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第12話「町田大樹はセーブしたい」②

「じゃあ、新宿」

 手拍子に合わせ、オレの隣に座る桜井(さくらい)がリズムよく次の回答をする。

「東京!」

 どうやら、お題が簡単だったため、初心者の桜井もスムーズに慣れることができそうだ。その次は、桜井の正面に座るミドリさんだ。

「うーん、秋葉原!」

 最後は翔平(しょうへい)だ。

「渋谷」


 順調に繰り出される山手線の駅名。一巡しても、そのままのリズムでオレに手番が回ってきて、繰り返していく。ちなみに、お題に対する回答が有限の場合でも、答えられなかった人の負けなので、いずれ勝敗はつく。


 オレは、リズムに合わせて更にゲームを進める。

「代々木」

 桜井に手番が回るが、若干あたふたしている。それもそうだ。答えられる駅名が少なくなってきているんだからな。絞られる回答をいかに答えるかもこのゲームのおもしろいところだ。

「えと、えと……、品川!」

 ちょっと危なかったが、これくらいはセーフ。ギリギリリズムに乗って答えを導きミドリさんに回答権が移る。しかし、

「……あーー、品川を答えようと思っていたのに~」

 答えが思いつかず、一ゲーム目の敗者はミドリさんとなった。


「ミド姉、残念でしたね。用意していた回答を言われると厳しいですよね」

「うぅ、頭が回らなかったよ」


 初心者の桜井はどこかホッとしている。ゲームに馴染めたようで安心しているようだ。ミドリさんは悔しそうだ。

 すると急に、テーブルの上にあった焼酎を小さなコップに半分程度入れて、グイっと飲み干した。


「ミド姉! そんなに一気に飲んじゃって大丈夫なんですか!?」

「翔ちゃん……。私を心配してくれるのね! お姉ちゃん嬉しい!!」

 そう言って、嬉しそうにするミドリさん。お、抱きつかないとは、成長している気がする。


「大丈夫よ翔ちゃん。私、お酒には強いから!」

「まぁ、それならいいんですけど、それにしても何で急に焼酎を入れてグイっと飲んだんですか?」

「あれ? こういうのって罰ゲームみたいなものがあるんでしょ?」

 ミドリさんが不思議そうな顔をしてオレの方を見てくる。


 確かに、飲み会におけるゲームの定番は、負けた奴が酒を飲むというところだ。ま、酒に対する強さは各自違うので、裁量は個人に任せられるけどな。


「いや、そこまで考えてなかったですけど、面白そうすから、負けたら酒を飲むことにしますか!」

 翔平は少し嫌そうな顔をしたが、まぁいいでしょうと承諾した。

「まぁ急性アルコール中毒になっても困るから、無理そうだったらセーブしろよ!」

「そうするよ」

 一応、条件を緩く設定しておく。翔平はマジでアルコール弱いから、こういうところはしっかりしないとな。


「さて、んじゃあ二回目のゲームを始めようぜ。負けた人が決めるってことで、ミドリさん、お願いします」

「そうね……、それじゃあ、」

 そう言って少し考えたあと、ミドリさんは嬉しそうにそのお題を口にする。


「弟の素晴らしいところ!」


「「「……」」」


 リアクションの返し方が分からず絶句するオレたち三人。


「はい、それじゃあいくよ! 可愛いところ!」

 そんなオレたちの顔を気にする風もなく、ゲームを始めようとする親。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「ん? どうしたの翔ちゃん?」

 翔平が声を上げてお題に抗議の意志を示す。


「何ですかこのお題は! みんなのいる前で僕を褒め殺しにしてゲームオーバーにする作戦ですか!? こんなの僕が恥ずかしいだけじゃないですか! 公開処刑以外の何でもない!」

「翔ちゃん、何か勘違いしていない?」

「え?」

 翔平は、ミドリさんの言わんとしていることを理解できず、聞き返す。もちろん、オレも桜井もミドリさんの言っている意味がいまいち分からない。


「私のお題は『弟の素晴らしいところ』であって、『翔ちゃんの素晴らしいところ』と言っているわけではないの! つまり、世間一般的に言われる弟の良いところを述べていくだけで、決して翔ちゃん一人に理不尽なルールではないと言える!」

「ず、ずるい!」

 何も言えなくなる翔平。そのやりとりをただただ傍観する。


 確かにこのゲーム、多少理不尽なところが含まれているゲームだ。例えば、「信号機の色」というお題だったとき、「赤」、「青(緑)」、「黄」の三種類しか答えがない。参加者が四人の場合、四番目の人はどうあがいても敗者となるのだ。つまり、一人にとって不利なお題であったとしても、ゲームは進行される。今回もそれに近いお題だ。


