第7話「桜井桃果は恋がしたい」①
運命的な出会いというのは、本当にあるのだと思いました。
路地裏で絡まれたわたしを助けてくれた、と考えた方? 違います。では、車にひかれそうだったところを助けてもらった、と考えた方? これも違います。
わたしが助けていただいたのは、ゲームセンターです。だからと言って、不良に絡まれたとかではありません。いや、絡まれてはいたのかもしれませんが、不良じゃあないですね。
わたしにとっては初恋で、これまでの人生で最も一生懸命になった恋は、ここから生まれたのでした。
初恋が年下だとは、思いませんでした。
*
五月も下旬に差し掛かったある日のこと、わたしはゲームセンターのクレーンゲームに苦戦していました。
アームが開き、景品のフィギュアに向かって降下を始める。アームは、クレーンの端を僅かに持ち上げましたが、そのままスルリと抜け落ち、元の状態に戻ってしまいます。
「惜しいですね~~お客さん! 今のは大分惜しかったですよ!」
ゲームセンターの店員さんが腕を振り下ろし、悔しがります。
ある理由からクレーンゲームのフィギュアを採ろうとしていたわたしは、500円で六回分のプレイを遊んでいました。案の定、そう簡単に採れる訳もなく、あっという間に六回分終えてしまったわたしは、もう一度、五百円玉を投入しました。この六回で大分ずらすことができた。あと六プレイもあれば落とせるのではないかと思っていたそんな時、店員さんが話しかけてきたのです。
なんとこの店員さん、六回分もプレイして採れなかったわたしのために、コツを教えてくれました。フィギュアを落とすためには、この位置を掴むようにするといいと教えてくれました。わたしはワンプレイ、ツープレイと何度もトライします。あと少し、あと少しのところなのに、わたしのアーム操作が上手くないせいで、むしろ反対側に箱が動いてしまったりで結局、採ることができません。
店員さんは何度もわたしを励ましてくれますが、全く採れません。あと500円で採れると思っていたのに、もう1000円使っちゃっていますよ。付き合ってくれている店員さんにも申し訳ないですね。
「お客さん、もうあとちょっとなのに……。そしたら、ちょっとずらしてあげますから……、もう少し頑張りましょう!」
わたしは、今のこの状態がかなり落ちやすい状態だと思っていたので、その提案が奇妙に感じられました。「いえいえ、結構です」と一度は断ったのですが、店員さんは「大丈夫です! サービスしますから!」とニコニコ笑って、鍵を取り出しました。きちんと断れませんでした。
そんな時、後ろから突然声をかけられたのです。
「すみません、彼女は僕の知り合いなので、あとは僕が教えますから。あと、フィギュアの移動もしなくて結構ですよ」
そこには、大学生にしては幼い顔立ちをした、高校生くらいの男の子が立っていました。
「しかし、お客様、もう少しで取れそうです。サービスしますよ!」
「いえ、結構です。僕、クレーンゲーム得意なので」
そう言うと、店員さんは顔をしかめながら奥のカウンターの方に行ってしまいました。
「あの、」
男の子は呆然として立っているわたしに対して、まずは謝罪をしてきました。
「すみません。知り合いでもないのに、あんなこと言ってしまって」
「いえいえ。でも、どうしてわたしを知り合いだなんて言ったのですか?」
「それはですね……、言いにくいことなんですけど、あの店員さんに目をつけられていたようなので……」
「え?」
高校生くらいの男の子から語られる衝撃の事実。どうやらわたしは、店員さんにカモにされていたようです。
「途中からしか見ていませんでしたが、店員さんの教えているアームを引っ掛ける位置は、適当もいいところです。あの場所に何度狙いを定めても、採れなかったと思います。僕もクレーンゲームが得意ってわけではないんですけど、あの程度だったら数回プレイを見ていればなんとなく察しがつきました」
「そんな……」
わたしは自分の愚かさを恨めしく思いました。なにせ、詐欺をはたらかれていることに気づかなかったのですから。
