第24話「花森翠は自覚したい」①
桜井桃果
「桃ちゃん、順番来たよ!」
並び始めて十五分で観覧車に乗ることができました。やはり、お客さんの人数はそこまで多くなかったみたいですね。
観覧車。二人で話す場所として、これほど最適な場所もないかもしれませんね。他の人たちには、聞かれたくありませんしね。
係員の誘導に従って、動いている観覧車へ乗り込み、わたしたちは向かい合った席へそれぞれ座ります。
観覧車は止まることなく常に動き続けています。わたしたちが乗り込む時でさえ、止まりません。まるで、この世界のようですね。変わらないものなど何もない。常に関係が変化し続ける世界。わたしはふとそんなことを思ってしまい、これから話す出来事で、わたしたちの関係が変わってしまうかもしれないということに恐怖も感じていました。
ですが、話さずにはいられません。それが、わたしの決めた覚悟です。わたしは、ミドちゃんが翔平くんのことを意識しているのかを確認しないといけません。そして、それはほぼ間違いなく、正しいでしょう。翔平くんに恋したわたしの直感ですが、不思議と外れているとは全く思えません。
「さて、大樹くんを探さないとね! 見つかるかな?」
そもそも、どうしてわたしは、ミドちゃんに自分の想い人のことが好きだなんて、自覚させようとしているのでしょう? わざわざ、ライバルを増やすことはないでしょうに……。付き合っていない今でさえ、特殊な『姉弟関係』として強力な絆を持つ、ライバルとなっているのに。
わたしは、何度も悩んだこの疑問に自分なりの答えを導きます。
はい、そうです。それは、わたしも不安だからですね。
おかしな話ですよね? ライバルを増やす方が不安じゃないのかと、矛盾しているんじゃないかとも思います。ですけど、違うんです。わたしはこのまま抜けがけをして翔平くんと結ばれる方が、不安なのです。
わたしは、今あるミドちゃんとの友情関係を崩したくないと思ってしまっているのです。翔平くんの彼女になりたいけれど、ミドちゃんとも仲良くしたい。浅ましくも二つの願いを叶えたいと思ってしまっているのです。
今のミドちゃんは、翔平くんのことを好きになっていますが無自覚です。しかし、いずれその想いには気づくことでしょう。そしてそれはおそらく、わたしの恋愛がうまくいって、翔平くんと付き合えたとすると、その瞬間にミドちゃんは気づきます。
その時にミドちゃんがどのような行動に出るかは分かりません。ミドちゃんのことですから、気を遣ってそのまま想いを隠し続けるのかもしれません。今まで通り、あくまで設定上の姉として振る舞うのかもしれません。しかし、わたしと争うという可能性だってあります。どちらの可能性だって、十分に考えられます。
ですけど、どっちに転んだとしても、今までのように仲良くできるのでしょうか? 後者だった場合は分かりやすいです。もう今あるような関係は破綻することでしょうね。翔平くんも巻き込む、修羅場に発展してしまうかもしれません。
仮に前者だった場合は? ミドちゃんが今まで通り姉として接する場合は、一見平和そうに見えますが、果たしてそうなのでしょうか?
少なくともわたしは、今まで通りに接する自信はないです。だって、ミドちゃんの気持ちに気づいてしまっているんですから。友人の好きな人の前で、ひょうひょうと幸せそうな顔など、していいんでしょうか? それで仲良くしていても、本当に友情と呼べるのでしょうか? 友人の想いを見て見ぬふりをし続けて、さも翔平くんの彼女だと誇れるでしょうか?
