第5話「町田大樹は安心したい」②
次の日、翔平を呼び出し、学生棟二階のロッカールームに設置されている机で飯を食べることにした。
購買で買ったパンを食べながら、オレは翔平に話を振る。
「なぁ、昨日の話だけど……」
「ん? 昨日の話?」
頭に「?」を浮かべて返す翔平。
「ほら、姉ができたって言ってたあれだよ」
「あぁ、そのこと。それについては、もう話したでしょ? 分かったって言ってたじゃん」
「いや、確かに分かったんだけど……、分かったんだけど、改めてもう一度聞いてみたいことがあるんだよ……」
「? 煮え切らない言い方だな。まぁいいや、話してみ?」
「それじゃあ聞くが……」
オレは、一拍置いて深呼吸してから質問した。
「お前ら、本当に姉と弟なわけ!?」
まるでツッコミを入れるかのように大きな声で質問してしまった。ロッカールームにいた他の学生がビクッとしている。すんません。
「だから、昨日そう言ったでしょ? 俺たちは付き合ってないっての」
「付き合ってなかったら、それはそれで問題だっつーんだよぅ!!」
俺の勢いに圧倒されたのか、翔平もビクッとなり、パンを食べるのをやめている。
「昨日、本当に偶然、ファミレスで翔平とその『姉』との会話を聞いちまったんだよ。悪いと思ったけど、声が耳に入ってきたんだから、断じてわざとじゃないぞ?」
「そうなの!? すごい偶然だな~」
「そこで、お前らのおおよそ『姉』と『弟』らしからぬ行動の数々を聞いちまったんだよ!」
「確かに、俺も実際の『姉』と『弟』がこんなことやるか、と聞かれたら、首をかしげるところはあるけれど、創作だからいいんじゃない?」
「まぁ、確かにそれはいい。けどよ、付き合ってもないのに問題となる行動が多くね!?」
「まぁ、確かに問題ギリギリの行動もあるけど、そこまで言う程じゃないだろ?」
「いいや、あるっての! こちとら途中からだったけど、話を聞いてそう思ったんだ!」
「一線を超えているわけでもあるまいし……」
「超えているだろうよ!?」
ツッコミが抑えきれず、ついつい机をバンバンしちまう。いつの間にかロッカールームからは人がいなくなっている。
「いやいや、超えていないってば! 大樹の考える一線って軽くない!? お前はもうちょいチャラい感じだろう?」
「誰がチャラいだこら! 見た目で人を判断するなよ! 見た目はチャラそうでも中身は純粋だっつーの」
いきなり性格をディスってくる親友。こいつ……。
一旦、オレは心を落ち着け、改めて尋ねる。
「とにかく、お前ら二人でいるとき一体何してるんだよ」
「そうだなー、今までやったことと言えば、掃除したり、料理したり……。あとは、風呂にも入ったかなー」
「ほら、風呂入ってるじゃん! アウトだろそれ! 付き合ってないのに一緒に風呂入るのは、アウトだろーー!」
また少し声が荒くなるオレ。それに翔平はやれやれと言った様子で答えた。
「落ち着けって! これは、ミド姉が風呂を覗かれる姉の気持ちを表現したいということでやったことなんだ。それにちゃんとタオル巻いてたから」
「あ、あー、タオル巻いていたのか……」
しまった。こっちの早とちりだったか。ついつい全裸を想像して……てやめろ、オレ!
「どんな要求されてるんだよ……。なるほど、それで風呂に入ったって言ってたのか。それについては、分かった。だが、お前その後、殴られたって話していたみたいだけど?」
「あぁ、あれは、覗いてみてって言っておいて、いざ俺が覗いたらやっぱり恥ずかしいって言われて殴られたんだ……」
「理不尽な……」
なんだこの姉……。だけど、まぁ恥があって良かったと思ってしまう俺。
「そ、それじゃあ……」
「まだなんかあるの?」
ジト目で見てくる翔平に、どうしても聞いておきたいことを尋ねる。おそらくこっちも勘違いだろう。
「血が出たっていう件は?」
「あぁ、それは本当だ」
「本当なの!?」
うわぁーー。こっちがむしろ嘘であって欲しかったーー!! 変なこと聞いちまった。
「いやー、あの時は大変だったよ」
「大変てお前……」
聞いてるこっちも恥ずかしくなってくるが、こちとら男子。興味がないわけがない。
「えっと、ちなみにこれもその『姉』の方から?」
「え? えーっと確か、まぁそうだったかな」
やっぱし……。まぁそうだろうとは思っていた。
「けど、最終的に言ったのはこっちだったけどね」
「えぇぇぇーーー!?」
控えめで奥手なお前はどこ行ったんだよ! 美人女子大生の部屋にお邪魔していたら、抑えも効かなくなるけども! けど、付き合ってないんだよなぁ!?
