第20話「桜井桃果は明らかにしたい」③
「どうしたの二人とも? 急に飲もうだなんて」
わたしたちのアルバイトが終わって、一時間後くらいにミドちゃんが待ち合わせ場所の駅前にやってきた。現在の時刻は夜の七時。おそらく喫茶店にお客さんはいませんが、こんな話を喫茶店でなどできません。と言いますか、一応マスターがいるわけなので、恥ずかしくてこんなこと話せません。
というわけで、滅多に来ませんが、本日は駅前の居酒屋で話をします。別にどこで話をしたっていいのですが、デリケートな話題なだけに、お酒なしに聞くのはちょっと勇気がいります。ここは酔いに任せましょう。
「ちょっと桃果さんとお話が盛り上がりまして、親睦を深めるために飲みに行こうとなったんですよ」
「そうそう! そういうわけで、ミドちゃんも誘ってみようと思って!」
「そうだったんだ! うん! それじゃあお店に入ろっか!」
駅前の商業施設に入り、その中の居酒屋へ適当に入ります。
店員さんに注文したお酒がテーブルに運ばれ、わたしたちは一応乾杯の形をとります。ミドちゃんがビール、緋陽里さんは焼酎、わたしはレモンサワーです。
「二人が一緒に話しているところってあまり見たことないから、なんか不思議な感じだな~。二人とも私とは付き合い長いけど、知り合ったのは最近だもんね」
「そうですわね。不思議な縁ですこと」
確かにその通りですね。友達の友達と友達になった、みたいな変な感じですよね。
……あれ? みたいじゃなくて、これはまさにその通りの状況ですね。
そんなことを思いながらも、わたしの頭の中は目の前の女性と好きな男の子のことでいっぱいです。緋陽里さんの方を見ると、緋陽里さんは実に落ち着いてお酒を飲んでいます。絵になりますね。おしとやかさに魅力を感じる気品ある女性と、快活で笑顔が素敵な女性と自分を比べてしまい、ひどく見劣りしてしまいます。
もぉーー、ネガティブ思考! どっかいきなさい!
わたしは自分の悪い癖を自覚して頭をぶんぶん振り回してモヤモヤを消します。
そんな様子を見て気遣ってくれたのか、緋陽里さんは話題をこの飲み会の本質的な部分にシフトします。
「実は、今日飲みに誘ったのは、翠に聞きたいことがあるからというのもあるんですよ」
「聞きたいこと? どんな?」
わたしは緋陽里さんの発言に一瞬ドキっとします。どうか、わたしの勘違いであってほしい。だけど、そんな望みを持って再び絶望もしたくない。わたしは耳を塞ぎたくて仕方がありませんが、ぐっと堪えてミドちゃんの方を向きます。
「はい。桃果さんから聞いたのですけど……、なんでも、岡村くんと同じベッドで一夜を共にしたとか、何とか……」
緋陽里さんはいきなり核心を突く問いかけをします。どうか……! どうか……!
「うん! したことあるよ!」
わたしはうつむきます。やっぱり間違いじゃなかったんですね……。
「そ……う……なんですね。それって、花森家で色々あった前日とのことですけど」
「そうだね! あの時、傷ついていた私の心を翔ちゃんが癒してくれたんだよ。最初はノリ気じゃなかったんだけど、最後にはお願いを聞いてくれたの。嬉しかったな!」
変に期待したわたしがいけないんです。昨日の時点で分かっていたことじゃないですか……。
「その……、わたくしは知りませんでしたけど、四月からずっとそういったことをなさっているんですか?」
「そんなことないよ? 一緒に寝たのは二回だけ。そんなに頻繁に泊まらないしね」
「一応、もう二回も一緒に寝ることはしたんですね……」
ほら、やっぱりそうです。二回というのは思ったより数が少ないですけど、これで付き合っていないと考えるのは、ちゃんちゃらおかしい話です。
「私は翔ちゃんと一緒に寝れて嬉しいんだけどね! 翔ちゃんが恥ずかしがっちゃってね! そんな恥ずかしがっている翔ちゃんも可愛いんだけどね!」
「は、はぁ。まぁ、そうかもしれないですよね。岡村くんって奥手って感じですものね」
「まぁ、確かに言うことも分かるんだけどね! 私たちってあくまで姉弟であって付き合っているわけじゃないものね!」
「そうですわよね……。付き合って……。……え?」
……え? 今、何て?
