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第13話「陽ノ下朱里は顔を見たい」②

 次の日の学校帰り、本日は夕方からの部活で帰る時間が少し遅くなってしまい、最寄りの駅に着く頃にはすでに夜の八時となっているだろう。


「遅くなっちゃったわね」


 お姉さまは今日、ゼミがあると言って大学に残っている。だから、誰かを待たせたりする心配はない。ただ、この時間だと、電車は帰宅ラッシュでかなり混雑している。いつもは座れている電車だが、今日はそうはいかない。むしろ、まともに立つのがギリギリだ。主要な電車はこの線だけだから混むのはしょうがないけど、やっぱりちょっときついわね……。


 ようやく駅に着いた。出るときも人が大量に降りる。あたしももちろん、流れに乗るように降りていく。あたしが階段を上りかけようとした時、突然人とぶつかった。


「きゃっ!」

「すみません!」


 もう! 危ないじゃないの! 謝罪の声からして、どうやら男性。電車の発車直前のベルが鳴っていたことから、どうやら、この男性はこの電車に乗るために急いでいたようだ。間もなくして、プシューという音が鳴り、おそらく電車の扉が閉じる。


 全く、あの人とぶつかったことでメガネが落ちて何も見えない。こんなときに限って、何で家のコンタクトレンズが切れているのよ。買い忘れたのはあたしだけど……。

 さて、人が多い場所だし、メガネを早く拾ってしまわないと誰かに踏まれてしま……、


 ベキッ


「?」

 何だか、何かが割れる音がしたわね。そうね、まるで、メガネのレンズを踏んだかのような……。


 ふとしゃがんで目を細めて見てみると、あたしのメガネの見るも無残になった姿がそこにはあった。


「あぁーーーーーーーーー!」


 すくい上げて見てみると、見事に両目のレンズが粉々になっている。フレームも折れ、もはや「かける」という行為すらできそうにない。


「そ、そんな……」


 あたしの両目は、どちらも視力が0.1以下の超近視だ。そのため、メガネをとったら何も見えない。普段の生活はコンタクトレンズをつけているが、切らしている時に限って、こんなハプニングに出くわすなんて、最悪すぎる。


 全く。人とぶつかるハプニングなんて、少女漫画だけで十分よ! こういうのって、誰かとぶつかって恋に落ちるとかそういうやつじゃないの? 何で誰かとぶつかって、恋じゃなくてメガネを落とされなきゃいけないのよ! 


「はぁーー、最悪……」


 ついつい大きめのため息をついてしまった。この何も見えない目で、一体どうやってうちまで帰ればいいって言うのよ! バス停に行っても時刻表は見えないし、歩いて帰るなんてもっての外! 

 あたしが帰りについて心配していると、後ろから声をかけられた。


「大丈夫か? メガネが割れたみたいだけど」


 男性の声。あたしが振り向くと、そこには、確かに人のシルエットがあった。かなり身長が高そうだ。


「は、はい。……いえ。正直、あまり大丈夫じゃないです……」

「とりあえず、付き添うんで、駅から出ましょう」

 そう言って、男性はあたしの手をとって一緒に階段を登ってくれた。改札から出た後、男性は人の通り道にならなそうなところで立ち止まり、あたしを心配してくれる。


「しかし、どうしますか。今って、どれくらい見えているんです?」

「それが、あたし両目とも重度の近視でして、あなたの顔どころか体型もぼやけるくらいでして……」

「そりゃ大変だ……。帰りはいつもバスで?」

「はい」

「それじゃあ、とりあえずバス停に行くか」


 ラフな物言いでそう提案する男性。言葉の丁寧さは欠けるけど、助けてもらっている身。そんなに文句を言ってもしょうがない。男性の手に引かれるようにして、バス停に向かう。


 正直、見えない状態で知らない男性に手を引かれるというのは少し不安がある。今、あたしは無抵抗な状態なのだから。まぁ、しかしここは駅前。何かあったら大声を上げてとにかく全力で走ればいいことだ。それに、実際に一人で帰るのは無理だが、なんとなく、色とシルエットで大体の場所は分かる。今ここは駅前にある時計台の下だ。怪しげな場所に連れて行かれるという心配もないだろう。


 どうやら、バス停前に着いたようだ。

「家の方向はどっちですか? 時刻表を見るから教えてください」

「はい」

 あたしは方向を大雑把に伝えると、どうやら男性は前かがみになって時刻表を見てくれているらしい。


「あー、一分くらい前に出てしまったらしいです」

「そ、そうですか……」

 今日はとことんついていない。バスに乗れば、ほとんど座っているだけ。自宅近くのバス停のアナウンスが鳴るのを聞いてバスから降りれば、少なくとも家の近くまでショートカットできたのに。

