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第23.5話おまけ「町田大樹とジュニアハイスクールデイズ」②

「よろしくね、町田(まちだ)くん」

「おう、よろしく」


 オレの隣の席は、岡村(おかむら)となった。はぁ、こいつと隣かよ。オレ、話したことねぇんだよな。それにオレ、こいつのことあまり好きでもねぇし……。


「はい、それじゃあ席替えの時間はこれで終わり。気持ちを切り替えて授業に戻るぞ~」


 担任の先生がやる気あるのかないのか分からない声でそう言う。


「今日は、問題集の138ページから139ページまで解いてもらう。終わったらノートは提出だからな~」


 数学の問題集を取り出そうとカバンを覗き、違和感に気づく。


「(やっべ。今日、数学の問題集忘れた……)」


 昨日やってそのまま家の机に置いてきちまったよ。どうすっかな。隣に借りるつっても、端の席だから隣はこいつだけだし、前の席は休みだし。


 しばらくの間、ボーッと何もせずしていたオレだったが、五分ほどして、隣から問題集が差し出される。


「町田くん、これ使っていいよ」


 隣の席の岡村は、何故か一緒に見ようという提案ではなく、オレに問題集を渡してきた。


「けど、そしたらお前が問題解けねぇじゃん」

「大丈夫。今、課題の文章と図はノートに取ったから、問題集自体はもう必要ないんだ」


 どうやら、オレの行動を見て岡村は、オレが問題集を忘れたことに気づいていたらしい。親切心なのかそういうスタイルの勉強法なのか知らないが、忘れた者にとってはありがたい申し出だった。


 問題集を受け取って、問題を解き始めるが、だが、オレは気に入らない。


「(こんな時でも、お人好しかよ! わざわざ問題をノートに写すなんてメンドくせぇ真似しやがって。善人のつもりか?)」


 ――当時のオレには、余裕のある態度を見せつけられて、敗北感のようなものがあったのかもしれない。結局、問題集を返すときにまともな礼は言わなかった。


 ――オレは、理不尽な嫉妬を翔平(しょうへい)に抱き、その日から翔平を嫌悪するようになった。翔平が教室で先生に差されて解答を導いても気に入らない。逆に間違えても気に入らない。小さい男だった。一度気になり出すと、何をやるにしてもイライラした。気づくとオレは、それまではしてこなかったちょっとした憂さ晴らしを翔平に対してするようになっていた。


 *


 ――それは、体育の授業でのことだった。


「岡村、パス!」


 オレはボールを少々強めに蹴り、岡村にパスする。取れそうで取れない、絶妙な位置へのパスだ。サッカー部でもない岡村に、それは取れずフィールドからボールは出て、相手にスローインの機会が与えられた。


 結果、それが原因となり、敵に一点を決められる。


「あ~あ。何やってんだよ」

「ごめん、ボール取れなかった……」

「全く、パスが通っていたらそのまま攻め込めたのに」

「ごめん……」


 ――運動神経にモノを言わせて、オレは何度かこういうことをやった。その度にちょっとしたイヤミを言う。今思い出しても、当時のオレを殴りたくて仕方がなくなる。

 ――別に、誰かと結託してたわけじゃない。同じサッカー部の奴らは、岡村に「ドンマイ」と声をかけている。これは、ただのオレの自己中心的で最低最悪なストレス解消だった。


 *


 ――またある時は、授業中のことだった。


「町田くん、ごめん。消しゴム忘れたから貸してもらってもいいかな?」


 オレの隣の席である岡村は、珍しく消しゴムを忘れたようで、すまなそうに隣の席であるオレにお願いしてくる。


「あ~……」


 普通に貸しても良かったのだが、オレは気まぐれで露骨に嫌な態度を取った。


「悪い。オレも消しゴム忘れちまったみたいだわ」

「……そっか。じゃあほかの人に貸してもらうよ」

「ん、悪いな」


 ――流石に何度もこういう地味なイヤミを繰り返すと、当時のオレでも良心が痛んだ。その後、消しゴムを使うだけで胸が痛んだものだ。そして、その痛みがある度にまたイライラして、どうにもならなかった。


