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第9話「ブラコンな姉はお姉ちゃんでいたい」②

 岡村翔平(おかむらしょうへい)


「はぁ? ミドリさんにひどいこと言っただぁ?」

「うん」

 大学の食堂で飯を食べながら、大樹(だいき)は俺にそう言う。

「何? 昨日あれから何かあったわけ?」

「まぁ、お前の予想が全面的に大外れしたってことだ」


 俺は、昨日起こったことを大樹に説明した。大樹は「あちゃー」と言って右手を頭に当てる。


「まさか、公衆の面前でそこまでやるなんて。正直、ミドリさんのブラコンっぷりを舐めていたぜ」

「まぁ、そうなんだけど……」

 俺は歯切れの悪い言い方をする。


「でも、彼女にはやっぱり一度強く言っておかないと分かってもらえなかったと思うぜ? お前も、これから先ずっと人前で抱きつかれたり頬ずりされたりするのは嫌だろ?」

「でも、結果的に俺が彼女を泣かせてしまったわけだし。あの時、俺がもっとうまく注意できていたら、ミド姉は傷つかずに済んだんじゃないかな」

「まぁ、そうかもしれないけど……」

 いつもは自信たっぷりな大樹も今回は口ごもる。俺に「一言ガツンと言わなきゃ分からない」とアドバイスしたことを気にしているんだろうか。


「んで、結局昨日はそのまま家に帰ってきたのかよ。そのまま追いかけてすぐに事情を説明すれば良かったのに」

「最初は、行くつもりだったよ。けど、ミド姉のマンションってオートロック式でさ、部屋の前まで行けないんだよ。それで、昨日ミド姉の隣の部屋に住んでいる子に帰ってきたら連絡ほしいっていう旨を伝えたら、ミド姉は会う気がなさそうって言われたから、昨日は結局行かないことにしたんだ」

「ま、確かに落ち着いてからの方がいいっていうのは分からないでもないが、早くしたほうがいいぞ? こういうのは長引けば長びくほど、厄介になっていくんだからな」

「やっぱ、そうだよなー。だから、今日こそは会いにいくよ」

「早く行かないと、お前じゃない別の年下男を弟にしちゃうかもしれないぞ? それこそ、公衆の面前で抱きついてもいいような寛容な男をよ」

「まさか、流石に一日でそんなことになるわけないだろ」

「ま、そうだな。ミドリさんはお前のことを超愛しているんだから、きっと今頃は会えなくて寂しがってるさ!」

 そう慰めてくれる大樹。俺は、そんな心遣いが嬉しくて、少し元気が出た。


「ありがとうね、大樹」

 そう言って、俺は止めていた手を動かし、テーブルの上のうどんを思いっきりすすった。大樹もそんな俺の様子を見て同じようにうどんをすする。

 とりあえず、会って話さないと何も始まらないし、彼女に会って、きちんと昨日のことを最後まで話そう。きっと向こうも分かってくれるはずだ! 


 *


 三限の講義を終えた俺は、急ぎ足でミド姉のマンションに向かった。ミド姉は今、モモの家にいるらしい。モモには事前連絡を入れてあり、講義後に行くと伝えてある。彼女からの返信で「できれば早めに来て欲しい」と書かれていたこともあって、早歩きだ。このあと、用事でもあるのなら悪いから、急いで済ませよう。

 とりあえず、家に着いたら、ミド姉に会う。そして、謝罪をすると共に話をする。俺がミド姉を傷つけてしまったのは事実ではあるけれど、原因はミド姉だ。そこのところは分かってほしい。だからこその話し合いだ。


 マンションに着いた俺は、彼女の部屋番号である三〇六を押し、モモを呼び出す。返事もなく扉が開き、俺はマンションの階段を上がっていく。三階に着くと、何故かすでにモモが外で待っていた。


「モモ、ごめん、時間とらせて」

「あぁ、うん。その……」

「ん? どうしたの?」

「いや……」

 何だか言いにくそうな様子。モモも昨日の話をミド姉から聞いていて、俺に対して少し怒っているのかな? そう思った俺は、モモにも謝罪をしておいた。


「ごめん、モモ、迷惑かけて」

「へ? あぁ、いやいや、わたしも昨日の話を聞いているけど、私は翔平くんが全面的に悪いとは思ってないよ? 自分の気持ちを素直に伝えただけだしね。ミドちゃんもすごく反省していたよ。それで、ちょっと言い方がきつくなっちゃったみたいだから、そこはきちんとミドちゃんに伝えてあげたほうがいいけどね」

