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第17話「岡村翔平は力になりたい」②

 駅前のスーパーで買い物をして、我が家にやってきた。そして料理を食べ終わった俺たちは、後片付けをし、順番にシャワーを浴びることになった。

 ミド姉は、料理を作っている時も食べている時も表面上は元気な様子を見せている。俺は、さっきまでの一件について気にはなっていたが、ミド姉がこう振舞っている以上、あえて口を出して元気を失わせるのもなんだと思い、いつもの調子で接した。


 先にシャワーを頂いた俺は、自分のベッドの上で横になっている。今はミド姉がシャワーを浴びている。自分の家の浴室に裸で女子大生がいるということをどうしても意識してしまうが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 実際、ミド姉はこの後どうするんだろう? うちに泊める分には問題ないけど、ずっとというわけにはいかない。あの母親のことだ。どんな強引な手を使ってでもミド姉を実家に連れ戻すだろう。けど、ミド姉は帰らないと言っている。そうなったらあの母親がどんな手段に出るか分からない。去り際に言った一言が冗談に聞こえない。


 だが、同じ場にいたあの時はともかくとして、この先は花森(はなもり)家の問題。俺が簡単に口を出して良い話でもないことは分かっている。自分にできることはもう終わってしまった。結局、何の力になることもできなかったことに対して、自分の無力さを感じざるを得なかった。


「お風呂ありがとう、(しょう)ちゃん」


 浴室からミド姉が出てきた。家から持ってきた寝巻きに身を包み、まだ少し濡れている長い髪の毛をタオルで拭いている。以前も思ったが、普段とは違う姿の彼女は色っぽい。こんな事態であるにも関わらず、ついドキっとしてしまった。普段が弟好き全開オーラを出しているポンコツな姉ということもあるが、風呂上りで、パジャマで、違う髪型の彼女を見ると、やっぱり美人だなぁと再認識させられる。普段は付けられているリボンがなく、大人っぽさが醸し出されているというのもあるのだろうか? 


「いえ、こちらこそ美味しい料理をごちそうさまでした」

「ふふっ、喜んでもらえて良かった♪ また今度作るからね」


 そう言ってはにかむ彼女を見る。複雑な気分だ。彼女がこんなに笑顔でいるというのに、どうにも俺は上手く笑って返せない。


「今日は色々ありましたし、今日はもう寝ましょうか」


 気づけば、すでに日をまたいでいた。元々の帰りが遅かったのもあるが、来た道を戻り、駅前で買い物をし、時間のかかる料理を作り、雑談をし、風呂にも入っていたら、こんな時間になってしまった。


「そうだね。寝よっか」


 ミド姉も、今日はおしゃべりしたいとか夜ふかししたいとかは言わなかった。実際、一日中講義があってそのあとあんなことがあったので、疲れていたのだろう。


「ミド姉はベッドを使ってください。僕は床でいいんで」


 そう提案すると、ミド姉は当然反対する。


「いやいや、ここは私が床で寝るから! ほら、今日は私がお客さんだし」

「いえ、前回ミド姉の家に泊まった時に僕もベッドを使わせてもらったんで、お返しですよ」

「あの時は私もベッド使ったし……」


 そう言うとミド姉は、ちょっと考えるような素振りを見せた。


「それじゃあ、今日も一緒に寝ない?」

「それは、僕の理性が持ちませんので却下です」


 当然のように俺はそれを否定する。

 一緒に寝たら理性が持たない。前は寝ていたから大丈夫だけど、起きていたら流石にまともに寝られる気がしない。

 しかし、ミド姉は懲りずに要求する。


「ねぇ、翔ちゃん、お願い。今日は、一緒に寝て欲しいの……」


 その態度は、いつものミド姉とは全然違う。いつもなら、駄々をこねるようにお願いするのだが、今日は何というか、しおらしい。まるで縋るように上目遣いをするミド姉の姿を見ると、表面上では気丈に振舞っていても、やはりかなり堪えているということが分かる。


