第11話「花森翠は同人誌を売りたい」③
花森翠
このままじゃ、このままじゃ……、翔ちゃんが桃ちゃんに盗られてしまう!
全く翔ちゃんったら、桃ちゃんのことも「モモ姉」なんて呼び出しちゃって……。お姉ちゃんと呼ぶのは私だけでいいのよ、翔ちゃん!
いや、翔ちゃんは真面目だものね。私の弟モデルも引き受けてくれたぐらいだし、今は桃ちゃんの弟である設定。それなら、翔ちゃんが桃ちゃんを姉扱いしても当然よね。
~~。分かっていても、そうとは分かっていても……、この敗北感は何なの! 私の弟じゃなくなったわけではないのに、どうしてこんなに敗北感を感じるの! 桃ちゃんにお姉ちゃんの座を奪われたと感じるのは何でなの!
先日もそうだったけど、私ってやっぱり器小さいのかな? 翔ちゃんが絡むと周り見えなくなっちゃうし、きっと今だって無意識に大樹くんに迷惑かけちゃってるんだろうな。
こういうところを直さないから、ダメなのよ私!
だけど、やっぱり桃ちゃんにお姉ちゃんの座は渡さない。独占欲があると言われても構わない。翔ちゃんの唯一のお姉ちゃんでいるために、私は絶対に負けない!
だからこそ、この即売会勝負、絶対に負けられない。お客さんに私の同人誌を売って売って売りまくって、桃ちゃんから翔ちゃんを取り戻してみせる!
「フフ、フフフフフフ」
「怖! ミドリさん! 突然そんな不吉な笑い方するのやめてくださいよ!」
おっと、気を入れすぎて変な笑い方をしてしまったらしい。気を落ち着けないと……。お姉ちゃんはいつでも冷静でいないと。
「さぁ、大樹くん、これからどんどんペースをあげるわよ! そして、さくっとノルマ分を完売させるのよ!」
「は、はぁ」
「お、そう話してるうちに次のお客さんが来そうよ」
通路反対側にいる男性が、こちらの同人誌をじーっと見て、気になっている。さぁ、買ってちょうだい! こうして私は、また一部、ゴールに向かうわ!
予想通り、こちらを見ていた男性は私たちの売り場にやってきて、そして、
「あ、あの! ペンネーム『グリーン・フラワー』さんですよね?」
「は、はい?」
私に向かってそう質問をしてきた。目をキラキラさせながら。
「こんにちは! いつも同人誌楽しみにしています! 前回の夏コミでの同人誌も買わせていただきました! 僕、グリーンフラワーさんのファンなんです!」
「え? 私のファン?」
「はい! グリーンフラワーさんの書くお話は面白くてイベントの度に楽しみにしています! それに、僕も漫画を描いているんですけど、お話も絵も上手で参考にさせていただいているんです。これからも頑張ってください! 応援していますから! あ、順番逆になっちゃいましたけど、三部ください。友人にも布教します!」
私は、その人の言葉を聞いて、何か心の内のモノが白く浄化されていく感じがした。そして、先程まではおおよそ狭くなっていた視界も開け、心の余裕を感じていた。
「ありがとう! これからも頑張るわ! 応援してくれてありがとうね!」
私は、買ってくれた男性に、私ができる最高の笑顔を返した。
そうだ、私は何を勘違いしていたんだろう。ついムキになって、大事なことを見落としていた。
この同人誌即売会で私は、桃ちゃんに翔ちゃんを盗られないために同人誌を売っているわけではない。勝負に勝つために売っているんじゃない。
私の書いた漫画を、他の人にも見て欲しいから売っていたんだ!
今思うと、情けない話だったわ。嫉妬して、取り乱して、挑発したりして……。今まで買ってくれたお客さんにも申し訳ないことをしてしまった。
それに、この同人誌は翔ちゃんがいたから描けた作品。そんな作品を汚し、翔ちゃんを困らせてしまうようなことをした自分にまた反省しないと……。
そのことに気づいた私は、大樹くんに一言謝罪をした。大樹くんは、やれやれという感じで対応したが、すぐに笑顔で許してくれた。
私はテーブルの裏から桃ちゃんのいるテーブルの端まで歩き、桃ちゃんに提案した。
「桃ちゃん! これからは、同人誌とイラスト本、二人で一緒に売らない?」
「え、ミドちゃん?」
「私、間違っていたことに気づいたの! 同人誌即売会は、勝負のためにあるんじゃない。自分たちが一生懸命作った作品をいろんな人に見てもらうためにあるってことに気づいたの。ついムキになっちゃって、ごめんなさい!」
私は桃ちゃんの前で頭を下げて謝罪する。桃ちゃんも自分のイラスト本をただただお客さんに見て欲しいと思って参加しているはずだ。ましてや、初参加の桃ちゃんを私のわがままで振り回してしまって本当に申し訳ない。
「そっか。そうだよね。わたしもちょっとムキになりすぎちゃったかもしれない。こっちこそ、挑発するようなこと言ってごめんね、ミドちゃん」
「桃ちゃん……。それじゃあ、一緒に売ってくれる?」
「けど、わたしと一緒にでいいの?」
「もちろん! だって、私の同人誌には、桃ちゃんのイラストも載っているんだから!」
私と桃ちゃんは、お互いに笑い合う。それを翔ちゃんと大樹くんも安心したように見守っている。
「翔ちゃん、」
「翔平くん、」
桃ちゃんと共に、翔ちゃんの方へ向き直り、二人で謝罪する。今回の対決で一番振り回してしまったのは、翔ちゃんだ。誠心誠意謝罪する。
「「迷惑かけてごめんね!」」
