第21話「陽ノ下朱里は接近したい」②
岡村翔平
困ったことになった。
まさか、大樹の好きな人であるモモまで同行することになるとは思わなかった。
一応俺は、大樹がモモのことを好きというのは知っていた。これは以前、大樹から直接聞いたことなので間違いない。だが、変に協力するのも野暮だと思っていた。そして、朱里が大樹のことを好きというのも、知っている。こちらに関しても、変な干渉はせず、事の成り行きを見守る程度にしようと思っていたんだ。
だからこそ、どちらを贔屓するわけでもないという意味で、朱里のわがままを聞き入れて大樹と接触させた。朱里が大樹に受け入れられなくても、それは朱里の自己責任だし、俺の関与するところではないからだ。もちろん、俺が大樹の好きな人を知っていたとしても、それを朱里に勝手に話すのはお門違いってもんだろう。
そう、全てはなる様になると……。そう思っての朱里への協力だったのに……。これはあまりにも……
「ぐぬぬぬぬ……!!」
「(修羅場すぎぃぃ!!)」
なる様になりすぎだろう!? 何この状況!!
隣を歩く金髪は鋭い目つきで、前を歩く女性を睨みつける。
以前、俺は朱里に大樹とモモは付き合っていないと話してある。実際、大樹からそういった話はまだ聞いていないので、付き合ってはいないんだろうが、そんなことは今の朱里には関係ない。
だってこれ、二人がデートしに来たように見えるもん! モモに気のある大樹がモモを誘ったようにだって捉えられるもん!
朱里からしたら、「前聞いた話と全然違うんですけど!」って言ったところだろう。まぁ、そりゃあそうだ。だってあの時は俺も大樹がモモのこと好きだなんて知らなかったし……。それに、こんな状況になるなんて、微塵も思ってなかったし……。
今のこの状況は、俺しか全容を把握してないだけに、俺だけが修羅場の空気を感じていた。勘弁してーー!
(ちょっと童顔!)
小声だが、いつもより語気のある言葉を俺に向ける朱里。
(前聞いた話と全然違うんですけど? これは一体どういうことなの?)
(いや、偶然でしょ? 偶然大樹とモモが電車で一緒になって、偶然行き先が同じだったってだけでしょ?)
多分。真実は知らんけど。
てか、怖いよお前。目の周りにどす黒いオーラ纏うのやめてもらえません!?
(偶然が重なりすぎやしない? まるで示し合わせたかのような)
(まさか! そうだったら俺に断るはずでしょ!)
(それに、桜井さんのあの態度……。まさか桜井さんも町田先輩を狙って……)
(モモの態度? 何かあった?)
(あなた、気づかなかったの? 桜井さんが顔を赤くしながらうつむいて話していたのを! あれは町田先輩の前で照れている証拠よ!)
(全然気づかなかった。てか、そんなので決め付けるのは……)
(い~や! あれは恋する乙女の態度に間違いないわ! 町田先輩ほどのイケメンを隣にしたらああなるのは然るべきだけど、あたしを相手にするなんて百年早いわ!)
いや、お前の方が歳下じゃん。百年経ってもお前の方が歳下だから。大樹のこととなると、こいつはおっかないな。
(こうなったら、買い物デート作戦は中止よ。まずは、真実を明らかにする!)
(どうやって?)
(あなたは町田先輩に、桜井さんのことが好きなのかどうか聞いてきなさい! あたしは桜井さんに町田先輩のことが好きなのかどうか聞くから)
(えぇ!? まだ協力するの!? ていうか、唐突にそんなこと聞けるか!)
(いいから協力しなさい! あたしが町田先輩に聞くのは不自然でしょ!?)
(いや、知らねーよ! そもそも、今日の買い物をセッティングした時点でおつりが出るくらい貢献してるんだぞ?)
(ちゃんとアフターケアしなさいよ! 臨機応変に対処するのも協力のうちでしょ!?)
「お前ら、さっきから何こそこそ話してんの?」
「うわっ!」
「ひゃっ!」
前を歩いていた大樹が立ち止まって不思議そうにこっちを見ている。モモも首をかしげてこっちを見ていた。
「い、いえ! き、キョウはいいテンキですねって話していたんデスよ!」
ごまかすの下手くそか!! 俺とお前の会話で天気の話なんて最もないだろ!
ほらぁ! 大樹が「何言ってんだ? こいつ?」みたいな顔してんじゃん!
