第23.5話おまけ「町田大樹とジュニアハイスクールデイズ」①
「お兄ちゃん、つぎはあれ!」
「おい、待てって!」
オレ、町田大樹は友人知人たちとトコナツランドに遊びに来ていた。しかし、優先券の発券をしに一人で入口に向かっている途中、困った顔をして泣きそうになっていた迷子の女の子を見つけた。
女の子は、小学校に入りたてくらいの低学年で、まだ歳の数は二桁に達してなさそう。小心者であったのか、素直に泣き声を上げることすらせず、キョロキョロと辺りを見回していた。
オレはそんな少女のことが放っておけず、声をかけた。始めこそ怖がられていたものの、仲良く話をしているうちに心を開いてくれ、顔に笑顔も戻ってきた。おかげで、今では屋台の食い物を次から次へとねだられて、オレは散財しそうだった。
「お肉、おいしい」
「そうかそうか。そりゃ良かったな」
フランクフルトを頬張りながら、嬉しそうな顔を見せる。ま、こんだけ喜んでくれりゃ、別にいいか。迷子の心細さが食い物で癒されるなら上等だ。
「お兄ちゃん、さっきのまたやって!」
「はぁ? またかよ。ミク、お前これ好きだな」
そう言って、オレはミクの頭を撫でた。ちなみにミクってのは女の子の名前だ。
「~~♪♪ 気持ちいい」
気持ちよさそうな顔をするミク。まるで顎の下を撫でられる猫みたいだ。何だかこいつが段々子猫みたい思えてきた。
「お兄ちゃん、じょうずだね。女の子にモテるでしょ?」
「ん? まぁな。オレは大学じゃあ結構人気あるんだぜ?」
得意げにミクに自慢する。ミクはそれに喜んで更にキャッキャと騒ぎ立てる。
「すごいすごい! お兄ちゃんすごいね! じゃあお兄ちゃんは、『やりまくり』なんだね!」
「……」
無邪気にはしゃいだと思ったら、急にとんでもない言葉が飛び出し、オレは笑顔のままそこで静止してしまった。何で、小学校低学年がそんな言葉知ってんだよ!
「えっと、ミク。一体それはどこで知った言葉なんだ?」
「年のはなれたミクのお姉ちゃんが言ってた! モテる男の人はたいてい『やりまくり』だって!」
小学生に何教えとんじゃ姉ちゃんよぉーーー!! 女の子の純粋を汚すんじゃねぇよ!
「すごいな~『やりまくり』! ミクも大きくなったら『びっち』になって人気になるんだ!」
「そんな人気の取り方やめろ!」
意味も分からず危ないワードを連呼するミク。この女の子の将来が心配になる! けど、オレが詳細を教えるわけにもいかないし……。迷ったオレは、とりあえず『やりまくり』も『びっち』も褒められたものじゃないということを伝えておいた。
「ほら、くだらないこと言ってないで行くぞ。もう少しで迷子センターに着くんだから」
「わかったー!」
相変わらずキャッキャとテンション高めにひっついてくるミク。全く何がそんなに楽しいんだか。今お前は迷子なんだぞ?
道中、ミクは屋台に寄り道を数回繰り返す。オレは仕方ないので買ってあげる。嬉しそうな顔されると、どうにも断れない。オレ、甘すぎか?