思えば、ミドちゃんが翔平くんを弟としてしか意識していない時ならここまで複雑に考えることもなかったでしょうね。あの時ならば、何も罪悪感なくお付き合いに発展させ、その後、例えミドちゃんが何らかの理由で翔平くんを好きになったとしても、お付き合いを先に始めたのはわたしだと言い張って、修羅場になったとしても割り切ることができたかもしれません。
のんびりしすぎてしまったのでしょうかね? ですが、過ぎてしまったのでは仕方ありません。時間は戻せないのですから、今からできることを始めていくしかありません。
それならば、わたしはミドちゃんに宣言します。もう一度、はっきりとミドちゃんに宣戦布告をします! 以前の宣戦布告は自分でも曖昧にぼかしていたため、おそらくミドちゃんはわたしの気持ちを知りません。
今、翔平くんのことを異性として好きでいるミドちゃんに宣戦布告をすることで、対等な立場となります。自己満足ですがここで宣言することで、わたしは自分に自信を持って突き進めると思うから……。
甘い考えと言ったらそれまでです。恋愛は競争、戦争。こんな甘い考えを持つ者が、本当に好きな人と結ばれるはずないと言われたら、その通りかもしれません。
ですが、わたしは恋愛も友情もどっちも大事にしたい!
ミドちゃんは、大切な友達だから! 正々堂々と誠実でいたい!
そう思って、この観覧車に誘ったのです。
「見て、桃ちゃん! まだ四分の一くらいなのにすごく高いよ! すごいね!」
ミドちゃんは観覧車の窓から外を眺め、楽しそうにしています。わたしはその様子を見て少し微笑みます。
「う~ん。大樹くん、どの辺を歩いているんだろう? 流石に屋内にいたら見つけられないよね?」
「ミドちゃん、ちょっといいかな?」
わたしは、意を決してミドちゃんに話しかけます。緊張して心臓の鼓動が速くなるのが分かります。不安でいっぱいの胸を抑え、それでも言葉を出します。
「わたしね……」
*
花森翠
「ミドちゃん、ちょっといいかな?」
観覧車の窓から、大樹くんを探していた私に、桃ちゃんはそう尋ねる。
「どうしたの? 桃ちゃん?」
「うん。あのね、この観覧車に誘ったのは、町田くんを探すためじゃないの……」
「え? どういうこと?」
「実は、ミドちゃんと二人で話したいことがあったの。ごめんね」
何だろう? 桃ちゃんの声のトーンはどことなく暗い。何か、悩み事でもあるのかな?
「どうしたの、桃ちゃん? 相談事があるなら、私が乗るよ!」
「相談事……。うん、そうかもね。わたし、ミドちゃんに言っておきたいことがあるの」
「何でも言って!」
そっか。だから桃ちゃんは観覧車に。五人で遊園地に来て、二人になる機会なんて、そうそうないものね。
大事な友人の悩み、解決してあげたい!
「わたしね……」
そう思って、桃ちゃんに向かい合い、話を聞いた。
「翔平くんのことが……、好きなの……」
相談事というのは、私の想像する斜め上のものだった。
そこで私は思い出す。桃ちゃんは以前、私に宣戦布告をしたことがあった。姉の地位を望むライバルに相談するほどのことだった……と。ここで改めて、私に宣戦布告をしようと、そういうことね?
「そ、そうなんだね。桃ちゃん、以前もそう言っていたものね。確かあのとき、それで私に宣戦布告してきたのよね」
「うん。そうだったね」
「それで、同人誌即売会の日に勝負することになったりもしたよね。あの時は、まさか桃ちゃんがそこまで熱狂的だとは思わなかったよ」
「……」
「だけど、私も翔ちゃんのお姉ちゃんを譲ることはできないわ。いくら友人のお願いといっても、私は……」
「ミドちゃん、何を勘違いしているのかな?」
「え? 桃ちゃんも、翔ちゃんのお姉ちゃんになりたいんでしょ? だけどお姉ちゃんは一人で十分。そういう話だよね?」
「…………」
桃ちゃんは、目を丸くして私を見たあと、一人で得心いったようにそう言った。
「……そういうことだったの」
そう言った桃ちゃんは少し苦笑いをしていた。
「道理で気づかないわけだよ……。違うのミドちゃん。私が言っているのはね、」
真剣味を帯びた表情に戻り、桃ちゃんは言った。
「翔平くんのことを、男の子として好きだってことだよ。設定上の弟とかそういう複雑なものじゃなくて、純粋に男性として、お付き合いしたいと思っているの」
「……えっ?」
翔ちゃんのことを男の子として好きだ、と言った。




