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第16話「花森翠は主張したい」①

「え? ミド姉、実家に帰省するんですか?」

「うん。帰って来いって言われちゃって……」


 私は、いつもの喫茶店でコーヒーを飲みながら、先日親と電話で話し、実家に帰ってくるよう言われたことを(しょう)ちゃんに話す。時間が午後二時ごろの喫茶店は、お客さんが多いとも少ないとも言えない微妙な時間帯だ。シフトに入っていた翔ちゃんは、やることがないらしく、私のいるテーブルの前でおしゃべりに付き合ってくれている。同じくシフトに入っている緋陽里(ひより)は、テーブルを拭いているが、忙しそうとはとても言えない。


「でも、何でまた急に? ミド姉は四年で、就活も忙しいってこと、親も知っているんじゃないんですか?」

「それがね、近々、父親の命日なんだよ」

「あ、そうだったんですか。すみません……」

「いや、全然気にしないで。それに、母親が帰って来いと言っているのは、別の理由もあるし」

「別の理由?」

「うん。私、大学に入ってから一年目以降、一度も帰省していないから……」

「それはまた、随分と帰ってないですね……」

「うん。来年からは社会人だからって。そういうわけで今年になんとしてでも帰って来いとなったわけ」


 確か、最後に帰ったのは、大学一年の夏休みだったかな? あの時は……、


「あら? それって、わたくしと一緒に行ったときのことですか?」


 緋陽里が私と翔ちゃんとの会話に入る。


「そうそう。この前帰省したのは、緋陽里と一緒だったね」

(みどり)、あなた、三年近くも実家に帰っていないんですの?」

「あははは」

 私はごまかすように笑ってみせる。それを見て、緋陽里は嘆息している。


「何で緋陽里さんと一緒に帰省したんですか?」

「あの時は、翠の実家の近くで花火大会があったんですよ。それで、せっかくだから仲良くなった翠に連れて行ってもらおうかと思いまして」

「懐かしいね~。もうあれが三年前なんだね」


 あの時は緋陽里と仲良く成り立てだったっけ? 遠方の友達を連れて実家に帰るとは思わなかったけど。


「ミド姉と緋陽里さんって、大学一年の頃から仲が良かったんですよね? 大学が違うのに、入学したての時期に仲良くなれるなんて、すごい偶然じゃないですか?」

「そうですわね。確か、この店に漫画を描きに通っていた翠にわたくしが声をかけたことがきっかけでしたわね」


 あの時私は、家の近くにあるこの喫茶店で、漫画のアイデア出しをしに通っていたのだ。


「そうだね! 私もこの店に通っていて、金髪で美人な店員さんがいるな~って気になってたんだけど、人見知りな私は声をかけられなかったのよね」


 そう言ったら、翔ちゃんは疑問そうな表情を浮かべた。


「人見知り? 誰がですか?」

「だから私だよ」

「いやいやいやいや! ミド姉は全然人見知りなんかじゃないでしょ! むしろ、積極的の部類ですよ!」

「まぁ、今では私もそう思うようになってきたけどね。あはは」


 思えば、初めての土地に慣れなかった時にできた最初の友人が緋陽里だったな。あれで緊張がほぐれたのは確かだ。


「ていうか、緋陽里さんってそんなに長いことここでバイトしていたんですね」

「そうですね。わたくしの通っている大学はここから近いので、下宿する必要がありませんでしたし、なんなら、高校の頃からここでバイトしていましたわ」

「バイト歴長いですね! もう五年以上働いているってことですか!? 超ベテランじゃないですか!」

「元々、この店のマスターは私の父と旧友でして、父の紹介で、開店したばかりのこの店の手伝いをし始めたのがきっかけですわ」

「そうだったんですね。あれ? けど、朱里(しゅり)はまだ二ヶ月くらいですよね? 緋陽里さんと一緒に朱里もバイトを始めなかったんですか?」

「その頃の朱里はまだ中学生でしたし、何より、高校に入ってからも部活動で人より苦労していたみたいですから」

「あぁ、なるほど」


 以前、翔ちゃんは朱里ちゃんの高校時代に入っていた部活動の話を聞いていたため、緋陽里の話を聞いて得心した様子を見せる。


「ベテランと言ったって、ここのお店は駅前ほどお客さんが来るわけでもないですし、岡村(おかむら)くんもすぐ慣れますわよ。実際、研修も一日で終えたわけですしね。何か分からないことがあったら、わたくしが教えて差し上げますよ」

 緋陽里は翔ちゃんにとびきりのスマイルを出す。翔ちゃんといえば、そんな緋陽里に、少し頬を赤く染めている様子。


「むっ!」


 私は危機意識を感じたのか、緋陽里に対抗する。


「翔ちゃん、私だって、翔ちゃんに教えてあげられることいっぱいあるわよ!」

「え? 何ですか急に……。ミド姉はバイトしていないから分からないんじゃ……」

「うぐっ」


 そうだ。喫茶店のことなんて私には分からないのに、考えなしに対抗してしまった。それを見た緋陽里は、いたずらな表情を浮かべて翔ちゃんに近づく。


「あら、嫉妬してるの、翠? ふふっ、なんなら、わたくしが岡村くんを奪っちゃおうかしら?」


 緋陽里は小悪魔のような表情で私を見ると、翔ちゃんの腕を引く。あー! 翔ちゃんの腕に緋陽里の豊満な、む、胸が! それはずるい!! 


