第16話「花森翠は主張したい」③
時間も遅かったので、とりあえず翔ちゃんを私の家に招いた。こうしてうちに招くのは、なんだか久しぶりな気がする。同人誌を描いていた頃はたくさんうちでモデルやってもらったけど、最近は私が忙しかったからさっぱりだった。
そう考えると、すっかり減ってしまった激しいスキンシップをとる機会はここを逃すとしばらくないのでは!?
そんな変な結論に達した私は、今まさに、普段から消費されていくエネルギーを充電すべく、翔ちゃんを可愛がっていた。
「ムニムニ~~。翔ちゃん~」
「何だか、頬ずりされるのは久しぶりで恥ずかしいです……」
「こういうときしかできないから、今のうちに充電させて~」
「まぁ、いいですけど……。けど、あと少ししたら離れてくださいよ」
そんな釣れない態度をとる翔ちゃん。サイコーーーーー!
「えへへへぇ、柔らかい……」
あぁーーコレコレ! このもちもち肌! 私の肌を受け止める柔らかなホッペ! まるで大福みたい!
「ふぅ」
翔ちゃんのほっぺを十分に堪能した私は、翔ちゃんから言われる前に自分から離れ、立ち上がる。
「ありがとう翔ちゃん! 元気になったわ!」
「……そりゃ良かったです」
そう言う私のホッペは、翔ちゃんのホッペから成分を吸収したのか、ツルッツルになっている。翔ちゃんのほっぺに蓄えられている成分は、肌の潤いとモチモチを保つ効果が含まれているらしい。
腰に手を当ててドヤ顔をする私を、翔ちゃんは顔を赤くしながら見て、そして目を逸らす。
「翔ちゃん、顔赤くしてどうしたの? 照れちゃったの!? ホッペムニムニされて照れちゃったのね!?」
「うるさいですね! そりゃ照れますよ!」
「キャーーーー! 翔ちゃん反応可愛すぎぃーーーーーーーーー!」
ここまでハイテンションになるのは久しぶりな気がする。それこそ、翔ちゃんを怒らせちゃった時から自制を心がけていたものね。翔ちゃんを自宅に招いたことで、若干タガが外れてしまっている可能性があるので、気をつけなければ!
「そんなことより、話はいいんですか? まぁ、無理に話してくれなくてもいいですけど……」
「そうね。もう大分元気になったみたいだから、大丈夫かな! ありがとうね、翔ちゃん!」
「そうですか。それなら良かったです」
そう言って翔ちゃんは、本当に嬉しそうに笑いかけてくれる。
「それじゃあ、夜も遅いですし、僕は帰りますね」
「え」
「え?」
お互いに違う意味で「え」と言う私たち。
「翔ちゃん、帰っちゃうの!?」
「えぇ、まぁ。だって、もう元気そうですし、夜も遅いですし……」
「そんな!? 泊まっていきなよ翔ちゃん! 私はもっと翔ちゃんとお話したいよ!」
「いやいや、泊まらないですよ! いくら姉弟とはいえ、あくまで設定なんですから! 間違いが起きたら大変ですから!」
「もう今更じゃない! 最初に泊まったときだって何もなかったし!」
「あれは僕がいつの間にか寝ちゃったからじゃないですか! それに、最初にって言いますけどあの一回しか泊まりはしてないですよね!?」
「翔ちゃんなら大丈夫だよ! きっと我慢できるよ!」
「こっちは意識しないで寝るの大変なんですよ!?」
翔ちゃんの服を掴む私と、引き剥がそうとする翔ちゃん。力は大体互角らしい。両者一歩も動かない。
「明日テストなんで今日は家で寝たいんですよ!」
「翔ちゃん、明日テストなの? そっか、それならしょうがないね」
それを聞いて、私は手の力を緩める。そっか~。翔ちゃん明日テストだったんだね。それなのに私のために話を聞いてくれようとしたんだね。嬉しいな。
けど、迷惑はかけられないし、わがまま言っちゃダメだよね。
「……明日、テスト終わった後にミド姉の家で充電させてあげますから、そんな暗い顔するのやめてくださいよ……」
「え?」
私は、どうやら無意識に暗い顔になっていたらしく、それを見た翔ちゃんが私を気遣ってくれる。
「私、暗い顔してた?」
「してましたよ。やっぱ聞いて欲しい話があるんじゃないですか?」
「いや、そういうつもりじゃないの! けど、ありがとう。じゃあ、明日うちに来た時に、また話すね!」
私は、今度はとびっきりの笑顔を翔ちゃんに返す。その笑顔を見て、ようやく翔ちゃんも笑ってくれた。
