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第12話「町田大樹はセーブしたい」③

「お姉ちゃんゲーム」の後も、数回に渡り別の飲み会ゲームをしたオレたちは、気づけばそれぞれそこそこの量のアルコールを摂取していた。とは言っても、ミドリさんとオレはアルコールに強いため、心配はない。ミドリさんもさっきこそテンションが上がっていたが、今では落ち着きを取り戻したようだ。やはりさっきのは衝動的なものだったらしい。


 桜井(さくらい)は、そろそろ控えたほうがいいくらいだ。もう適度に赤くてあと一、二杯のお酒で出来上がってしまいそうだ。注文した梅酒にももう手を出させない方がいい。隣にいるオレがしっかり見ておこう。


 翔平(しょうへい)は、顔が真っ赤だ。もうビールグラス一杯分以上は超えていそうだ。何度もゲームに負けていたし……。ちょっと飲み過ぎかもしれない。とりあえず今は注文した水を飲んでいるけど、きっと明日は頭痛を伴うだろう。まぁけど、これを機会に自分の限界を知っておくのも決して悪いことではない。そういう意味では、いい経験になるかもしれないな。


 時間は飲み会を始めて一時間三十分が経過していた。残り約一時間で飲み放題コースが終了だ。残りの時間は、まったりと過ごして酔いを覚ますとしよう。と、思っていたその時、


「ふふっふふふふふふふふふふふ」


 奇妙な笑い声が上がった。さながら魔女のような不気味な笑い声。しかし、魔女と言うには低すぎる。この声はもしかして


「アッハッハッハッハッハッハーーーー!」


 先程まで静かにしていた翔平だった。口を思いっきり大きく開けて高笑いしている。一体急にどうしたというんだ? 


「この日本酒、最高に美味だね! 喉が焼けるこの感じ! 口の中がロサンゼルスの山火事のごとく、ボーボーと燃えているみたいだ!」

「え? 喉が焼ける? 翔平の飲んでいた日本酒は甘口で度数が低いものなはずじゃあ……」

「あ!!」

 隣に座っていたミドリさんが、翔平の目の前に置いてあるグラスの中身を調べる。すると、突然何かに気づいたかのように大きな声を出す。まさか……、


「翔ちゃんのグラスに入っているお酒、……私の飲んでいた焼酎だ」


 なんてこった! 翔平のやつ、さっき注文した水と間違えてミドリさんの飲んでいた焼酎を飲んじまったのか! 元々軽く酔っていたから間違えたってのか? んなアホな! 匂いで分かれよ! 


「おい、翔平、大丈夫か? 気持ち悪くないか?」

 オレは完全に出来上がってしまった友人を心配する。

「んあ? 大樹(だいき)? お前、何で五人もいるんだ?」

「ちげーよ! お前が酔ってるんだよ! しっかりしろ! これ、水!」

「お前だけ分身の術を体得するなんてずるい! 俺にも奥義書を寄こせーーー!」

「だから違うっつってんだろ。いいから水飲めって!」

「水遁の術には興味がないんだよ! 俺は分身の術を覚えたいんだ! ニンニン!」


 そう言って、胸の前で両手を絡め、人差し指と中指を上に向けるような印を組む翔平。やばい、完全にいつもの翔平じゃない。「ニンニン!」じゃねぇよ! 

 翔平のやつ、酒飲むとこんなに人格変わっちまうのか! 弱いって言ってたけど、これは確かにやばいかもしれん。ましてや、あんな強い酒を飲んじまって。


「やば……。翔ちゃん、可愛い……」


 こっちが翔平の扱いに困っている中、ミドリさんがのんきなことを言ってきた。それどころじゃないですよ!?

 しかし、流石に翔平の酔いを心配したのか、ミドリさんも翔平を気遣う。


「翔ちゃん、大丈夫?」

「ん? ミド姉?」

「よかった。ちゃんと意識はあるようね。ほら、お水飲んで!」

「ありがとう……。お姉ちゃん……」


 瞬間、ミドリさんは立ち上がり、トイレに向かって走り出した。どうやら血を吐きに行ったようだ。お姉ちゃんと言われて数秒間は我慢できる能力が身に付いたようで、個室に被害はない。


「翔平、お前……、辺りを血の海に沈めるところだったぞ」


 翔平はようやく水を飲んでくれた。今更だが、これで少しでも回復してくれると助かる。


 ミドリさんがトイレから戻ってくる。若干まだ鼻から血が垂れているが、不意打ちのボディブローを食らったにしては微量だ。トイレで大部分を出してきたのだろうか? 


