大大好きです! だからワタシは、先輩の側にいたいです! ワガママなお願いですけど……、こんな浮ついた心を持つワタシですけど、一緒にいてくれませんか?」
――本当に、ワガママなお願いだよ……。一度別れを告げたのに、こうしてまた戻ってくるなんて、勝手すぎる……。あの時は、首を縦に振らないで俺の受け入れを拒否したのに……。
様々な不満を抱きながら、翔平は彼女を見る。
――それに、元カレに連絡を取っていないというのも本当かどうか……。連絡をとってそっちに見込みがないから、戻ってきただけなんじゃないのか? この前は俺より元カレの方が好きだと言っていた。
百八十度言っていることが違う碧に対して、翔平は内心そんな風に思った。
けれど、そんなことは聞かなかった。なぜなのか? それは、翔平がまだ碧のことを好きだったからだ。一度裏切られたとはいえ、翔平は好きな女の子のことを信じたかった。こう言っているんだ。今度は、うまくいくはずだ!
不安自体は消しきれないが、前向きに考え返事をした。
「分かった。俺も、碧が俺と付き合って良かったと思えるように努力する! だから、俺からも頼むよ。これからも俺の側にいてほしい!」
「先輩……! 大好きです!!」
碧は翔平の胸に飛び込んで泣き、翔平はそれを抱きしめる。ここからまた始めるんだ。また一から付き合うつもりで、頑張ろう! 決意を新たに翔平は更にギュッと碧を抱きしめた。
こうして、再び二人の交際が始まったのだった。
*
「せーんぱい! なでなでしてください♪」
「えぇ~!? こんな人が多いところで嫌だよ!」
隣の席に座って子犬のように翔平に甘える碧。ここは、碧と翔平の高校の中間地点の辺りにあるファミレスだ。
月日は流れ、あれから半年以上が過ぎた。碧は、翔平とは別の高校に入学した。しかし、一緒の時間を過ごすことは多かった。一昨日にも、こうして会って軽くデートしたものだ。
「おい。オレがいるのを忘れんじゃねぇよ……」
向かいの席に座って呆れた表情をする大樹。友人とそのカノジョのイチャイチャする姿を見せつけられて面白くなさそうだ。
「ていうかダイキ先輩、何でいるんですか~? ワタシとショウヘイ先輩、二人きりの時間を邪魔しないでくださいよ」
「それはこっちのセリフだっつーの。急に乱入してきたのはそっちじゃねぇかよ」
「そこは空気を読んで帰るところじゃないんですか~? ダイキ先輩も先輩のカノジョさんを誘ってどこかに遊びに行けばいいじゃないですか~」
「今日は向こうに用事があるから別行動なんだよ。そもそも、お前に指図されるいわれはねぇっつーの!」
碧は大樹を邪魔者扱いし、大樹は大樹で碧をうっとうしがっていた。翔平は、そんな二人の様子に困っていた。
「二人とも、喧嘩するなよ……。ここは一応ファミレスなんだからね?」
「先輩。ダイキ先輩って、顔だけで全然いい人じゃないですよね~? ワタシに対して当たりが強いですし」
「そっくりそのまま返すぞ、顔だけ女。お前の性格は本当に最悪だと思うぞ? 翔平と付き合っていなかったら、お前のもらい手なんて誰ひとりいねぇかもな」
「はんっ!」と鼻で笑って碧に憎々しい表情を向ける大樹。その態度にムッと来た碧は、ムキになって大樹に反論する。
「何を根拠にそんなこと言ってるんですか! ワタシ、高校に入学してからすでに三人の男子に告白されているんですからね。可愛くて人気あるんですからね!」
「自分で言ってんじゃねーよ……」
「もちろん断りましたけどね! ワタシはショウヘイ先輩のことが大好きですから! ね、先輩♪ 先輩もこんな可愛いカノジョがいて嬉しいですよね!」
「え!? う、うん」
突然自分へ話を振られて困惑する翔平。自分で可愛いとか自信たっぷりに言ってしまうところは自信過剰だと思うが、翔平はそれも含めて碧の良さだと思っていた。
事実、碧は可愛い。さっきも話に出たように同学年の男子数人に告白されるほどだ。翔平も、俺にはもったいないと感じるほどに、碧は学年のアイドルみたいな存在だった。