「そっか。ありがとう。じゃあ、なんだってそんな言いにくそうな様子なの?」

「それは……。えっと、むしろ謝るべきはわたしの方かなと思って……」

「?」

 目を逸らすモモ。何を言っているか全然分からない。


「やっぱ見せるべきよね……。あぁ、けどそしたらわたしの趣味が翔平くんに……」

 何やらブツブツ言うモモ。

「何を見せるべき? モモの趣味がなんだって?」

「あれ!? 聞こえてる!? 独り言のつもりだったのに!」

 そうツッコミを入れるモモ。最初の印象は大人しそうだったけど、意外とリアクション大きいよね。

「あー、もう。とりあえず、うちに入って」

 そう言って、扉を開けるモモ。玄関から見えた部屋は、昼の割に暗い。カーテンでも閉めているかのようだ。俺は靴を脱ぎ、部屋の扉を開ける。すると、そこには……、


「えへへーー。翔ちゃん、可愛い……」

『お姉ちゃんの料理美味しいね! また腕上げたんじゃない?』

「そうなの! さっき料理スキルを上昇させたからねー」

『お姉ちゃんは僕の自慢の姉だよ。いつもありがとう!』

「いいのよ翔ちゃん! 私、お姉ちゃんだもん!」


 テレビの画面の男の子と会話をする痛々しい女子大生の姿があった。

 ローテーブルの前に座り、トレードマークのリボンがほどけかけている。目にはテレビ画面の弟の姿が鮮明に写しだされており、何故かその子のことを俺の名前で呼んでいる。


 大樹の言った通りだ。事件から一日立たずに、彼女、ほかの年下男性を弟にしたみたいだ。俺の名前をつけて……。

 流石の俺も、この光景にはドン引き。開いた口が塞がらないという体験を人生で初めてしている。


 俺は、この状況でどうすればいいか全然分からず、隣に立っていたモモの手を強引に掴んだ。

「キャッ!」

 俺はそのまま彼女を引き連れて玄関から明るい外の世界に出ると、説明を要求した。

「ナニコレ!? どういうこと!?」

 それに対してモモは、何故か顔を赤くしながらモジモジしている。

「もう、不意打ちなんてずるいよ」

「こっちが不意打ち食らった気分だよ! どういう状況なのこれ!?」

 彼女は言いづらそうに横を向いたが、観念したように嘆息して話し始めた。


「昨日、ミドちゃんがうちに泊まったのは話したよね? それで、元気のなかったミドちゃんに、わたしがお風呂入っている間にゲームを勧めたの。そしたら、奥に隠してあったわたしの乙女ゲーが見つかっちゃって、ミドちゃんがそれに興味を持ってプレイし始めちゃったんだよね」

「そ、それで?」

「それで、わたしがお風呂から出てきた時にはまだ平気だったんだけど、どうやらわたしがさっき学校から帰ってくるまで一睡もしないでゲームしてたみたいで、こんな状態に……」

「な、なんでそんなことに……」

「いや、ミドちゃんが乙女ゲームに興味を持つこと自体は別に良かったんだよ。それで、今のミドちゃんってほら、弟と喧嘩してる状態みたいなものじゃない? それで、あの弟キャラが翔平くんにちょっと似てるって言うもんだからさ、攻略法を教えてあげたのよ。本当に元気がなかったから、これで元気出るかなって思って。そしたら……」

「なる!? まだ二十四時間経っていないのにあんな末期のエロゲーマーみたいになる!?」

「ミドちゃんにはどうやらブラコンの才能があったみたいだね」

「ブラコンの才能って何!?」

「ブラコンが弟と喧嘩をすると、こんなふうになっちゃうんだね……。わたしもドン引きだよ」

「だったら昨日寝る前に止めてよ!」

「わたしが寝るとき、『あと十分くらいしたら寝る』って言っていたから、安心して寝ちゃったんだけど、まさか徹夜でやってるとは思わなくて」

「テレビ画面の明るさで気づかないの!?」

「朝起きたら、講義ギリギリの時間だったから、急いで準備しててミドちゃんを止める余裕がなくて。本当にごめん!」


 モモは謝ってくれたが、これはモモのせいではないということは分かっていた。ミド姉をこんな末期な重病人にさせてしまったのは、間違いなく俺のせいだ。俺が、何とかしないと。