「あの後ミド姉は床に倒れてビクビクしてるし、出てきたものの量は多いしで、激しかったったらないよ」
「そんな話をいきなりするなよ! 彼女に悪いだろ!?」
「まぁ、向こうも悪いと思ってるみたいだから。はぁ、全くあの時は後処理が大変で面倒だったよ」
「お前、それ本人の前で言っちゃダメなやつだったからな!? 自覚してる!?」
「?」
なんだか分かってなさそうな翔平。あー、こいつ、なんだか性格やら倫理観やら変わってねぇ!? 事後のダメな男の典型みたいなこと言い出すし、親友の嫌な一面を見てしまったみたいだ。
「あれ? 翔ちゃん!」
オレたちがそんな会話をしていると、ロッカールームの方から聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向くと、オレが昨日見た、美人の先輩女子大生が手を振ってこちらに向かって歩いてくる。やっぱりきれいだ。うん、超可愛い。
「ミド姉? 三限は?」
「今から行くよ。ロッカールームに授業の用意をしているから、取りに来ていたの。えっと、こちらは?」
「こちら、僕の友人の町田大樹です」
オレは、翔平に紹介され、女性に軽く会釈した。あちらも丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、翔ちゃんの『姉』をやってます。花森翠です♪ 翔ちゃんのお友達かー。これからも弟をよろしくね!」
姉だと紹介してくる花森さん。徹底してるな、この人……。普通そういうのって、人前では言わないものなんじゃねぇの?
「あっと、それじゃあ翔ちゃん、また後でね!」
そうして、花森さんは行ってしまった。
「思ったより、礼儀正しい人だったな」
「うん、まぁ……。最初は俺もそう思ってたよ」
仲が深まると、色々見えてきそうだな、あの人。
「あ、そうだ! 大樹、この後、なんか予定ってある?」
「へ?」
急に思いついたようにそう尋ねてきた翔平の勢いに、オレはつい間抜けな返事をしてしまったのだった。
*
「翔ちゃんのお友達が手伝ってくれるなんて、嬉しいわ」
「いえいえ」
オレは、翔平の家に来ていた。翔平と、その姉と一緒に。
翔平から聞いた話によるとこうだ。翔平は四限後に花森さんと会う約束をしていて、また絵のモデルに付き合うらしい。そのとき、次のネタである弟の友達回で、弟の友達を描くのに苦戦しているらしい。そこで、時間があれば、オレにも協力して欲しいとのことだった。
突然の誘いに驚いたが、花森さんの人柄を見ることができるせっかくの機会だ。それに、オレはまだ花森さんを完全に信用しているわけではない。
信用していないっていうか、無理を強いているんじゃないかと思っている。昼に話していた一線を越えた件といい、翔平からじゃ絶対そんなにすぐ行為に及ばない。女性を大事にしたいって思うだろうし、何より、付き合ってもいない相手に迫るような奴じゃあない。
見る限り、すごく優しそうな人ではあるが、消極的な翔平の意見を無視している可能性だってある。「弟宣言」なんてのも普通じゃないしな。確率的にはかなり低いだろうが、翔平をたぶらかすビッチ野郎なことだって考えられる。そんな奴と翔平は絶対うまくいかない。一応、オレも彼女がどんな人か知っておいても損はない。
「それにしても、ここが翔ちゃんのおうちかー」
「そういえば、ミド姉が来るのは初めてですね」
「うん、楽しみだわ。どんな匂いがするのかしら」
「あまり露骨に嗅いだりするのやめてくださいね?」
オレも久しぶりに来たな。久しく来ていなかったからちょっと道を忘れていた。
オレたちは玄関を開け、部屋に入る。相変わらず、スッキリとした綺麗な部屋だ。モノが少ない。オレが翔平の家に遊びに来ていた時も、基本的に寝転がって漫画読むか、テレビゲームで遊ぶかくらいしかやったことがない。
花森さんは、翔平の部屋に入ると、目を輝かせていた。そして、オレがいるにも関わらず、部屋の真ん中で思いっきり鼻から空気を吸い込むと、すっきりしたような顔で
「翔ちゃんの匂いがいっぱいだ~」
と言った。デレデレだな。
「ちょー、ミド姉。露骨に匂い嗅がないでと言ったじゃないですか! それに今日は大樹もいるんですよ? あんまり変な行動はやめてください」
すると、花森さんはハッとし、
「つい、初めて来る翔ちゃんの部屋に感動して、思いっきり匂いを嗅いでしまったわ! 恐るべし、弟の部屋……」
「はぁ、全く。一応姉ってことになってるんですから、しっかりしたところを友人に見せてくださいよ……」
「そうよね! 大樹くん、何か食べる? お姉ちゃんが作ってあげるわよ?」
急にやる気に満ちた表情になる花森さん。曲げた右の二の腕に左手を当て、キラキラした目をさせている。
「まだ五時なんで早いすよ……」
そうだった……と少しシュンとなる花森さん。元気な人だなー。表情がコロコロ変わって面白い。