「ったく、バカップルが」
翔平と碧のやりとりに再び呆れる大樹。碧は子犬のように翔平にべったりくっついて、翔平はそれに対して赤面している。半年以上前に別れたことが嘘のようにうまくいっていた。
*
ファミレスを出て碧と別れ、大樹と二人の帰り道。大樹は翔平に聞いた。
「なぁ翔平、あれからあいつとはうまくいってんのか?」
「うん。見て分かると思うけど、順調そのものだよ」
「けどよ、翔平。一度別れてからも、アオとはまた色々あったんだろ?」
「……うん。正直、ここまで来るのにも色々と大変ではあったよ……」
碧と交際を再開させてから、すぐに翔平には苦難が訪れた。
復縁時に、碧はまだ元カレを好きだと言っていた。そして、その言葉通り、碧は元カレのことを思い出しては、翔平と元カレの間で揺れ動いた。その度に翔平は優しく彼女を抱きしめ、安心させた。
時には、そんな自分が嫌になる碧の機嫌は悪くなり、喧嘩を繰り返しもした。碧のだらしなさに、翔平が怒ることも何度かあった。その度にまた、元カレとの比較が起こるなどして、悪循環が発生する。それでも翔平は、何とか彼女をつなぎとめていた。
大樹は、そんな状況を翔平から聞いていた。もちろん、初めの交際から二度目の復縁に至るまでの事情も知っている。友人に出来た初めての彼女ではあるのだが、翔平は顔がいいだけのわがままな後輩に振り回されていると感じ、心配に思っていた。大樹が碧のことを快く思っていないのは、そういうところが原因であった。
「けどさ、今はもう大丈夫なんだ」
「どうしてそう思うんだ?」
「碧が言ってくれたんだ。『もうワタシ、最近は元カレのことを考えなくなりました! 今では、ショウヘイ先輩のことだけが好きです!』ってね……」
復縁をしてから二ヶ月。翔平の努力が実を結んだのか、碧の口からその言葉が出た。碧の顔も、どこか悩みのなくなったように見え、以前よりも碧の好き好きアピールは強烈になった。
翔平は、その言葉が本当に嬉しかった。そして、自分が碧を想い続け努力したことで、今のような交際状況を作れたことに自信がついていた。
「だが翔平、また同じことが起きないとは言えないぞ? あいつは自分から元カレをフってお前へ告白したにも関わらず、結局その元カレを好きになった奴だぞ?」
大樹は、それでも納得がいかずに難色を示していた。どんなに苦い恋愛経験も積んでおいて損はないと考える大樹ではあったが、それでも友人が、再び辛い目に遭うかもしれないと考えると、どうしても心の底から応援できなかった。
翔平もそんな大樹の心配を察していたのか、一度大樹から目を逸らして考える。けれど、翔平はそれでも自信たっぷりにこう答えた。
「信じるよ。俺は、碧を信じてる。そりゃ、過去には色々あったかもしれないけど、過去は過去。今の碧はもう大丈夫だよ」
「……そうかい。お前がそう言うなら、オレからはもう何も言わねぇよ」
大樹は翔平に微笑んでそう答えた。翔平の回答から、碧に対する愛情がよく伝わってきた。
「(受け入れ能力の高すぎる奴ではあるが、ここでも健在だとはな。けど、それがこいつの良いところなんだよな)」
それと同時に、翔平の良さを改めて実感する。時と場合によっては危うい性格ではあるが、大樹自身もそんな翔平を尊敬していた。翔平自身がそう決めたことだ。だったら、他人のオレが口を出すのは野暮だってもんだ。大樹はそのように考え、翔平の意思を尊重した。
その後、翔平と大樹はいつも通りに話をして帰った。大樹は翔平に対して、「愛称で呼びあえ」とか「お前ら、実際どこまで行ってんの?」など言ってからかい、翔平はそれに対して赤面して答える。大樹のそんな配慮をありがたく思いつつも、自分自身の言った、「碧を信じている」という言葉に嘘偽りを感じないことが翔平には嬉しく思った。
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