表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/144

第9話「ブラコンな姉はお姉ちゃんでいたい」①

 岡村翔平(おかむらしょうへい)


「私、お姉ちゃん失格だぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」

「ちょーーー、ミドねえーーーーーーーーー!」


 重度なブラコンが進行していたミド姉に大学のアーケード下という、人の多い場所で抱きつかれた俺は、ミド姉にいつものような生ぬるい注意ではなく、きつめの注意をした。すると、ミド姉はその言葉にショックを受け、突然大きな声を出すとともに、走り出してしまった。


 俺はすかさずそれを追いかける。しかし、ミド姉の足は意外にも早く、全く追いつけない。

「ミド姉、早!!」

 引き離されていく。嘘でしょ? ミド姉って趣味からして超インドアかと思ってたんですけど! 

 幸い、向かっているのがミド姉のマンションがある方向だから、家に行くというのはなんとなく想像できる。これなら例え見失っても、マンションに行けば大丈夫そうだな。


 案の定見失った俺は、とりあえずミド姉のマンションにやってきた。そこで俺は、立ち尽くすことになる。


「(オートロックなの忘れてたーーーーー!)」


 今までは何気なくマンション内に入れていたから軽視していたが、ミド姉のマンションはオートロック式だった。くっ、こんなところで邪魔になってくるなんて。

 そうだ、モモに開けてもらおう! 確か、モモの部屋は三〇六だったはず。……って、そうだ、モモはさっき図書館で会ったばかりだ。ということは家にはいない。

 俺は、ダメ元で三〇五号室の呼び鈴を鳴らす。しかし、当然出てくれるわけもない。

 はぁ、なんてこった。まさか、逃亡するとは思わなかった。ミド姉って意外とメンタル弱い!?

 ……いや、違うか。ミド姉は、「弟」が関わると途端にポンコツになるんだ。

 とりあえず、ここでずっと待って不審者扱いされるのも嫌だし、とりあえず家に帰るか。あとでモモに連絡して、ミド姉が帰ってきたらまた家に行こう。


 *


 花森翠(はなもりみどり)


 翔ちゃんに嫌われた。


 翔ちゃんに嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた。


 ベッドで布団を被りながらうずくまる私は、自分がしでかした過ちを悔いていた。


 最近の私は、どうかしていた。特に最近は、自制が効かなくなっていた。翔ちゃんが甘えさせてくれるのをいいことに、ついには翔ちゃんが嫌がっていた人前ですら我慢ができなくなってしまった。

 翔ちゃんは、ずっと前からそう言っていた。「人前では恥ずかしいからやめてほしい」と。はじめは私もちゃんと自制していた。だけど、ここ最近の私の行動は、暴走もいいところだ。自分のしたいことだけして、翔ちゃんの言うことは聞かず、嫌なことを平気でして……。最低だ。

 私は、翔ちゃんのこと、何も分かってあげられていなかった。それで翔ちゃんを傷つけてしまった事実が、ひどく悔しくて情けなくて……。

 私は、自分では姉になりきれているつもりだったけど、全然違った。弟のことを何も分かっていない自分勝手な女でしかなかった。そんな勘違いしていた自分が恥ずかしい。


「翔ちゃん、ごめんね……ごめんね……」


 私の心は今、自責の念でいっぱいだ。だけど、時間は戻ってはくれない。

 今の私は、周りが見えていない自己中心的な私が、大嫌いだ。


「ミドちゃん、ご飯できたよ」

 部屋の主が心配そうな声で話しかけてきてくれた。


「いらない。今日はもう寝る」

「それ、わたしのベッドなんだけど……」

「そうよね。翔ちゃんに嫌われるような自己チュー女、床で十分よね」

「そう言う意味で言ったんじゃないから! あと、隣の部屋にあなたのベッドあるから!」

「いや、いいのよ。私のようなクズみたいな人間は、冷たい床で凍死すればいいんだわ」

「今は夏前だし、ここは家の中だから凍死しないって!」

「クズはクズらしく、埃まみれになってゴミと同化するのがお似合いよ」

「わたしの家の床、そんなに汚れていないから! いいから、ご飯食べようよ。ご飯食べれば気持ちも落ち着くかもしれないでしょ?」

「今の私は食事をするに値しない人間なの。このまま空腹をこじらせて餓死すればいいのよ」

「我が家で餓死死体が発見されたらわたしが警察のお世話になっちゃうから!!」


 (もも)ちゃんは私がくるまっている布団を半ば強引にひっぺがした。結局彼女を困らせるのも嫌だと思った私は、ローテーブルに座し、彼女の作ってくれたシチューを食べ始めた。


