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第2話「花森翠は呼ばれたい」②

「どうしてこんなに服が散らかってるんですか?」

「服って、洗濯して畳まなきゃいけないでしょ? それが面倒で……。かと言ってそのまま収納に入れるとシワがついちゃうし」

「取り込んだままにしてたらこうなったってことですか……。それじゃあ、この漫画は? 山になってるわけでもなくいろんなとこに散らばっていますけど」

「漫画は絵を書く合間に読んだりするんだけれど、本棚に戻すのって面倒なのよね」

「けど、それだと机の上に積み上がったりするものじゃないですか?」

「それは、机の上に積みすぎてたら落ちちゃって」

「な、なるほど……」


 部屋のモノを片付けながら会話する俺たち。美人の先輩女子大生の家に来て初めてやることが家の掃除って……。確かにだらしない姉の家に来て弟が掃除しているみたいだ。最近そういう設定のラノベ読んだな。そのラノベでは「姉弟」ではなく「兄妹」だったけど。


「一人暮らしって怖いよね~。誰も何も言ってくれないからすぐに散らかっちゃうよ」

「(これはちょっと異常ですけどね。)もしかして、三年間ずっとこんな部屋で過ごしてたんじゃないですよね?」

「まさか、流石の私でもそこまでだらしなくないよ!」

「そ、そうですよね。すみません」

「半年に一回はちゃんと掃除してるんだから! 」

「半年に一回!? 少なっ!」


 道理でこの部屋、先輩の髪の毛やら埃やらが多い。掃除機かけるのも半年に一回ってことか。確かにこれだけ散らかっていたら掃除機をかけたくてもかけられない。


「ちょうど半年目くらいだったし、ちょうどよかったかもしれないね」

「僕は最悪のタイミングで来たわけですか……」

 それなら大掃除し終わったタイミングで呼んで欲しかったなぁ。そんなに姉弟のじゃれあいとやらがしたかったのだろうか。


 まぁけど、半年に一回掃除しているということであれば、半年間使用しなかったものは元の位置にしまってあるわけだから、ゴミ屋敷よりは大分マシか。それでも女性の一人暮らしでこれはひどいけど。見る人によっては幻滅するんじゃないか?


「床の方は大分片付きましたね……。あとは……」

 ベッドの上に散らばっている衣服……なんだけど……。


「こ、これは私がやるから!」


 俺が手をつけていいものではない。なぜなら、花森(はなもり)先輩の下着だから。


 さりげなくチラッと先輩を見て促すと先輩は顔を少し赤くしながら自分で片付けをすると主張してくれた。よかった。恥じらってくれた。「弟なんだから別に構わないよ」とか言われたらどうしようかと思った。弟設定とは言え、知り合って一週間の赤の他人で男。流石に下着を触られるのに抵抗があるらしい。安心する限りだ。


 けどこの人、弟宣言のときに「お風呂に一緒に入れる」みたいなこと言ってなかったっけ?まぁあのときは冗談っぽかったし、なりふり構っていられず適当言ったんだろうが、この人の貞操観念みたいなものが分からない。


 *


 彼女の家に来てから三時間、時刻にして夜十一時くらいになっていた。その間俺たちは部屋の掃除をしていた。家に着いた時点ですでに夜八時ごろだったので、近所の迷惑を考えて掃除機をかけることができず、家にあったク○ックルワイパーで埃をとった。床に関しては半年に一回掃除機をかけているとのことだったが、本棚の奥や机の淵などは掃除していなかったらしく、埃が溜まりに溜まっていて苦戦した。


 更に言うと、このクイッ○ルワイパー、買ってから一、二度くらいしか使ったことがないらしく長年放置していたため、それ自体に埃が積もっていた。そのため、掃除するためのモップを掃除するところから始まるという効率の悪さ。こびりついた汚れに苦戦しながらも皿洗いを行うと、いつの間にかこんな時間になってしまった。


「うわぁーー見違えるよう! いつもうちで掃除してもここまで綺麗にはならないよ!」

「これからはもう少し定期的に掃除してくださいよ」


「はぁ~い」と返事する花森先輩。姉弟なのか兄妹なのか分からない。


「ありがとう翔平(しょうへい)くん。これはお姉ちゃんからのご褒美だぞ♪」

「え!? ちょっと、花森先輩!?」


 そう言って突然、花森先輩は後ろから抱きついてきた。決して大きくはないけど、それでも十分に柔らかな胸の感触が背中に当たっている。やっぱりこの人、ガード緩すぎ。というか、スキンシップ激しすぎ! 変な男だったらすでにあなた、ゲームオーバーになってるかもしれませんよ?


