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第13話「陽ノ下朱里は顔を見たい」③

 絵本に出てくる村娘は、ある日、外で絵を描いていたら、祖母の形見である大事な鉛筆をどこかに落としてしまった。そこに通りかかった王子様が事情を聞くと、一緒に鉛筆を探すのを手伝ってくれた。

 王子様という高貴な身分にとって、たかが村娘が持つ古い鉛筆なんて何の価値も持たないにも関わらず、王子様は白い衣を泥で黒く染めてまで、鉛筆を探す。

 やがて鉛筆が見つかり、村娘は王子様に尋ねる。


「王国の隅っこに佇むこんな辺鄙な村の一娘であるあたしを、どうして王子様などという高貴なお方が助けてくれたのですか?」

 王子様は、それに対してこう答えた。

「困ったときはお互い様さ。身分の違いに関わらずね。それに、君みたいな可愛い子が困っていたら、助けたくなるのは当然だろ?」


 *


 この人は、あの王子様と全く同じことを言った。いや、確かに、どちらも女の子を助ける時に使う男の常套句ではあるのだけれど……、それにしても! 


 馬(電車)に乗って、白衣の衣(白シャツ)をまとい、身長は約一八〇センチ(推定)の歳上男性(確定)が、絵描きの女のあたしを助けてくれた! 

 まさかこの人、


 あたしの白馬の王子様!?


 そんな馬鹿げた考えが頭をよぎる。よく考え直すのよ陽ノ下朱里(ひのもとしゅり)! 困っている人がいたら、助けるのは当たり前。たまたまこの人だったってだけよ! 


 けど待って。王子様だって、村娘の前にたまたま通りかかっただけ。それが別の人だったという可能性だってある。運命というのは、そういう偶然の重なりであって……。

 あたしの前に偶然現れて偶然助けてくれているこの男性は、やっぱりあたしの……! 


「おっと」

「!?」


 男性は急にあたしを抱くようにして立ち止まる。え!? やっぱり変態!?

 と思ったら、音を聞くと、自転車に乗った二人が歩道を走っていったらしく、それからあたしを守るようにしてくれたらしい。


「ったく、危ねぇな……。悪かった。じゃあ行くぞ」


 あたしはもはやどうしていいか分からない。緊張しすぎて頭が破裂しそうだ。

 男性は再びあたしの手をとり歩き出す。そのとき、


「はっ!」


 あたしは、この男性に手を引かれているという事実を思い出した。先程までの警戒心は嘘のようになくなっており、代わりに芽生えた感情で更に頬を赤く染める。

 確か、あの絵本のラストは、王子様は王城ではなく、村娘の住む村で、二人でダンスをするのだ。その時も確か、村娘はこうやって手を引かれて……。


 シュー


 顔から蒸気が上がる。

 昔のロマンチストなあたしが、現在のあたしの中で蘇る。あたしは、王子様の背中も顔も見えないにも関わらず、気づくとじっと眺めてしまっていた。何も見えないという視覚の制限が、あたしの心臓のドキドキを加速させる。


「おい? どうした? おーい」

「ははは、はい! 王子様!」

「は? 今、何て?」

「え、い、いや……。そう! 『おうち、まだ』かなー? って!」

「それはオレじゃあ分からねぇよ……」

「そうですよね!」


 何言ってるんだ、あたしは! 何が「おうちまだかなー?」よ! おバカーーー! 


 暗い道を歩きながら、あたしは自分の家がどういう場所にあるのかを伝える。家の近くにある目印、家の特徴など。進むにつれて、あたしの家の付近のコンビニのシルエットが見えて来たので、もう少しだ。


 あぁ、もう少しで王子様ともお別れ? それは嫌だわ。まだ顔も見ていない。早くうちに帰って予備のメガネをかけて、お顔を拝見したい! 


「えーっと、これか? でかいな……」


 暗くて色はいまいちよく分からないが、入口に設置された二つのライトと、シルエットの大きさからして、あたしの家だ! 間違いない! 


「本当に、ありがとうございました! 何とお礼を言っていいのやら」

「いやいや、いいっていいって。もうメガネ落とすんじゃねぇぞ? そんじゃ、オレはこれで」

 そう言って手をひらひらさせて帰ろうとする王子様。あぁ、待って! 


「ちょっと待ってください!」


 あたしは、男性を呼び止めた。すると、男性は立ち止まったようだ。表情は見えないが、おそらく驚いているだろう。


「少しだけ、少しだけ待っていてください!」


 あたしは急いで家の中に入り、自分の部屋に行く。家の中なら、ある程度見えなくてもなんとかなる! 部屋に入り、予備のメガネを探す。どこに置いたかしら? くっ、見つからない。



 あった! 二分くらいかけてようやく見つけた! 急いで玄関に向かわないと! 

 玄関に着いたあたしは、その男性の顔を見るべく、扉を開けた。そして、ようやくあたしはその方の顔を拝見することになる。


 その男性は、びっくりするぐらい整った顔立ちをした、イケメンだった。


「(か、かっこいい……!)」


 あたしは一瞬見とれてしまったが、面と向かってお礼を言っていなかったので、意識を戻してお礼を言う。


「お待たせしました! 本日は本当に、ありがとうございました!」

「おう、どういたしまして」

 そう言って振り返る男性。しかし、何かを思い出したかのように再びこちらを向く。


「そういえばお前。その金髪、すっげぇ似合ってるな! お姫様みたいだ」



 ズキュゥゥゥゥン!! 



 彼の爽やかな笑顔を見た瞬間、あたしは雷にでも打たれたようで、心も体もしびれて動けない。彼は、そう言うと、暗い来た道を引き返していく。


「あ、あ、あ……」


 あたしは言葉にならない声を出す。お姫様みたいって言われた! 金髪が可愛いって言われた! 

 あたしは、運命の王子様を見つけたんだ! 


 絵本に登場する王子様がわたしを助けてくれるなんて……。メガネが割れたこともかすむ、いえ、むしろメガネが割れたことで出会えた奇跡! 今日は、なんてついている日なんだろうか。


 *


 部屋に戻って、荷物を片付ける。頭の中は、今日出会った王子様のことでいっぱいだ。

「ふふっ。王子様、素敵な方……」

 頭にお花畑でも咲いていそうだ。普段、(みどり)さんのブラコンを引いて見ていたけれど、こんな姿のあたしを見たら、間違いなく引くだろうな。こんな形で翠さんの気持ちが少し分かってしまうとは思ってもみなかった。


「また、お会いしたいわね。いつ、会えるかしら。……ん?」


 と、ここで思い出す。顔を見ることに必死で……、お礼を言うことに頭がいっぱいで……、褒められたことに心あらずで……、見落としていた! 


「連絡先聞くの忘れたーーーーー!!」


 運命の出会いも別れも、唐突に訪れたことに嬉しさと深い悲しみを覚え、その日は枕を濡らすあたしだった。


第13話を読んでいただきありがとうございました!

 今回は、朱里と王子様の邂逅話と次回へのつなぎの話でした。この話のために朱里がコンタクトという設定を付け加えました(笑)今後この設定が活きる機会はあるのでしょうか?


 最初、朱里は完全に翔平との喧嘩要因として作ってみたキャラだったんですが、いつの間にかこういう構想が頭に浮かんでしまって、結果的には書く事になりました。作中でも言っていますが、朱里はもう翔平を完全に敵視しているわけではないのですがこれからも喧嘩はしてもらおうと思っています(笑)書いていて楽しいんですよね!


 それでは今回はこの辺で! また第14話で! 


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