「ちょっ、緋陽里さん!」

「緋陽里、それはあなたでも許さないわよ……」


 私が穏やかでない表情をしても緋陽里は笑顔を崩さない。しかし、しばらくすると翔ちゃんから手を放して、落ち着いた様子でこう言った。


「なんて、冗談ですよ。翠の大事な人を奪うつもりなんてありませんわよ。二人とも可愛いから、ちょっといじめたくなっちゃっただけですわ」


 緋陽里から解放された翔ちゃんは、制服を整える。


「全く、勘弁してくださいよ。即売会でもう懲りてるんですから」

「ごめんなさい。わたくし、可愛いものには目がないもので」


 普段遣いのお嬢様言葉で、クスクス笑う緋陽里はまるで小悪魔。くっ、魔性の女め! 色仕掛けはずるいわよ! お姉ちゃんはそんなことしないわ! 

 やっぱり、(もも)ちゃんだけじゃなくて、緋陽里にも注意が必要ね。むしろ、三人の中じゃ実際にお姉ちゃんだし、一番の強敵かもしれないわ……。


「それより、話を戻しますけど、翠、実家に帰るのは大変良いことだと思うんですけど、大丈夫なんですの?」

「大丈夫って、何が?」


 先程までとは打って変わって、元の話題にシフトする緋陽里。私もいつまでも根に持つほど心が狭くないので、もう気にしない。

 緋陽里は、私の何を心配しているというんだろう? 


「そりゃあ、あなたの就活のことですよ」

「それは……、あまり大丈夫じゃないわね……」


 痛いところついてくるな~緋陽里。

 私の就活状況は、はっきり言って全くよろしくない。先日の面接の結果は、結局お祈りだった。また一から就活し直しの状態だ。大学の就活サポートサービスを受けたが、それから実際に面接はまだ受けていない。


「漫画を描くのもいいですけど、きちんと就活しないとダメですよ?」

「うぅ、分かってるよ~……」

「でないと、あの怖~いお母さまに怒られますわよ?」


 緋陽里は、そう言って私のことを脅してくる。就活が進んでいないのは私のせいなんだけどね。


「そうですね。けどミド姉、最近は全然漫画進めてないんですよね?」

「そうだね……。最近は、漫画を進める時間はめっきり減ったよ。今週なんて、ペンさえ握ってない……」

「そうなんですか!? 今までとは別人じゃないですか!」

「うん、まぁね……。やっぱりちゃんとしないといけないしね。今だって、ネットからまたいくつかエントリーして、帰ったらエントリーシートを書く予定だよ」

「そうですか……。大変でしょうけど、頑張ってくださいね! やっぱり就活は大事ですからね。早く終わらせて、早く漫画を描けるようにしましょうよ!」

「うん、頑張る……。翔ちゃんありがとう! 翔ちゃんに慰めてもらうと、元気が出るわ! 流石私の弟ね♪」


 翔ちゃんからの励ましの言葉に、私は元気を取り戻す。緋陽里が苦笑いをしていたのはちょっと気になったが、緋陽里だって私のことを心配してくれてるみたいだし、早く終わらせないとな。


 私は、ショートケーキの最後の一口を口に放り込み、その甘さを堪能したのだった。


 *


 次の日、私は新幹線に乗り、実家に向かう。


 私の実家は、新幹線で一時間、鈍行電車で二十分くらいの場所にある。もっと遠方から下宿している人のことを考えると、帰りやすい距離だ。


 新幹線を降り、鈍行電車に乗り換え、地元に向かう。


 私の下宿している場所は、山を切り開いた地域のため、比較的自然の多い場所ではあるのだが、それでもやはり、都心に比較的近い場所であるため、街という感じが強い。対して、今、私が降り立ったこの場所は、畑や田んぼが見える田舎町だ。畑や田んぼ、山しかない田舎ではなく、そこそこの商業施設もあるため、田舎『町』と言っていいだろう。

