第5話「町田大樹は安心したい」③
それから数戦やって、お互い勝ち負けを繰り返したオレたちは、五、六戦くらいしたところで、一旦ゲームを中断した。
花森さんは、「おつかれ」と一言言うと、笑顔でこう続けた。
「良かったー! 友達とゲームで遊ぶ翔ちゃん、すっごいキュートだったわ! いつもは見せない顔っていうのもやっぱりあるのね。すごく参考になるわ!」
「全く何を言ってるんですか。今回は大樹の方がメインでしょう?」
「もちろん、大樹くんの方も上手く描けたわよ! 男友達同士って、ゲーム一つでこんなに盛り上がれるんだね! 目がキラキラしていて、可愛かったわ!」
「そりゃどうも」
普段カワイイと言われ慣れないため、少し赤面してしまう。
「大樹くんのスケッチはこんな感じよ。漫画でも、見た目通りこんな感じで描いていこうかなってイメージできたの。ありがとうね」
「それは嬉しいです。どんなキャラにする予定なんすか?」
「そうだね~。見た目通り、ちょっとチャラくて女の子慣れしてる感じにしようかな。それでいて、『姉』のことを好きな翔ちゃんの相談役になってもらうような……、お兄さんキャラ的な感じにしようかな~」
チャラくて……女慣れしてる……。
「大樹、ミド姉に悪気はないんだ……」
肩に手をおいて慰めてくる親友。オレ、髪を黒く染めようかな……。
「じゃあまぁ、ミド姉の絵もできたってことですし、ゲームはこれくらいで大丈夫ですよね?」
「そうだね、翔ちゃん、大樹くん、ありがとう!」
「それにしても、やっぱりミド姉の絵は上手ですね。普段は自分の顔なんで、細部とか確証ないんですけど、これなんて大樹そのままですよ」
「どれどれ、あ、本当だ。上手いっすね。こっちの翔平」
オレもスケッチブックを覗き込むと、そこには翔平の特徴を正確に捉えた絵が描かれていた。童顔で小顔。翔平の小動物みたいな顔の可愛らしさを引き出せている一枚だ。
「そうでしょう? 大樹くんの方は今日初めて描いたから上手く描けていたか分からなかったけれど、そう言ってくれるなら嬉しいな♪ 翔ちゃんの方は、もう何十枚描いているか分からないけど、今日のやつは自信作よ! ポイントはここ、目つき! 熱中しているときの目がいつもと違って見えたから、キラキラさせた目を描くつもりで描いたの!」
と、花森さんは絵の説明をしてくれた。
「あとね、この部分! 真剣にゲームしているんだけど、どこか楽しそうな表情もポイントよ。微笑というのとは少し違うんだけれど、少しだけ笑わせるの。その微妙な違いが今日の翔ちゃんの魅力を更に引き出していたわ……。ちなみにこっちの絵はね……」
説明がエスカレートしてしまって、翔平の絵の魅力探しになってしまった……。説明中、アホ毛がぴょんぴょん跳ねているのが気になったが、ちょっとこの話を中断させてツッコむ気にはならない。
翔平は翔平で、苦笑いしながらも話を聞いている。こいつやっぱ器広いな。聞き上手っていうか、受け入れる能力が高いっていうか。
そして、翔平の寝顔の絵の話題にまで飛んでいく。
「この絵は、翔ちゃんが初めてうちに来た時に描いたものね。あの日は、いろいろあったねぇーー」
花森さんが幸せそうな顔をし、夢心地な目をする。
「いろいろありましたねー」
「まさか翔ちゃんの言葉があんなに破壊力あるなんて思わなかったもの」
あれ? この日のこの話題って……。例の血まみれの話!?
忘れかけていたのに一気に思い出してしまったオレは、口に出すこともできずそわそわするしかない。
こいつら、何で他の人の前でこんな話題にしちゃうかな!
