第25話「恋する乙女は順調に進めたい」①
花森翠
夏休みも終盤に近づいた九月の下旬。私、花森翠は作業台に向き合い、ペンを走らせる。
今月の上旬に実家から送られてきたパソコンと液タブのおかげで、私の持ち込み用漫画は順調に進んでいた。
「お、終わった! 下書き描けた!」
そしてついに、持ち込み用漫画の下書きを完成させたのだった。同人誌即売会が終わってから就活やら家の問題やらで色々あって、全然漫画を進めることができなかったけど、ようやく終わりの見える段階まで進めることができた!
卒業まであと半年。あまり時間は残されていないけれど、九月の二週間を使ってここまで進められたのは、かなり順調じゃないかしら?
「ふぅ~……」
私は座ったまま頭の後ろに手をやり、天井に腕を伸ばしてリラックスする。
自分の完成させた下書きを見返してみても、よくできていると思う。弟モデルができて色々と学んだことで、姉と弟の気持ちを極力リアルに表現できたと思う。弟と接している時の主人公の顔は、幸せそのもの。私自信のブラコン体験を元にしている。
そして更に、今月に入って新たに得た収穫がある。
それは、私が翔ちゃんを男の子として好きだと気づいたことだ。
先日のトコナツランドで桃ちゃんをきっかけに私は自分の想いに気づくことができた。そして、この感情は私が自分の漫画を描くうえでも非常に重要なファクターとなった。
私の描く漫画は、姉と弟のラブコメだ。そのため、私に芽生えたこの感情を漫画に反映することでより良い作品にすることができたと思う。
……と、このように、漫画制作自体は順調そのものなのだが、思い通りにいかないこともあった。
「翔ちゃん、何しているかな?」
文字通り、『愛しの』男の子を思い浮かべ、嘆息する。
私はこの二週間ほど、翔ちゃんとまともに会っていなかった。というのも、先日のトコナツランドで自分の気持ちを自覚してから、変に意識してしまい、以前ほど気軽に誘いをかけることができなくなっていたのだ。
「(今まで私、どういう距離感で接してたっけ……?)」
思い出されるのは、あまりにも積極的な私の姿。あちこちでハグ、頬ずりしている自分の姿だった。
「(こんなに積極的にくっついてたなんて~!)」
元来、私という人間はそこまで積極的な性格をしていないのだ。ブラコンに目覚めてからというもの、お構いなしで本能的な積極性を見せていたが、あのときの私はどうも異常だったようだ。四月上旬のブラコンに目覚めていない時の私も、漫画を描こうと必死だったからゆえの積極性だし、そもそも童顔で可愛い後輩の男の子を『男性』として意識していたわけではない。
今の私に、ここまでのことができるのかな? だけど、
「(何もしなかったら、それはそれで桃ちゃんに翔ちゃんを盗られてしまうわよね……)」
そうなのだ。悠長にしている場合でないのも事実。私の友人であり隣人である桜井桃果ちゃんは、翔ちゃんのことを私よりもずっと前から好きなんだから!
翔ちゃんと私のことを考えて、気持ちに気づかせてくれた桃ちゃんだけど、もう手加減などしてくれない。そこまで恋愛というのは甘いものじゃない。私がぼんやりしていたら、あっという間に翔ちゃんは盗られてしまう。
桃ちゃんは、とても魅力的な女の子だし、翔ちゃんとも非常に息が合う。単純な友達関係で言ったら、私なんかより断然上だ。そう言う意味では設定上のお姉ちゃんという特殊な関係を築いてきたことは、私にとって不利なのかもしれない。『女性』としてではなく、『姉』という認識の方が遥かに大きいだろうから……。
「けど、親密度で言ったら、私の方が上よね!」
だって、翔ちゃんの一番近くにいるのは現状でも私だもの! その気になれば、呼び出す口実なんていくらでもあるもの! 今までは『ブラコンの姉』だったけれど、これからは私を『一人の女性』として意識させてみせるんだから!
そうと決まれば、日和っている場合じゃないわね。気軽に誘えないとか言っている場合じゃない! ちょうど下書きも完成したんだし、「下書きできたから見て欲しいな!」っていういつもの軽い感じで翔ちゃんを誘うとしましょう!