「(クソ! 何でオレがこんな気分にならなきゃいけねぇんだよ! 面白くねぇ!)」


 ――結局、隣同士になったものの、会話らしい会話をしないで、オレたちは受験の日を迎えたのだった。


 *


 ――だが、そんなオレに天罰が下った。


「(ない……! ない……! おいおい、嘘だろ!?)」


 ――最後の試験が始まって十五分が経った頃だ。受験当日を迎えたオレは、あまりのトラブルに顔面蒼白の思いだった。


 ――シャープペンの芯がなくなってしまったのだ。替えの芯を出そうにも、試験中、ペンケースは机に出してはいけない決まりだ。ひたすらカチカチと音を鳴らし、芯を出そうとするも、ないものは出ない。オレの焦りは、時間とともに激しくなっていく。



「(クソ! 何だってこんなときに限ってこんなことが起きるんだよ!)」


 もうダメだ。問題はあと半分以上残っている。残りの教科で満点を取れれば話は別だけど、ここは進学校。そんなに甘くテストはできていない。一つの科目でも点数が半分以下だと、不合格は必至だ。


 勉強、頑張ったのになぁ。試験前にはちゃんとやったし、追い込みもかけたし……。

 けど、こういうところの準備を怠ったのも実力のうちだよなぁ。クソ……。あんなに、頑張ったのになぁ……。


 カラン カラン


 突然、オレの隣で音がした。下を見ると、HBの鉛筆が一本、床に転がっていた。

 そして、その視線を更に上に向けると、黙々と問題を解いている岡村の姿があった。


 試験監督の先生は、その音に反応してこちらまで来ると、転がった鉛筆を拾い上げる。


「君の?」


 岡村に質問する先生だが、岡村は首を横に振る。その後、岡村の前後に尋ね、次に通路を挟んで右隣にいたオレに質問する。

 しばらくオレは何も言えなかったが、オレの前後の受験者が名乗り出なかったため、咄嗟に

「は、はい。オレのっす」

 と答える。


 先生は何も不審に思わずに元の教卓まで戻っていく。


 チラリと横を見ると、変わらず問題を解き続ける岡村の姿があった。しかし、ふと見えた頬は、どことなく緩んでいるような感じがしてならなかった。


「(この鉛筆、もしかして岡村が? 何で?)」


 ――こうして九死に一生を得たオレは、その鉛筆を使うことで、問題を解くことを再開できた。問題を解くのに必死だったオレだが、解きながらも、この鉛筆を落としたのは翔平なのかが気になって仕方がなかった。


 *


 試験が無事に終了し、受験生は帰りを迎える。同じ高校を受験した友人が、オレに結果を尋ねる。


「おいダイキー! お前、どうだったよ? オレは理科が全然できなかったぜ!」

「あ、あぁ。オレは理科はできたぜ! 数学がちょっと自信ねぇけど」


 試験が終わったからなのか、無駄にテンションが高くてうっとおしい。オレは適当に返答する。


 あいつは? 岡村は?


 隣を見ると、すでに岡村の姿はなかった。教室の入口を見ると、そこにはオレたちと同じ制服を来た男子が出て行くのが見えた。


「悪い! ちょっと用があるから、先に帰るわ! んじゃな!」

「おい、ダイキ!」


 走る。教室を出て、廊下を走る。視界の先に、探していた奴を見つけ、そいつに向かって声をかける。


「おい! 岡村!」

「……?」


 岡村はこちらを振り返る。いつも通りの表情だ。特段、笑っているわけでも怒っているわけでもない、普通の表情だ。「俺になんか用かな?」みたいな、そう聞きたいような顔をしてやがる。


「ちょっとこの後、いいか?」


 *


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