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第22話「岡村翔平は息をしたい」②

「次はあれをやらない?」


 波の出るプールを堪能した俺たちは、プールのメインとなるエリアに来ていた。そこでミド姉が指差して提案するのは、ウォータースライダーだった。


「結構高いですね~」

「スピード速くてちょっと怖そうかも」


 首を上に向けて様子を見てみると、かなりの高さの山がそびえていた。二十メートルくらいあるんじゃないか? あそこから滑り落ちるのは確かに高所恐怖症じゃなくても怖いな。


「実際あのスライダーはめっちゃ面白いっすよ。このプールのメインと言えるくらいです。ただ、あれをやるには浮き輪を借りて組を決めないとっす」

「組? 大樹(だいき)くん、組って何?」

「ほら、あれを見てくださいよ。みんな浮き輪に乗っているでしょう? あの浮き輪は二人から三人用なんです。だから、オレたちも二人の組と三人の組に分かれないといけないんっすよ」


 見ると、参加者は全員、大きめの専用浮き輪を用意していた。浮き輪に乗った人たちがかなりの初速で滑っていく。スライダーのコース内は筒で覆われているため見えないが、出口から飛び出してくる人たちのスピードを見る限りじゃ、中々のスピードが出ていそうだ。


「なるほど! それじゃあ早速、浮き輪を借りてこようよ」


 そう言って浮き輪を二つ借りてくるミド姉。浮き輪には二つ、もしくは三つの穴が空いていて、どうやらここにお尻を入れて滑るみたいだ。


 始めの一回は女性三人、男二人の組み合わせとなった。

 最初に滑ってみた感想としては、……速い! コースが円を描いているからって侮るなかれ! 浮き輪の素材なのかスライダーの素材なのか、摩擦をあまり感じないからするする滑っていく。それなりの水量も出ているため、全長百メートル以上はあろうコースはすぐに終了してしまった。大樹の言っていた通り、スピードが速いからすごい楽しい!


「これ楽しいね! はまりそう!」

「な? これだけの迫力があるスライダーは中々ねぇんだって!」

「けど、最後に浮き輪から必ず出てしまう程の着地はどうにかしてほしい」

「バーカ。それがいいんじゃねぇか! まさにスプ○ッシュ・マ○ンテンだろ?」

「テーマパーク変わってるよ!」


 そうなのだ。スライダーの出口で、いきなり傾斜が大きくなり、着地の際には相当に上手く着地しないと浮き輪ごと反転してしまうのだ。そのため、浮き輪に乗っていた人は水中へダイブ! 最後まで迫力満点のスライダーだ。


「すごかったね! 流石有名なスライダーだけあるよ!」

「速くてスリル満点だったけど、怖さより楽しさの方が勝るね! このスライダー!」

「最後の着地は、スリルありすぎよ。おかげで耳に少し水が入ったわ」


 女性陣も一回目のスライダーを終えて戻ってくる。全員、スライダーの魅力にはまったらしく、二巡目に行こうということになった。


「せっかくだから、今度は組み合わせを変えない? 私、(しょう)ちゃんと組みたいな!」

「いいですよ。それじゃあ行きましょうか!」


 そうしてミド姉と浮き輪を持って順番を待つ。

 俺たちの順番になり、俺は浮き輪のポケットの部分にお尻を入れてスタンバイする。


「よいしょ」


 この浮き輪、前後にポケットが付いていて、一人が前、もう一人が後ろとなるのだ。その際、後ろの人の両足が自分の顔の横に来る形となる。

 つまり現在、ミド姉の両足が俺の顔の横に来ているわけだ。その綺麗な美脚を見ると、別に脚フェチってわけじゃないんだけど妙にドキっとしてしまう。


 だが、そう思っていたのも束の間。係員に押されて浮き輪は斜面を降り始めた。


 速い速い速い速い!


 曲がりに曲がったコースを一回転、二回転しながらも、着実にスピードを出して下っていく!


「うぉーーーー!」

「キャーーーー!」


 後ろからミド姉の楽しい叫びが聞こえる。ジェットコースターとかでついつい出てしまうあの声だ! ジェットコースターほどの安全装置もないので、むしろこっちの方がスリルあるかもしれない。


「翔ちゃーーーん! こーーーれーー、サイコーに楽しーーーねーーー!」

「そーーでーーーすねーーーーー!」


 コースを疾走しながら、後ろからのミド姉の言葉に応じる。マジでこれ最高! 止まらない止まらない!

 そして最後の急傾斜! ザッブーンと大きな音を立て、俺たち二人は水中にダイブした。


「翔ちゃん大丈夫?」

「えぇ! やっぱ最後のこれは凄まじいですね」

「ちょっとびっくりするよね!」


 俺たちは二人で笑いあった。ミド姉と遊びに行くことってそういえばなかったかもな。それに、大学入ってからあまりレジャー施設で遊ぶことってなかったし、何だか新鮮で楽しい!


