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第19話「設定姉弟は祝福したい」②

「あら? (みどり)じゃないですか」


 最寄り駅の前を歩いていた私に声をかけた相手は、私の友人、陽ノ下緋陽里(ひのもとひより)だった。いつもは喫茶店で会っているだけに、駅前で出会うのは珍しい。格好も、久しぶりに見る私服姿だ。


「緋陽里! こんなところで会うなんて偶然だね!」

「そうですわね。わたくしもちょうど大学帰りですの。翠は就活帰りのようですね。どうでしたか?」

「うん! 今日の面接は今までで一番手応えがあるよ! 最終面接だから、合格すれば就活が終われそうなの!」

「そうですか! それは良かったですわ。一時はどうなることかと思いましたけど、本当に良かったです……」


 緋陽里は心底安心したような表情を見せてくれた。緋陽里にも心配かけちゃっていたものね。


 会話しながら家に向かって歩く。私も緋陽里も駅から自宅への方向は同じだ。


「そういえば、翔ちゃんに私の家の住所を教えてくれたのって緋陽里なんだよね? ありがとね! 私がこっちで生活できるようになったのは、緋陽里のおかげでもあるよね」

「いえいえ、わたくしはたいしたことはしていませんわ。全部、岡村(おかむら)くんが翠を思ってしてくれたことですよ」

「それでも、だよ。本当にありがとう!」


 私は謙遜する緋陽里に強引にお礼を言った。緋陽里が私の家に来たことがなかったら、私は今、ここにいなかっただろうから……。緋陽里も笑ってお礼の言葉を受け取る。


「それにしても、岡村くんの行動力には驚かされますわ。まさか、実家に直接出向いて説得するなんて。可愛い顔して大胆な子ですね」

「そうだね。私もびっくりしたよ! まさか私のためにここまでしてくれるなんて思わなかったもの……」

「翠は良い殿方と出会いましたね。あんな殿方は中々いませんわよ」

「うん! お姉ちゃんとして、これ以上の喜びはないよ!」


 私は目をキラキラさせる。自分から翔ちゃんを褒めてきた緋陽里本人と言えば、私のそんな様子を見て、またもや妙な笑顔となっている。自分から褒めておいて、どうしてそんな顔をしているのか、よく分からない。


「ま、まぁ弟うんぬんはともかくとしてですね……、翠としては、岡村くんへの心象もかなり変わったのではないですか?」

「え?」


 緋陽里は、私があの一件以来感じている奇妙な感覚に気づいているかのような発言をしてきた。あれ以来、緋陽里とはまだ一度も会っていなかったというのに、よく分かるものだ。


「図星でしょう? そりゃあそうですわよね。愛しの彼が自分の親に向かって、無謀ながらも必死に説得しに来たわけですからね」

「そ、それは……」


 その通りだ! 緋陽里には私の考えなどお見通しのようだ。以前だって、言葉足らずなわずかな説明で、私と翔ちゃんが設定上の姉弟だと言うことを受け入れていたし! 緋陽里は人の行動と感情の動きを察知するのが得意なのかもしれない。


「翠、岡村くんに惚れ直したのではないですか?」


 目を細めてニヤついた笑顔でそう聞いてくる緋陽里。お嬢様言葉で丁寧な所作だから忘れがちだが、緋陽里は結構小悪魔的な性格の持ち主だ。基本的には真面目なんだけど、たまにこうしてからかってくる。先に述べた、行動と感情の動きを察知するのが得意というのも、小悪魔女子の得意とする領分だけに、納得できる。


「私は前から翔ちゃんに心酔してるよ! 一度だって、愛想尽かしたことなんてないわ」

「おっと、思わぬ惚気をいただきまして……、ご馳走様です」


 緋陽里は口に手を当ててニマニマする。


「惚れ直したって言うのはちょっと違うかもしれませんね。翠、岡村くんのこと更に好きになったんじゃないですか?」

「っっ」


 途端、私は言葉に詰まってしまった。いつもだったら「うん! 翔ちゃんのこと以前より大好きになったの!」みたいな軽いノリで答えられていたんだろうに。確かにそれは事実だし、私としてもそう思っている。しかし、なぜだか心臓の鼓動が速くなり、即答できなかった。


「うん。そうみたいなの。あの一件以来、私は翔ちゃんのことが今まで以上に愛しく思えてしまうの……」


 私は、何とかその言葉を緋陽里に伝える。言い切ると、一段と鼓動が速くなる。何だろうこれ。言ってて少し恥ずかしい。これがブラコンの新境地か……。奥が深い。


「そうですわよね。あそこまでしてくれる彼はそうそういないですわよ。きちんと手放さないようにね」

「うん。そうだね」


 家に乗り込んでくるほど行動力がありつつも優しい、赤の他人から弟になってくれる人なんてそうそういないものね。確かにその通りだ。


「けど、ちょっと心配だな。私、こんな感情になるのは初めてだから……。以前みたいに、また翔ちゃんに迷惑かけちゃうんじゃないかって思うし……」

「あぁ、以前の『姉弟喧嘩』って言ってたあれですね? 確かに岡村くんは照れ屋ですからね。奥手な彼に対して、あまりグイグイ行き過ぎるとまた良からぬ結果になるでしょうね」

「やっぱり!? それじゃあどうすれば?」

「まぁまぁ、落ち着きなさいな。ゆっくりと付き合っていけばいいと思いますわよ? 出会って四ヶ月以上経っているとはいえ、ペースなんて人それぞれでしょうし。翠は変なところで積極的だから、いきなり押し倒して襲ったりしないか心配ですわ」

「お、押し倒す!? 襲う!? そ、そんなことしないよ!」

「あら? そうですか?」

「私たち、姉弟なんだから、そんならしからぬことはしないよ!」

「は、はぁ……」


 緋陽里は怪訝そうな顔をしてこちらを見る。何でそんな風に思われてるの!? 私! どっちかというと緋陽里のその発言に私の方が顔を歪めたいところなんですけど! 