「いや、緋陽里さんってどういうのが好みなのかな~って話をしてたんだよ! ほら、朱里って緋陽里さんの妹だから、好みとかも詳しいしさ! ははは」
「お、おう。まぁ、そうだよな」
ふぅ~。何とかごまかせたか。
にしても、こんな調子じゃ、朱里に大樹から好きな人の話なんて聞かせようものなら、ド直球に聞いて、真実を知って相当ダメージを負いそうだよな。ここは俺が協力する姿勢を見せて、朱里と大樹にそう言った話をさせないようにするのがベターだな。
はぁ。何でこんな面倒なことに……。
朱里はテンパりがまだ治っていない様子。俺でも分かるくらい照れている。大樹を前にするとおっかないと言ったが、同時にポンコツにもなるんだな。どっかの自称『姉』を見ているみたいだ。
俺は再び、朱里に対して小声で話しかける。
(しょうがないから協力してあげるよ)
(そう、感謝してあげるわ!)
(あぁ? 何で上から目線なんだよ。ポンコツマシーンのくせに)
(ちょっと! 何よポンコツマシーンって!)
(緊張させながら天気の話なんか持ってくる体カチコチな奴だからポンコツマシーンだよ)
(ぁんですってこの!)
(うわっ!!)
朱里は歩きながら俺の靴を踏みつけようとする。朱里の初動に気づいて、俺はそれをギリギリで躱す。
(何すんだよ!)
(何避けてるのよ! 大人しく踏まれなさい!)
(いきなり暴力振るってくるなよ! 小学生かお前は!)
(誰が小学生よ! 自分だって小学生みたいな顔しているくせに!!)
「お前ら、何してんの?」
「はっ!?」
「え!?」
またもや不審に思った大樹とモモが振り返ってこちらを見ている。しまった! ちょっと熱くなりすぎたか……。
「ふ、二人ともやっぱ仲いいんだね! ハハハ」
「何じゃれあってんだ?」
モモは全力の苦笑いで持ってそう言い、大樹は少しニヤついた顔でこっちを見ている。
「冗談じゃない! じゃれあってないから!」
「そうですよ! ただ転びそうになっただけですから!」
「否定するところがまた怪しい」
「本当に違うから!!」
「本当に違いますから!!」
変に声を重ねてしまってお互いに顔を赤くする。大樹も苦笑いをして「まぁいいか」と言い再び歩き始める。モモは何故だか、頬をヒクつかせる。完全に引いてらっしゃる……。
二人が歩き始めると、朱里はこちらをキッと睨みつけ、躊躇なく腰の辺りに蹴りを入れる。声を出すとまた二人に振り向かれるので、俺は声を出さずに耐えた。あとで頭にチョップいれてやる……!
*
桜井桃果
「う~ん。やっぱ動物の置物系がいいのかな~」
「お姉さまは動物も好きだけど、最近はゆるキャラにはまっているみたいよ。だるクマとかゆるふわパンダとか、ニャン刑事のストラップも買ってたわね」
「緋陽里さんが可愛いもの好きって、ホント意外だよね」
「あなたの『姉』ほどじゃないけど、確かに目がないかもね。たまにあたしの写真を撮ってくるし。まぁ、ギャップがあってそこも魅力的だけどね」
「そうなんだ……。それはまた意外な……。それじゃあ、向こうのゆるふわキャラのグッズが売ってそうなコーナーに行ってみようかな」
雑貨屋に並べられた置物の前で翔平くんと朱里さんはそんな会話をします。何だか息がぴったりです。わたしは雑貨屋の少し離れたところで他の品物を見ています。
この二人って、今までは思っていなかったけど結構仲いいですよね!?
さっきも二人で何やらコソコソ話していましたし、町田くんの冷やかしに対するツッコミもタイミングが合っていました! 寸分違わずぴったりです!
そういえばそういえば! 翔平くんにアルバイトに誘われたのだって、元はと言えば朱里さんが翔平くんを誘ったからとのことでした! バイトの救援を頼むなんて、相当仲が良くないとできないことですよね!?
しかも、今まではたいして気にも留めていませんでしたけど、朱里さんって翔平くんに対して下の名前で呼んでいませんか!? しかも、翔平くんよりも歳下なのにタメ語ですよね! なんでですか!?
もしかしてですけど、朱里さんって翔平くんとできちゃってたりしないですよね!?
翔平くんとミドちゃんの疑惑が晴れてまだ数日しか経っていないのに、わたしは新たな疑問に頭を悩ませます。姉の緋陽里さんはそんなことを一言も言及していませんでしたけど、これはもしかするともしかするかもしれないです!
翔平くんは次から次へとわたしの頭を悩ませます。ある時は歳上、ある時は歳下! 何ですかもう! ギャルゲー主人公ですか! 耳はいいくせに!