「でも、仲良し姉弟で一緒に寝ることもあるわけだし、私は別にいいんだけどな! 翔ちゃんのもち肌に触れなが……」
「ちょ、ちょっと待ってください翠。……え? 今、何とおっしゃいました?」
「え? 仲良し姉弟で一緒に寝ることも……」
「その前です!」
「私たちってあくまで姉弟……?」
「惜しいですわ! もう少しあと!」
緋陽里さんがそう言う間、わたしは持っていたグラスに入ったレモンサワーをグビグビ喉に通して、単刀直入に質問します。
「ミドちゃんと翔平くんって、付き合ってないの!?」
質問内容よりも、グラスをダンとテーブルに置き、勢いよくそう尋ねるわたしにミドちゃんは驚きの表情を見せます。
「うん? 付き合ってないけど?」
「「えーーーーーーーー!?」」
わたしと緋陽里さんの声が重なります。お互いの驚き声に周囲で飲んでいた別のお客さんが一瞬振り向きますが、わたしたちはそれに気づきません。
「え!? むしろ何で付き合っていると思っていたの? 私たちが姉弟関係ってことは二人とも知っているでしょ?」
「そうだけど! 昨日の会話でそれ以上のものを感じたから疑問に思ったんだよ! ミドちゃんが翔平くんと同じベッドで寝たっていうからてっきりわたし……、ミドちゃんと翔平くんはもう一線を超えちゃったのかと思ってたんだから!!」
「一線!? 超えてないよ! 桃ちゃん、昨日そんな勘違いしてたの!?」
顔を赤くして抗議するミドちゃん。わたしもお酒の勢いに任せて聞きたいことがスラスラと口から出てきます。
「それじゃあ、ミドちゃんと翔平くんはあくまで姉・弟モデルの関係ってことでいいんだよね!? 四月から現在にかけても交際はしてないってことだよね!?」
「してないよ! 私たちは姉弟なんだから、お付き合いもしてないし、エッチなことだって何一つしてないんだから!」
わたしは肩の力が抜けました。立ち上がってしゃべっていたわたしは、椅子にヘタッと座り込みます。安心したことによって、それまで気を張っていた心も軽くなっていくようです。
「あの、ちょっと待ってください!」
緋陽里さんは、まだ得心いっていない様子でまだミドちゃんに話をする。
「姉・弟のモデルとは一体何ですの!?」
わたしとミドちゃんはお互いに顔を見合わせます。これについては一つしか考えようがないと思うのですが……?
「姉弟関係というのは、いわゆる交際方法の設定上の一部でないんですか!?」
「え? 緋陽里? それってどう言う意味?」
何を言っているか分からない様子のミドちゃんは、緋陽里さんにそう返します。すると、緋陽里さんは慌てた様子でこう返します。
「だから、交際の中で、翠と岡村くんは姉弟プレイという変態的付き合い方をしていると思っていたという話ですよ!」
「「何そのマニアックな交際方法!?」」
今度はわたしとミドちゃんの声が重なります。緋陽里さん、そんな風に勘違いしていたんですか!? この四ヶ月間!?
「違うよ! 私と翔ちゃんは私が描く漫画の、姉と弟モデルの関係ってだけだよ! ちゃんと説明したでしょ!?」
「説明しましたっけ!? 翠、ちゃんと説明してましたっけ!? ちゃんと説明していたらこんな勘違いしませんわよ!」
「緋陽里はちゃんと理解している様子だったじゃない!」
「うっ……。そ、それでもちゃんと説明して欲しかったですわ~~~!! 大体、普通の人は曖昧な説明でそこまでの考えに至るわけありませんわ!」
「あ! ずるい! 自分が説明ちゃんと聞いてなかっただけなのに私のせいにしようとしてる!」
わーわー言い争う同い年の二人。緋陽里さんの言うことも最もですけど、何だか緋陽里さんに落ち度がある気がしてなりません。一体ミドちゃんはどんな説明を緋陽里さんにしたんでしょう? ここまでこじらせるって相当なものじゃないですか?
緋陽里さんは顔を真っ赤にして自分の顔を手で覆っています。「わたくしったら、なぜこんな変な勘違いを……」と言って座って首を下ろします。何だか不憫です。
「もぉ~。二人のせいで変に汗かいちゃったじゃないの……」
「いやいや、これに関してはミドちゃんの言い方が悪いって! 男の子とひとつ屋根の下、同じベッドで一緒に寝たなんて言われたらだれでも勘違いするよ!」
「そうですわ! 無防備が過ぎますわよ。もう少し気を遣いなさいな。そもそも、翠は説明が下手くそですわ!」
「それは緋陽里が納得した様子を見せたから説明を省いただけだよ! あーー! だから朱里ちゃんも勘違いしていたのね!」
「も~。まぁ、勝手に理解した気になっていたわたくしにも落ち度はありますよね。そもそもこれって、朱里は知ってるんですの?」
「多分、ミドちゃんと翔平くんの関係性を最初から勘違いしていたのは、緋陽里さんだけです……」
「そうなんですの!? 道理でなんかおかしいと思っていたんですよ……」
これだけ身近にいて、ここまでずっと勘違いし続けられるのは、ある意味すごいと思います。タイミングがいちいち悪かったんでしょうかね?
