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第30話「岡村翔平は会いたくない」②

 返事を行う前日の夕方、バイト先で朱里(しゅり)と同じシフトになった。今は、バイト上がりの更衣室だ。先に着替えてベンチに座って帰りの準備をしていた俺に対して、着替え中の朱里が、カーテン越しに突然聞いてきた。


翔平(しょうへい)、あなた、桜井(さくらい)さんのことどうするの?」


 予想はしていたが、朱里はモモから話を聞いていたようだ。


「ちゃんと考えてる」

「そう」


 朱里は、意外にもそう言っただけでそれ以上聞いてこない。もっと、敵対心むき出しでかかってくるかと思っていたけど。


「朱里はもっと、攻撃的な態度で来ると思っていたけど」

「あたしだって、好きであなたと喧嘩しているわけじゃないのよ? そんないっつもいっつも怒ってばっかなわけないでしょ?」


 いや、お前は割といつも俺に対して怒ってるぞ? 優しい言葉をかけられたことなんてほとんどない。


「それに、あなたはこういうのはちゃんとしてる人でしょ? 別に心配なんてしてないわ。どんな結果を出しても、あなたならちゃんと考えた結果なんだろうしね」

「意外にも高評価だね。普通に嬉しいけど」

「ふんっ! 調子に乗るんじゃないわよ!」


 こいつは本当にツンデレだな。けど、そうか。朱里にもこう思ってもらえているのか。なんだか、犬猿の仲の朱里にそう言われるとむず痒いところがあるな。


 この三日間、悩みに悩んだ。俺は、モモとミド姉、どっちとどうなりたいのか。


 結論を言うとまだ答えは出ていない。初めに告白を断ったモモに関しても、俺は以前よりかなり前向きな考えとなっており、二つ返事で断るという考えは捨てていた。大樹(だいき)から聞いたアドバイスが影響しているんだろう。やはり、モモほど波長が合う女友達はいない。そんなモモと付き合えたら、うまく行くと今なら考えることができる。


 しかし、ミド姉と一緒にいるのも楽しい。ブラコンの彼女に困ることはあれど、それは間違いない。それに何より、先日のキスで俺は彼女を女性として意識してしまっている。それまで『設定上の姉』だった彼女から、『魅力的な女性』に気持ちが変化している。これがモモとミド姉のどちらを選ぶか、悩む要因にもなっているのだ。


「それで、今のあなたの中ではどういう考えを持っているのかしら?」

「それが……」


 言いづらいことではあったが、俺は話すことにした。


「俺、ミド姉のことが気になっているみたいなんだ……」


 いつの間にか朱里が、大樹と同様にこういうことを素直に話せるやつにまでなっていることに、心の中で驚いている。犬猿の仲である朱里だが、別に嫌っているわけではないんだよな。モモやミド姉とは別種の接しやすさがあるっていうのか。


「はぁーー!? あなた、(みどり)さんのこと、女性として好きだったの!?」


 着替えてカーテンから出てきた朱里も、驚いている様子だった。


「あ~あ! 人畜無害な単なる設定上の弟かと思っていたら、まさか本当に翠さんを狙っていたなんてね」

「しょうがないだろ! 意識しちゃってるみたいなんだから……。それに、意識したのは最近だから!」

「どうだか」


 相変わらず悪態つく奴だな。別にもう慣れたけど……。


「それにしても、そう。そうなのね。いいんじゃないの? 好きになったんなら」


 だが、朱里は一度嫌味の言葉を口にしただけで、その後は俺の意志を素直に聞いた。こいつと俺の関係も変わったものだな。半年前の朱里だったら、絶対に許さなかっただろうに。信頼関係を築き上げられているみたいで、なんだか嬉しい。


「けど、桜井さんの返事の期日までにはちゃんとした答えを出しなさいよ?」

「言われなくても分かってるって」


 返事をするまで残りわずか。俺の決断をしっかりモモに聞いてもらおう。それが、俺が見せることのできる最大限の誠意だ。それまでには、俺もきちんとした答えを出しておく必要があるな


