第23話「陽ノ下朱里は絶叫したくない」③
またしばらく行くと、どこからか女の人の泣き声が聞こえてきた。
前を見ると、二人組のカップル。普通に廊下に立っているし、人形やロボットって感じがしない。服装だってお化けの着ているような衣装じゃなく、普通に洋服だ。男性の方が後ろに肩掛けのバッグをつけているし、もしかしたらあたしたちの一つ前に入っていったお客さんかしら?
女の人の泣き声はどうやらそのカップルの女性から聞こえてきていたらしい。どうかしたのかしら? あまりの怖さに泣いてしまったとか? だとしたら、ここはもう脅かすポイントってことよね!? 用心しないと……用心。あたしは再び翔平の服を一層強く握りしめる。
「あれって、前のお客さんかな? めっちゃ泣いてるんだけど……」
「前のお客さんも怖すぎて泣いちゃったってことだよね? ブル……」
「翔ちゃん! さぁ私の後ろに隠れて! きっとここは脅かしポイントよ! さぁ来なさいゾンビ! 返り討ちにしてあげるわ!」
「なんかゲームみたいになってない!?」
翠さんが奮起して翔平の前に立つ。けどその声と脚は震えている。怖さよりも姉の頼もしさが勝ったのだろうか? あたしは妹で良かった……。
「あ、すみません。通路を塞いでしまって。ほら、僕の彼女、泣いてしまったんですよ……」
男性の方があたしたちに話しかける。遠目ではあるけれど、その顔も実に普通だった。
「何で泣いてしまったかって? それは……」
あたしたちは別のお客さんだと思って安心しきっていたが、ここでふと全員が違和感に気づく。だってこの人たち、あたしたちと会話しないで勝手に話を進めて……、
「これから手術なんですよ。ほら、心臓が欠けているでしょ?」
くるっと回った女の人に突然不気味な光が当たり、正体が露わになる。その女は心臓がむき出しで、しかもその心臓は削り取られたかのように欠けていた。女の人の顔は生気を帯びていないような表情。まるで死んでいるかのように……。
と、その女の人が振り向いた瞬間、左右にある病室が二つ開き、中から女の人が四人ほど出てきた。
「シンゾウヲヨコセーーーーー!!」
「「「ギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」
声を張り上げるあたし以外の三人。駆け出そうにも前はお化けカップルがいて駆け出せない。仕方なくそこで悲鳴だけを上げるという状況。
しかし、ここで極限状態に達したあたしだけは違った。
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ちょっ! おぉーーーーーーー!?!?」
「えっ!? 朱里さん!?」
「翔ちゃん! 朱里ちゃん!」
あたしは、全速力で前へ向かって走り始めた。前のお化けたちの横をくぐり抜け、ひたすら前へ向かって走る。もはや周りは何も見えなかった。階段があったかもしれない。カーブもあったかもしれない。
しかし、あたしはそんなことお構いなしにひたすら走って、ようやく外にたどり着いた!
「はぁはぁはぁはぁ……」
外だ……。明るい世界……。助かったわ……。もう二度とこんなお化け屋敷には来ない……。
膝に片手をついて、肩で息をし、呼吸を整える。
……ん? 何か右手に握って……?
「あのー、朱里さ~ん……」
そこには、引きつった笑いを見せる翔平の姿があった。
「翔平? あなた何してんのよ?」
「お前が引っ張って来たんだろーーーがーーー!!」
「そうなの!?」
あれ? あたし、翔平を連れて外に出てきちゃったの!? 無我夢中で全然気づかなかった。そういえばずっと服を掴みっぱなしだったものね……。
「お前、怖がりすぎだよ! 気持ちは分かるけど、俺まで引っ張ってくるのやめてくれない!? 途中の曲がり角に頭やら腕やらぶつけたんですけど!?」
「しょうがないでしょ!? 怖かったんだから!」
「痩せ我慢で怖くないって言ってたお前はどこに行ったんだよ!」
「うるさいわね! あんなお化け屋敷で怖くないっていう方がどうかしてるわよ!」
見ると、翔平の頭にはぷくっと赤く腫れたコブのようなものが見えた。
「悪かったわよ。ごめんなさい。けど、本当に怖かったんだから……。っとと」
あたしはふらっと立ちくらみがし、倒れそうになる。それを翔平が支える。
「大丈夫? ふらふらだけど」
「えぇ、大丈夫よ。このクソ暑い中走ったからちょっと水分足りてないのかも……」
「それなら、近くにレストランがあるからそこで休もう! この炎天下で待ってたら、更に体調悪化するよ! 二人にはスマホで連絡入れておくから」
そう翔平に促され、あたしたちはレストランに向かった。
こんなことされても優しいとか、やっぱお人好しな男ね。桜井さんが翔平を好きになるのも、こういう優しいところがあるからなのかしら?