 お昼に翔ちゃんに怒られた私は、走ってうちの方向に帰ってきた。今思えば、涙で前がろくに見えない状態で走っていたので、危なかったと思う。

 ただ、このままうちに入ってしまうと、おそらく追いかけてきた翔ちゃんがインターフォンを鳴らしてくる。翔ちゃんに合わせる顔がなかった私は、マンションを通り過ぎ、近くの公園のベンチでうずくまっていた。


 一時間くらいした頃だったか、泣き止んでベンチで体育座りをしていた私のところに桃ちゃんが来た。何でも大学帰りで、偶然公園を見たら私を見つけたらしい。

 私のひどい顔を見て心配してくれた桃ちゃんは、自分の部屋に連れてきてくれた。部屋に入ってから、もう三時間くらい、布団にくるまっている。桃ちゃんは、今まで事情は聞かずにいてくれている。


「どう?」

「うん、美味しいよ」

「そう、それなら良かった」

 桃ちゃんは、私が晩ご飯を食べられることに安心しているみたいだ。なんていい子なの。


「それでミドちゃん、そろそろ何があったのか、聞いてもいいかな?」

「……」


 私はしばらく沈黙したが、お世話になっている桃ちゃんをこれ以上不毛に困らせることはしたくなかったので、しばらくしてから話し始めた。翔ちゃんが、前々から人前で過多なスキンシップをされるのを嫌がっていたこと。しかし、今日の昼に大学で抱きついてしまったこと。そして翔ちゃんを怒らせてしまったこと。


「そっか、そんなことがあったんだね」

「うん」

 せっかくのシチューが冷めてしまうが、私はスプーンを動かすことができない。

「ミドちゃん、確かに翔平くんに対してはちょっとスキンシップが激しすぎるところあったもんね。けど、大学の中心でもあるアーケード下でそれをやっちゃったら、流石に翔平くんが怒るのも無理ないかも」

「もう今日は、翔ちゃんに合わせる顔がない。私は、お姉ちゃん失格だもの」

「元気出してミドちゃん。翔平くんもそのときは頭に血が上っていたんだよ。翔平くんは優しいから、ミドちゃんを傷つけたこと、自覚していると思うよ? きっと、数日経てば冷静になって……」


「違うの!」


 私は気づくと大きな声を出してしまっていた。きっと桃ちゃんも驚いている。ごめん。


「違うの。私が許せないのは、私が翔ちゃんを傷つけたことなの。私は、自分勝手だった。自分のことしか考えていなかった。姉として、弟のこと分かっているつもりだったのに、迷惑だってこと、何にも考えていなかった。それで翔ちゃんを傷つけちゃった自分が、一番許せないの!」

「ミドちゃん……」


 ボロボロとスカートの上に涙を流す。一度思い出すと、涙が溢れて止まらない。桃ちゃんは、棚の上に置かれているティッシュ箱を渡してくれた。

「ミドちゃん」

 ティッシュで涙を拭く私に、桃ちゃんが呼びかける。

「ご飯を食べ終わったらさ、お風呂入ってきなよ。ね?」

 桃ちゃんは、私の気分を変えるためにか笑顔で私に提案した。



 シャワーを浴びながら、これからどうしようか考える。しばらく翔ちゃんには会いたくないなぁ……。

 翔ちゃん、私の弟でいるの嫌になっちゃったかな? 翔ちゃん、私の弟やめちゃうかな? 

 もし、翔ちゃんがやめるって言いだしたら……、

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」

 あぁぁぁ、胸が痛い。翔ちゃんが弟じゃなくなる……。そんなの想像できない! 

「あっあっあっあっ」

 私は胸を抑え、この苦しみを和らげようとする。


「ちょっとミドちゃん!? 人んちのお風呂で何て声出してるの!?」

 寝巻きを脱衣所に置きに来てくれた桃ちゃんが何やら心配してくれている。

「大丈夫よ、桃ちゃん。今、気持ちを落ち着けているところ」

「そういうの、人んちでやらないで欲しいんだけど!?」

 あれ? 桃ちゃん何かひどい……。気持ちを落ち着けるのがいけないことなの? 