迷子センターに向かう途中、何気ない会話の中でミクはこんなことをオレに尋ねてきた。
「ねぇ! お兄ちゃんはどうしてミクをたすけてくれたの?」
「は? だってお前、迷子じゃん」
「ちがくて。ミクがこまってるのに気づいてくれた人、ぜんぜんいなかったけど、お兄ちゃんは気づいてくれたもん。お兄ちゃんだけがミクをたすけてくれたんだよ!」
「あぁ、そういうこと」
まぁ、確かにオレが声をかける前にもミクの方を見ている人は何人かいたけど、見て見ぬふりとかしていたもんな。いい大人がみっともないって言うか。こういう奴らって意外と多いんだよな~。
「別に、困ったときはお互い様だろ?」
オレは当然のようにそう答える。
あれ? そういえば、以前もメガネが割れて困っていた陽ノ下にこう聞かれたことがあったな。あの時も同じように答えたっけ……。
「お兄ちゃん、カッコイイよ! お兄ちゃんはミクのヒーローだよ!」
「お! そりゃ光栄だね。……っと、着いたぞ」
迷子センターには、一組の男女が立っていて、係の人に事情を話している様子だった。
「ママ! パパ!」
ミクはそう叫ぶと、迷子センターにダッシュしていった。両親は安心したのか少し泣いていたが、ミクの方は泣きはしなかった。どうやら、迷子の不安な気持ちを消してやることはできたみたいだな。
オレは、達成感を心に持ちながら、ミクに手を振った。
*
ミクと笑顔で別れ、オレはひとまずプールのロッカーに向かった。スマホをロッカーに入れてあるカバンの中に置き忘れたためだ。ここまで連絡の一本も入れていない。流石に心配してそうだ。
迷子センターからロッカーまではほんの一、二分程度。優先券の発券は一応しようと思うが、時間も時間だし、間に合わないだろう。みんなには悪いことをしてしまった。
「(『困ったときはお互い様』か……)」
オレの言った言葉を思い出す。昔のオレのままだったら、こんなこと言わないんだろうな。全く、あのお人好しで無駄に器のでかい奴のせいだな。
確か、中三だったか? あいつと初めてしゃべったのって。思えばオレ、ひでぇ奴だったよな。そういう意味じゃ、翔平の言い方を借りると、あいつがオレの『きっかけ』だったのかもな。
オレは思い出す。あれは、六年前。中学三年の時だった。
*
――当時のオレは、性格の良い方ではなかった。かと言って、誰かをいじめたりとかそういう悪さを持っている奴でもなかった。ただ、思春期ど真ん中、容姿も良かったってことで、今思えば『調子に乗っている』人間だったのだろう。
――そんなオレが、初めて岡村翔平という男を認識したのは、中学三年の十二月だった。
「あれは、岡村……だっけか?」
中学校からの帰り道、商店街でクラスメイトを見つける。
「確か、岡村翔平だっけ? 何してんだ?」
見ると、岡村の隣には、かなり歳いった婆さんが一人。すごくノロノロと商店街の中を歩いている。岡村の持つ紙切れは、古い地図のようなものだった。遠目だったからきちんとは見えないが、手書きで書かれた文字のようなものがあり、おそらくはあの婆さんの道案内でもしてるんだろうとオレは推測する。
「(あ~あ、運の悪い奴。明日から試験だってのに、ご苦労なことだ)」
そう、明日から中間試験だ。中学の試験とは言え、オレたち受験生にとってはかなり重要な試験。今までの成績が良くても、受験二ヶ月前のこの結果は受験校選定に大きく関係する。うちから近い高校は進学校だ。是非ともこのテストは点数を稼いでおきたい。
「(馬鹿な奴。ま、オレには関係ないか)」
オレは、受験も差し迫るこの時期に人助けに励む愚かなクラスメイトをよそに、いつも通りの帰路についたのだった。
*
一週間後、オレは衝撃を受けることになる。
「(は? 嘘だろ?)」
廊下に貼り出される学年順位表。学年人数一八〇人中、十九位。かなりの好成績である。しかしオレはこの結果に納得がいかなかった。
「(何でオレが、あいつより下の順位なんだよ!)」
十三位のところに書かれた名前は、『岡村翔平』。テスト前日に人助けをするようなお人好し野郎より、テスト前日にテスト範囲を総復習したオレの方が、下……だと?
こいつ、そんなに勉強できる奴だったのかよ! だから、テスト前に勉強しなくても余裕ってか? ハッ! そいつは良い頭脳をお持ちなことだ。
――こう嫉妬心はあったものの、この時のオレは羨ましくて、少し気に入らないと思うくらいで、それ以上のことは気にしていなかった。自分にない能力を持つ人間が羨ましいと思うのは、人として当然だ。オレの嫉妬も、単純にその程度だった。
――しかし、オレはこの後、翔平のことが嫌いになる。そのきっかけとなったのが、一月最初に行われた席替えをした後の授業のことだ。
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