「それじゃあ、ご飯食べる前にモデルをやってもらっちゃおうかな」
「了解っす。それで、モデルというのは何をすればいいんすか? 座っていればいいんですか?」
「いや、正直、顔のモデルというよりは、弟と遊んでいるシーンがどんなものか見てみたいの。だから、翔ちゃんと遊んでくれたらいいよ」
「なるほど……。それじゃあ大樹、テレビゲームでもしようか」
そうして、テレビゲームを用意する翔平。今回オレたちがやるゲームは、2Dの一画面でバトルする格闘ゲームだ。プレイヤーはキャラを操作し、場外に敵を飛ばす。普通の格闘ゲームと少し違うのは、体力ゲージの代わりにキャラの吹っ飛びやすさを表すパーセンテージと呼ばれるものがあることだ。パーセンテージがたまるとキャラの吹っ飛びやすさが上がり、場外KOされやすくなる。
「オレは、コイツで行くぜ! 中遠距離型の魔法使いタイプ」
「それなら俺は、近距離タイプの戦士だ」
キャラを決め、ステージ選択をし、バトルスタート。
オレたちはベッドを背もたれにして、テレビに向かい合う。花森さんは、勉強机用の椅子に座り、スケッチブックを構えていた。見られていると、なんだか緊張する。まぁけど、ゲームをしながらであれば、ゲームに集中していれば見られているのも気にならないだろう。
早速、オレはキャラを操作し、翔平のキャラから遠ざかる。中遠距離タイプは、近づいても離れていても強いというバランスの良いタイプのため、近づいて攻撃しても効果的だ。しかし、今回の場合は、翔平のキャラが近距離特化のタイプなので、わざわざ近づく必要がない。十分に離れた頃合を見計らって、キャラの主要技である火炎弾を繰り出す。
「くそっ、やっぱりそう来るか……。だけど……、」
翔平もオレのその戦法には慣れているため、火炎弾を軽くかわし、距離を詰めてくる。
「ふっ、甘いぞ翔平。そう避けてくるのは、想定済みだ」
翔平のキャラがかわした場所へ、すかさず火炎弾を打ち込む。翔平のキャラは火炎に当たり、進行が止まる。
「ほらほら、こっちに来ないとどんどんパーセンテージが溜まっていくぞ!」
火炎弾だけでなく、氷の槍や雷の攻撃も連発するオレ。いやらしい攻撃に見えるかもしれないが、それがこのゲーム。相性というものがあるのだ。
「くっ、近づけない。流石大樹だ。ジワジワと相手の隙をつく、いやらしい攻撃だ」
「おい」
リアルのオレを攻撃してくる翔平。ゲームの枠を抜け出す直接攻撃とは。
「今だ!」
オレの魔法攻撃を見事にかいくぐり、接近に成功した翔平。そのままオレに連撃を浴びせる。
「まずい、このままじゃ……」
オレは逆転の一手を見出したいところだが、流石に接近戦特化タイプ。攻撃力が強くて中々隙が生まれない。オレは、得意の回避行動をうまいタイミングで使用し、ようやく隙を作ることに成功した。そして、十分にパーセンテージの溜まった翔平のキャラに向けて、近距離の必殺スマッシュを叩き込む。翔平のキャラは場外に飛んでいき、星となった。
「うわ、やられたっ!」
残機が一つ減り、悔しがる翔平。
「くっ、次こそは負けないぞ」
すぐに闘志をみなぎらせ、ゲームに集中する。
楽しい。実力が互角くらいだからか、白熱するったらない。
オレは、花森さんに見られているというのも忘れて、ゲームに熱中してしまっていた。
*
一戦が終わった。結果はオレの勝ち。やはり相性が良かったんだろうか。残機に一つ差をつけて勝利することができた。
「負けた。大樹の使う魔法使いはやっぱり強いな」
「オレに勝つなんて、百年早いんだよ!」
「言ってろ、次こそは勝ってみせるからな。よし、次行くよ」
「おう」
相槌を打ち、ふとゲーム画面から目を離す。花森さんがどんな様子なのか見ようと椅子に目を向けると……、
パァァァァ
「……」
笑顔満開。何かに酔っているような表情をした花森さんが、スケッチブック片手に右手で頬を抑えていた。
この人、本当に翔平にメロメロだな。なんか口からよだれみたいなの出てるし、美人が台無しだ……。これで付き合っていない……んだよなぁ。
GO
「ってしまった!」
いつの間にかスタートしていたバトルに遅れをとるオレ。翔平は先程とは違うキャラだが、防御力の高い近接タイプだ。すかさず、こちらに攻め入ってくる。
花森さんについ気をとられてしまった。ゲームに集中しようと尽力するが、一度気になるとつい意識がそっちに行きそうになる。
「友達と遊ぶ翔ちゃん……、カワイイ」
ボソッとそんなこと言ってるのが聞こえてしまった。うーん、確かに完全に弟扱いな気がする。弟にしても、ここまで心酔はしないが……。
バトルに意識を戻すオレ。だが、既にオレのキャラはパーセンテージが溜まってしまっており、
「いけー!」
翔平の盾攻撃に吹っ飛ばされていく。
「どうした大樹、今回は立ち回りが下手だね」
「くそっ、見てろよ」
オレは、復活したキャラを操作しゲームに集中したのだった。
*