 と、ふと後ろをみると少し顔を赤くしながら笑っている花森先輩がいた。もしかしてこれ、実際はちょっと恥ずかしいけど、姉になりきろうと張り切ってやってるんじゃ? さっきまでは部屋の汚さを指摘されて掃除も俺主体でやっていたから姉の立場がなかったし。それで、お礼に姉っぽいことをしたいけど何すればいいか分からないから、自分の中の姉のイメージでスキンシップしたってところか。


 ちょっと感覚がずれているけど、彼女は彼女なりに頑張って姉の役割みたいなものを演じようとしているってわけか。姉の気持ちを理解し、漫画に反映させるために。頑張り屋で、やはりこういうところに魅力を感じるんだろうな。

 そうは言っても、顔が近くてこっちも恥ずかしい。


「ちょっと花森先輩、近すぎです!」

「え~。姉と弟のスキンシップだよ~。掃除を頑張ってくれた弟へのお姉ちゃんからの感謝の印♪」

「だから、こんなにスキンシップ過多な姉弟はいないですってば。花森先輩のただのイメージですから」

「むぅ~。『花森先輩』なんて他人行儀な呼び方じゃなくて、そろそろ『お姉ちゃん』って呼んでよ~」

「え~、まだ言ってるんですか! 恥ずかしいから嫌ですってば!」

「『お姉ちゃん』って呼ぶまで放してあげないもんね」

「そんな……」

 そう言って花森先輩はニヤニヤする。弟をからかっているような気分なのだろう。


 抱きつかれていることに少々の喜びを感じつつも、恥ずかしさの方が上回る俺。なんとかして先輩に負荷を与えずに脱出したいが、身長差がそこまでないため、彼女の腕はしっかり俺をホールドしている。後ろからいい匂いがしてクラクラしそうになる。


 観念した俺は、しょうがなく一回だけ、彼女の望む言葉を言うことにした。彼女の方を向こうと少しだけ首を横にし、その言葉を口にする。


「そんなにくっつかれると恥ずかしいからやめてくださいってば、お姉ちゃん……」


 一瞬、静かになる部屋。さっきまで掴んで放すまいとしていた花森先輩の腕も、いつの間にか力が抜けていた。俺はその腕を優しく体から放し、彼女の方を向こうとする。ちょっとした照れがあったため、いつもよりもぶっきらぼうに、


「はい、一回だけ呼びましたよ。これで……」

「満足ですか?」と続けようとしながら後ろへ振り向くと、彼女は突然、


「キャーーーーーーーーーーー!!♡」


 という悲鳴を上げた。そのリアクションに俺は先程までの照れを忘れ、ビクッとなってしまった。


 彼女は両手を頬に当てたまま、口からハートが出るほどに大きな口を開け、首を横に振っていた。その顔は紅潮し、目は顔文字よろしく「><」となっている。前髪のアホ毛はくるくる高速回転し、彼女の興奮を表しているように見える。

 先輩、アホ毛が勝手に動くのは嘘なんじゃないんですか!?


 彼女は、胸の前で両手をブンブン縦に振りながら、

「もう一回、もう一回だけ言って!」

 と言ってすごい前のめりになりながら俺に迫ってきた。その勢いに圧倒され、ついつい後ろに体がのけぞってしまう。


「お、お姉ちゃん……」

「げふっ……」


 突然口から吐血して後ろに倒れた。それはもう幸せそうな顔をして……。


「ちょっと!? 花森先輩!?」

「弟……やばい……。可愛すぎぃ」

 えぇ~。「お姉ちゃん」って言っただけでこんなになっちゃうの~。ちょっとリアクション激しすぎじゃないだろうか。


「私に……こんなにも……ブラコンの才能がある……だ……なんて……」

「ブラコンの才能って何!?」

 意味不明なことを言いながら幸せそうに息絶えそうになる自称「姉」。目の中には心なしかハートが浮かんでいるようにさえ見える。


「我が人生に悔いなし……」

「漫画は!? これ、漫画のためにやってるんでしょ!? ねえ、ちゃんとしてくださいよ!」

「ガハーーーーー!!」

「!?」

 再び吐血。なんで!?


 血が足りていないのか悶絶しているのか、ピクピクしていた花森先輩は、しばらくすると倒れていた体を起こし、いきなり俺の手を両手で掴み、目をキラキラさせた。


「ありがとう翔平くん、いえ、翔ちゃん! 姉の幸せが少し分かったわ!」

「そ、そうですか。お役に立てたなら嬉しいですけど……」

 呼び方が変わった。どうやらこの人の中で俺は現時点を持って完全に弟になったようだ。


「この気持ちをより理解するためにも、もっともっとスキンシップを取らないとね!」

「まずは血を拭いてくださいよ!」


 口から血を垂らす自称「姉」。これじゃあ俺が血まみれになりかねない。彼女は息を切らして「ハァハァ」言いながら更なるスキンシップを求めてくる。正直ドン引き。


「(俺のせいで、何かに目覚めた!)」


 どんな人間にも、自分の知らない一面があるということを教えられているようだ。


 *


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