 オレは、面白そうなのでミドリさんの肩を持ち、翔平を説得する。

「そうだぜ翔平、ミドリさんの言う通りだ。これは世の弟の良いところを挙げていくんだから、お前の良いところを自分で見つけろって言ってるわけじゃあないんだ」

大樹(だいき)、てめ!」

 おっと、顔がニヤついちまってる。これじゃあオレが面白がっているということが翔平にバレてしまうではないか。


 そうこうしてこのお題に翔平が承諾したところで、仕切り直してゲームが開始される。


「可愛いところ!」

「えっと……、……実はしっかり者なところ?」

 戸惑いながらもそう答える翔平。ほぉ、よく考えたな。確かにそういうイメージもあるかも。


「童顔なところ」

「後ろ髪のくせっ毛がチャーミングなところ」

「天使のような寝顔で姉思いで、とても大学生とは思えないキュートな顔立ちが姉心をくすぐるところ」

「長っ!! ていうかそれってやっぱり俺じゃーーーーん!!」


 次の回答を答えるのではなく、盛大なツッコミを入れる翔平。

 オレは大爆笑、ミドリさんはうっとり、桜井もアハハと笑う。


「はい、翔平の負けな」

「理不尽すぎる!」

「翔ちゃんの魅力、まだまだ言い足りないわ」

「ほら、俺って言ってるよ! 世間一般の弟の件はどこ行ったの!?」


 そう抗議する翔平の主張は虚しく、結局翔平の負けということで話はつく。翔平は、罰ゲームのお酒をグビっと飲み干した。


「うぅーん、飲めばうまいはうまいんだけどね」

「よっ、いい飲みっぷり!」

「うっさいわ!」


 酒の味自体は好きらしいが、どうもアルコールのまわりを気にしているようだ。まぁ、けど翔平が飲んだ量なんて、最初のグラスビール一杯(まだ半分位残ってる)とお猪口程度に少しの日本酒だけ。その日本酒も、甘口で度数はそんなに高いものでもないし、心配のしすぎだろう。


「さて、じゃあ次は翔平がお題を決める番だな」

「そうだね、それじゃあ……、」

 翔平の目が一瞬ギラリと鋭くなる。


「『姉のダメなところ』、で!」


「「……」」

「そんな! ひどいよ翔ちゃん! せめて良いところにしてよ!」


 オレと桜井はまたもやリアクションに困り絶句する。ミドリさんは泣き顔になりながら翔平にお題の変更を求める。

「何を言っているんですか、ミド姉? 僕が提示したお題は『姉のダメなところ』であって、『ミド姉のダメなところ』と言っているわけではないんですよ。つまり、世間一般的に言われる以下略!」

「さっきの私と同じ受け答え!」


 翔平なりの復讐といったところか。姉を褒め殺しにしない辺りが、ミドリさんのことを分かっている翔平らしいな。「姉の良いところ」だったらミドリさんはひるまなかったに違いない。


「ミドちゃんのダメなところか~。何だろう?」

(もも)ちゃん!? 私じゃないよ!? あくまで世間一般的に言われる姉の短所だよ!?」

「はいはーい、始めますよー」


 淡々とした調子で翔平が親としてゲームを進行する。大体結果は見えているけど……。


「人前でくっつくところ」

「……しきりに『お姉ちゃん』と呼ばせようとするところ?」

「……弟が絡むと視野が狭くなるところ?」


「私じゃーーん! 自覚ありますーーーー! もうやめて!」


 翔平との「初姉弟喧嘩(?)」と桜井との「嫉妬による即売会バトル」の記憶が新しい今、ミドリさんも反省の心が残っているのか、お題のすり替えによる疑問をスルーする。


 翔平は割とこういうところあるよな。受け入れの器はやたら広いくせに、やったらやり返す的な精神というか、Mそうに見えてSっ気があるというか……。オレは付き合いが長いから引き際は見極めている。間違いなく怒らせると怖いタイプだ。ミドリさんが不憫でならないが、まぁ自業自得だろう。最初にけしかけたのはミドリさんだ。


 ミドリさんはさっきと同量程度の焼酎をまたもや飲み干す。流石に顔が赤く酔った感じが見受けられるが、それでもテンションが高くなっている程度だ。ミドリさんの飲んでいる焼酎は翔平の日本酒とは違い度数が高いっていうのに、まだまだ余裕がありそうだ。強いというのは本当のようだな。



「それじゃあ次は、山手線ゲームではなくて別のゲームをします!」

 ゲームで負けたミドリさんが次のゲームの提案をする。しかし、何のゲームをするんだろう。


「その名も、『お姉ちゃんゲーム』よ!」


「「お姉ちゃんゲーム!?」」


 唐突に出されたその名に驚くしかないオレたち。翔平なんか、「また意味分からないことを言い出したぞ、この姉は」みたいな顔をしている。


「えっと……。その、『お姉ちゃんゲーム』っていうのは具体的にどういうゲームなんすかね?」

 三人を代表してルールを尋ねるオレ。ミドリさんは、待ってましたと言わんばかりに得意げな顔になって、ルール説明を始める。


「よくぞ聞いてくれました! 『お姉ちゃんゲーム』とは、この割り箸四本の中に一本だけある赤印のついた棒を引いた人がお姉ちゃんになって、同じく一本だけある青印のついた棒を引いた弟に一つだけ命令できるという、素晴らしいゲームよ!」


