第10話「桜井桃果は攻めていきたい」②
桜井桃果
『ねぇ、私のお願い聞いてもらってもいい?』
『何だよ、遠慮せずに言ってみろって! これは、俺からお前への恩返しなんだからさ!』
『そう、だったら……一日だけ、私の彼氏になって!』
晩ご飯を食べ終えたわたしは、ベッドで枕を抱きながらドラマを見ていました。引っ込み思案な女の子が積極的になろうと努力する恋愛ドラマです。どことなく、わたしと同じような性格のヒロインに感情移入して、ついに二ヶ月見続けてしまいました。
「わたしもこれくらい積極的に行かないとダメかなー?」
ミドちゃんと翔平くんが仲直りして、わたしは心底嬉しく思いました。ミドちゃんとは一年のころからの友達。色々お世話になっていますし、話していて楽しいし、大好きです。
しかし、最近では恋敵でもあるのです。彼女らが仲直りした今、わたしはミドちゃんに負けず、全力で翔平くんにわたしという存在をアピールしていかないといけないのです。
ですが、
「いきなりこんなに積極的には無理だよぉー」
そうです。イメチェンしてミドちゃんに強気な発言をしてしまいましたが、元来わたしという人間はそこまで強気な性格でもないのですよ。いやはやどうしたものやら……。
翔平くんと、二人でどっか遊びに行ったり、お話して、もっと仲良くなりたいです。
ブーブー
っと突然、携帯に着信が入りました。わたしはメッセージアプリを開いて、誰からのメッセージなのか確認します。
「しょ、翔平くん!」
何と差出人は、わたしがたった今まで考えていた、わたしの好きな人からのメッセージではありませんか!
どうしたのかな? なになに、『数学の中間テストが近いから、勉強教えて欲しいんだけど、明日は都合つく?』ですか!
つきますつきます! 予定があっても空けますとも! 先日連絡先を交換しておいて良かったです!
恋の神様、わたしはこれを機会に翔平くんにアプローチしていきますよ! 見ていてください!
ミドちゃん、わたしは負けないよ!
*
次の日、午後三時ごろに図書館前で待ち合わせたわたしは、午後二時四十分ごろから待ちます。ちょっと早く来すぎてしまいましたかね?
あれ? ていうかこういうときって、女性の方が遅く来た方がいいんだっけ? 「ごめん、待った?」「いや、今来たとこだよ」みたいな……。
それに、この服装、変じゃないよね? どんな服装してくればいいか分からなかったから、いつもよりおしゃれな服を着て来てしまいました。ちょっとヒラヒラしすぎでしょうか? 女子女子しすぎててキモイでしょうか?
…………
…………
ってバカ! 何でこんなに浮かれているんですかわたしは! まるでデート気分じゃないですか! わたし達は今日、中間テストのための勉強をしに来たんですよ? 遊びに来たんじゃないんですよ!
でも、図書館で二人で勉強って、何だか高校生のデートみたい。あぁー緊張してきました。私の顔がもっと幼ければ、翔平くんと高校生カップル勉強会デートに間違えられたりしたのかな。デートの経験なんてないから、わたしどう振る舞えばいいか分かんないよぉー。
……違うって! これはデートじゃないです。そうですそうです。無心になりましょう。勉強に集中するために、数学の公式でも頭に思い浮かべて……。
「モモ、まだ十五分も前なのに、早いね」
「アビャハーーー!!」
数学の公式は全て吹き飛び、代わりに変な声が出てしまいました。わたし、翔平くんの前でいつも変な声出している気がしますね。最悪です。
「どうしたのモモ? また変な声出して」
「な、何でもない! 何でもないから!」
「いやー、ごめん、早めに来たつもりだったんだけど……。待った?」
「いや、今来たとこだよ」
よし、第一段階クリアです。見事にテンプレ会話を成立させました。性別が逆ですが、気にしない方向で行きましょう。
「今日はどうかよろしくお願いします。明日、テストなんだよ」
「あぁ、うん、テストね! ばっちり、任せといてよ! どんな問題でも、楽勝だよ!」
ほら、翔平くんは勉強する気で来てるじゃないですか! 浮ついてはいけません、わたし。それに、何いいとこ見せようと思って見栄を張っているんですか! そんなに自信あるわけないでしょ!
たかだか図書館で勉強するだけなのに、この様です。これだから男性慣れしていない女子中女子高育ちはいけません。
一人心でドキドキしながらも、わたし達は図書館の三階にある個室の勉強スペースに足を運びます。
基本、一人で自習をするために開放されている自習スペースと違い、この個室では二人以上の利用で使うことができ、しかもしゃべることができます。今回は、前回翔平くんと図書館で話した時みたいに小声でしゃべる必要がないのです。
個室で翔平くんと二人きりか。ただ勉強するだけだけど、やっぱり緊張してしまいます。まぁ、しかし、わたしは今日先生のようなもの。浮ついた気持ちを排除せねば。
わたしは翔平くんの座る位置と角を挟んで隣に来るように座ります。そして、バッグから教科書を取り出し、ページをめくると、気持ちを勉強会に切り替えました。
「それじゃあ翔平くん、範囲はどこからどこまでか教えてもらっていいかな? 数学科のわたしだから、多分すでに習ったところだと思うけど、わたしも復習とかしないと教えられないから」
「そうだね。大体ここからこの辺かな?」
ふむふむなるほど、この範囲内にあるものは全部やりましたね。なんとかなりそうです。
「それじゃあお願いします! 先生!」
「任せておいて!」
わたしはとりあえず思い出すべく、自身で教科書を読み、復習を始めました。その間、翔平くんには適当に問題を解いておいてもらいます。
数分後、
「モモ、この式の展開の過程が分からないんだけど、どうしたらいいの?」
「あぁ、これ? これはね……」
わたしは教えるために翔平くんの横に顔を近づけます。
「!?」
ち、近いです! 落ち着けー。落ち着けわたし。これは勉強を教えるために近づいているだけ。何もやましいことはない。
「モモ?」
「ファイ!」
「φ? ここのφをどうするの?」
「え? あぁ、そ、そのφをね……えっと……」
何とか上手くごまかせたみたいですね。しかし、こんなので動揺していてはいけません。まだ始まって十分も経ってないんですよ?
「あ、なるほどね。それでこうなるわけか。モモ、やっぱ頭いいんだね」
「そ、それほどでもないよ?」
「いやいや、こんな計算式出てこないよ」
「!?」
翔平くんはいきなり横にいるわたしの方に首を回します。
こんな近距離で顔を合わせるなんて! あぁ、翔平くんが可愛らしいお顔をこっちへ向けて笑っている。か、可愛い! かっこいいという感想が出てこないのはアレですけど、好きな人の顔はかっこよさなど関係ありません。
不意打ちだったので目が合いましたし、こっちはもう顔真っ赤ですよ! やばい! やばいですって!
ってか、翔平くん、近いですよ! 普段恥ずかしがり屋なくせに、何でこんなに近いの平気なんですか!? こっちは心臓バクバクだって言うのに! 女子として見られていないって言うんですか!? それは流石にショックだよ!
……いや、違うな。ミドちゃんはもっと密着するから、慣れちゃったんだ。慣れたというか、他者との距離に対する感覚が麻痺しているんだ。ご愁傷様です。




