第23.5話おまけ「町田大樹とジュニアハイスクールデイズ」③
受験した高校からすぐの場所にある公園。そこで、オレはまずペンケースから鉛筆を取り出し、岡村に差し出す。
「これ、お前のだろ?」
「うん。無事に試験が終わって良かったね」
そう答え、鉛筆を手に取る岡村。オレは、気になることを質問する。
「なぁ、何でお前、こんなことしたんだ? こう言っちゃなんだが、オレとお前は仲が良いってわけじゃなかったと思うんだが?」
むしろ、オレはお前のことが嫌いだったんだぞ。陰湿な嫌がらせだってしたことあるし、嫌な気分にさせただろ? なのに何でお前は……?
言葉には出さなかったが、オレの喉にはそんな言葉が出かかっている。こいつだって、そんなことしたオレのことを快く思っているはずない。だから、聞いてみたかった。どうしてあんな助け舟を出すようなことしたのか……。
「何でって、困っている時はお互い様でしょ?」
「!?」
あっけらかんとそう言う岡村。お互い様だと? そんなわけがあるかよ!
「お互い様って! オレは、お前に何もしてやってないじゃねぇかよ! オレには問題集を見せてくれたりしたけれど、お前が消しゴムを忘れたとき、オレはお前に貸そうとしなかったじゃねぇかよ!」
「あ、あれ……、やっぱわざと貸してくれなかったんだ……」
「う」
言わなくてもいい情報をポロリとこぼすオレ。岡村は、それを聞いて落ち込んだような表情を見せる。
「あぁ、そうだよ。わざと貸さなかったんだよ! オレ、お前のことが嫌いだったからな! それだけじゃない。お前が悪いわけじゃねぇのに、一方的に嫌悪して、体育の時にちょっとした嫌がらせしたりもしたよ! なのに、なんでこんな……」
オレの、自分への嫌悪の気持ちを聞かされて、岡村はショックを受けたように顔を伏せる。オレは罪悪感でいっぱいだ。
ひどくみっともない。オレはお前に与えてない。与えたのは、嫌な気分だけだ。何で、こんなオレにお前は……。
「それは……町田くんがいい人だから」
「……は!?」
こいつが何を言っているのか分からない! いい人? オレが!? オレは宇宙人と話しているわけじゃないよな!?
「小学生の子が投げて遊んでいたフリスビーが木にかかったとき、取ってあげたことがあったでしょ?」
「そんなこと……あったか?」
全然覚えてない。
「それだけじゃない。同級生が怒られているとき、一緒に付き添って怒られたりもしていた。誰かを助けている町田くんを、今回は僕が助けた。それだけだよ」
「……あ!」
思い出した。そういえば、どっちもあったな! 確か中学一年くらいのときだ。
そういえばオレ、昔はテレビで出てくるようなヒーローに憧れてたりしたんだよな。誰かを助けるその姿に憧れて、小学校の頃は持ち前の器用さや運動神経の良さで誰かを助けることに達成感を覚えたりしてたっけ。中学一年もその名残で……。
『困ったときはお互い様だ!』
そういえばこれ、オレがよく使っていた言葉だ……。それが、いつからこうなった? いつから今みたいに、こんな偉そうな奴になったんだ? 勉強もスポーツも何でもできて、クラスでの立ち位置も上の方。そんな自分にくだらない自信を持って、人を見下すようになったのはいつからだ?