「お願い、翔ちゃん……」


 そんな彼女を見て、俺は断れるわけもなく、結局同じベッドで寝ることになった。


 *


 二人でベッドに入ってから、一時間が経過していた。その間、ミド姉も俺も一言も話していない。ミド姉にしては珍しく、抱きついてもこない。抱きつかれたらそれはそれで困るので、そこは大いに結構なのだが、同じベッドで何も会話なしというのも中々気まずいものだ。

 とは言え、もう一時間も経過している。もう寝てしまったという可能性もある。俺はそう思い、自分も気にせず寝ようと考える。

 ……が、意識して寝れない。


「(普段抱きつかれたり頬ずりされたりしているけど……、これは色々やばい……)」


 うちのベッドは当然ながらシングルベッドであるため、二人で寝るとかなり狭い。おかげでミド姉の肩が俺に当たっている。俺は極力ミド姉に背中を見せるようにして寝ている。そうでもしないと、刺激が強すぎて手が出てしまいそうだ。

 こんなことなら、隣人であるモモに頼んで家に泊めてもらえば良かった。あの時はミド姉が気がかりでついうちに誘っちゃったけど……、やっぱり同じ部屋で寝泊りは心臓に悪すぎる……。

 湯上りの彼女からはシャンプーのいい匂いがする。同じシャンプーのはずなのに、何でこんないい匂いがするのか謎だ。心臓がドクンドクンと鼓動を鳴らし、頭はクラクラする。早く寝ないと! 


「翔ちゃん、まだ起きてる?」

 もう寝たと思っていたミド姉が、小さな声を出す。

「起きてますよ」

「ごめんね、わがまま言っちゃって」

「いえ。ただ、すごく緊張してますけど……」

「あはは、そうだよね。やっぱり翔ちゃんは優しいね」

「まぁ、事情が事情ですし……」

「おかげで私はとっても落ち着いているよ。ありがとうね、翔ちゃん」


 背中を向けているので顔は見えないが、ミド姉は本当に嬉しそうな声でそう言った。ミド姉の心が軽くなっているなら良かった。俺はドギマギしながらもそう思う。それと同時に、今後ミド姉がどうするのかも気になってしまう。


「ミド姉、これから、どうするつもりなんですか?」


 聞かないべきか悩んだが、この問題を放置するわけにもいかない。俺は、顔が見えない今のタイミングで話を切り出した。


「明日……、実家に帰って、お母さんに話をしてくるよ」

「話っていうのは……?」

「就活は早く終わらせるから、もう一度こっちに住みたいって交渉してくる。実家でも漫画は描けるけど、こっちでの私の生活はもはや手放せない程大切なものになっているから……。私は卒業するまで、ここを離れたくない」


 ミド姉の言葉を俺は嬉しく思った。緋陽里(ひより)さん、朱里(しゅり)、モモ、そして俺と過ごす時間をミド姉が大切に思ってくれているということがたまらなく嬉しかった。


 だが、俺は不安だった。実家に帰ったまま、ミド姉が帰ってこないんじゃないかという懸念が俺の頭をよぎった。


 俺が黙っていると、ミド姉が俺の胸中を察知したのか、


「大丈夫! 絶対に説得してみせるよ! 就活が終われば、お母さんも文句なんてないだろうしね」

 不安を紛らわせるようなことを言う。


「だから……、」

 ミド姉はその後、更に言葉をつなげる。


「帰ってきたら、また弟のモデル、よろしくね?」


 俺は変わらず振り返らないが、俺は彼女が笑顔でそう言った気がした。それに対して俺も、今までにも何度も言ってきた、決まりきった答えを返した。


「当然じゃないですか。僕にできることなら、協力しますよ!」


「ふふっ、ありがとう翔ちゃん」


 そういうやりとりをしてから、俺とミド姉はお互いに「おやすみ」と言い、眠りについた。先程までは彼女を意識して眠れなかったが、今では不安が胸にうずまき、寝たのは一時間程してからになった。


 *


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