第15話「岡村翔平は恋の事情を聞いてみたい」①
陽ノ下朱里
小休憩後、今度は桜井さんを小休憩に入れ、桜井さんが持っていたトレーを持って店に出る。
「あ、あ……」
すると、あたしがそこで見た人は、
「(王子さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)」
あたしがもう一度会いたいと思っていた王子様だった!
心の中で絶叫するあたし。
「(運命!? これが運命なの!? あたしたちはやっぱり、運命の赤い糸で結ばれているのね!?)」
あたしはもはや、運命の存在を信じざるをえない。だって、こんな偶然あるかしら!? 先日知り合った王子様が、あたしの働いている店に来てくれたのよ!? これを運命と呼ばないで何が運命なの!?
舞い上がるあたしは、トレーを落としたことに気づかず、その場で王子様を見続ける。すると、王子様がこちらに目を向けてきた。そして、王子様と目が合う。
「(わわわわわわわ! 目があった! 目があったわ! いえ、落ち着きなさい、陽ノ下朱里! こんな取り乱した態度では失礼だわ。先日のお礼を改めて言いに行くのよ。あたしたちは見知った仲なんだから、何も不自然ではないわ)」
トレーを拾い、王子様の席に向かう。あれ? よく見ると、翠さんと一緒? 知り合いなのかしら?
「よっ、金髪少女! お前、ここでバイトしてたのか」
「せせせせせせせ先日は、困っているところを助けていただいてありがとうございました!」
緊張で最初の一言が中々言い出せず、変な言い出しになってしまった。
「あれ? 大樹くんと朱里ちゃんって知り合いなの?」
「えぇ、まぁ。先日ちょっと縁があって知り合ったっていうか。まさか、この店で働いているとは思わなかったんすけど」
「初めまして! 陽ノ下朱里です! 改めて、よろしくお願いします!」
「よろしくな、陽ノ下! オレは町田大樹だ」
マチダダイキ様っていうのね! 素敵! ついに名前を聞くことができた!
「ところで、翠さんは町田先輩とどういったご関係で?」
「大樹くんはね、翔ちゃんのお友達なの。それで知り合ったのよ。今日は、大樹くんと一緒に翔ちゃんのバイトしてるところを見に来たの」
翔平! グッジョブ!! グッジョブよ!! 初めてあなたの存在が役に立ったと感じたわ! あなたと王子様じゃ全然釣り合わないけど、今回だけは友達でいてくれたことに感謝してあげるわ! そして、あなたをバイトに誘ったあたしもグッジョブ!!
「俺がなんですか? ミド姉?」
皿洗いを終えて厨房から出てきた翔平がテーブルに来る。
「翔平! あたしは今、あなたにここまで感謝する日が来るとは思ってもみなかったわ! 全てはこの時のためにあなたと知り合いになったと言っても過言ではないわ!」
「え? 急にどうした?」
翔平の肩を掴み、目をキラキラさせながら感謝をするあたし。翔平は何のことか分からず首をかしげている。少し、気味が悪そうな顔をしているところがムカツクが、今回は許してあげましょう。
「その様子じゃあ、陽ノ下と翔平も元々知り合いって言ったところか?」
「え? うん、まぁ。今回のバイトも朱里に誘ってもらったんだし」
「あ、そうだったんだ! 朱里ちゃんの紹介だったのね!」
「はい、最近うちの店が人手不足だったので、知り合いってことでバイトに入ってもらいました」
どうやら翔平、翠さんにバイトの詳細を伝えてなかったみたいね。翠さんの得心する様子であたしはそう感じた。
「そうか、じゃあ陽ノ下は翔平の先輩ってわけか。心配なさそうだけど、先輩としてよろしく頼むぜ、陽ノ下!」
「は、はい!!」
王子様のステキな笑顔にあたしは目眩を覚えるが、何とか踏ん張ってそのテーブルを跡にする。これ以上直視していたら、倒れてしまうわ! 危ない危ない。一度平静を取り戻さないと……。
あたしと翔平はそれぞれ別のお客さんの接客などの業務に携わる。バイトの終了時刻まであと一時間ちょっと。それまで王子様がこの店にいるか分からないけど、今度こそ連絡先を聞こう! 翔平の友人ということであれば、何も不自然なことなく連絡先の交換をすることができるわ! 本当に翔平をバイトに誘ってよかった!
