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第11話「花森翠は同人誌を売りたい」①

 岡村翔平(おかむらしょうへい)


(もも)ちゃん、約束は覚えているわよね?」

「もちろん。わたし、譲る気はないからね!」


 二人の女性が火花を散らす。俺と友人の二人を挟みながら……。


 ここは同人誌即売会の会場。俺たちは四人入れるスペースのある長机に立ち、ミド姉の描いた同人誌とモモの描いたイラスト本を売ろうとしている。


 六月中旬の休日、俺たちは都心に来ていた。


 都心は、俺たちの住む山を切り開いて作られた自然溢れる街とは違い、人工物に溢れている。斜め横断式の歩道、そびえ立つ高層ビル。どこを見ても人、人、人。ここ我が国の中心であることを感じざるを得ない。

 そして、そんな大都会に立地された高層ビルの中で即売会は行われていた。この即売会会場も、都心に負けないくらいの人口密度の高さである。毎年夏・冬に行われる大型同人誌イベントには負けるが、遜色ない程の人の数。それだけ、この時代に生きる現代人は、漫画と言う娯楽を愛していると感じ、同士としては嬉しい限りだ。


 そして、また一人、俺たちの元に同士がやってくる。


「すみません、一部ください」

「はい、500円です。ありがとうございます」


 丁寧な対応で自身の同人誌を売るミド姉。そしてその後、モモの方をチラリと見て、得意げな顔でニコッと笑った。

 完全に挑発している。いつものミド姉と違い、何だか意気地が悪い。


 それに対してモモも、ムムムと悔しそうな顔をする。また二人の間に火花が散っている。そして、間にいる俺たちは火の粉が飛んで熱を感じているのか、汗が止まらない。


 そもそも、えっと、なんでこんなことになったんだっけ? 確かあれは、モモと勉強会をした日だったっけ……。


 *


「一日だけでいいから、わたしの弟になって!」

「……へ?」


 俺はモモが何を言っているのかが理解できなかったため、間抜けな声を出してしまった。

 今、「弟になって」って言ったのかな? どこかで聞いたことある言葉だぞ? 


「えっと……、弟になる?」

 一応確認のため、モモに聞き返す。するとモモは、慌てた様子を見せた。


「え? いや、あれ? わたし今、えーーーーーー!」


 何だこのモモの反応……。その反応をしたいのはどちらかというと俺の方だと思うんだけど。


「そ、その、これは……、そう! 弟! 一日弟になってほしいなーなんて……」

 聞き間違いではなかったらしい。けど、モモの挙動が不自然すぎる。なんでそんなに慌ててるんだろ? あぁ、そうか、変なこと言ってる自覚があるからだね。


「な、何で弟に?」

 こちとら一度見知らぬ女性に「弟宣言」を受けた身だが、だからと言って慣れるわけない。何の脈絡もなく弟になってほしいと言われて「はい、いいですよ!」なんていう変人はこの世にいない。


「えっと、それは……。そう! ミドちゃんがよく翔平くんのこと可愛い可愛いって言ってるから、それに影響を受けて、わたしも弟が欲しくなっちゃってね! それで、翔平くんに弟になってほしいなって思ったの!」

「けど、弟って言っても、俺たち同い年じゃん」

「実は、わたし高校浪人生だから、歳は一つ上なんだよ!」


 いや、そう言われましても……。別に浪人生が珍しいわけでもないから今更歳が一個上とか言われても驚きはしないけど、だからって同学年の男に弟になって欲しいって思うかな? 

 いや、世の中にはいるんだ。何せ、一目見ただけなのに弟になって欲しいと言ってきた漫画家志望の大学生がいるくらいだ。それがたまたま、俺の周りに二人いたってだけで。

 ……どんだけ俺の顔、幼いんだよ。


「そう! だからわたしも、一日だけお姉ちゃんになってみたいなって思ってね! うん、そういう理由だよ!」


 何、モモのこの話し方。まるで自分に言い聞かせるような口調だな。俺はそれに気にせず返答する。


「えっと、でも俺は今一応、ミド姉の弟ってことになっているわけだしな~」

「さ、三人姉弟ってことで!」

「え~~……」


 これまた無茶苦茶な……。


 まぁけど、三人姉弟っていうのなら別にミド姉の弟じゃなくなるわけじゃないしな。ていうか、今って別に弟モデルをしているわけでもないからそういう意味ではこの要求に応えたところで、ミド姉に迷惑がかかるわけでもないか……。

 それに、お礼をしたいって言ったのはこっちからだもんね。


 俺はしばらく考えたあと、モモの願いを聞き入れることにした。


「分かった。どこまでできるか分からないけど、一日だけ付き合うよ」

「えーーーーー!!!」


 何故か言った本人が驚いている。そっちが頼んできたのに。


「まぁけど、弟になるって言っても、ホント、大したことはしないよ。ミド姉みたいに抱きつかれたりするのも困るし、モモが姉ぶるくらいしかやることないと思うよ?」

「そ、それでもいいよ! あとは、どこかに遊びに行ったりとか……。そう! 姉弟らしく、どこかに遊びに行ったりもしたいな!」

「うん? まぁ、いいけど……」

 もはやデートじゃん、それ。あ、けどモモはあくまで姉弟として、遊びに行ってみたいってことか。


「それじゃあ、一応ミド姉に報告くらいはしとこうか。一日だけとはいえ、あのミド姉が見たら混乱して何が起こるか分かったもんじゃないから。先に報告だけしておけば、問題ないと思う」