 *


 喫茶店『ブラウン』からの帰り道。俺は、家にある食材がカップ麺しかないことを思い出し、食材の買い出しのために駅前に向かった。


 モモとミド姉か……。まさか俺が二人の女性で悩むことになるなんて。世の男子大学生が聞いたらぶん殴られそうな羨ましいシチュエーションだよね。


 けど、きちんとしないといけない。選べるのは一人だ。どちらも魅力的だけど、付き合う女性は一人だけ。そして、それをあとわずかな時間で考える。それが俺のやるべきことだ。例えどちらと付き合うことになったとしても、まず初めはモモの方に誠心誠意、俺の想いを伝える。それが、告白してくれたモモにできる最大級の返答だ。


 しかし……、ハーレムを築くラノベ作品はいくつもあるけど、まさにそんな状況だ。俺、主人公だったんだな! 普段主人公らしい特性なんて何もないと思っていたけど、いざこういう状況になってみると、調子のいいことを考えてしまう。


 俺はそんなことを考えながら、駅と大学をつなぐ道を駅方面に向かって歩いていく。駅前の広場には、仕事帰りのサラリーマン、大学帰りの学生で賑わっている。ガヤガヤした駅前通りがいつも通りの光景を見せる。



「翔くん……!」



 俺と近しい名前が誰かから発せられ、歩いていた俺は駅の改札方向へと目をやる。ピンクのセーターとダークブラウンのスカートを身につけ、目を丸くした女性がそこには立っていた。


「やっと見つけた……! 翔くん!」


 その女性を見たときを境に、そんないつも通りの光景は、俺の中で非日常へと変化した。


 垢抜けた雰囲気の肩より少し長く、明るいミディアムショート。見覚えのある容姿。数年経って少し変わってはいたが、すぐに分かった。


「は? え? 何で? 何でお前が……?」


 声が震える。さっきまでの緊張と、桃色の気分は吹き飛んでしまった。人ごみに隠れては現れる彼女の姿。何度隠れても、何度まばたきしても、彼女の姿が消えない。


「何でお前がこんなところにいるんだよ……? (あお)……」


 人ごみの中から近づいてきて、彼女は俺の前で立ちどまり、俺の質問に答えた。



「翔くんに会いに来たんです! またワタシと付き合ってください!」



 一年以上付き合った、俺の元カノ。水無碧(みずなしあお)は変わらず自分勝手にそう言った。



 俺は、あっけにとられて返答ができない。ガヤガヤしていて賑やかな駅前ではあったが、俺の耳には何も聞こえなくなっていた。ただただ、瞳を揺らしながら目の前の女、碧を見ることしかできなかった。


「翔くん、変わってないですよね! 童顔も変わらずですね!」


 沈黙している俺に、碧は気にせず話しかける。こちらのペースなど、お構いなしだ。


「ちょっと安心しました! 四年間会っていないから、変な方向に大学デビューしていたらどうしようかと、少しだけ心配してたんですよ」


 何だ? 何言ってるんだ?


「けど良かった。ワタシがずっと考えていた、翔くんのままで……」


 からかわれて……いるのか……?


「碧、お前……」


 閉じていた口をようやく開いて、目の前の女に話しかける。


「お前、元カレのことはどうしたんだよ……?」


 俺の質問に、碧はどういうわけか、ちょっとした微笑を浮かべて答えた。


「あの人のことは、もう本当になんとも思っていないです!」


 なんでだ?


「だから、これからは翔くんのことだけを考えて一緒にいられます!」


 どうしてぬけぬけとそんなことが言えるんだ?


「お前、何言ってんの……?」


 気づけば俺は、自身の考えていることが表に出てしまっていた。聞かずにはいられない。俺には、こいつの考えていることが分からない。


「そんなの、無理に決まってるだろ? 俺とお前の関係は、もう終わったんだから」

「翔くん……。やっぱり怒っていますよね……。あの時から携帯電話も着信拒否されてしまっているし……。自分でもあの時のワタシはだらしなかったなと思って、反省しています」


 さっきまでの明るい表情は曇り、悲しそうな表情をする碧。だが、


「だけど、ワタシはもう迷ったりしない! 翔くんと別れてからも、翔くんのことを忘れたことなんてない! 他の男性からの告白も、何度も何度も断って、翔くんだけを想っていた! あの時のワタシとはもう違います!」