「これを……」
新しく来店されたお客さんの接客に行こうと思っていたら、マスターから、新しいコーヒーが出来上がったと報告を受けた。翠さんと町田先輩が注文したやつだ。桜井さんが休憩終わりで出てきたため、テーブルに持っていくよう指示を出し、あたしは他のお客さんのテーブルに向かう。
「早く、アルバイトの時間が終わらないかしら♪」
早く町田先輩とお話したかったあたしは、アルバイト中であるにも関わらずそんなことを考えながら厨房へ向かう。お客さんのオーダーをマスターへ伝えに行くためだ。
そんな歩いていた時のことだった。あたしは町田先輩のお顔をもう一度見ようと厨房へ向かいながらそちらのテーブルを何気なく眺めたのだ。あたしはそこで目にしてしまった。
「なぁっ!!」
桜井さんを見て、顔を赤くするあたしの王子様の姿を、目にしてしまったのだ……。
その後、半信半疑ではあったあたしだったが、アルバイトが終わってもそのことが頭を離れず、連絡先をまたもや聞き忘れてしまったのだった。
*
岡村翔平
「んで、どういうことなの!?」
「どうって言われても、いきなりすぎて話についていけないんだけど!?」
初出勤の次の日の午後、今日も今日とて、バイトのために喫茶店に来ていた。
昨日の研修で、俺とモモはマスターおよび朱里から太鼓判をもらい、あまりにも早い研修卒業を迎えた。コンビニのアルバイトによる経験が功を奏したようだ。そのため、今日からは通常シフトの体制である。俺は、インターンシップまでにできる限り資金集めをしたいということで、本日もシフトに入れてもらったので俺と朱里とによるシフトだ。
現在の時刻は午後四時、先程まで店内にいたお客さんは全て帰り、現在は従業員だけの喫茶店となっている。そんなタイミングを図ったかのように、朱里がいきなりすごい剣幕で俺に質問をしてきたのだ。
「だから、言っているでしょう! 町田先輩は桜井さんと付き合っているのかって!」
「何でいきなりそんな意味分からない質問が飛び出すんだよ!」
「いいから答えなさい」
朱里の顔が般若と化している。怖ぇーー。俺とミド姉の仲を疑っていたあの日以上に穏やかじゃあない。
「大樹は誰とも付き合っていないと思うけど……。モモも、多分誰とも付き合ってないんじゃないかな?」
「本当でしょうね! 本当に本当でしょうね!?」
「モモはよく分からないけど、大樹に関しては間違いないよ」
「そう」
途端、さっきまでの剣幕を急に隠し、清ました顔になる朱里。態度変わりすぎだろう!? なんなんだ一体!
「おい、待て待て」
「何? さ、早く仕事するわよ?」
「お前、大樹のこと好きなの?」
「……」
歩き出した朱里の体が急に石になったかのように止まる。首をギギギと音を立てて回しながら、朱里は白々しい顔でこう答えた。
「ソ、ソンナコトナイワヨ?」
「いや! 無理あるだろ!」
分かりやすいにも程があるぞ! お前がそんなに動揺してるとこ初めて見たわ!