 *


 何だかんだでウォータースライダーも五巡目となった。楽しすぎて、連続して四回もやってしまった。朱里(しゅり)と大樹がペアとなったこともあり、終わった後の朱里の顔は幸せそうだった。何だかんだで接近できているようで何よりだ。

 そして今回は、俺とモモがペアを組むことになる。今は、二人用の列に並んでいる最中だ。その時に俺は、モモから衝撃的な勘違い話を聞かされていた。


「え!? 俺とミド姉が付き合っていると思っていた!?」

「うん」


 一体どこ情報なのそれ!? 初対面だった朱里はともかく、モモに関しては……、


「モモって、俺たちの事情を把握していたはずじゃなかったの? 俺とミド姉はミド姉の描く漫画の姉・弟のモデル関係だって」

「うん、知ってたんだけどさ。この勘違いは、翔平(しょうへい)くんにも原因があるんだからね!」

「へ? 俺が原因?」


 何だろう。全く心当たりがない。


「ミドちゃんの就活と翔平くんのインターンが終わったあの日の夜だよ。ベッドで一緒に寝たって話してたでしょ?」


 モモは、俺とミド姉が同じベッドで寝たこととその後の会話のつながりから、俺とミド姉が一線を超えたと勘違いしていた。とんでもない勘違いだ! ぶっちゃけ、今までの勘違いの中で一番酷い……。


「ごめんごめん。そんなに分かりにくく説明したつもりはなかったんだけど、結果的に分かりにくくなっちゃってたみたい」

「本当だよ! わたしがどれだけ苦悩して……あっ」

「?」


 モモは、そこまで言いかけて口を手で覆った。『苦悩』って聞こえたけど、やっぱり自分の友達が目の前でそんな内容を話していたら、変な悩みも持つか。友達の性事情なんて、そんなところで聞かされるもんじゃないし……。


 俺は、そう考えてあえて追及するのをやめた。モモも恥ずかしそうに下を向いているからこの選択は間違っていないはずだ。


「ねぇ、翔平くん。一つ聞いていいかな?」

「うん?」


 モモは改まってそう尋ねる。どことなく、その目には不安が見え隠れしているようだが、俺は何でそんな目をしているのか分からない。


「翔平くんは、ミドちゃんと付き合いたいって思っていたりするの?」

「え?」


 どこか真剣な感じだ。友人同士のたわいのない会話、なのだろうか? 俺にはよく分からない。

 そういえば、大樹も以前そんなことを聞いてきたな。やはり、傍から見るとこの関係はそういう風に見えてしまうんだろうか。

 いずれにしても、俺の答えは以前と同じだ。


「別に、俺は恋人として付き合いたいとは思っていないよ。てか、そもそもミド姉はおれのことを完全に弟扱いだから、付き合うとかそんなの、ありえないでしょ?」

「……」


 そう。俺は人間としてミド姉を尊敬してはいるが、恋人の対象として、と言われるとそうは考えていない。俺の好きは、尊敬の念から来る『好き』なのであって、恋愛感情的な『好き』とは違うからだ。

 それにそもそも、ミド姉が俺を男として意識しているわけでもないし。付き合うとか、できないだろう。


「そ、そうだよね? ミドちゃんは翔平くんを弟としか思ってなさそうだもんね。変なこと聞いてごめんね?」

「ははは。それより、そろそろ俺たちの出番みたいだよ?」


 モモと会話していたからか、あっという間に出番が回ってきた。俺たちはお互いに浮き輪のポケットにお尻を入れ、係員さんによって押されて滑り始める。


 うぉぉーー! やっぱり速い! もう五度目だけど、この疾走感、たまらないな!

 グルグルとカーブを回り、最後の急傾斜で再び水中へとダイブした。


 いつものように水中でグルリと一回転するほどの衝撃。相変わらずすごい威力だ。

 俺は水面へ出ようと手を前に出し、水中を手でかく。ゴーグルをつけていないため目を開けることはできないが、それでも上に這い出て浮き輪をつかもうと、手を伸ばす。

 やがて、俺は浮き輪を触った。しかし、妙な違和感に気づく。

 何だ? 何だか浮き輪がいつもより軟らかいような? いやそりゃ、浮き輪って軟らかいものだけれど、空気の入った質感ではない。どちらかというと、テニスのソフトボールを触っているような感覚。触っていて気持ちがいい。


 俺は、そう思いながらも水面に出て、ぶはっと息継ぎをした。すると目の前には、思った以上に近いモモの顔があった。


「ヒャ、ヒャウン……。翔平くん……」

「え?」


 泣き顔のモモ。俺はすぐにその原因に気づくことになる。冷や汗をかきながらゆっくりと目線を下に下げていくと、そこには……、


 浮き輪ではなく、モモの豊満な胸を触る俺の右手があった。


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