第12話「町田大樹はセーブしたい」①
町田大樹
「二人とも、今日の即売会は本当にありがとう! 今日は私たちのおごりだから、楽しんでね!」
「「「「カンパーイ!!」」」」
グラスを高らかに上げ、メンバー全員で乾杯の掛け声をあげる。
オレたちは、同人誌即売会の打ち上げをするために居酒屋に来ていた。ミドリさんの同人誌完売を祝したり、桜井さんの同人誌イベント初参加お疲れ会みたいなものも兼ねている。
イベント終わりの飲み会というのは、実に大学生らしい。そして、大学生の飲み会ほど気楽に楽しめる飲み会もないと思っている。これが社会人とかになってくると、仕事の愚痴とかを無意識に出したりして、妙に現実感ある場になるかもしれないが、「人生の夏休み」と言われる彼らの愚痴などといったら、社会人のそれに比べたら小さなものだろうからな。
実際オレも、飲み会という場は好きだ。オレは素でも比較的コミュ力がある方だと思っているが、そうではない奴もいる。だが、アルコールを摂取することで普段しゃべらない奴とも仲良く話せたりする。飲み会は社交場とは言うが、友人の交流を広げられるという意味では、大学生にとっても言い得て妙なものだ。
「私、飲み会っていうのをやるのがそもそも久しぶりな気がするよ」
「わたしもかな……。普段ってお酒そんなに飲まないし」
お通しのサラダを二人で取り分けながら、女性二人がそう話す。こういう時、サラダの取り分けなどは率先して後輩であるオレたちがやらなくてはいけない。実際オレは、そういう場に慣れており、何度も率先してやってきたのだが、今日は先を越されてしまった。この二人の女子力がオレの接待スキルを上回ったようだ。
「すみません、ミド姉、モモ。こういうのって、僕たちが取り分けなきゃいけないのに……」
「いいのよ、翔ちゃん! 今日は二人にたくさん手伝ってもらったんだから、私たちに労わせてちょうだい!」
「そうだよ、翔平くん。今日のこの飲み会は、二人のお疲れ様会でもあるんだからね」
そう言って、翔平に取り分けたサラダを渡す。オレたち二人へ向けての感謝の気持ちが伝わって来る。今日はご厚意に甘えるとしよう。
「ミドリさんも桜井さんも、あまり飲み会をやらないんすか? 二人で飲んだりとか」
オレは話題を始めの状態に戻し、雑談ムードを演出する。
「最後にお酒を飲んだのは、多分もう一年くらい前かな? 桃ちゃんとはご飯はよく一緒に食べるけど、お酒を飲むことはあまりないね」
「それこそわたしたちが最後に飲んだのが、多分ミドちゃんが言う一年前の飲みだと思う」
「一年前……。そんなに飲んでないんすね……」
一年間も酒を飲まない大学生もいるんだな。まぁけど、サークルとか入っていなければ飲み会ってもの自体がないだろうし、酒を好きかどうかも本人次第だもんな。
「そういえば、僕も飲み会ってやらないですね。成人式で飲んだのが最後ですよ。大樹と飲む時は飲み『会』ではないですし」
「翔平、お前も大概だな~。ていうか、お前は二十歳になってまだ半年くらいだしな」
「そうだね。ちょうど半年かな?」
「そもそもお前は酒にあまり強くないしな」
「だね。すぐに酔っちゃうからセーブすることが多いし」
翔平はアルコールに強くない。むしろ、すっげぇ弱い。匂いで酔うとまではいかないが、ジョッキビール一杯飲むだけでかなり酔うらしい。この前は、グラス一杯で酔っていた。それ以上酔ったところは流石に見たことないし、あまり飲ませるのも良くないので、オレと飲む時なんかはほとんどソフトドリンクを頼むまである。それでも律儀なもんで、最初の一杯はグラスビールで必ず付き合ってくれるんだけどな。
「翔平くんってやっぱお酒弱いんだ」
「『やっぱ』って何だ! 『やっぱ』って!」
「いや、だって……」
桜井さんが言い淀んでいると、ミドリさんがこれまたいつも通りの調子で続ける。
「翔ちゃん、そもそもお酒飲める年齢に見えないもんね~」
「そう言うと思いましたよ! そして、絶対にストレートに言ってくると思ってましたよ! 何なんですか! いじめですか!」
「違う違う。翔ちゃんは全然成人しているようには見えないってだけだよ!」
「何を以て違うと言ったのか分からない弁解!」
「だってほら、翔ちゃんって弟なわけじゃない?」