 この人、やっぱり酔っているのかな。いや、いつも通りだな。うん、間違いない。テンションがいつもより高いってだけだわ。オレは勝手に断言する。

 てか、このルールって……、

「ミド姉。それって、『王様ゲーム』じゃないですか」

「王様ゲーム!?」


 オレと同じ疑問を持った翔平が質問する。桜井は顔を赤くしてしてモジモジする。

 しかしミドリさんは更にルールの説明を続ける。

「確かに王様ゲームと似たルールであることは認めるけど、この『お姉ちゃんゲーム』は、王様ゲームのようないやらしいことを命令してはいけません! あくまで姉と弟! 姉が弟にすることを命令するのよ!」


 な、なるほど? 確かに、姉と弟でキスとか服を脱ぐとかそういうことはしないものな。けど、何でわざわざこのルールに? 


「これなら、私が当たりを引けば、翔ちゃんに合法的に抱きついたりホッペムニムニができる! 絶対に私が『お姉ちゃん』を引いてみせる!」


 燃えている。この人ブレないなー。最近抱きついていないから我慢の限界ってところだろうか。合法的に抱きつく方法を模索した結果、「罰ゲームだからしょうがないよね」みたいな非道な方法に出たぞ。まぁ、急に抱きついたりしない辺りに成長が見受けられるんだけど……。

 けど、この人こんなリスキーな提案して大丈夫なのかな……。


「ていうことは、わたしが赤印を引いて翔平くんが青印を引いたら、わたしが翔平くんに姉っぽいことをしてもいいってこと?」


 まぁ、当然そう思うよな。けど、流石にそこまで考えなしじゃないっていうか……。むしろ、そこまでのリスクを負ってでも翔平とスキンシップが取りたいってことなんだろうけど……。


「ハッ!」


 何かに気づいたような表情となるミドリさん。え!? 気づいてなかったの!? 頭悪っ! 自分が当たり引くことしか考えてなかったんかい! 翔平が弟になる可能性だって低いのに! 

 ていうか、男が赤印を引いたらお姉ちゃんになるっておかしすぎるだろう! 何だそのゲーム! クソゲーにも程がある。


「そうだった……。私がお姉ちゃんになれるとは限らない……」


 うわぁ、マジかよこの人。翔平が絡むとやっぱりポンコツだな。いや、酒のせいで思考力が鈍っているということにしておこう。ミドリさんのためにも。


「一度提案したことだからね! さぁ、ゲームを始めよう! ミドちゃん!」

「え、ちょっと待って!」

「お姉ちゃんだーれだ!」

 そう言って割り箸の印を隠してテーブルの中央に右手を置く桜井。こいつもそんなに翔平の姉になりたいの? 

 翔平は何も言わない。あきらめなのか、確率が低いとたかをくくっているのか、はたまた呆れているのか。

 ミドリさんは出された右手に戸惑っている。自分から言い出したゲームなだけに取り下げるのに躊躇しているようだ。


「うぅ~、分かったわ! やってやろうじゃないの! 姉の神様は私に味方している!」


 開き直った言い方で気合を入れるミドリさん。姉の神様って誰ですか? 


 果たして結果は……、

 赤印:ミドリさん

 青印:翔平

 となった。


「神様ーーーー!!」

「えーーーーー、マジでーーーー!!」


 二人が同時に叫ぶ。本当に奇跡が起きるとは思わなかった。すごいなこの人。

 だが、ミドリさんは翔平に急に抱きつこうとはせず、断りを入れる。


「えっと、翔ちゃん。ホッペにスリスリとまでは言わないから、せめて、抱きついてもいい?」

 恥らいながら言うそのセリフは、さながら恋する乙女のようだった。恥じらいがあると、いつもとのギャップですっげぇ可愛い。いや、いつも可愛いんだけど、色々台無しにしているというか。

 どうやら、やはり以前のことを反省しているらしく、翔平が嫌がることをするのはためらわれるらしい。だからこそ、一度断りを入れている。


 翔平は、一度ため息をついたが、

「いいですよ。ここ、個室ですし、この二人にはもう何度も見られてますし……」

「ありがとう!! 翔ちゃん大好き!!」

 そう言って抱きつくミドリさん。翔平は恥ずかしそうながらも、どこか慣れた様子だ。


 姉になれなかった桜井は悔しそうにその様子を眺める。お前もやっぱりブラコンなのか? オレは桜井桃果(さくらいとうか)のことが分からなかった。


 *


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