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第5話「町田大樹は安心したい」①

「暑くなってきたな~」

「そうだな」


 平日の昼、オレ、町田大樹(まちだだいき)翔平(しょうへい)は、ゲームセンター前のベンチに腰掛け、アイスを食べながら駄弁っている。


 三年に上がって早一ヶ月。美しく咲き誇った桜の花びらは散り、青々とした葉がきらめく五月となった。気温は夏に向かって順調に上昇しており、昼間に長袖でいるのが暑いと感じる。本日も快晴だ。


「いやー、まさかあそこでスーパー戦車が出るとは思わなかったよ」

「あれはラッキーだったな! 翔平のキャラが川まで吹っ飛んでいきやがった。傑作だ」

「ちぇ。運が良かっただけじゃないか」


 さっきまでやっていたレースゲームの勝敗について話す。オレはふと、思い出したように会話をつなげる。


「そういえば、結局選択必修科目はどっちにしたんだ?」

「あぁ、あれ? インターンシップにしたよ」

「ほぉー。がんばるじゃんか! どういう風の吹き回しだ?」

「今年は三年だし、ちょっと頑張ってみようかなって思っただけだよ」

「いつもの翔平だったら、確実に環境実習とやらの方を選んでいただろうからな。何か思うことがあったんだろ?」

「まぁ、そうだね。最近ちょっと考え方が変わったっていうか、きっかけがあったっていうか……」

「?」


 よく分からないこと言ってるな。何のことか聞いてみるか。

 ……っと思っていると翔平の方から、口を開いた。


「ちょうどいいタイミングだから、大樹に話すことがあるんだ」

「ん? オレに話すこと?」


 急に改まって翔平がオレに向かって話してきた。


「いやー、実は話そう話そうと思ってたんだけどさ、こんな話をするタイミングがなくてさー」

「お、何だよ! もったいぶるなって! 早く話せって!」

「実は俺さ……」


 少し恥ずかしそうに頬をポリポリとかき、照れを見せる翔平。何だ? 彼女でもできたのか? よし、もしそうだったら、全力でからかってやろう! 


「最近、突然『姉』ができたんだよね」

「…………」


 斜め上の答えが返ってきた。


「へ? 姉? 彼女じゃなくて?」

「違う違う。姉だよ姉」

「あー、それって義理の姉ができたとか、そういうやつか? その、兄弟が結婚したとか、親戚が結婚したとか」

「いやいや、そういうんじゃないな。全然知らない、初対面の美人女子大生が姉になったんだよ」

「えっと、そういうプレイなのか?」

「プレイって言うなよ! いかがわしく聞こえるだろ!」

 そう言って、顔を真っ赤にする翔平。相変わらずシャイだな。

「まぁ、若干そういうプレイみたいに感じる時もあるけど……」


 どっちだよ……。


「まぁとにかく、彼女じゃなくてできたのは姉だ! 一ヶ月前に、告白されたんだ」

「オレ、お前の言ってることが全然理解できないんだけど……」

「まぁまぁ聞けって。今から最初から話をするから」



 そうして翔平は、一ヶ月前に喫茶店で「弟になってほしい」と告白されたこと、彼女が漫画家を目指していることを話してくれた。


「なるほどな、つまり、彼女じゃなくて、あくまで『弟』として彼女に協力しているってわけか」

「ま、そういうこと」

「羨ましいやつだなー! 美人女子大生の弟になれるなんて、ある意味彼氏よりも贅沢じゃねぇか?」


 オレはそう言って、ニヤニヤ笑いながら翔平の肩を肘で小突いた。


「うっさいな。こっちだって大変なことがあるんだよ。行動がいちいち過激でドギマギしっぱなしだっての。……ってやべ、」


 翔平は、腕時計を見るとそう言って、急に立ち上がった。


「ごめん、大樹。俺、このあと……、その、例の姉と会う約束しているんだ。話は分かったでしょ?」

「あぁ分かった分かった。いってらっしゃい『弟くん』」

「ったく。じゃあまたね!」


 目を閉じてからかうようにそう言うオレに不満そうにしながら、翔平はゲーセン前の階段を駆け上がっていった。オレはヒラヒラと手を振りながらそれを見送った。


「『姉』ね……」


 なるほど、最近翔平の付き合いが急に悪くなった理由が分かった気がする。その姉の絵のモデルになっていたってことか。翔平が話してくれた内容は、喫茶店での告白の話と、彼女が漫画を描いていて、弟のモデルが欲しいっていうことだけだったけど、まぁきっと、そういうことなんだろう。