「弟だって成人してれば酒飲むでしょ! そして僕は今二十歳ですからね!?」
もはや恒例となりつつあるミドリさんによる翔平の童顔いじりが始まる。これはもはや、いじりって言うのじゃないな。ミドリさんのことだから、素で言っていて、なお童顔が良いと思っている言い方だな。翔平は気にしているけど……。
「ごめんごめん。つい翔ちゃんの反応がいつも可愛いからちょっとからかいたくなっちゃったんだよ。でも、本当に私は翔ちゃんの顔、好きだけどね」
「そ、そうですか」
翔平はミドリさんの素直な感想に顔を赤くし、照れ隠しに唐揚げを食べる。こいつ、本当にすぐ恥ずかしさが顔に出るんだな。そりゃあお姉さんもからかいたくなるわけだ。
「まぁ、翔ちゃんのお酒の強さもイメージ通りだけど、大樹くんは反対に強そうだよね」
「ん? オレすか?」
今度はオレに話題が振られる。テーブルに置かれた料理をつまみながら軽く答える。
「そうですね。オレは確かに強いですよ。うちは親父も強いんでその辺も関係ありそうですけど、まず、酒が好きっすね」
「大樹くんは色々な飲み会に行って鍛えられていそうなイメージがあるわ。社交性高そうだし」
「まぁ、確かに月に三回くらいはでどっかしらの飲み会に顔出してるかもっすね」
オレがそう言うと、桜井さんが羨ましそうな声で反応した。
「こ、これが……コミュ力……」
「そんな、尊敬の眼差しを向けられても……」
別に桜井さんもコミュ力低いようには見えないけどな~。
「まぁ、大樹はチャラ……コミュ力高いんで、すぐに誰かと仲良くなれるんですよね。羨ましい。僕と大違いですよ」
「おいこら、未成年顔! 今チャラいって言いかけただろ」
「やはり、コミュ力高い人はチャラい傾向にある……ということなんでしょうかね?」
「違いますから。見た目だけで中身はいたって大真面目ですから」
「大樹は清純派だもんな」
「喧嘩売ってんのかお前は」
こいつはこいつでオレの見た目をチャラいだのなんだの言ってからかってくるんだよな~。ミドリさんのこと言えねぇじゃん。
「そういえば、大樹くんと桃ちゃんって、今日が初対面だったよね? 結構普通に話しているから忘れちゃってたよ」
ミドリさんが思い出したようにそう言う。実際、オレも忘れていた。初めての対面うんぬんよりも、あなたの嫉妬の方が印象でかかったんで、気にする暇なかったですわ。
「チームが違ってあまり話す機会がなかったから挨拶が遅れちゃったけど、桜井桃果です。学年は三年だけど、浪人しているから歳はミドちゃんと同じなの。よろしくね、町田くん」
「はい、よろしくお願いします」
オレたちは本当に今更ながら、挨拶を済ませた。桜井さんは「同学年だから敬語はなしでいいよ」と断りを入れてくれた。
ミドリさんに比べて、桜井は落ち着いている、というか、どちらかというと消極的な感じなんだろうか。初対面で姉アピールしてきたミドリさんとは違ったタイプだ。まともそうで何より。
しかし、今日の即売会勝負の発端はそもそも、桜井が翔平を弟にしたいと言ったところから始まったそうだ。ミドリさんも見た目ではあそこまで異常なブラコンとは思えないし、この人も何かしら変な性癖でも持っているかもしれないから用心しないと……。
オレたちは四人で何でもない雑談を続ける。ミドリさんはいつも通り、彼女の弟たる翔平のノロケ話をし、それに対して翔平がツッコミを入れたり恥じたり。オレと桜井はその様子を見て笑う。オレはミドリさんのノロケに便乗してからかってみたり。
今日初めて会った桜井とは、お互いに自己紹介的な感じで色々話す。別に桜井はノリが悪いわけではなく、オレの話を聞いて素直に笑ったり、逆に自分のことを話したりと、社交的な部分が見られた。ただ少し自分に自信がないらしく、最近イメチェンして色んなことを積極的に頑張るようになったんだとか。聞けば聞くほど常識人にしか感じない。オレの早とちりだったようだ。
少人数でやる飲み会っていうのはやっぱりこういうのがいいよな。全ての参加者にまんべんなく接することができ、話も弾んでいく。大人数での飲み会でもしゃべったことない奴と仲良くはなるけれど、少人数の方が話す時間は長いわけだし、その分、距離も近づきそうだ。今回も初対面の桜井と大分しゃべれて仲良くなれたわけだし。これだから飲み会の誘いは断れないぜ!