「ハハッ。ダッセェ……」
オレは乾いた笑いで自分を笑う。オレはいつの間にか、ヒーローどころか悪役になっていたみたいだ。
「なぁ、岡村。ありがとう、鉛筆貸してくれて。そしてごめん。オレ、お前に嫌な態度ばっか取っちまってごめん。さっきも、嫌いとか言っちまってごめん。悪かったのは、全部オレの方だ。勝手に嫉妬して、勝手にイライラして、八つ当たりしちまって……」
ふがいない自分を全て出し切り、今までの非礼を詫びる。
「簡単に許してもらえるとは思えないけど、とにかくオレは謝りたい。お互いに、同じ高校に受かっているといいな……」
とは言っても、簡単に心を許すわけないか……。正面切って嫌いって言われたんだ。向こうだって、オレと同じ高校に通うこと自体が嫌かもしれないな。
「……」
何も言わない。そりゃそうか。そう簡単にやったことは覆らないよな……。
「同じ高校、行けるといいね! その時はまたよろしくね! 町田くん!」
「え?」
顔を上げると、そこには微笑むような表情をした岡村がいた。オレは、状況判断ができずに目を丸くする。
「お前、怒ってないの?」
「もう気にしてないよ。さっき嫌いって言われたときは、ショックだったけどね……」
「いやお前、そんな簡単に許していいのかよ!? 言ってしまえばオレ、お前の嫌がる態度を理不尽に取り続けてきたクソ野郎だぞ!?」
「うん。それはさっき聞いたけど、それも含めて、謝罪してくれたんでしょ? だったら、もういいよ。謝ってくれたんだから、僕はそれを許すよ」
「……」
――拍子抜けだった。こんなに簡単に、この場で許しの言葉が出るなんて思わなかったから。もちろん、建前だってことはある。この場を収めるのに、『とりあえず許す』ということはある。
――だが、オレはこの言葉を聞いたとき、心底自分の心が軽くなった。罪の意識が軽減された。翔平の器の大きさに、ある意味でオレは救われたんだ。
「……はは」
「町田くん?」
「ははははははは!」
オレは、岡村が見ている前で笑い声を上げる。オレがなぜ笑っているか、岡村は分からない様子。
「お前、甘い奴だな! ホント、お人好しというか……」
「は!? 何でいきなりそんなこと言われなきゃいけないわけ!?」
「悪い悪い。けど、大概にしとけよ! そのうち、本物の悪党に悪い目に合わされちまうかもしれないからな」
「そんなの、余計なお世話だよ! 詐欺に合うほど落ちぶれてはいないよ!」
岡村は……、岡村翔平は、面白くなさそうにそう言うと、公園の出口に向かって歩き出した。そういえば、長いことここにいて、もう夜も遅くなっちまうもんな。
「岡村翔平!」
歩いて帰ろうとする岡村翔平に、オレはもう一度大声で呼びかける。すると、さっきと同じムスっとした顔でこちらを振り返る。
「本当に、同じ高校に受かるといいな!!」
オレは、笑いながら手を振る。暗くなりかけで見えていなかったかもしれない。しかし、岡村翔平もそれに対して、笑って返してくれた。
岡村翔平か……。面白い奴だ。あいつと同じ高校に行きてぇな!
――その後、オレと翔平は同じ高校に入り、同じクラスになった。大人しめな性格だから、翔平の方から話しかけることは少なかったが、オレがひたすら付きまとっているうちに、オレたちはいつの間にか親友と呼べるほど、仲良くなった。
――それから行動を共にすることが多くなったオレは、翔平のことを色々と知っていく。意外と芯が強くて、自分の正しいと思ったことを主張するタイプ。だからこそ、誰より優しい。いつからか、オレも翔平のように、人に自然と手を差し伸べられるような人間になりたいと思うようになっていた。
*
「さてと、メッセージも送ったし、さっさと戻らねぇと……」
プールのロッカールームから出て、暗くなりかけの園内を見渡す。こりゃ、バイキングに乗るのは無理だな。ったく、余計なことに時間とられちまったぜ!
だが、悪くない。今のオレは、悪くない。いい気分だ。
迷子の面倒でクタクタになったと思っていた身体だったが、不思議と軽い。オレは自然と頬が緩む。
「っし! 行くか!」
そうしてオレは、休みを挟むことなく、遊園地の中央に向かって走り出したのだった。
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今回のおまけは、大樹と翔平の過去話でした。おまけと言いつつ、文字数が多くなってしまい、結局3部分けすることになってしまいましたけど、この話はいつか必ず書きたいなと思っていたので、ここで投稿できて良かったと思います。ぶっちゃけ、この話を書くために、ミクちゃんという謎の新キャラを登場させたり、わざわざ大樹にみんなと別行動をとってもらったんです。
とまぁ、一応これで大樹がどうして翔平を尊敬し、どのように親友になったのか、紹介できたと思います。第13話、朱里との初邂逅で大樹が言っていたのも、こういうことです。
友人というのは、いいものですよね。生産性のないどうしようもない話ができる友人がいるというのは、本当にありがたいことだと思います。多分、恋人作るより親友作る方が難しいんじゃないかと思います(笑)
では、今回はこの辺で。第25話あとがきでまた!