しかし、そうか~。朱里のやつ、大樹に惚れてしまったのか~。後輩女子を一日で落とすなんて、罪な男だ。
「もしかして、昨日会って一目惚れしたの?」
「ち、違うわ! 昨日じゃない! 以前にちょっと会ったことがあって……、昨日偶然再会したのよ」
「ふーん。あれ? けどそれって昨日一目惚れしたわけじゃないってだけで、その会った初日に一目惚れしたってのに変わりはなくね?」
朱里は顔から煙が出るほどに顔を赤くし、うつむく。そして、
「えぇ! そうよ! 一目惚れしたのよ! 悪い!? 困っていたあたしを助けてくれて、その上あたしの理想のタイプド直球で、去り際に爽やかな一言を言ってくれた王子様に一目惚れしたのよ! 悪い!?」
朱里はまた先程と同じようなすごい剣幕でこちらに向かってくる。
「いやいやいや、悪いなんて言ってないじゃん! むしろ、大樹に惚れる女子は多いから何も不思議に思わないよ!」
すると朱里は、普段は見せないウットリとした表情となる。
「やっぱりあの人、モテるのね! そりゃそうよね、あんなにカッコよくて身長も高くてスマートだし、体格もよくて頼りになる。低身長で童顔のどっかのモヤシさんとは大違いですもんね」
「おい」
朱里は胸の前に手を重ねて、大樹を想像しているんだろうか、俺の前にも朱里の中で異常に美化された大樹が見えるようだ。
「てゆうか、初日に何があったわけ?」
「それは……」
朱里は、駅でメガネを落として困っていたところを大樹に助けられ、家まで送ってもらったことを説明した。こいつ、コンタクトだったんか。俺はまずそこに驚く。
「あぁ、あのときの王子様、とても紳士的にあたしをエスコートしてくれたわ。途中で自転車からあたしを守るときなんか、こう自分を盾にして守ってくださったし、去り際にあたしの金髪も褒めてくれたわ」
朱里は、すでにどこか違うところを見ている。回想して我ここにあらずといった感じだ。
…………王子様?
「なるほどね。大樹と朱里の間にそんなことがあったのか」
「そ、だからあたしは王子様とお近づきになりたいってわけ。言っておくけど、誰にも言うんじゃないわよ? あたしからアプローチしていくんだから、町田先輩にもね」
「別に言わないけど、何でそれでモモと大樹の仲を疑ってるわけ?」
「それは……、昨日喫茶店で桜井さんを見ていた時の町田先輩が何だか照れにも似た表情で、顔を赤くしていたから気になっただけよ!」
モモを見ていた時の大樹の顔が赤かった? 女の人と話し慣れている大樹に限って、そんなこと……。
「(ハッ!)」
俺はそう言われて思い出した。昨日の喫茶店での大樹の不自然な態度を!
確か、あのときも大樹はモモと話していた時に顔を赤くしていた! しかも、挙動が若干不自然だったような。俺はあのとき、大樹の言われるがまま、外を歩いてきて暑かったから赤いのかと納得してしまったけど、あれは……、モモに対しての好意の表れだったのか!?
「ちょっと、何急に黙りこくってるのよ?」
「いや、何でもない何でもない!」
俺のこの推測は朱里同様、確実性がない。しかも、そんなに的中率も高くないだろう推測だ。これを朱里に伝えて、無闇に不安を煽ることもないよね? また、こっちに迫って来られても困るし……。
「さぁ……」
寡黙なマスターが、何やら俺たちに話しかけてきた。俺にはまだ何を言っているのか理解できない。分かるのは、言い方と言う時の態度が渋いってことだけだ。本当に理解できる日が来るのか?
「ほら、話は終わりよ! マスターもこう言ってるし、あと一時間、仕事をするわよ」
それでもやっぱり朱里には理解できているらしい。後で朱里に聞いたところによると、「ふふっ、君たちはよく働いてくれているから、お客さんがいないときに話すのは存分にしてくれて構わない。できれば私も混ぜてもらいたいものだが、この時間を利用して、従業員ルームの掃除をお願いしたいんだが、人手を貸してくれるかな?」と言っていたらしい。
長いよ! あの二文字でここまで伝えられるのもはや「ツー」「カー」よりすごいよ! マスター何者なの!? ていうか、渋い上に寛容だね、マスター! 仕事しないでサボってるから注意していたのかと思ってたよ!
マスターのことより、大樹のことだ。友人として、大樹の恋は何も干渉せず見守るべきだとは思うけど、朱里からこんな話を聞かされた以上、一応知っておく必要あるよね。ま、俺がどうこうするわけではないし、大樹が言いたくないなら別に深くは聞かないし。
けど、単純に親友の好きな人が誰なのかって、気になるし、さりげなく明日にでも聞いてみるかな。
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