 駅の雑音に負けない声量で、近くにいる俺へ訴える。碧の瞳も少し揺れていた。相変わらず通る声をしているので、道行く人がこちらを振り返っていそうだ。


「だから翔くん! またワタシと付き合いましょう! 今度は何の問題もなく……」

「お前、ふざけてんのか……?」


 俺は彼女の言っていることが未だに理解できず、驚きを隠さないまま思わずそう口にした。碧の言葉を結果的に遮る形になったが、俺は構わず続けた。


「お前、俺たちがどうして別れたのか忘れたの? いつまでも過去を引きずっていたお前は、俺とじゃ上手くいかない。だからお前は、俺から離れたんだろ!?」

「確かに別れました! だけど、違うんです! ワタシはそういう意味で別れたんじゃないです! ワタシは、翔くんのことを想って……」

「何も違くないだろ!!」


 大声を出した俺に、碧がビクッと肩を震わせる。ここは駅前。こんな人が多い場所なのに、俺らしくもない。だけど、我慢せずにいられない。


「俺のことを想って!? よくそんなデタラメなこと言えるよ! お前の行動のどこに、俺を想ったことがあったって言うのさ!? 自分勝手でわがままで、こっちの気持ちも何も、無視しやがって!」

「翔……くん……」

「元カレのことはもう何とも思っていないだって!? 笑わせないでよ! 一体今まで何回そう言ってきたんだよ! 今回は違うなんて、誰が信じられるってんだ! 信じようとした俺の手を、何度放してきたんだよ!」


 あぁ、らしくない。みんなこっちを見てる。注目の的だ。けど、恥ずかしいとかそんな感情、なにも浮かんでこないな。浮かんでくるのは怒りと嫌悪感と、喪失感だけ。


「だったらもういいじゃないか。俺とお前の関係はもう終わったんだ。戻ることだってない。俺じゃない奴と一緒にいればいいだろ。俺にはもう、関係ないんだから」


 声を抑えて碧にそう言った。別に、あの時に終わったことだ。付き合って、何かが原因で別れて。けれど、それ自体は恋愛でよくある話。なにも特別なことではない。だから、俺たちの関係はあの場で終わりだ。それも普通の恋愛のよくある形。


「嫌です。ワタシは、翔くんじゃなきゃ嫌です! だって好きなんだもん! どうしようもなく好きなんだもん! 翔くんのこと、忘れられないですもん!」


 俺は、碧の言葉にギリっと歯を鳴らす。

 これだよ……。こいつはいつもこうなんだよ。何が『忘れられない』だ!


「翔くん! 待って、翔くん!」


 俺は、走り出していた。少しでも早く、駅から離れるように全力で家の方向に走る。


 大学に向かう道を歩く人たちの間を素早く駆け抜ける。ここが広い通路で良かった。でないと、小回りが効かない今の状態ではぶつかっていたかもしれない。だけど俺は、早く離れたかった。あの女がいる駅前から、少しでも遠くへ……。


 ……


 誰が主人公らしいって? 誰が、上手く付き合っていけるだって?

 そんなわけないじゃないか……。あんなに長く付き合っていた元カノ一人の心すら満足させられない俺に、モモやミド姉と交際するなんて、できるわけないじゃないか……。



 俺なんかが、彼女たちと釣り合うわけなんかないじゃないか……。



 *


 その日、翔平は、駅前に来た目的を結局果たすことなく家に帰り、すぐに床に着いた。


 そして後日、翔平は桃果(とうか)の告白を再度断ることになる。その理由は、『翠のことが気になり出したから』というものではなく、どうしようもなく『自信がない』というものだった。


 第30話を読んでいただきありがとうございます。物語の展開上、2部構成になってしまいました。そして、今回は波乱万丈の過去最大級のシリアス回の幕開けです!


 と、いうことで新キャラ、水無碧です。主人公の元カノという、あまりなさそうな立ち位置のキャラです。


 実は、翔平の元カノキャラは投稿開始前から考えていた設定でして、それに関する伏線も物語の中で多く散りばめていたんですね。細かすぎて気づかないところもあれば、分かりやすいところもあります。

 碧の物語への登場はこんなに遅くなってしまいましたが、私の中では非常にベストなタイミングで出せたのではないかなと考えています。彼女の登場により、翔平の感情は大きくかき乱されました。今後、どのように影響してくるのか、見ていただけたらなと思います。


 次回は、翔平の過去編です。岡村翔平がどのようにして現在の岡村翔平と繋がるのかを書いています。それではまた、第31話で!


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