「翔平のこと、気になってんの?」
「ふぁひゃーー!」
町田くんがいきなり横から話しかけてきて、わたしはついつい変な声を出してしまいます。
「え!? 何、急に!?」
「いや、お前さ、翔平のこと好きだろ?」
「な、何で!?」
「バーカ、ばればれだっつーの」
「そうなの!?」
流石は町田くん! わたしが翔平くんのこと好きだって見抜いてしまいました。緋陽里さんといい、町田くんといい、何かとスペックが高く冷静で大人な方たちはこういうのを瞬時に見抜いてしまうんですね。きっとこういうのがモテの秘訣だったりするんですね!
わたしの周り、結構みんな知っていますね!? 知らないのはミドちゃんと朱里さん、そして当の本人の翔平くんくらいなものです。
「そりゃあ、態度見てたらな~。ま、即売会勝負の日の最初は、ミドリさんと同系統の変態かと思ってたけど、横目で見てたら、そういう変なあれじゃないって分かるわ」
あの日わたしはそんな風に思われていたんですね……。心外です。
「そ、そっかぁ。そんなに分かりやすいかな……。わたし……」
「まぁ、安心しな。誰に言うわけでもねぇから。翔平だって、絶対気づいてないと思うし」
「そうかな? それならいいけど」
「ただ、あいつは妙に地獄耳で変に鋭いところがあるからな~。ギャルゲーの主人公みたいに難聴属性は持ってないから気をつけろ」
と町田くんは釘を刺します。大丈夫です。それはわたしも重々承知しています。今まで何度それで困ってきたことか……。
「わたしもそれは気付いていたから大丈夫だけど。けど待って! 変に鋭いなら、やっぱり分かりやすいわたしの態度で気づかれてるんじゃ!」
そうですよ! 自覚はないけど、分かりやすい態度なら、本人にだってバレていかねないのでは!? 即売会当日はわたし隣にいましたし、よく考えたら翔平くんの前で何度奇声を発したことか……。
「あぁ~。それは百パーセントない。断言できる」
「百パーセント!? たいした自信だけど、何で言い切れるの?」
「あいつは自分のことに関しては超鈍感だからだ。それはもう、びっくりするくらいに。これは長いこと翔平のダチやってる俺の考察だ」
「そ、そっか。なら良かった……」
とりあえずわたしは一安心します。わたしにはまだ、翔平くんに思いを告げる勇気などないのですから。
「んで、陽ノ下と翔平の仲の良さが気になってるんだろ?」
「よくそんなことまで分かるね? 町田くん、エスパー?」
「いや、それもお前の目線を追っていれば分かるっつの。それになんか、あいつらやけに息ぴったりだったし」
「やっぱり、そう思う?」
「まぁ、そりゃな? あんな歳上美人女子大生にチヤホヤされながら、それとは反対の歳下少女に好意があるってのは、友人として気にはなるだろ?」
確かに、ミドちゃんのようなお姉さん(仮)がいるのに、それとは対極の後輩が好きなんて……。いや、逆ですかね? ブラコンな姉がいるからこそ、逆に! 逆に歳下が気になっちゃうみたいな! もしそうなら、歳上のわたしに勝目なんてないじゃないですか!
これみよがしに気分が暗くなるわたし。ネガティブ思考は健在です。
「おい! そんなに気分を沈ませるなよ! 冗談だよ冗談! 翔平と陽ノ下はそんなんじゃねぇだろ! あの接し方は友人としてのそれだって!」
「そんな気休めはいらないから……」
「気休めじゃねぇから! あぁもう、分かったよ。じゃあオレが翔平に聞いてきてやるから! 一応オレも翔平のこと気になってるからな!」
「けど、さっきみたいに聞いたところで、二人は否定するだけじゃない」
「だから、ちょっと話があるっつって翔平と二人きりで話してくるんだよ。あいつはツンデレ属性なんてない素直人間だから、そういうシチュエーションで聞けば普通に話してくれるはずだ」
「……」
「……何だよ?」
「ふぇ! ふぇ? い、いや! 二人きりとか素直とかシチュエーションとか、そういうのを翔平くんに向けて言ってるとちょっと変なこと考えちゃって……」
「おい! 勝手にオレらでBL妄想とかすんのはやめろ! オレは翔平のこと好きみたいに言うな!」
「口に出されるとますます……」
「自分で言っといて照れるなよ! こっちはどんな反応していいか分かんねぇよ!」
わたしは恥ずかしさのあまり手で顔を覆います。一体何を口走ってるんですかね、わたしは!? 翔平くんが受けで町田くんが責めなんて考えてない! 考えてませんから!
けど意外に翔平くん、S気なところもありますからね。案外逆も……。って違いますから!! そんなことは断じて考えてませんからーー!!
*