翔ちゃんは、帰り支度をして外に出る。私は、それを見送った。
翔ちゃんは、やっぱり最高の弟だよ。私の心をこんなに落ち着けてくれる。優しい。明日も翔ちゃんに会えるなんて、嬉しいな。
私は、翔ちゃんにもらった元気を糧に、机の上に置いてある新しいエントリーシートを書き始める。その後も私はしばらく起きていて、ネットで別企業を調べたり、エントリーをしたり、パソコン上でエントリーシートを書いたりと当面の問題である就活に気合を入れて取り組んだ。
*
次の日、私は珍しく講義が朝からあった。講義というわけではなく、どちらかと言えば履修者だけで行うゼミのようなものである。
私の履修していた授業は、週に一度、二コマ分行われていたが、休講の多い授業だった。というのも、講義最終日である本日に朝から夕方まで行うため、あえて休講にしていたのだ。そのため、今までの蓄積というわけではないが、本日はいつもよりも長めで、それこそ昼休憩を挟むほどのものだった。
「今日の授業時間はいつもより長いけれど、それでも、今日が終わればまた翔ちゃんに会えるし、がんばろ♪」
そう意気込んで、私は講義の行われる教室に入った。
*
そして、講義終わり、翔ちゃんと待ち合わせているアーケード前のT字路へ向かう。翔ちゃんも、すでにテストが終わっていたらしく、先にT字路で待っていた。
「お待たせ翔ちゃん。ごめん、遅くなっちゃって」
「いや、僕も今来たとこなんで」
そんなカップルみたいなやりとりを交わす。
「ふふっ、何だかカップルみたいなやりとりだよね、これって」
「確かにそうですよね」
「姉弟なのにね~。前、大樹くんも付き合っちゃえばとか言ってきたし、私たち結構お似合いかもね♪」
「なっ! 急に何言ってるんですか! 僕たちは姉弟なんですから、そんなのあるわけないじゃないですか!」
「冗談だよ冗談。可愛いなー翔ちゃんは~♪」
「もう、からかわないでくださいよ……」
翔ちゃんは耳まで真っ赤にして目を逸らす。ちょっといたずらしすぎちゃったかな?
私たちって今まで姉弟の関係といいつつも恋人っぽい行動もしてきてるんだよね。それでも私は、やっぱり翔ちゃんを弟として可愛いって思っちゃうな。恋したことないけど、この感情は恋人のそれじゃないってことだけは分かる。小動物を愛でる気持ち、飼っているペットを愛でる気持ち、可愛いぬいぐるみを抱きしめたいと思う気持ち。そういうのと同じ感情だね。
お姉ちゃんってやっぱ最高! 私、恋人欲しいって全然思わないわ。弟がいれば満足!
「それじゃあ行こうか」
「そうですね」
私たちは、冗談を交えつつも家に向かって歩き出した。
*
本日は一日中講義に拘束されていたため、帰りの時間も遅くなってしまった。現在の時刻はすでに午後六時だ。
「翔ちゃん、今日はうちでご飯作ってあげるね! お姉ちゃんが腕によりをかけて美味しい料理を作っちゃうよ♪」
「本当ですか! ありがとうございます! それじゃあ、この前言っていた『ミドリカレー』っていうのを食べてみたいですね」
「いいよー。愛情たっぷり込めて作るからね!」
オートロックを解錠し、階段を上る。
三階に着いて、階段から左に曲がり、部屋へ向かって歩こうとしたところで、私は歩を止めた。目を疑ったが、私の部屋の前には、驚きの人物が立っていた。
向こうもこちらに気づいたらしく、もたれかけていた背中をドアから離し、堂々たる態度でこちらに向き直った。
「よぉ、翠」
「お母さん……」
鋭くこちらを捕える瞳、威厳のある表情。この世界に『鬼』と呼ばれる存在があるのだとしたら、それはまさしく、このような人のことを言うのだろう。
無表情ながら、鬼のオーラを纏った、私の母親のような人のことを……。
第16話を読んでいただきありがとうございました!今回は翠がメインのシリアス話、前編です。久々のシリアス話なので、書くのに苦労しました。
翠の母、紫水さんが書きづらすぎる! 何を考えているか分からない!
さて、 翠の家の前で待機していた紫水ですが、次回、どうなるのか? 次回に続きます! まだ前編ですので、今回のあとがきはこの辺にします! ではでは〜。また第17話で!




