第29話「花森翠は口づけしたい」①
花森翠
「花森ちゃん、本当にお疲れ様! それじゃあ、結果が分かったら連絡するからね!」
「はい! よろしくお願いします!」
私の担当漫画編集者である染谷さんとの打ち合わせを終え、打ち合わせ場所だったファミレスを跡にする。いつになく清々しい気分で澄んだ青空を眺める。
二週間とちょっとの修正作業を終え、ようやく私は、漫画賞に応募した! もちろん、一発でオーケーが出たわけではなく、描いてはメールを送り、その度染谷さんからアドバイスをもらった。そして、メールチェックでオーケーが出たところで、最後の直しをした最終版を直接見てもらおうと、こうして都心に出向いたのだ。そこで私は、本格的なゴーサインを出してもらえた。
「ここまで、長かったなぁ」
漫画を本格的に描き始めた一年のころから三年半。もう、そんなに長いこと漫画を描いているのかとしみじみ思う。
しかし、これで終わったわけではない。なにせ、これはただ賞に応募したというだけ。漫画家になれたわけでもないし、もっと言えば、受賞したわけでもない。スタートラインに少しだけ、ほんの少しだけ近づいたというだけのこと。
だから、気を抜いてはいけない。落選のことも考慮して、新たな題材を考えよう。今度はどんなのにしようか?
……けど、今日くらいはいいよね? 正直、もうヘトヘトだし……。ここ二週間は睡眠時間が大幅に削られてしまった。応募を終えたことによる脱力感も相まって、今すぐにでも寝ることができそう。
それに何より、
「(最近また、翔ちゃんに会えてないよ~)」
充電が足りない! だってもう、二週間以上だよ!? しかも、その二週間前だって、会ったのは数分だけ! もう一ヶ月くらい触れ合ってないんだよ!? そりゃ、充電切れるよ! てか、もう切れてるよ!
翔ちゃんを男の子として好きになったけど、先日、やっぱりブラコンであることに変わりはないと確認した私。そんな私には、未だに弟、もとい翔ちゃんによる充電は不可欠みたいだ。あれには驚いた。一体、どれだけ重症化してるのよ……私。
まぁ、それはともかくとして、翔ちゃんに会いたいな。せっかく応募も終わったから、羽を伸ばせるんだし……。
それに、しばらく間を空けてしまったから、恋のライバルである桃ちゃんがまた何かアクションを起こしているかもしれない。手遅れになる前にこっちからも攻めないと!
けど、攻めるって言ったって、どう攻めればいいのかしら? 普段からスキンシップは多めにしているし、正直これ以上攻めようがないのだけれど……。
まさか、いきなり告白だなんて、そんな心の準備はできていないし……。
私はそんな悩みを抱えながら、地下鉄に通ずる広場を歩く。段々と寒くなってきたため、防寒対策をする人が増えてきている。かくいう私も、今日は暖かめなニットを着ている。
そんな人たちの中で、腕を組んで歩くカップルが目に入る。仲むずましいその姿を見て、私はある考えに至る。
「(こ、これだ!)」
そう、デートよ! そういえば私、翔ちゃんと『デート』っていう名のデートをしたことがない! どこかに遊びに行くことはあれど、それは『デート』という名前ではなかった! モデルの資料集めだったり、姉弟の親睦を深めるための外出だっただけだ!
「(翔ちゃんも、デートって言って誘ったらちょっとは意識するかな?)」
そう考えて、私は顔が赤くなる。こんな乙女みたいなことを考えるなんて、私も変わったなぁと心の中でつい苦笑いをしてしまう。
会いたいと思うと、そう思う気持ちは段々強くなってきて、私はさっきまで感じていた疲弊感をすっかり忘れ、スマホを取り出しメッセージを送ったのだった。
*
「お待たせしました、ミド姉」
「う、うん……!」
集合場所の駅前に翔ちゃんがやってきた。いつも通りの態度で臨もうとするけれど、メッセージにはっきりと『デート』と書いてしまったことで、妙に意識してしまう。
「ミド姉、漫画賞の応募、本当にお疲れ様でした!」
「あ、ありがとう翔ちゃん! まだ、安心はできないけどね」
「まぁまぁ、今日くらいはゆっくりしましょうよ! 今まで頑張ってきたんですから、息抜きも大事ですって」
「うん、そうだね! それじゃあ、早速デートしよっか! ね、翔ちゃん?」
翔ちゃんのねぎらいの言葉に嬉しくなった私は、メッセージでも書いた通り、デートを提案する。すると、翔ちゃんはその言葉に対して疑問を呈する。
「あの、何でいきなりデートなんですか?」
「な、何でって?」
「いや、だって僕ら姉弟じゃないですか? デートって表現はなんだか照れくさいんですけど……」
マジレスしないでよ! 改めてそんなこと聞かれても、答えるのに困っちゃうよ! こっちだって、メッセージを送ったあとにストレートに表現しすぎたと若干の後悔があったのに!
「ほ、ほら! 私って姉と弟のラブコメを書いているのに、弟とデートしたことなかったなぁって思ってさ!」
「まぁ、確かにそうですけど……」
私は適当な理由を考えてそう言う。あくまで、姉として遊びに誘ったという訂で話す。積極的に攻めようと思っていた私はどこへやら。
「まぁまぁ、いいじゃない翔ちゃん! 翔ちゃんに会いたかったのは本当なんだから!」
「まぁ、いいですけど……」
「それよりさ、とりあえず歩こ!」
そう言って私は、大学方向に歩き出す。別に何する予定があるわけでもないけれど、こうして翔ちゃんと散歩を目的に歩くのも十分に楽しみ。
「どこに行くんです? この駅の周辺ってあまりレジャー施設みたいなのないですよね?」
「まぁ、いいからいいから! 今日はお姉ちゃんについて来なさいって! しっかりエスコートしてあげるから!」
「本当にデートみたいなこと言ってますね……」
「『みたい』じゃなくて、デートなんだよ~」
ちょっと今までがびっくりするくらいブラコンだったからか、すっかり私に対する翔ちゃんの認識も『設定上の姉』っていうものになってしまったようだ。なんだか過去の自分が今の自分に苦労させようとしているみたいで、複雑な感じだ……。
これ、思った以上に私、不利なんじゃないの?
*