「はは、しょうがない姉たちですね。いいですよ、もう。それより、残りの同人誌とイラスト本、頑張って売りましょう!」
「「うん!」」
私たちは、笑顔で返事をし、配置を変え、残りの冊子を売り始めた。
*
「ん~疲れたね!」
「そうだね、すごいねミドちゃん、あれだけの同人誌が全部売れるなんて!」
「桃ちゃんも結構売れたじゃない。私は最初あんなに売れなかったよ?」
「そうかな? それなら嬉しいな!」
即売会会場を跡にする私たち。朝来たときの雰囲気とは全く逆の明るくて、達成感と充実感溢れる雰囲気がそこにはあった。
「それと、大樹くん! 今日、私の同人誌の売り子を手伝ってくれて本当にありがとう! それと、迷惑かけてごめんなさい!」
「それはもういいっすよ。ま、何だかんだでオレも結構楽しかったですし、売り子っていうのも悪い気分じゃないですね」
「大樹くん……」
大樹くんって、本当にいい子ね。翔ちゃんの親友っていうだけあって、器が広いというか。前半のあの空気は大樹くんにとって居心地の悪いものだっただろうに。
「あーあ、結局勝負は負けちゃったから、翔平くんの姉役はここまでか~。まぁけど、半日くらいは姉の気分になれたし、売り子も一緒にできたから、満足かな」
結局、私の同人誌は印刷した分だけ全て裁くことができたが、桃ちゃんのイラスト本は十冊のあまりを出す結果となった。それでも、最初に定めていたノルマはクリアしているんだけど。
私たちの勝負は、途中からうやむやになってしまったが、それでもこれで良かったと思っている。桃ちゃんが望むなら、一日くらい翔ちゃんのお姉ちゃんになることも許してあげてもいいかな? ……いや、やっぱりでも、……うーん。
あまり束縛しすぎて、翔ちゃんに窮屈な思いをして欲しくないと今の私なら思える。私は、やっぱり視野が狭くなっていたらしい。
大事なことに気づかせてくれた、あのお客さんには、感謝しなくちゃね。こんな私にも、ファンがいてくれるなんて、すごい嬉しい。ああいう方がいるから、私は頑張れるんだ。
「それにしても、お客さんが笑顔で自分の作品を買っていってくれるって気持ちいいですね。それを読んで更に笑顔になっているところを想像すると、僕が作った作品ではないですけど、すごく嬉しいです」
「でしょ? だから同人誌はやめられないんだよ!」
今回の即売会は、漫画を描くことの楽しさを改めて感じることのできる、とても結意義なイベントだった。大好きな弟とも一緒に来れたし、今までにない充足感だ。
「モモ姉も、イラスト上手だったよ。それに、あんなに売れるなんて、すごいね」
「ふぇ、翔平くん……、モモ姉って……」
私は翔ちゃんの言ったその一言に反応する。
「あぁ、ごめん。さっきまでずっとこう呼んでいたから間違えた」
「なんだ、びっくりした。でも、翔平くんが弟でいたいなら、モモ姉って呼んでもいいよ?」
「いや、それは……」
「ヒグッ……」
私は、若干涙目になりながらも、悟られないように努力する。
「さぁさぁ、翔平くん。なんなら、姉としてわたしが可愛がるのでもいいよ?」
「いやいや、おかしいでしょう! というか、うやむやにはなったけど、まぁ何だかんだでミド姉の勝利ってことでもう弟じゃないでしょ?」
桃ちゃんは、即売会が終わった後の高揚感からなのか、いつもよりも積極的に翔ちゃんに絡んでいく。その様子を黙って見ていた私だったが、口元の引きつりが治らない。
「それはそれ、これはこれだよ。ほら、結局勝負は流れちゃったわけなんだし。ね、翔ちゃん?」
「翔ちゃんって……。モモに呼ばれると違和感半端ないからやめて!」
「え~。いいじゃん、翔ちゃん! わたしだって歳上なんだからさ~。ね?」
私はついに我慢できなくなって声を出す!
「桃ちゃん、調子に乗りすぎ!」
半泣きの私を見て、桃ちゃんはいたずらした後の子供のような無邪気な顔で私を見やる。
夕陽の色で空が染まる。都会の景色もすっかり夕方のそれとなっている中、都会ど真ん中のビル前で、大きく声を上げて主張した。
「翔ちゃんのお姉ちゃんは、私で十分なの!」
第11話を読んでいただきありがとうございました!
今回は、翠と桃果のお姉ちゃん勝負編でした! ラブコメに定番な修羅場回です! 書いていてすごくラブコメ書いてるな! って気になりまして楽しかったです。
同人誌即売会のお話はずっと前から書こうと決めていたんですが、第10話の終わりまで、まさかこんな形で書く事になるとは思っていませんでした(笑)まさか桃果まで「弟になって!」と言い出すとは……。最初は本当に翔平を一日彼氏にしようと思っていたんですけどねぇ……。どうしてこうなった?
にしても、大樹は不憫ですねー。私だったらあんな状況で売り子の手伝いとか、死んでもごめんですね。気まず過ぎますよ。対人スキルを持つ大樹と言えども、その苦労の様子が分かりますね。チーム分けも中々最悪でしたしね。まぁ、チーム分けしたのは作者なんですけどww
私も一回だけですが、売り子の手伝いもしたことあるんですよ。あれって、楽しいですよね! 自分が書いたわけではないけど、友人の同人誌が売れると嬉しくなります! また売り子やってみたいな~。
では、今回はこの辺で! また第12話もよろしくお願いします☆