 あたしが今日何度目か分からない嘆息をし、あきらめて次のバスが来るまで待とうと思っていたら、男性が先に口を開く。


「良かったら、この後時間あるんで、オレが家の近くまで付き合いましょうか?」


 そんな提案をしてきた。あたしは、流石にそこまで迷惑をかけたくはなかったので、一度断る。

「いえ、そこまでしてもらうわけにはいかないです。いずれ来るバスに乗って帰るので、大丈夫です」

「そうですか? けど、君の家の方向のバスが来たかどうかも見えないだろうし、バス停から降りて、家に着くのも結構大変だと思いますけど」

「うっ……」

 図星だった。まさにあたしが危惧していたことを言う男性。


「ま、遠慮しないで。困ったときはお互い様っすよ?」

 ラフと丁寧の混じった喋り方。いかにも大学生という感じだ。軽そうな言い方だが、親切心は伝わってくる。あたしは、不安な気持ちがないわけではなかったが、家に帰れないのは困るため、この男性に頼ることにした。


「でしたら、よろしくお願いします……」


 あたしの家は、翠さんの通う大学も通るし、比較的大通り沿いをまっすぐだ。もしも変な行動をされても、なんとか逃げきれる。大丈夫だろう。


「それじゃ、行きますか」

 男性は、あたしの手首を掴んで、あたしの家の方に向かって歩き出す。


 *


 しばらくはお互いに沈黙していたが、何か気まずいと思ったのか、男性の方から話しかけてきた。


「何でメガネを割ってしまったんです?」

「急いでいた人にぶつかって落として、その拍子に割ってしまったみたいです」

「あー、すっげぇ勢いで電車に乗ったあの男か。それは運がなかったっすね」

「あの、敬語じゃなくていいですよ? 多分あたしが年下ですよね?」

「やっぱそう? オレは二十一だけど、君は?」

「あたし、十九なんで」

「じゃあ、タメ語で話させてもらうわ」


 話し方はやっぱり軽そう。(みどり)さんの通う大学の学生かしら? 


「にしても、メガネを拾おうとして割るって、どんだけ目悪いんだよ」

「両目0.1以下なんですよ」

「悪! 何にも見えねぇじゃん!」

「悪かったわね!」

 ついいつもの調子で喋ってしまった。初対面と歳上には基本的に丁寧な話し方を心がけているのに、この人の態度が軽いから少しイラっときてしまったみたいね。

 あたしは、ぶっきらぼうな態度を残したまま、あたしに声をかけてくれた理由を尋ねる。


「何で、あたしに声をかけてくれたんですか?」

「はぁ? そりゃどういう意味だ?」

 男性は、何を言っているか分からないといった感じで聞き返す。

「それに、家に送るなんて面倒くさいことまで……」


 実際のところ、あたしはまだ少し、この男性に変な下心があるんじゃないかと疑っていたのだ。手を引かれているけれど、それだって完全に気を許したわけではない。あくまで仕方がないから触れさせているだけだ。だからあたしは、見えているぼやけた景色のシルエットや周りの雰囲気に少しでも違和感を感じたら、全力で逃げるつもりだった。


「そりゃあ、困ってる時はお互い様だろ? さっきも言ったじゃねぇか」


 まぁ、そう答えるわよね。誰でも。一番適した回答だし。男性は言葉を更に続けた。


「それに、オレは友人の真似をしたかったんだ」


 どういう意味だろう? 男性は話を続ける。


「オレの友人は、やけに器が大きくて、困っている奴がいたら人の手助けをする奴でな。オレも昔、それで救われたことがあるんだよ。それ以来、オレは友人を見習って、困ってる人がいたらできる限り助けたいと思ってんだよ。ま、できる限りだけどな」


 その言葉を聞いたとき、この人が本当に親切で手助けしてくれていると伝わった。建前ではなく本音でしゃべっていることが分かったから。


「それに、」


 男性は更にあたしを助けた理由を続ける。まだ、あるのだろうか。


「君みたいな可愛い子が困っていたら、助けたくなるのは当然だろ?」

「なっ!」


 こんなチャラ男のテンプレみたいな言葉に、不覚にも顔を熱くしてしまうあたし。

 何なの? 何なのこの人? 何で、さっきから、あの絵本の王子様と同じことを言うのよ! 


 *


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