「……いいですわ。まぁ、翠と岡村くんは大丈夫ですよ。わたくしの目から見る限りじゃ、お二人は固い絆で結ばれているんですから、そうそう心配することないですわ」

「うん、そうだよね! ありがとう緋陽里!」


 緋陽里の家と私の家の分かれ道にたどり着き、私たちは別れた。


 私たちは固い絆で結ばれている……か。ふふっ。そうだよね。私と翔ちゃんの姉弟関係は、そこらの姉弟と比べても断然仲が良いものね! 

 私は緋陽里の言った言葉で嬉しくなり、一層翔ちゃんの帰りが待ち遠しくなったのだった。


 *


 岡村翔平(おかむらしょうへい)


 八月最終週の金曜日。インターンシップがスタートしてから十日目だ。


 この十日間、俺は都心にあるメーカーと役所に通った。通勤時間は約一時間半~二時間。今まで電車通学をしたことがなかった俺にとっては、満員電車というものはかなりきつかった。なにせ、朝早くに起床して眠い目をこすりながら電車に乗ったと思ったら、あの人ごみだ。座るどころか、まともに立っていることすらままならない。社会人の洗礼を受けた気がした。

 今では、慣れたとは言えないが、一日目ほどの絶望感を味わうことはなく出勤できるようになった。


 現在は午後五時前。インターン生用のデスクに座ってパソコンと対峙しながら、俺は表作成ソフトウェアを使って計算処理を行っている。


「岡村くん、ご苦労さまだね~」

「いえ、部長。これくらいでしたら朝飯前です」

「今日で君も終わりだなんて惜しいね~。もう一週間いてもいいんじゃないのかい?」

「できればそうしたいですけど、アルバイトとかもあるので……」

「冗談だよ~。いて欲しいのは本当だけどね~。それで、どうだった? 公務員のインターンシップは」

「はい、とても有意義な時間を過ごさせていただきましたよ。部長にも感謝の気持ちでいっぱいです」

「それなら良かったよ~。いつでも受け入れるから、また体験したくなったら連絡してきなさい」

「はい! ありがとうございます!」


 部長は、もう定時だから上がっていいよと言ってくれる。その後俺は、お世話になった部署の皆さんに挨拶をして、役所を跡にした。


 *


 このインターンシップは、嘘偽りなく、本当に有意義な期間となった。メーカーと公務員、それぞれにやりがいがあり、それぞれに大変さを感じた。


 一週目に行ったメーカーでは、工場見学が何より楽しかったな。実際に部品を作る工場を見に行って、どういった生産方法なのか、手順なのかを見学した。後で公務員にも言えることなのだが、職人の腕というのは確かなもので、工場でもそれが確認できた。

 二週目に行った公務員では、書類仕事をメインとして行ったり、同じくインターン生として来ている人たちとグループディスカッションをしたりした。メーカーと同じく現場見学にも行ったが、これがまた地域の人との直積的な関わりが多いことに驚いた。


 近隣大学の研究を手伝うため、役所が管理している土地に安全管理係として同行したり、技術職人の作業を間近で見て、問題がないかのお目付け役として立ち振舞った。公務員の人は、役所内で方針を決めたり、地域住民と意見交換をして、問題点を見出したりする。

 実際にはそこまで技術的な仕事を種とするわけではないのだが、地域住民の役に立っていると実感できる機会が多かったためか、俺は次第に公務員に惹かれていった。もちろん、メーカーの作業も間接的には世の人のためになる仕事だが、どうも俺には公務員が向いていると感覚で感じた。


 お世話になった部長も、「実直で地道にコツコツと作業を行える人は公務員に向いている」と俺を評してくれた。それが俺にはとても嬉しく感じた。


 二週間の通勤生活は長いと思っていたが、終わってみると、意外と短いと感じるから不思議だ。それだけ、充実していたということなんだろう。


 こうして、俺のインターンシップは終わり、就活の第一歩を踏み出すことに成功した。インターンシップを選んで本当に良かった。後押ししてくれた大樹(だいき)やきっかけをくれたミド姉には感謝しないと……。去年までの俺だったら、特に何も考えずに環境実習(もう一つの選択必修科目)を選んでいたことだろう。


 スーツ姿で都心の地下鉄の駅構内に入り、スマホを取り出す。ミド姉に、一報入れておこうと思ってメッセージアプリを開くと、そこにはミド姉からのメッセージが届いていた。


『就活、無事に終わったよ! (*゜▽゜*)』


 俺はそのメッセージを見て、嬉しさを堪えきれずに地下鉄構内で「やった!」と片手を上に挙げたのだった。


 *


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