第28話「岡村翔平は熟考したい」①
岡村翔平
「ずっと好きでした。わたしと……付き合ってください……」
ショッピングモールの近くにある公園。丘陵地に作られた公園は、池を中心に周囲が舗装路で囲まれている。俺とモモは、モール内で別行動となった朱里と大樹を探しにこの公園内の道を歩いていた。
そして、舗装路の周囲を更に囲う土の道。森林浴を楽しむには十分なほどの木で覆われたその道で、突然様子のおかしくなったモモから、驚きの一言を言われたのだった。
「……え?」
精一杯状況を把握しようとしてようやく出たのは、およそなんの意味も持たない、こんな一言だけだった。それほどまでに、俺の中でこの状況は意外すぎて……。
……これは言葉通りの意味だよね? 聞き間違いなんかじゃないよね?
そんな考えばかりが頭の中を巡る。突然放たれた一言に、俺の理解は未だに追いつかなかった。
「わたしは、翔平くんのことが好き。出会ったその日から、ずっと好きでした……」
モモの震える声が聞こえる。そこで俺は、これが現実であるということを確信した。俺のことを見るモモの姿は、本当に真剣だ。
「ずっと? えっと……。俺、なんかした?」
「翔平くんと初めて会ったゲームセンターで、わたしを助けてくれたこと、覚えてるでしょ? わたしはその姿と、わたしに言ってくれた言葉で、翔平くんのことが好きになったの。それから、ずっと好きだったの……」
ゲームセンター……。よく覚えている。確か、モモに目をつけていたゲーセン店員を追い払って、景品を採るアドバイスをしたんだっけ。
それで、俺に一目惚れ? 馬鹿な! そんな都合の良い展開があるか?
「それからわたしは、運良く翔平くんと再会した。でも、わたしは引っ込み思案だし、翔平くんの近くにはいつもミドちゃんがいた。だから、今まで告白ができなかった。あの時、頑張ろうって思って、思い切って髪まで切ったのに……」
髪? そういえば、モモの髪の毛は最初会ったときはすごく長かった。あの髪を切ったのは、そういう意味だったのか。
「けど、そうやって何もできないわたしはもう嫌だ。だからわたしは気持ちを伝えたの。わたしは、翔平くんが好き。わたしと付き合ってください」
言葉が出なかった。まさかモモが、出会ってからずっと俺のことを好きでいてくれたなんて……。
モモの声は、変わらず震えている。瞳は涙で潤んでおり、まるで水面のように光が反射している。不安でしょうがないんだと思う。想いを伝えて、それが受け入れられるのか……。
「モモ、ありがとう。その気持ち、すごい嬉しいよ。本当に嬉しい……」
けど、俺は……、
「けど、ごめん。俺はその告白を受け入れることができない……」
前置きを言ってから、目の前に立つ女性の瞳をしっかりと見て、否定の言葉で応じた。
「モモとは、趣味や話のリズムも合うし、一緒にいてすごく楽しい。だけど、友達以上の関係には見てなかった。だから、俺はモモと付き合えない。ごめん」
辛かった。大事に思っている相手を拒絶するというのは、本当に辛い。モモも、俺の言葉を聞いて辛くないわけがない。だけど、嘘だけはつけない。それに……、
「それに、俺よりも魅力的な男はたくさんいるよ。俺は、大樹みたいに小粋な冗談をはさむことだって、スマートに引っ張っていくだけの器量だってないんだから」
「そんなことはない! 翔平くんは自分で思っているよりもずっと素敵な人だよ! そんな翔平くんだから、わたしはどんどん好きになっていくし、一緒にいたいと思う! 可愛いけど、それでも誰よりも格好良い。そんな翔平くんと一緒にいたいの!」
自信のない様子を見せた俺に、モモはそうやって力説する。その言葉は、素直に嬉しい。そう思われていることに喜びを感じる。
「けど俺は……」
そこまで言って一度言い淀むが、言いにくい言葉を再び放つ。
「ごめん。友達としてしか見ていないモモとは、付き合えない」
いつの間にか俺の顔は地面を捉えていて、告白を断る態度としては悪い部類に入るかもしれない。だけど俺は、モモの顔を見れなかった。
友人と恋人は違うんだ。
友人だって言うなら話は別だ。だが、それが恋人となると、恋人に対する理想というものが少なからず生まれる。付き合うときはいい面だけを見ているかもしれないが、ずっと一緒にいると、悪い面は必ず目立つ。
それでも、女の子をずっと楽しませられる、安心させてあげられるほどの器量があればいいが、俺にはない。そうなると、別れる。恋とはそういうものだ。どれだけ良い友人だったとしても、恋人になったら……変わってしまうかもしれない。モモだって……。
下げていた首を上げると、モモはショックを受けたんだろうか、目線を少し下げて悲しそうな顔をしている。胸の痛みが増す。けど、適当なことを言ってしまうのだけは絶対にダメだ。だから俺は、誠実に答える。それが例え、拒絶の言葉でも……だ。
沈黙が俺たちを包む。舗装路から離れた狭い土の道には、俺たちのほかに誰もいない。木々が秋の涼しくなってきた風に揺られる音だけが響く。
俺は、モモが何かを言うまで、何も言わずにただ待っていた。自分の中で状況を整理しているんだろうか、モモは何も言わない。しかし、さっきまではショックを隠せない様子だったのだが、今では少し表情が変わっている。決意を秘めたような、そんな、どこか闘志を持つような目をしている。
「翔平くんの気持ち、分かった……」
モモは、首を上げないまま、そう言って沈黙を破った。
「けど、わたしもそう簡単に諦めたくない。だって、これが初恋だもの。簡単には、諦められないよ!」
強い意志を持ってそう言うモモ。瞳を潤ませながら、目に宿る闘志に見合った強気な姿勢だ。
「だから一週間、考えてみてくれないかな? 告白したわたしを、一人の女の子として、あなたに恋する女の子として、見てみてくれないかな?」
俺は、なんて言えばいいか分からない。意外にも強い芯を持つ彼女の言葉に対して、俺は三度目の拒絶をすることができなかった。
「モモは、それでいいの? 結果は変わらないかもしれないんだよ?」
「……うん。一週間後、返事、待ってるから……」
それだけ言うと、彼女は「ごめん、今日は帰るね」と言って、苦しそうな微笑を浮かべながら駅に向かっていく。俺はそのまま、ただ彼女の後ろ姿を眺め続けた。
結局この日、俺は朱里と大樹を見つけないまま、帰路についたのだった。
*