 四月一日に告白されたって言っていたから、時期的にもちょうど付き合い悪かった時だし、ぴったり一致する。少し前からの変な違和感が晴れた気がする。

 気分が晴れたオレは、一人になったこの暇な時間をどう潰すか考える。


「もうちょい、ゲームやっていくかな」


 そう言って、オレはまたゲームセンターの中に戻ったのだった。


 *


「ちょっと遊びすぎたか……」


 格闘ゲームをやっていったら、つい熱中してしまってなんだかんだであれから二時間くらい居てしまった。


 オレのやっていた格闘ゲームは、勝ち続けると最大十戦までできる形式のゲームだった。対戦相手は全国のゲーセンからのランダムマッチングで、それこそ強い奴もいれば弱い奴もいる。オレは、やりこんではいるものの、極めている奴には足元にも及ばない。実力で言うと中くらいだ。そのため、いつもやれても五戦くらいなものなのだが、


「まさか、あんなに調子が良いなんて、今日はついてるぜ!」


 今日は十連戦もしてしまった。強い奴とも当たったのだが、まぐれなのかギリギリで勝つことができた。


 時刻はすでに午後七時、いつもなら晩飯を作り始める時間だ。簡単なものしか作れないが、一応自炊はしているつもりだ……。週に三日ほど……。


「今日はなんか食ってくかー」


 本日は自炊しないデーにすることにした。うん、今から帰って作るとか、面倒くさすぎ。

 オレは、駅の近くにあるファミレスに目を付け、入っていく。



「いらっしゃいませ、おひとり様でよろしいですか」


 店員に応対し、席に案内される。この時間にしては、結構混んでいるみたいだな。

 さってと、何を頼むかな。お、パスタの新作出てるな。これにするか。


 このファミレスは安いことに定評がある。とにかく安い。一皿500円以内で食べられるメニューが多い。しかも、量はそんなに少なくない。二皿食べれば1000円いかないでお腹いっぱいになる。


「(足りなかったらもう一皿頼めばいいし)」


 店員を呼び、注文を済ませるオレ。この、料理が出てくるまでの時間が暇なんだよな。料理が来るまでの間、スマホをいじることにしたオレが、アプリでゲームをやっていると、


「はい、翔ちゃん、あーん」

「ちょっ、人の多いところではやめてくださいってば!」

 後ろの席からカップルの声が聞こえてきた。

「え~。この前はさせてくれたじゃないの~」

「あれは家だったからですよ。それに、家でも恥ずかしいからって一回だけだったじゃないですか」


 付き合いたてのカップルと言ったところか。積極的な彼女にシャイな彼氏かな? 

 彼氏の方の声がどこかで聞いたことあるような声だ。


「一回すると、もう一回したくなっちゃうのよね。なんか小動物にエサあげているみたいで癒されるの」

「また僕を小動物に例えるのやめてくださいよ。それはこの前やったでしょう」

「『ショウショウ』、ご飯だよー」

「誰が『ショウショウ』ですか!」


 ん? よく聞いてみると、この声、翔平じゃねぇか? 

『ショウショウ』とか言ってるし、『翔ちゃん』と呼ばれていた。名前もそっくりだ。

 ……『ショウショウ』? 


