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第17話「岡村翔平は力になりたい」③

 次の日、朝起きると、ミド姉はすでにいなかった。部屋に置かれていた彼女のバッグはなく、ローテーブルの上に書置きだけがされている。


『行ってくる! 心配しないで! 絶対説得してくるから!』


 そう書かれたメモ書きを見る。心配しないでと書かれていても、心配してしまう。相手が、あの母親だからだ。あの母親が説得される姿が全然想像できない。このままミド姉が帰って来ないことを想像してしまう。嫌な方、嫌な方へと考えてしまう。どうにも俺は、根っからのネガティブ思考だ。

「大丈夫! ミド姉なら説得して帰ってくるさ!」なんて考えるが、一向に不安は消えない。


 だが、俺に出来ることは何もない。俺にできることは、彼女を信じて待つだけだ。


 いつまでも部屋で悶々としていてもしょうがないと思い、着替えて喫茶店に行くことにした。すでに昼は過ぎているけど、この曜日は人が少ないはずだ。静かな店内で、コーヒーでも飲んで落ち着こう。



「あら岡村(おかむら)くん。おはようございます」


 入口の鐘を鳴らして店内に入ると、シフトに入っていた緋陽里(ひより)さんが挨拶をした。


「おはようございます、緋陽里さん」

「今日はシフトの日ではないですよね?」

「そうですね……。今日は普通にコーヒーを飲みに来ただけです」


 緋陽里さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、特に気にした様子もなく空いている席に案内する。お客さんは誰もいないけれど案内してくれるあたりに朱里(しゅり)との接客の違いを感じる。朱里だと、「空いている席に勝手に座れば?」だもんな。


「お待たせしました。コーヒーですわ」

「ありがとうございます」


 緋陽里さんからコーヒーを受け取り、お礼を言う。とりあえず俺はコーヒーに口をつけて、気持ちを落ち着かせる。

 今頃、ミド姉は実家に着いている頃だろうか。着いていたとしたら、母親と対峙して説得しているはずだ。そして、また喧嘩みたいなことになっているに違いない。あの表情の読めない母親と、喜怒哀楽の激しいミド姉。全然タイプの違う二人だ。説得も容易なものではないはずだ。


 そういえば、緋陽里さんは以前、ミド姉の実家に行ったことがあって、母親のことも知っているんだよな? 


「緋陽里さん。緋陽里さんって以前、ミド姉の実家に行ったことがあるんですよね?」

「えぇ、そうですね」

「その、ミド姉の母親って、どういう方なんですか?」


 すると緋陽里さんは何やら複雑そうな顔をする。


「正直に申し上げますと、第一印象はかなり怖いお母様でしたわ。なにせ、笑顔一つ見せることなく、いつも真顔のややつり目で怒っているように見えますし、話し方も淡々としていて掴みどころがありませんでしたわ」


 今回のように、元々怒りに来ているからああいう表情というわけではないのか。確かに、三年前に訪問したときの緋陽里さんはいわばお客さん。お客さんの前で笑顔の一つも見せないということは、本当に素の表情も無表情なんだな。


「ただ、(みどり)いわく、お母様の表情と話し方はよく勘違いされるそれであって、楽しいときは笑うし、悲しいときは泣きもするそうですわ。翠自身もあまり見たことはないらしいですけどね」


 あまり想像できないが、ミド姉の母親の昨日の迫力は、特別怒っている時のそれだったようだ。ただ、状況は昨日の今日であるから、怒っていることに変わりはなさそうだけど……。


「どうしてそんなことが知りたいんですの?」


 ミド姉のプライベートな問題ではあったが、俺は緋陽里さんに事情を話すことにした。少しでも誰かに話して、心の不安を和らげたいと思ったのだ。


「翠が実家に帰ってから、そんなことがあったんですね……」

「はい。ミド姉の母親への第一印象は、僕も『怖い』ですよ。目力が凄まじかったです」

「確かに、あのお母様が本気で怒ったら相当に怖いでしょうね。今回の説得も一筋縄では行かなそうですわ……」

「やっぱり、緋陽里さんもそう思いますか……?」

「えぇ、今回のやり方を聞いてみても、かなり強引な手段に出ていますしね……。翠の言い分をきちんと聞いてくれればいいのですが……、かなり厳しいように感じますね」


 あの母親は、実の娘であるミド姉に対してすごく冷たい目を向けていた。ミド姉のことを信用していないような……。


「そのお母様は、漫画の編集者で、翠に漫画家になって欲しくないと思っているのは本心でしょう」

「けど、ミド姉の漫画は十分に上手じゃないですか! それに、編集者なら、夢を追う漫画家の気持ちも分かっているはずですよね? 娘の夢を応援したいと思うものなんじゃないんですか?」

「それと同時に、漫画家になる道が辛く険しいものということはご存じでしょうからね。娘に、そんな見込みのない道を歩ませて人生を棒に振って欲しくないと思っているのかもしれませんね」

「そんな……」


 言い分は分かるが、それでも夢を応援してやりたいと思うものじゃないのか? ミド姉だって、漫画家が狭き門だということは十分に分かっているはずなのに……。


「今回はそれに加えて、就活を疎かにしていたことで怒りが爆発したんでしょうね。学校の先生と同じで、漫画編集者もプロの漫画家にとっての指導者ですし。それに、以前翠から、教育全般に対してはかなり厳しくしつけられたと聞いていましたしね」


 昨日のあの会話を聞いている限り、それは間違いないだろう。だけど、ミド姉はどれに関しても全力なだけ。結果的に就活のスタートが遅れただけであって、今は全力で取り組んでいるというのに……。


 緋陽里さんも自分で話しているうちに顔を暗くさせてしまった。その顔を見て、俺もより一層不安が掻き立てられる。


「もしも説得に失敗してしまったら……、翠は……」


 それを聞いて、俺は目を見開く。他人からその言葉を聞いて初めて、俺は居ても立ってもいられなくなった。テーブルをバンと叩いて俺は立ち上がる。


「ミド姉は、帰ってきます! ……いえ、」

 俺は決意して、緋陽里さんに宣言した。



「ミド姉は、僕が連れ戻します! 僕もミド姉の実家に行って、母親を説得してきます!」


 第17話を読んでいただき、ありがとうございました! 今回は、花森家騒動、中編でした。二話では終わりませんでした。三話分使ってしまうとは。けど、大事なお話なんで! 物語の中核を成す話でもあるので!!


 自分でも書いていて、「紫水さん、怖!」って思いました。いきなり自分ちの家具がなくなってたらびびりますよね!? みなさんもあんまり怠惰なことしてると、勝手に色々されるかもしれないんで気をつけましょう←


 とまぁ、長くなってしまった今回の話ですけど、次回で決着です。翠の実家に行くと宣言した翔平は、一体どうするのか。そんなに間を空けずに更新する予定ですので、お待ちください。


 では、今回はこの辺で! 次回のあとがきは長めにする予定なので、あしからず!! では、また第18話で!

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