 私はこの自然溢れる地元が嫌いじゃない。夏なんかは、セミの鳴き声が少々響くけど、風情を感じることのできる心地よい場所でもある。


 夏の日差し対策で、麦わらぼうしを被り、風通しの良い白のワンピースを着て、田舎町を歩く。一日しか実家にいる予定はないため、荷物自体は軽めだ。キャリーバッグをごろごろ引きずりながらではなく、大きめのトートバッグに汗をかいたとき用の着替えやスケッチブックを入れて持って来ている。



 程なくして、実家が見えてくる。古いでも新しいでもない、ごく一般的な普通の一軒家だ。扉を開けて、帰宅の挨拶をする。


「ただいま~」


 返事はなかったが、鍵が開いていたところを見ると、どうやら母は家にいるらしい。私が靴を脱ごうとしていると、淡々とした調子で挨拶をする家族が二階から降りてくる。


「おかえり」

「ただいま、お母さん」


 花森紫水(はなもりしすい)。淡々とした調子でしゃべり、佇まいは堂々としている、私の母親だ。


 相変わらずの誤解されやすい表情。別に怒っているわけではないのだが、つり目で、いつも真顔だから、母のことを知らない人は間違いなく近寄りがたい。母は実際、口調も強めで、しつけにはかなり厳しいから、私は何度も泣かされたことを覚えている。怒ったときの母は、無表情であることに変わりはないが、目の鋭さが別人のように変化する。目で人を殺せるくらいの眼力の持ち主なのだ。


 私に限らず、母の仕事である漫画雑誌の編集においても、それは言える。毒舌を吐き作家を泣かせることから、『血も涙もない鬼』と評され、恐れられているとか。これは、母に直接聞いたわけではなく、小さい頃、母の同僚のおじさんに聞いた。


「久しぶりね、翠。しばらくの間、全然帰ってこなかったわね。三年ぶりくらいかしら?」

「うん。向こうでも色々やりたいことがあったからね」

「そう。それより、さっさと支度しなさい。早速行くわよ」

「うん」


 私は、一度家に入り、二階にある自分の部屋に荷物を置くとすぐに玄関に向かい、外に出る。母は、すでに車に乗って準備をしていた。私もすぐに車へ乗り込む。


 道中、久しぶりに帰ってきた地元の田園風景を眺める。母はひたすら運転をし、前を向いている。だからと言って、話すことがないから気まずいとか、そういう感情にはならない。


 しばらく車で走っていると、母が淡々とした調子で口を開く。


「翠、あっちでの生活はどう? 楽しい?」

「うん、楽しいよ!」

「緋陽里さんは元気かしら?」

「うん、緋陽里も元気だよ。昨日もおしゃべりしてきた。緋陽里の妹の朱里ちゃんは、最近、部内コンクールで静物画の一位をとったのよ」

「そうなの。それはすごいわね」

「朱里ちゃんにはたまに私が絵を教えていたから、私も嬉しいよ」

「あんたは、昔から絵がうまいもんね」

「お父さんのおかげだよ。お父さんの絵を真似してたら、上手くなったんだから」

「そうかもしれないわね。楽しそうにやっていて、何よりだわ」


 そんな会話でも、母の喋り方は淡々としている。棒読みというのか、感情がこもっていないような喋り方だ。

 だけど、全然そんなことはないのだ。誤解されやすいだけで、母は感情を込めて喋っていないというわけではないと、私は知っている。私の話を聞いている時も、楽しそうだということが私には分かる。母自身が、恥ずかしがり屋だとか照れ屋だとか、ツンデレだとか、そういうわけではない。ただ、表情と話し方に特徴があるだけのこと。

 緋陽里も最初は誤解していたが、別に私と母の仲が悪いわけではないのだ。


「最近は、知り合いもたくさん増えたのよ! 四月の始めなんて……」

「その話はまた後でね。着いたわ」


 ちょうど、お寺に着いたようで、会話は中断される。車を止め、お墓に向かう。

 久しぶりに見る父のお墓。私はお墓の上から水をかけ、花を添える。いざお墓を目の前にすると、全然実家に帰っていなかったことが申し訳なく感じる。


 父は、私が十二歳のころに亡くなった。父は画家で、私は父の絵が好きでよく真似て描いていた。母とは違い、表情が豊かで明るい性格だった。きっと私は、父親のそういうところに似たのだろう。


「(お父さん、私は今、漫画を描いてるよ。美術の絵と漫画の絵は全然違うけど、お父さんにもらった絵の技術は間違いなく生きてるよ。それに、漫画のおかげで、ステキな弟にも出会えたの。お父さんにも、見せてあげたいな。私の描いた、弟の絵……)」


 荷物を部屋に置いてきてしまったため、スケッチブックを見せることができない。私は、今度来た時は漫画家として、誇れる絵を父に見せようと決意したのだった。


 *


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