はぁ。町田先輩と入ってもこんな醜態を晒すことになるんなら、こう言っちゃなんだけどいなくて良かったかもしれないわね。けど、一緒に入っていたらそれはそれでうまくいっていたのかしら……? ま、後の祭りよね。
それにしても、町田先輩はどこに行ったのかしら? 変なことに巻き込まれていなければいいのだけれど……。
*
桜井桃果
「「キャーーーーーーーーー!!」」
わたしたちは、お化け屋敷から逃げるように外に出ます。中の暗闇とは違い、外はとても明るいです。全てを浄化してくれそうな太陽の光が心地いいです。
「はぁはぁ。怖かった……。想像以上に怖かった……」
隣では、ミドちゃんも涙目でそう感想を口にします。正直、わたしはミドちゃんがいなかったらゴールできたかも怪しいです。二人になってから、ずっとくっついてましたからね!
「翔ちゃんも朱里ちゃんも、途中でいなくなっちゃうなんて……。翔ちゃんいなかったからすごい心細かったよ……」
「確かに……。最後の方、わたしミドちゃんに頼りきりで……。翔平くんが最後までいたら心強かったのに」
ミドちゃんも怖いだろうに、よく頑張ってくれましたよ……。翔平くんったら、女の子二人を置いて先に行ってしまうなんて! まぁ、朱里さんに強引に引っ張られてですけど……。
それにしても、ミドちゃん。やっぱり翔平くんを頼りにしているんですね。
実を言うと、わたしはプールのナンパの後から、気になることが時々頭に浮かんできてしまっていたのです。特に、ミドちゃんが翔平くんと話している時に思い出します。プールでのあの疑問を……。
「あれ? 二人がいないね?」
「本当だ。お手洗いかな?」
わたしは出口に待機しているはずの翔平くんと朱里さんがいないことに気づきます。悲鳴をあげて逃亡してしまった朱里さんですからね。無事でいるのかがまず心配です。
「あ、桃ちゃん。メッセージが入ってるよ」
ミドちゃんがそう言ってメッセージを読み挙げます。どうやら、貧血気味の朱里さんを休ませるため、翔平くんと一緒にレストランに入ったみたいです。まぁ、休ませないとですよね。あれだけ全力で走ったんですし、心身ともに疲れているでしょうから。
「どうする、桃ちゃん? わたしたちもレストランに行ってみる? 大樹くんも心配だけど、朱里ちゃんも心配だし」
「そうだね。それじゃあ、一度……」
そこでわたしは思い至ります。今は、ミドちゃんと二人きりですよね? 今が好都合じゃないんですか?
この先、ずっとモヤモヤしていても仕方ないです。はっきりさせられるところは、はっきりさせた方がいいんじゃないですか?
「いや、朱里さんには翔平くんがついているから大丈夫だよ。それよりミドちゃん、町田くんを探そうよ」
「……? そうね。それじゃあ一応メッセージを送って、探しに行こうか」
ミドちゃんはメッセージを残し、スマホをしまいます。
「それじゃあ、どこを探す? 闇雲に探しても見つかるか分からないし……」
「それなら……」
わたしは、アトラクションの一つである観覧車を指さします。
「あの観覧車から探そうよ。今なら空いているみたいだし、多分十分くらいで乗れると思うからさ」
決めました。わたしは、ミドちゃんに自覚させます。ミドちゃんが、翔平くんのことを好きになっていることを自覚させます!
第23話を読んでいただき、ありがとうございました。今回はトコナツランド編の中編で、次回へのつなぎとなる一話でした。ぶっちゃけ、上手いこと持っていきたい方向に話を持って行けず、どんな話にしようか迷いましたね。結局この話の中では持っていけませんでした。けど、朱里がホラー嫌いという設定を本編に出せたのは、良かったかなと思います。
登場人物を最初に考える際、設定とか考えますよね? なんていうのでしょうか、裏設定的な。『本編での紹介の機会はなさそうだけど、とりあえず考えてみるあれ』です。そのひとつが、朱里のホラー嫌いというものでして、まさか紹介する機会があるとは。
ただ、お化け屋敷とか入ることなんてないので、書くのに苦労しました。富士急の旋律迷宮とか、私は入ったことないですしね。ここ最近で一番怖かったお化け屋敷は、静岡県伊東市にある『怪しい少年少女博物館』というところですね。もう5年ほど前になりますが、あれはやばかったです……。名前からして、もうやばそうだなと思いますよね(笑)
私が一番驚いたのは女子トイレでした。施設内のレトロで奇妙な空間は不気味ながらもまだ楽しめたのですが、お化け屋敷近くにある女子トイレは不気味とかじゃない。怖い! 背筋がビクッとなりました。子供とか、泣くでしょうね……。
では、今回はこの辺で! 桃果の行動の行く末はいかに! 第24話に続きます!