「ちょっといいかもしれない……」

「そんなのんきなこと言ってる場合すか!?」


 相変わらずのブラコン発言である。もう少し状況を理解して欲しい。


「翔ちゃん! 今、お姉ちゃんって言ってくれたよね? ね? ね?」

「言ってないですよ~そんなこと」

 壁に寄りかかりながら、頭をグラングランさせる翔平。あれ? さっきより酷くなってね? 


「そんなことないよ。ほら、もう一回言ってごらん?」

「ちょっとミドリさん、また血を吐いちゃうからやめた方がいいっすよ!」

 オレがミドリさんを止めようとすると、


「ミド姉!」


 翔平が大きな声で急にミドリさんの名前を読んだ。そして、壁にもたれていた体を起こしてミドリさんの方に向き直る。


「どうしてあなたはそんなにブラコンなんですか! 人前でイチャイチャイチャイチャとぉーーーー!」

「え? しょ、翔ちゃん?」

 今度は、ミドリさんに説教をし始めた。ミドリさんも何が何だか分からず、ポカンとしている。


「それに、すぐに僕のこと可愛い可愛い言いますよねぇ。あれって結構恥ずかしいんですからね~~。分かってるんですか~~?」

「でも、翔ちゃんが可愛いのは事実だし……」

「だまらっしゃい!」


 いつの間にかミドリさんは正座している。何だか珍しい絵だな。

 笑い上戸に絡み酒……。翔平、お前もとんでもない属性持ってるな……。


 そういえば、さっきから桜井が静かなような……? 

「おい、桜井?」


 桜井の方を見ると、彼女は寝ころがっていた。あれ!? 何で潰れてるの!?

 ふと、桜井の前に置いてあった梅酒の入ったグラスが空になっていることに気がつく。しまった! 翔平に気を取られてセーブさせるのを忘れていた! 


 桜井は完全無防備にオレの隣で横たわる。その姿は、何とあられもない。女性らしさを象徴する大きな二つの胸が彼女の上に乗っかり、その気になれば、簡単に襲えてしまう。オレはその姿に完全に魅了され、ついつい色っぽい彼女に見とれてしまう。


「(落ち着けー、オレ。落ち着くんだ!)」


 心の中に渦巻く邪悪な何かと理性が闘う。目を逸らしたいが、仰向けになっていることで際立って大きく見える胸がオレの視線を離さない。


「おい、桜井、起きろって! そんな無防備な格好で寝るんじゃねぇ!」

 何とか理性が打ち勝って、桜井の肩を揺さぶる。すると、桜井は喘ぎ声にも似たような色っぽい声で返答する。

「ん、ん~~……」

「っっ!!」


 そんな声出すんじゃねぇーー!! オレの中で眠る龍の暴走が加速するだろうがーーー!! 


 何とか桜井にも水を飲ませようと揺さぶって起こす。桜井は何とか目を覚まし、体を起こす。

「ほら! 水飲め、水!」

 オレは、テーブルの上に水を置き、桜井をきちんと座らせる。

「ありがとう、町田(まちだ)くん……」


 ゴトッ


 彼女が水を飲もうとコップに手を掛けると、掴み損ねたコップは倒れ、彼女の方へ流れる。猫背で水を飲もうとしていた彼女だったため、テーブルの高さと胸の高さがぴたりと一致していた。流れた水は、彼女の服を濡らし、そのせいで、服の下の見てはいけないものまで見えるほど、服が透けてしまっていた。


「ギャアアアアアア!!」


 瞬間オレは叫ぶ。オレの中の暗黒竜が現在、空中をぐるぐる回っており、今まさに炎を吐き出しそうな状態まで迫っている! 桜井は、別のグラスの水を飲むと、再びグランとなって倒れる。オレの方に……。


「えぇぇぇぇぇぇーーーーーー!」


 彼女の頭はオレの胸によって支えられる。二十一の大学生と言えども、ここまで女子に接近されて平常心で居られるわけがない。別にオレは見た目こそチャラく見えるかもしれんが、中身は真面目な大学生と変わらないのだから!


 何だこれ! オレは試されているのか!? 今日初めて会った女子を傷つけずに家まで帰せるか、試されているってのか!?