「僕の方がびっくりでしたよ……。まさか吐血するなんて、誰が想定できますか」
……ん? 吐血?
「ハァーーー翔ちゃんの『お姉ちゃん』、翔ちゃんの『お姉ちゃん』。翔ちゃん、また言ってくれないかなーチラチラ」
「自分でチラチラとか言わないでくださいよ、もぉー。命に関わるからダメですって」
「むぅ~」
『翔ちゃんの言葉』、『破壊力』、『吐血』、『お姉ちゃん』
…………。
「なぁ」
「ん? 何、大樹?」
オレは、なんとなく状況を推測しつつも、質問を投げかけてみた。
「今、これってどんな話?」
「だから……、」
翔平は不思議そうな顔をしながら話を続ける。
「俺がミド姉に『お姉ちゃん』って言ったら、突然ミド姉がブラコンに目覚めて、口から血を吐いた話だよ」
やっぱりかぁぁぁぁぁぁーーーーー。うわーーーー、オレ、一人でなんか勝手に変な勘違いしてたみたいで、はっずかしっ!! 死ねよ! 死ねよオレ!
頭を抱えて心の中で絶叫するオレ。きっと顔は真っ赤である。
「翔ちゃん……」
「あっ、しまった!」
「今、『お姉ちゃん』って……うっ……」
「ミド姉!?」
花森さんは急に鼻と口を抑え、うずくまる。翔平は、頭を抱えるオレと極限状態にある花森さんの方を交互に見ながら、どちらから対応すればいいのか分からなそうにアタフタしている。現在絶賛混乱中であるオレはそんなこと関係なしに、翔平に確認を取るように質問する。
「じゃ、じゃあ、昨日話していた血が出たってのは、お前が花森さんに『お姉ちゃん』って言ったからなんだな!? あと、ピクピクしていたってのはどういうことなんだ!?」
「あ、バカ!!」
ブーーー
突然鼻血を吹き出して、後ろに倒れる花森さん。床に盛大に血を垂らしているその姿は、異常以外の何でもない。
ちょっとした沈黙が訪れ、しばらくして「あーあ」とでも言うように翔平が嘆息した。
「この状態にあるときは『例の言葉』は禁止なんだ。それで、大樹の質問の答えだけど……、こういうことだよ」
花森さんは、ピクピク痙攣したかのように床に倒れている。あぁ、こういうことか……。これは確かに後始末も大変そうだ……。花森さんの服と翔平のベッドに血がつかなかったことだけが不幸中の幸いと言ったところか。ローテーブルと床は血だらけだけど……。
全ての合点がいったオレは、見るも無残なその光景を申し訳なさそうにしながら眺めるしかなかった。
*
花森さんは、とりあえずの止血を済ませ、顔についた血を流すため、洗面所で顔を洗っている。ついでに化粧も直すそうだ。
オレたちは血の処理を二人で済ませている最中だ。
「確かにこの血の処理は面倒臭いな……」
「言うな。半分は大樹のせいだからね」
「いや、こうなるなんて、誰も思わないだろ?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
口をすぼめる翔平。
「それにしても、今日見ていて分かったけど、花森さんは完全にお前のこと弟扱いなんだな」
「そうなんだよね。おまけに天然だし、ドギマギされっぱなしだよ」
「けどよ、あんだけ好かれてるんだぜ? いいじゃねぇか」
「まぁ、普通に嬉しいけどさ」
オレは、そんな翔平の態度を見て、ふと思ったことを聞いてみた。
「お前さ、花森さんと付き合いたいって思わないのか?」
「ん? 何さ急に」
「いや、ドギマギしてるって言っただろ? それって、花森さんのこと好きなんじゃねぇかな? って思っただけだよ」
「……」
オレには翔平の答えが分かっていた。翔平は必ず、こう言う。
「何言ってんだよ。俺なんか、相手にされるわけないだろ?」
やっぱり。そう答えると思っていた。
「それに、これは好きっていうのじゃない気がするんだよ。強いて言うならば、好きとはいっても恋愛の方じゃなくて、憧れっていう方がしっくりくる」