ほらね? こんな風にいくらでも口実を作ることができるのよ! これこそが桃ちゃんになくて私にある最高のアドバンテージ!
私は、机の上に置いてあるスマホを意気揚々と手に取ると、メッセージアプリを開き、通話ボタンを押す。
プルルルル
『はい、もしもし』
久しぶりに聞く弟の声。その声に若干ドキっとしつつも、私は挨拶する。
「もしもし翔ちゃん? 久しぶりだね!」
『ミド姉、久しぶりですね。あれから持ち込み用漫画は順調ですか?』
どうやら翔ちゃんは、私が持ち込み用の漫画を描いていることを察していたようで、気を遣って連絡しなかったようだ。その心配り、何と大人な対応なのでしょう。やはり見た目と違って中身は大人な童顔大学生ね!
「うん! おかげさまで、さっき下書きが完成したんだよ!」
『そうなんですか! それは良かったです! あともう少しで原稿が完成ですね!』
翔ちゃんの声は心の底から嬉しそうで、その弾むような声を聞いていると、私は非常に嬉しくなる。
「ありがとう! それでね、翔ちゃん……。描き終わった原稿を見て欲しいから、今からうちに来てもらうことってできるかな?」
『え? 今からですか?』
すると翔ちゃんは即答せず、少し考えるような声色を出す。あれ? 何か用事あったかな?
しかし、少しの沈黙のあと、翔ちゃんは承諾してくれた。
『ちょっとすぐには無理ですけど、一時間後くらいならいいですよ』
「ホント!? ありがとう! それじゃあ待ってるね!」
やった! 翔ちゃんと会うの久しぶりだな……。変な態度だけは取らないようにしないとね。
スマホに耳を当てていると、何やらガヤガヤと人の声が聞こえる。もしかして外出中?
「翔ちゃん、今、外出中なの?」
『あぁ、はい。実は今、モモと一緒にショッピングモールにいるんですよ』
へぇ、桃ちゃんと一緒に買い物か。
……
…………
………………ファ!?
桃ちゃんと二人で、買い物!?
「え!? 今、桃ちゃんと一緒にいるの!? なんで!?」
『なんでと言われましても。買い物に誘われたので、付き添いですよ』
桃ちゃん、やるわね! まさか、こんなに早くデートを仕掛けてくるなんて思わなかったわよ! 油断していた……。そりゃそうか、向こうからしてみれば、自分からライバルを増やしたわけだし、なりふり構っている余裕はないもんね!
「そ、そうだったんだ。いやー、買い物中で本当に悪いけど、できるだけ早く来てくれると嬉しいな! できるだけ早く!」
『え? あ、はい。買い物も終わったんですぐ帰れますけど……』
「うんうん。それじゃあ待っているからね」
よしよし、とりあえずこれ以上二人きりの心配はなさそうね。
『あ、けどご飯食べていくってなったら一時間以上遅れますね』
「私が作ります!!」
『え?」
「ご飯は私が二人の分も作るわ! だから安心してすぐ来ていいわよ! 今日はとびっきりのやつ! そんじょそこらのレストランじゃ食べられないものを作っちゃうんだからね!」
下手な見栄と予防線を張ろうとする私。どうしても語気が強くなってしまい、翔ちゃんも戸惑っているようだ。
『は、はぁ。なんか、気合入ってますね……。それなら遠慮なく、ご馳走になります。では、モモには僕から伝えておきますのでこれで』
そう言って、通話が切れる。
ふ~。危ない危ない。桃ちゃんとずっと二人きりになんて、させておけない……。
あれから二週間。もしかして、私が気づいていないだけで何度か二人で買い物行ったりとかしていたり? くっ、油断も隙もあったものじゃないわね! 桃ちゃんには悪いけれど、こっちだって全力で行かせてもらうんだから!
……あれ? ちょっと待って。そういえばさっき、私、とびっきりのご飯をご馳走するとか言わなかったっけ? 冷蔵庫に、食材ってそんなにたくさん入っていたっけ?
……ないよ! そんなにたくさん材料ないよ! 買ってこなきゃ! ていうか一時間やそこらでとびきりの料理なんて作れるの!? 見栄張り過ぎじゃない!?
私は少し離れたスーパーまで、全速力で買い物に向かった。
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