わたしは昔から、人を信じやすいきらいがあります。まぁしかし、宗教の勧誘だとか、オレオレ詐欺だとか、そう言ったものに引っかかる程落ちぶれてはいません。しかし、今回初めて詐欺というものに引っかかってしまったのですから、ショックを隠せません。この子が来てくれなかったら、もっと大損していたでしょう。
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」
わたしは普段は小さい声をがんばって振り絞り、お礼を言います。世の中に親切な人も多いことにも感謝です。
「いいえ、ところでこのフィギュアですが、あと少しで採れるのは本当だと思うので、続けてやった方がいいと思いますよ!」
「え?」
店員さんと同じことを言う高校生くらいの男の子。しかし、さっき全く無関係のわたしを助けてくれたのに、同じ手口で騙すなんてことするのも変です。わたしは彼を信じて、もう一度トライすることにしました。
「おそらく、ここまで斜めになっていれば、あとは箱のこの部分を滑らせれば落ちると思います」
先程まで店員さんが指摘していた箇所とは違う部分を指す彼。わたしはそこ目掛けてクレーンを操作します。しかし、持ち前の下手さで上手く引っ掛けることができません。
わたしは、もう諦めようかと思いました。この子も上手なわけではないと言っていますし、もう1500円以上使っています。採れる保証はないのに、これ以上無駄金を費やすのも馬鹿らしいです。
ですが、助けてくれたこの少年をわたしは信じたいと思いました。何より、友人の笑顔をやっぱり見たいと思い、続けて100円を入れます。
再び動き出すクレーン。今度は狙い通りの場所でアームを開くことができました。アームが開き、見事に該当箇所を掴む。そして、持ち上がるアームによって箱は持ち上げられ、アームから滑り落ち、
「と、採れました!」
景品を獲得しました。店員さんにずらされていたら、まだ1000円分くらいかかったかもしれません。
「やりましたね! おめでとうございます!」
男の子も喜んでいる。その顔はとても可愛らしい。小動物みたいだ。
さっきまで知らない人と話していたわたしでしたが、これだけの年下にいつまでも敬語はむしろ失礼です。そう思ったわたしは、くだけた話し方でお礼を言います。
「ありがとう。君のおかげで採れたよ!」
「いえいえそんな。ところで、どうしてそんなに頑張って景品を採ろうとしていたんですか?」
「これは、わたしの友達が以前欲しがっていたモノなの。いつもその人にはお世話になっているから、プレゼントして喜んで欲しかったの。結局、大損しちゃったけどね」
わたしは情けない顔でテへへと笑います。すると、少年は微笑みながらこんなことを言ってきます。
「そんなことないですよ。確かにお金はたくさん使っちゃいましたけど、使ったお金の分だけ、思いの詰まったプレゼントになると思いますよ? そのためにあんなに頑張っていたんですから、喜んでくれないわけないですよ!」
わたしはその笑顔を見たとき、胸がドキンと跳ね上がりました。今まで感じたことのない感覚です。一体何でしょうか?
「それでは僕はこれから別のゲームをしに行くので、これで」
男の子は、ゲームセンターの奥の方に行ってしまいました。わたしは、その場から動くことができず、彼の後ろ姿をしばらくぼーっと眺めていたのでした。
ゲームセンターの喧騒の中を抜け出し、家に向かって歩きます。歩きながら、わたしはずっと彼のことを考えていました。
無関係のわたしを助けてくれて、景品を採るお手伝いまでしてくれた。更に、ステキな言葉を送ってくれた。なんて良い少年なんでしょう。こんな人、中々いないと思います。
まだ心臓がドキドキ言っています。頬もちょっと熱い気がします。この現象、やっぱりこれって……。わたしは今までしたことないですけど、わたしの好きな漫画やアニメで良く見る現象。これって……これって……、
「わたし、あの子のこと好きになっちゃったの!?」
これがわたしの初恋でした。まさか、初恋の相手が、年下とは思いませんでした。
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