「あこ……がれ?」
「そう、前インターンシップのことで話したよね? 最近考え方が変わったって言ってたやつ。あれは、ミド姉のおかげなんだ」
そう嬉しそうに話す翔平。
「ミド姉は、自身も前に進もうと努力しているけど、俺みたいな他の人も前に向ける力があるんだ。くだらないことで悩んでいた俺も、ミド姉の言葉で前向きに考えられたんだ。本当にすごい人だけど……、雲の上の人みたいだけど……、だけど、彼女は一人の人間でそこに親近感も沸く。ミド姉といると、違いなんて何もない、俺も頑張ろうって思えるんだ。だから、俺は彼女に憧れている」
なるほど、どうやらオレはまた勘違いしていたらしいな。変に積極的ではあるけれど、翔平の嫌がることを無理やりさせるとか、そういうことはしなそうだ。この花森翠さんという人、素晴らしい人かもな。翔平がここまで言うんだから。
「そうかい。分かったよ」
オレは微笑を浮かべて翔平の方を向いた。翔平も嬉しそうにこちらを向いていた。
「我慢できなくて手出すんじゃねぇぞ?」
「バカ、出さないよ」
そうからかっていると、
「ごめんねー。また迷惑かけちゃって」
洗面台から花森さんが帰ってきた。血のあとは一滴も残っていない。
「お詫びに、今日は私が料理を作るよ! 腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね♪」
「ミド姉の料理は本当に美味しいから、今度は大樹がひっくり返るかもしれないよ」
「そんなにすか!? 是非、食べさせてください!」
そう言って、「任せて」と腕をまくる花森さん。オレと翔平は、花森さんが料理を作っている間、さっきのゲームで数戦交えて待っていた。
運ばれてきた花森さんの料理は、そりゃもうとんでもなく美味しかった。
*
帰り道、オレと花森さんは帰り道が同じになった。家の方向は全然違うが、駅までは同じ方向だ。駅に向かう帰り道をオレと花森さんは歩く。電灯の光を頼りに道を歩いていると、花森さんが今日のことを話してきた。
「それにしても、今日は本当にありがとうね、大樹くん。おかげでいい絵も描けたし、大樹くんとも知り合えてよかったよ」
「いえいえ、こちらこそ、うまい料理ご馳走様でした」
「翔ちゃんの姉として、当然よ!」
この人、よく姉アピールする人だな。これも、姉心を理解するってやつだろうか。翔平の言ってた通り、努力家な人だ。
いや、違うな。よく考えたらこの人のこれはただ好きで言ってるだけだわ。本心だわ。ブラコンの姉精神で言ってることだわ。
数秒間、オレたちは無言で歩いた。オレは、彼女に改まって、
「花森さん!」
「は、はい!」
いきなり大きな声で呼んだオレにビクッとなる。オレは、その後彼女の目を見て、
「ありがとうございました!」
「へ? いやいや、そんな大仰な! 翔ちゃんの姉として、当然のことだから……、」
「いえ、違います」
ご飯のお礼だと思ったのか、ワタワタと手を振る彼女を制止する。
「翔平のことです」
「翔ちゃんのこと?」
「はい!」
オレがそう答えると、花森さんは不思議そうな顔をしていた。
「花森さんに会ってから、あいつちょっと変わった気がするんです。いい方向に。変わっていける気がしています。だから、これからもどうかよろしくお願いします」
呆気にとられていた様子の花森さんだったが、口元を緩めこう続けた。
「イマイチ自覚がないのだけれど……、」
そこまで言い終わると、今度は満開の笑顔になり、
「私にできることは何でも協力してあげるつもりだよ。お姉ちゃんだもん」
こう言った。その笑顔を見て、オレはようやく確信を持って花森翠さんという人がどういう人なのか分かった気がした。