「けど、そうでしたか……。まぁ。皆さんに原因があると考えて、これ以上の責任追及はやめましょう」
「「そうね」」
わたしたちは、緋陽里さんのその言葉に同意し、それぞれ追加注文したお酒を飲んで一息整えます。
けど、良かったです。これで翔平くんとミドちゃんが付き合っていないと確認することができました。勘違いとは厄介なものですね。緋陽里さんに相談していなかったらずっとモヤモヤしているところでした。
これなら、わたしにもまだチャンスはたくさんありますね! なにせ、付き合っていないのですから! いくら距離の近い設定姉弟でも、付き合っていない以上、スタート地点は同じです!
「はぁ。しかしわたくしは、岡村くんのあの行動を見て、やっぱりと確信していたんですけどね……」
「あの行動って?」
緋陽里さんがそう言った言葉にわたしはぴくりと反応する。わたしはなんとなく察しはついていたが、あえて何も言わずに返答を聞く。
「そりゃあもちろん、花森家に岡村くんが訪ねたときのことですよ。あそこまでの行動、ちょっとやそっとの覚悟じゃできませんわ」
「そう……ですよね」
実際わたしも、あの翔平くんの行動には目を見張るものがあります。大切な人のために必死になる。そんな行動力を尊敬すると同時に、それがライバルに向けての行動というのに卑しくもミドちゃんに嫉妬してしまいます。翔平くんのおかげで、ミドちゃんはこっちに残ることができたというのに。
「わたしもあの時の翔ちゃんの行動は、本当に嬉しかったよ! 今も思い出すと嬉しくなっちゃうもの」
「その一件のあと、岡村くんをより愛おしく思えてしまうと言っていませんでした? それは、お付き合いうんぬんの恋愛感情的なものではないんですの?」
わたしは、その話を聞いて再び危機感を感じた。お酒のグラスを口につけながら、わたしはミドちゃんの方を向く。
「れ、れんあい感情?」
ミドちゃんはカタコトにそう言い返すが、すぐに慌てたように否定する。
「ちちち違うよ! 確かに今まで以上に好きになったかもしれないけど、それはあくまで姉としてだよ!」
「え~? それっておかしくないですか? 元々赤の他人じゃないですか。本当の姉弟じゃないですよね?」
「けど、事実私はブラコンになったし、翔ちゃんに抱きついていると充電できるし、これはブラコンの延長なんだよ! きっと!」
「は、はぁ……。まぁ、翠が岡村くんをものすっっっごい弟扱いしていたのは覚えていますからね。そうですか。ま、今まで勘違いしていたわたくしの見解ということで、それについては不問にしましょうか」
緋陽里さんはそう言って、お酒に手をつけ、話を終了した。
ミドちゃんはと言えば、いつもは見せないような照れた表情を見せ、それを隠すように注文されたお酒を飲みます。顔は、お酒のせいなのかは分かりませんが紅潮しています。
「(ミドちゃん、もしかして……?)」
わたしはそう思いました。昨日の翔平くんとの会話のときにも一瞬不思議に思ったことがあります。
『あの時の翔ちゃんは……、本当に頼もしかったよ。本当に……』
そう言っていたミドちゃんの表情は、恋する乙女のように見えました。その後の衝撃であんまり気にしていませんでしたが、十分に考えられる可能性です。
「あの、ミドちゃん……」
わたしはお酒の力を借りて、聞いてみることにします。
「ん? 何、桃ちゃん?」
「…………えっと」
しかし、言葉が口から出てくれません。結果、
「そういえばさ、実家にはいつ帰ることにしたの? ほら、パソコン送ってもらうようにお願いしに行くんでしょ?」
「あぁ、うん。明日から帰る予定だよ! 今度はゆっくりと三日くらい泊まってくる!」
「そ、そうなんだ! 今度の帰省は楽しいものになりそうだね!」
言いかけようとしてやめました。真実は知りたいですけど、何だか怖かったです。
今は、チャンスがまだある。それが分かっただけでいいです。わたしは今までと同じように、頑張って翔平くんを振り向かせるだけです。
しかし本当は、わたしには分かっていました。ミドちゃんに自覚させたくなかっただけです。自覚して、より手ごわいライバルにしたくなかっただけなんです。
ミドちゃんが、翔平くんのことを男の子として意識しているということを、自覚させたくなかったのです……。
第20話を読んでいただき、ありがとうございました! 今回は、桃果と緋陽里の勘違い話でした! ずっと翔平と翠が付き合っていると思っていた緋陽里でしたが、ついに今回、勘違いが解けました! なんとなく残してきた設定でしたけど、結果的に自分が面白いと思える展開がかけたので、満足です!
書き終えた後に気づいたことなんですが、今回は翠、桃果、緋陽里の満22歳'sしか出ていないんですよね。この組み合わせ、中々珍しいなぁって思ってしまいました。3人で居酒屋でお酒を飲んでいるところなんか、実に大学生っぽくないですか? そういう意味でも、今回は珍しい絵が登場する一話になったのかな? と思ってます。ともあれ良かったね、桃果。ただの勘違いで(笑)
では、今回はこの辺で! また第21話のあとがきで!