「とにかく、ここに寝巻き置いておくからね! もう」

「ありがとう、桃ちゃん」


 再びシャワーの音だけが鳴り響く。私の頭はまた、翔ちゃんのことでいっぱいになる。

 私、この二ヶ月くらい、ずっと翔ちゃんと一緒だったもんね。その翔ちゃんがいなくなっちゃうなんて、嫌だ。弟をやめるなんて、嫌だ。

 怖い。翔ちゃんに会って、その言葉を聞くのが怖い。

 私は一体、どうすればいいの? 



 シャワーを浴びて、風呂場を出た私は、桃ちゃんが用意してくれた寝巻きに着替え、脱衣所を出る。


「ちょっとミドちゃん、髪乾かしていないじゃない!」

「え?」

 しまった。私としたことが、ドライヤーをかけるのを忘れていた。

「ご、ごめん。今かけてくる。ドライヤー借りるね!」


 私は慌てて脱衣所に戻って、ドライヤーをかける。桃ちゃんと話してみて、シャワーを浴びたおかげで、風呂に入る前よりは気持ちが落ち着いたことに気づいた。鏡に映る自分の顔もさっきまでよりはましな顔をしている。ありがとう、桃ちゃん。私は、心の中で改めて彼女にお礼を言った。


「お先に。ドライヤーありがとう」

「さっきよりは、元気になったみたいだね。その、とにかく良かった」

 桃ちゃんは、何故か顔を赤くしながらこちらから目を逸らした。

「じゃあ今度はわたしがお風呂に入ってくるね。本棚の漫画を読んでもいいし、テレビの下にあるゲームをしてもいいし、好きなように過ごしていていいからね」

 そう言って、彼女は風呂に入っていった。


 どうしよう。何しようかな。いつもなら、家で漫画とか描いているけど、今日はそういう気分にならない。


 私は、トートバッグの中にあるスケッチブックを取り出して、中身を見た。翔ちゃんのスケッチがたくさん描かれたスケッチブック……。このまま、何日も翔ちゃんに会えないのかな……。寂しいな……。でも、自分で蒔いてしまった種。これは自業自得なのよ。あぁ、でも……、翔ちゃん……、会いたいよ。けど、会いたくない……。

 矛盾だらけの感情が胸の中でぐるぐるする。せっかくシャワーを浴びてリフレッシュしたのに、これじゃあまたさっきみたいな自己嫌悪・反省スパイラルに陥ってしまう。ここは、桃ちゃんに言われた通り、遠慮なくゲームでもすることにしよう。


 以前、桃ちゃんのうちでやったRPGゲームが面白かったことを思い出し、テレビの下を物色する。桃ちゃんは、ゲームも好きで、ソフトをたくさん持っている。レースゲームやパーティゲーム、その他様々なジャンルのゲームをやったことがある。


 テレビ台の下のソフトを漁っていると、見たことのないソフトがあった。

「?」

 桃ちゃんの家で初めて見るソフトだ。タイトルは、「ロマンチックロード」。ギャルゲー、乙女ゲーと言われる、恋愛シミュレーションゲームだと思う。


 へぇー桃ちゃんってこういうのもやるんだね。私はやったことないから、ちょっと気にはなっていたんだけど、面白いのかな? パッケージには、様々な男の子キャラが写っていた。

 とりあえずディスクをハードに入れて、ゲームを起動する。タイトル画面から、ニューゲームを選択し、ゲームを開始する。

 そして始まるストーリー。ヒロインの家からゲームがスタートする。ゲーム画面の下のワイプにセリフが表示される。


『お姉ちゃん、起きて! もう朝だぞ!』

「!?」


 画面に映し出されてたのは、ヒロインの弟と思しき少年。


『母さんが待ってる。早くご飯を食べよう』


 弟……ですって……? 私が失いかけていて辛いというのに……。

 でも、翔ちゃんほどではないにしても、可愛い。ちょっとだけ、翔ちゃんに似ているしね。目の辺りとかちょっと似てるかな。

 まぁまぁ、弟に絶賛嫌われ中の私には、ほんのちょっとだけど癒し役になってくれそうな弟ね。うん、翔ちゃんほどじゃあないけどね。


 私は、ここが人の部屋ということも忘れて、このあとしばらく乙女ゲームに興じることになったのだった。


 *


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