「それと、大樹くん。『花森さん』じゃなくて、『翠』って呼んでもらって構わないよ。私も君のこと、いつの間にか下の名前で呼んでいるしね」
「分かりました。ミドリさん」
そうこう話しているうちに、駅についてしまった。彼女はどうやらこのまま大学側に向かうらしいが、オレは反対方向だ。
「それじゃあ大樹くん、またね!」
「はい、また」
オレたちは反対方向に歩き出した。
一人になって、オレは血の後処理をしている時の翔平の言葉を思い出す。
『何言ってんだよ。オレなんか、相手にされるわけないだろ?』
『それに、これは好きっていうのじゃない気がするんだよ。強いて言うならば、好きとはいっても恋愛の方じゃなくて、憧れっていう方がしっくりくる』
翔平は、自信を喪失している。日常生活についてはあいつ自身も自覚はしているが、恋愛方面については、おそらく無自覚だ。本人は、自信がないから出した言葉と思っていない。あれは、翔平が思っている本心だ。だが、その発言はおそらくは自信のなさからくるものだ。
鈍くなっている。自分からの好意も、相手からの好意も……。それがこと恋愛になってくると、顕著に表れる。だから、頭の中で別の解釈をする。好きかもしれないが、憧れ……だと。
もちろん、これは全てオレの推測。翔平の気持ちなど、オレに分かるわけがない。本人でも分かっていないんだから。だが、翔平が断言していた、恋愛の好きじゃないというのが、百パーセントその通りだとも思わない。あいつは、心のどこかでミドリさんのことが恋愛方面で好きなんじゃないかって思っている。
だから、オレはミドリさんと翔平が上手くいって欲しい。恋愛的な意味で。ミドリさんなら、翔平の自信のなさを取り除いていけるかもしれない。そして、もしも翔平がミドリさんのことを……、無自覚だけど本当に好きなのだったら、ミドリさんといることで恋心に気づくこともできるかもしれない。そういう意味も込めて、ミドリさんにお礼を言ったのだ。
翔平は……、本当に良い奴だから、ミドリさんみたいな素敵な人と幸せになって欲しい。オレは、そう思う。
オレにできることは見守ることくらいしかできないけれど、翔平の力になれそうなときは、全力で助けてやろう。それが、友達ってもんだ。
そう考えながら、オレは帰り道を歩く。友の幸せを願いながら。
歩いている途中に、ふと再びミドリさんを想像する。
「………………」
ブラコンな姉の姿を想像する。
「……やっぱ、無理かもなぁ……」
翔平への接し方が完全に弟としてのそれであることを想像したオレは、ミドリさんと翔平が恋人関係になる姿など、全く想像もできずに住宅街の小さな灯りの中を歩いて家に帰ったのだった。
第5話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は翔平の友人、大樹がメインのお話でした。
男一人では話を回しづらそうだな~と思って作った、イケメンキャラです。主にツッコミ役として、今後も活躍してもらおうかと思ってます(笑)
さて、今回の話では、コンシューマゲームが登場しますよね?「パーセンテージ」とか「場外に吹っ飛ばす」という辺りで大体察しがついたんじゃないかと思います。私自身も、そのゲームが大好きでしてキャラが遊んでいるところを書いてみたくなったんで出しちゃいました(笑)
最新作は持ってないんですけど、Wiiのやつは持ってまして、めちゃくちゃ遊びまくりましたよ!よく使うキャラっていうのはいるんですけど、やっぱいろんなキャラ使いたいので、負けたらキャラチェンとか勝手に決めて自分だけキャラ変えてたのを覚えてます。
長くなりましたが、今回はこの辺で!毎度毎度長いあとがきになっちゃいますが、結構あとがき書くのも楽しかったりするんでご容赦ください!
それでは!第6話もよろしくお願いします!