 会う場所ってのは、ここだったのか。後ろの席だから、姿は見えないが、この声は間違いなく翔平だ。振り返るのもなんだし、とりあえず話だけでも聞いてみるか。

 心の中でニシシと笑うオレ。スマホのゲーム画面から目を逸らさず、そんなことを考えていると、


「それにしても……翔ちゃんを弟にしてから、もう一ヶ月が経つのか~」

 翔平の話通り、本当にそういうことらしい。


「そういえば、ちょうど一ヶ月くらいですね」

「色んなことしたね~。二人で遊びに行ったり、ご飯食べたり、それに……、家にも来るようになっちゃったもんね」


 翔平のやつ、やるなー。もう家にも行ったのか。超奥手な翔平にとっては、ラッキーなのかアンラッキーなのか分からないけど……。


「そうですね。最初は緊張しましたけど、もう慣れましたね」

「あぁ……。色んなことしたな~。あんなことやこんなこと」


 ……慣れましたってのは、家に行くこと……、だよな? そうだ、きっとそうだ。

 話が変な方向に向かおうとしているわけではないよな? 


「掃除も一緒にしたし、お風呂にも一緒に入ったし」


 お風呂ーー!! 翔平、お前、お風呂に一緒に入ったのか。いくら姉・弟の関係という設定でも、そこまでしないだろ!!

「まぁ、確かに。あの後殴られましたけど……」

「それはごめんって。だって、あんなこと……、恥ずかしかったんだもん」


 翔平ーー! お前、風呂で一体何をしたんだ! 付き合ってもいないのに翔平から風呂に誘うわけないだろうし、きっと彼女の発案だろ!? それなのに誘った彼女が殴るってことは……、彼女に殴られる程のことをしたのか!? 結構お前も積極的なのな! 


「ま、済んだ話はもういいです。っていうか、掃除も一緒にしたって言いますけど、あのとき掃除したのはほとんど僕じゃないですか」

「あはは、まぁ、そうだね……。けどいいでしょ?  あの後、ちゃんとご褒美あげたじゃない」

 ご褒美!? 何!? 何もらったんだよ! 


「ま、その後、僕は血の処理で大変でしたけど」

 血!? 血って何だ! いきなり吐血騒ぎ? 

 ……ッハ! いや、まさかお前! ご褒美って!! 


「あの時は……、激しかったわ~……」


 ウワァァァァァァァやっぱりそうだーーー。

 なんで親友の下系の話を本人の口からじゃなく、不本意に聞かなきゃいけないんだよ……。地獄か……。

 次会ったときどんな顔すればいいか分からん……。

 てゆうか、そういう話はこんなところでするなよ! 誰が聞いてるか分からないんだぞ! 隣のお客さんに聞こえているぞ! 


「こっちは大変だったんですから……。ちょっとは反省してくださいよ」

 鬼か!! お前、いつからそんなに鬼になったんだ! 男として最低のこと言ってるぞ! 


「あのとき呼ばれた『お姉ちゃん』を私は一生忘れないわ……」

 やっぱりそういうプレイかーー! 姉弟設定とか言っておいて、なんてことしてやがる! 羨ましい! 

 てゆうか、料理まだ!? この場に居づらいんですけどぉ! 早く食べて帰りたいんですけどぉ! 


「あ、ミド姉、そろそろ行かないとまずいんじゃないですか?」

「そうだね。朱里ちゃんが待ってるし、そろそろ行こうか」

「そうですね」


 翔平たちが立ち上がり、オレの席側にある出口に向かって歩き始める。オレはとっさにメニューで顔を隠し、やり過ごした。

 後ろからカウンターの方を見ると、やはり男の方は翔平! そして、女の人はとても美人で大人なオーラを醸し出す人だった。オレが見た女性の中で、間違いなく一番可愛い。


 ふぅー。とは言え、ようやく地獄から解放された。別にわざと立ち聞きしていた訳ではないのだから、後ろ暗いことなんて何もないのだけれど、不可抗力とは言え、親友のあれやこれやを聞いてしまったことに多少の罪悪感を感じる。

 オレだったら、知らないうちに友人にそんなこと聞かれていたら、恥ずかしくて死ぬ……。

 にしても翔平のやつ、これはもはや姉弟ってレベルじゃねぇぞ! 一ヶ月でここまで進展って……。もはや普通の恋人も通り越してる。恐るべし……、超積極的な姉……。


 *


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