「そうだね。それじゃあ、今からうちのマンションに行こう」

 そう言って、俺たちはモモとミド姉のマンションに向かった。


 *


「とまぁ、そういうわけで一日に限り、モモも俺の姉になることになりそうなんだけど……、ミド姉?」

 ミド姉の部屋で、事情を説明し終えた俺とモモ。ミド姉は、話を聞き終わっても反応がない。話を理解するのに時間がかかっているんだろうか。


 すると、プルプル震えてミド姉がつぶやいた。

「な……」

 な? 何だろう? 

「ななななななな、何でオッケーしちゃったのーーー!!」

「うわ!」

 ミド姉は、唐突に俺の肩に両手を置いて俺を押し倒す。


「何で! お姉ちゃんは私一人で十分でしょ! 翔ちゃんは私がお姉ちゃんじゃ不満なの!?」

「ミド姉、ミド姉。目が……」

 両肩を前後にゆすり、俺の首はシェイクされる。おかげで目が回りそうだが、俺の言葉はミド姉に聞こえていない。

「やっぱりまだあの時のこと引きずっているの? 何回も謝るから! 私が悪かったから!」

「別にミド姉が嫌なんて言ってないじゃないですか! それにあの時のことはもういいですって! ミド姉も反省してくれて、ここ最近は暴走していないし、僕のこと考えてくれているじゃないですか!」

「だったら何で!」

「いや、その、勉強を教えてもらったお礼というか、何というか……」

「だったら私も勉強教えてあげるから!」

「いや、あなた文系じゃないですか! ていうかそういうことじゃなくて」


 涙目で猛反発するミド姉。こんな状態のミド姉を見ちゃったら、モモを勝手に姉にするのは何だか気が引ける。

 お礼をすると言っておいて申し訳ないけど、モモには別の機会にお礼をすることにして、今回の要求は取り下げてもらおう。


「ミドちゃん!」


 俺がそう考えてモモに断りを入れようとしたとき、モモが大きな声で会話に入ってきた。


「ミドちゃん。わたし、翔平くんの、その……姉になってみたいの!」

「いくら桃ちゃんと言えども、それは聞けない相談だわ。翔ちゃんのお姉ちゃんは私一人で十分なんだから!」

「だけど、わたしも言ったはずだよ。ミドちゃんには負けないってね」


 二人はお互いに顔をしっかりと見据え、目を離さない。二人の周りには炎が見える。

 傍から見れば、一人の男を取り合う女の修羅場のように見えなくもないが、全然違う。悲しいくらい違う。弟を取り合う姉の修羅場……。一体どういう修羅場なんだこれ。世界中探してもこんな修羅場に巻き込まれているの俺だけだと思う。


「分かったわ。それなら、こうしましょう!」

 そう言って、ミド姉は一度目を閉じると、また大きく目を開けて、何かを提案し始めた。


「今度の土曜日、即売会で勝負をしましょう」

「即売会で勝負?」

 モモはその提案の真意を理解できず、聞き返す。

「翔ちゃんが一度オーケーしちゃったのなら、仕方がないから、嫌だけど……本当に不本意だけれど、桃ちゃんも翔ちゃんの姉だと認めてあげます! ただし、その日にちは今週末の即売会にしてもらいます!」

「なるほど。それで、勝負というのは?」

「それは、私の同人誌と桃ちゃんのイラスト本、先にノルマの部数を売るという、販売勝負よ! 桃ちゃんは、その日翔ちゃんを弟にしていいけれど、もしも私の同人誌が先にノルマ部数だけ売れたら、その時点で翔ちゃんの姉はやめてもらいます!」


 妙に熱くルールを説明するミド姉。現在、俺はミド姉に押し倒された状態と同じ、床に尻をついてあっけにとられている。完全に蚊帳の外だ。


「なるほど、それでわたしの方が先に売れたら、その日一日、翔平くんの姉でいられるというわけね」

「そういうことよ」

「いいよ。ただし、こちらにも条件がある。もしもわたしの方が早く売れた場合、その日一日と後日一日、翔平くんの姉として振舞うからね」

「な!?」


 モモは、強気な態度でミド姉に新たな条件を突きつける。ミド姉はそれを聞いてひるむ。


「即売会の一日をミドちゃんが指定して、こちらがそれに乗って上げているんだから、この要求はそちらが譲歩してもらわないと」

「そんな……、負けたら翔ちゃんが二日も別の姉のところに……」

 顔色が悪くなるミド姉。負けた時を想像してしまっているらしい。弟冥利に尽きるが、早くこの修羅場が終わって欲しい。


「さぁ、ミドちゃん! どうするの!」

「ぐぬぬぬ、」

 ミド姉は少し泣き顔になりながらも、力一杯その提案に承諾した。


「いいわ! 翔ちゃんは桃ちゃんには渡さないわ! 勝つのは私よ! 翔ちゃんのお姉ちゃんは私一人で十分なんだからね!」


 *


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