 神様は残酷だ。ふと、隣を見ると、先程と状況が変わらず、ミドリさんは翔平に正座させられ、説教されている。


「大体ね~~、僕はそこまで童顔じゃないんですよ~~。この世に顔が幼い高校生が何人いると思っているんですか? そんなのいちいち気にしだしたらキリがないでしょうが!」

「は、はい」

「でしょう? あと、ミド姉は僕のこと子供扱いしすぎですよ! 弟と言っても、一つしか違わないんですからね! 大学生の一個差なんて、対して変わらないでしょうが!」

「そ、そうね」

「人が多いところで抱きつきたくなるのは分かりますよ! 『お姉ちゃん』ですもんね! えぇ、分かりますとも! ですけど、ミド姉が駅前で『お姉ちゃん』と呼ばれ続けたらどうなると思います!? 困るでしょう! 嬉しいけど困るでしょう!?」

「しょ、翔ちゃん……、やめ……」


 ミドリさんはこんな状況で「お姉ちゃん」と呼ばれてもなお、身体が反応を起こすようで、血を吐くのを我慢している。翔平、やばいって! ミドリさん死んじゃうって! 


「嬉しいですよ! そりゃあ僕だって嬉しいですよ! 美人女子大生の『お姉ちゃん』に可愛いって言われるのは、悪い気はしませんよ! コンプレックスな分、複雑な気持ちですけどね! ですけどね、まぁけど、『お姉ちゃん』なら『お姉ちゃん』なりに自制して欲しいって話ですよ!」

「翔ちゃん、分かった! 分かったから! もうやめっ……、ぐぼっ……」


 弟のお姉ちゃん連発攻撃は、ミドリさんを窮地に追い込むには十分なダメージを与えたようだ。ミドリさんは、限界が来たようで再びダッシュでトイレに駆け込んだ。

 ミドリさんが目の前から居なくなったあとも翔平の説教は続いていた。



 何だ、これ……。何だこのカオスな飲み会は……。途中までは普通だったのに。あの時、面白そうだから罰ゲームで酒を飲むルールを認可したオレを恨む。何なら、あの時にタイムリープしたい……。これがゲームなら、セーブ地点までやり直せるのかなぁ。そもそも、セーブしてないから、セーブし直したい。そして、ロードしてやり直したい。


 オレが今まで経験した飲み会の中で、まず間違いなく一番狂った飲み会だ。いや、正確に言えば、オレが今まで一緒に飲んだ奴の中で、まず間違いなく一番狂った奴は、翔平だ……。

 ベビーフェイス、人あたりも普通、これといって尖った性格でもなく器は広いオレの親友だが、酒に関しては、意外な伏兵だった。



 こいつと飲む時は、もう最初の乾杯だけで、絶対に酒を飲ませないと固く誓ったオレだった。


 *


 岡村翔平(おかむらしょうへい)


 次の日の朝、俺が目を覚ますと、そこはうちだった。

 昨日の記憶が全くない。どうやら飲み会の途中で酒にやられて寝てしまったみたいだ。

 ベッドから起き上がろうとすると、軽い頭痛がする。

「いってぇ!」


 これが二日酔いってやつか。初めてだな。とりあえず冷蔵庫に入っていたお茶を飲んで気分をスッキリさせる。すると、インターフォンが鳴る。

 誰だろうと思ってドア前に立つと、そこにいたのはミド姉だった。


 ミド姉の話によると、昨日俺とモモが酔っ払ってしまったので、俺を大樹が、モモをミド姉が送り届けてくれたらしい。迷惑をかけてしまった。あとで大樹にも礼を言っておかないと。


「ミド姉、ご迷惑おかけしました。あと、ありがとうございました」

「いえ、大丈夫よ。それより……、」


 ミド姉はいつものステキな笑顔ではなく、何かに怯えるような表情で俺の肩を掴むと、真剣なトーンで


「翔ちゃんは、もうお酒を飲んじゃダメよ!」


 とお酒の制限をしてきた。


 俺は、ミド姉の語気の強さを理解できず、首をかしげるしかなかったのだった。


第12話を読んでいただきありがとうございました!

 今回は、同人誌即売会の延長として飲み会話を書いてみました。これで即売会編は完結です。大学生が主人公だと、飲み会話が合法的で自然に書けるので嬉しいですね!


 大学生の飲み会と言ったら『ゲーム』! しますよね? 作者もやりましたね~。山手線ゲーム。飲み会ゲームって楽しいですよね! 作中にも出ていますけど、『信号機の色』っていうお題で四人目をはめるっていうのとかもう盛り上がるのなんの! 『SMAPのメンバー』で『森且行』って答えた時とか「おぉーーー!」ってなるから好きでしたね。


 けど、本当にお酒の量には気をつけてくださいね! 私もお酒に強い方ではないので、先に断りを入れてからゲームに参加していましたよ。「ノリの悪い奴だと思われるのが嫌だから……」とか、「男なんだから酒飲めないとカッコ悪い……」なんて関係ありません! 断る勇気の方が超大事です! 急性アルコール中毒、ダメ、絶対!!


 それでは今回はこの辺で! また第13話で!

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