「モモ、悪いんだけど、ミド姉を呼んできて欲しい。こんな暗い場所でゲームなんかやり続けてると、気が滅入るし健康にも良くない」

「そうだね。ちょっと待ってて」

 そう言って再び部屋の中に入っていくモモ。扉はスタンドで開放されたままになっているため、モモがミド姉を呼びかける声が聞こえる。

「ミドちゃん、翔平くんが話がしたいって」

「翔ちゃんとなら、今、お話しているじゃない?」

「いや、ゲーム画面(そっち)じゃなくて、本物の翔平くんだよ」

「本物の……翔ちゃん……?」

「うん、ミドちゃんと話がしたいんだって」


「ダメーーーーー!!」


 その時、ミド姉の声が大きく響いた。


「今は、翔ちゃんに会いたくない。こんな私を見せたくない」

 ミド姉の声は、震えているように聞こえた。こんな状態のミド姉と話しても、無駄かもしれないな。昨日の今日だし。お互いに落ち着く時間が必要だ。


 モモがすまなそうな顔をして玄関に戻ってくる。

「ごめんね。翔平くん。ミドちゃん、今は話したくないみたい。今日、ミドちゃんを落ち着けておくから、また後日来てもらっていい?」

「分かった。また明日来るよ。モモには迷惑かけちゃうけど、ミド姉のことよろしくお願いします」


 俺は、モモに頭を下げ、マンションを跡にした。


 ミド姉は、俺に会いたくない……、か。流石に凹むな。今まで好意を寄せられていた相手に拒絶されると、辛いよな。

 俺は、皮肉なことにミド姉のスキンシップが恋しくなりながら、住宅街を歩いた。



 気分転換がてら、例の喫茶店でコーヒーを飲むことにした。この喫茶店は、ミド姉の家から近く、うちへの帰り道でもあるためアクセスがしやすい。

 ミド姉の友人という緋陽里(ひより)さんがいたら、話を聞いてもらおうという考えもあった。一昨日ミド姉と話したとき、緋陽里さんはバイトに入る日数が多いとのことなので、もしかしたら今日もいるかもしれない。


 カランカラン


 扉を開け、店に入る。店には、一昨日見た金髪で上品な女性……、


「あら翔平、また来たのね。相変わらず暇な高校生顔ね」


 ではなく、開口一番容姿を馬鹿にする金髪チビが立っていた。


「お客さんがいらっしゃいましたよーっと、店員さんは早く店に案内してくれないのかな~?」

「どこでも空いているから、好きなところに座れば?」

 このガキ……、バイト中なんだから接客しろや。


 俺は、あえて何も言い返さず、いつも通り空いている席に座ると、朱里(しゅり)が水を持ってくる。

「注文はお子様向けのオレンジジュースでいいのよね?」

「おい。俺が一度でもオレンジジュースを注文したことがあったっけ?」

「あら失礼。人肌くらいの温かいミルクの方が良かった?」

「コーヒーを一杯お願いします! 店員さん?」

「これは失礼いたしましたお客様。只今お持ちいたします」


 こんなふざけた口喧嘩も慣れてきたな。慣れてしまっていいのかよく分からないけど。

 結局朱里のやつは通常運転か。前、絵のモデルを引き受けた時に少しは態度が良くなったかと思えば、日が経つと結局この通りだ。


 今厨房に戻っていったかと思えば、朱里はすぐに戻ってきた。店に人が少ないからだろうな。俺しかいないし。


「はい、コーヒー」

「ありがとう」

「今日も翠さんと待ち合わせなわけ?」

「いや、今日は……、違う……」

「?」

 俺はミド姉のことを聞かれて、一瞬表情が暗くなってしまったらしい。朱里は不思議そうな顔でこちらを見てくる。

「何? 喧嘩でもしたの?」

「まぁ、そんなもんだよ」

「あらら、それはそれは大変ですねー」

 朱里はわざとらしくそう言った。性格の悪いやつだ。

「それで、何が原因なのか、話してみなさいよ」

「へ?」

 俺は、ついコーヒーカップを持ち上げていた手を止め、素っ頓狂な声を出してしまった。

「何を不思議そうな顔でこっちを見ているのよ!」

「今お前、相談に乗ってやるって言ったの?」

「だから、そう言ってるでしょう?」

「あの朱里が?」

「あなた、ぶち殺すわよ」

 客に殺害宣言してくる金髪店員。問題発言じゃね? 


「いや、ごめんごめん。ちょっと意外だったからさ、相談乗ってくれるのは素直に嬉しいよ」

「別に、あなたのために乗るわけじゃないわよ。ただ、あなたと喧嘩中だと、不本意だけれど、翠さんも落ち込んでいるだろうなって思ったから協力するだけだから。その辺、勘違いしないでよね!」

 うわぁーー。これ、素でやってるんだよね。ツンデレのテンプレートにも程がある。おまけに金髪だし、漫画かよ。俺は、ついついクスッと笑ってしまったが、心の底からお礼を述べる。


「ありがとう、朱里。相談に乗ってくれ」


 *


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