「それじゃあ皆さん、せっかくの飲み会なんで、ここは少しゲームでもやるっていうのはどうすかね?」
音を立ててビールジョッキを机に置きながら、オレはそんなことを提案した。翔平とミドリさんからは賛同の声が上がるが、唯一、桜井からは疑問を持った声が漏れた。
「ゲーム? ってしりとりでもやるの?」
何やら知らないご様子。大学生の飲みの席でゲームといえば定番なんだが、飲み会に参加しない桜井にとっては、当たり前のものではないらしい。
「そうだな、まぁそれに近いようなものだ」
大人数の飲み会にて、親しまれる定番のゲームというのがいくつか存在する。ローカルルールやその参加者が考えたオリジナルのゲームというのもあるもんだから、一概に共通して参加者全員が知っているわけではないが、共通的に知られている有名なゲームもある。
「王様ゲーム」なんていうのがその筆頭に当たるだろう。あれは、どっちかというと合コンで親しまれているか。今回やるのは王様ゲームではない。
「今回は、山手線ゲームをやろう!」
山手線ゲームは、親がお題を決め、そのお題に当てはまることを参加者が順番につなげていく頭脳ゲームだ。例えば、その名前のごとく「山手線の駅名といえば?」というお題だった場合、参加者は順番に山手線の駅名を答えていく。その際、必ずしも山手線の停車駅順に答える必要はないが、このゲームの難しいところは、リズムに乗せた状態で回答するという点だ。
このリズムに乗るというのが、簡単そうに見えてやっかいだ。大体、手拍子二拍程度の間隔で参加者は答えていくのだが、時間制限がつくというだけで思考に焦りが生じる。ましてや、アルコールが入って多少なりとも酔いがある状態のため、思考力は通常よりも落ちていると言っていいから尚更だ。自分の番になってから考えていたのでは遅い。自分の番が回ってくるときには、すでに答えを導き出していなければならないのだ。自分の考えていた答えが言われた時なんかは、かなりきつい。その二拍のうちに新しい答えを見つけなければならないのだから、常に頭をフル回転させる必要がある。
オレたちは桜井含め、一応のルール確認を行い、全員がルールを把握したところで、お題を決めることになる。
「定番っつーことで、最初のお題は山手線の駅名にしよう」
「山手線ゲーム」って名前なんだし、とりあえず最初はこのお題にする。
「理系の思考力を見せてあげるよ!」
「翔ちゃんにお姉ちゃんの賢さを見せるチャンスね!」
「その昔、『エンドレスしりとりすと』と呼ばれたわたしの実力を見せてあげます」
三者三様の意気込みの言葉が発せられる中、親であるオレはゲームを開始する。てか、「エンドレスしりとりすと」なんて呼ばれていたのか、桜井の奴。奇妙な名前だ。




