第44話「岡村翔平は会いに行きたい」②
「翔くん! 見てくださいよこのワンピ! 可愛くないですか? 超可愛くないですか?」
「うんうん、可愛いと思うよ。それより、話を進めようよ……」
「ぶ~。翔くん、釣れないですね~」
碧は頬を膨らませて不満を吐く。いや、お前何しに来たんだよ!
六月中旬。大学の最寄り駅前にある喫茶店で、俺は元カノである水無碧と対面していた。和解してから、俺たちの間に確執はなくなり、こうして対面しても今までのような気まずさはない。
碧自身はまだ俺に好意があるらしい。俺とミド姉の邪魔をしたりとかあからさまに誘惑してきたりとか、そういうのはないのでまだいいが、だからといって気軽に二人で会ってもいいというわけでもない。俺には遠距離といえども大事に思うカノジョがいるのだ。そこはわきまえている。
それにもかかわらず、今こうして二人で会っているのには理由がある。
「さっきから話が脱線しすぎなんだよ! 今日は俺にインターンのことを聞きに来たんでしょ!」
それは、碧の夏期インターンシップのアドバイスのためだ。
碧の通う七城女子大学は、就職率の高さに定評のあるエリート大学で、三年次の夏期休暇はインターンシップが全学生の必修科目に指定されているそうだ。
最近碧はモモと仲良くしているらしく、彼女から俺にインターンの経験があることを聞き、こうしてアドバイスをもらいにきたわけだ。
いかに碧が俺の元カノで、一悶着、二悶着あった間柄だったとしても、同じ悩みを昨年まで持っていた身として、力になりたいと思った。だからこうして、わざわざ会いに来たというのに……。
「だって翔くんったら、ワタシがせっかく今日のために買った新しい服を着てきても無反応なんですもん」
「なんで元カノが新しい服を着てきたからって褒めなきゃいけないんだよ。ていうか、それが新しい服かどうかなんて俺に分かるわけないじゃん」
「女の子はみんな褒められたい生き物なんです~。そこに今カノも元カノもセフレも愛人も関係ないんです~」
さらっととんでもないことを言うんじゃねぇ! なんで例えがセフレやら愛人なんだ! もっと他に色々ないの?
「はぁ。これだから女心の分からない人はダメですね~。そういうとこ、ダイキ先輩に負けてるんですから頑張ってくださいよ~」
「なんで俺が悪いみたいになってんの?」
「これじゃあ一回戦落ちもいいとこです」
「何の!?」
「『女の子を褒める大会』に決まってるでしょう? 話の流れから察してください」
「決まってねぇよ! なんだよその頭悪そうな大会は!」
「何を隠そう、ワタシは去年七城で開かれたその大会の審査員をやったこともあるんですよ! ドヤァ!」
「それが自慢なの!? 本当に名誉なことなの!?」
七城ってエリート校じゃないの? すっげぇ頭緩そうなんだけど!
ていうか、勉強が苦手だった碧がよく七城に入れたものだ……。案外、見せかけの大学だったりするのか?
「これじゃあ、みどりさんにフラれるのも時間の問題ですね。今ならワタシが拾ってあげますよ?」
「結局そこにつなげたいだけだな、お前は。ていうか拾わないでいいから。フラれないし」
「じゃあワタシを拾ってください」
「拾いもしない」
「名前は碧です。可愛がってください」
「捨て猫か!」
「女の子のチワワです」
「犬かよっ!」
つい、流れるようにツッコみを入れてしまった。
そういえば、昔付き合っていたときもこんなバカみたいな会話をよくしていたっけ? とりとめもない話を尽きることなく何度も何度もしてたんだよな~。生産性も何もないんだけど、すごい楽しかったんだよな~。
っと、いかんいかん。つい昔を懐かしんでしまった。俺としたことが、カノジョがいるっていうのに、元カノのことを考えるなんて。
最近、ミド姉と会えていなくて、こうしたとりとめもない会話をする機会も減ってしまったせいなのか、碧のフレンドリさとユーモアに一瞬心を奪われかけてしまった。きっと寂しかったのかもしれない。
「くだらないこと言ってないで、早くインターンのことを話すよ」
「は~い」
碧は面白くなさそうに気だるげな返事をする。お前、本当に何しに来たの?
不真面目な態度かと思われた碧だったが、話が始まると真面目な態度を見せた。聞きたいことをいくつもリストアップしてきたらしい。
インターンで見るべきはどういう部分か?
何日くらい行くのがベストなのか?
実際に体験してみて、俺はどう感じたのか?
二個か三個体験したほうがいいのか、それとも一個に集中すべきか?
など、あらゆる質問をし、その度にメモする。昔は勉強に対して不真面目な碧だったから、真面目に聞こうとする姿勢にはギャップを感じ、感心してしまった。
碧の聞きたいことに対する質問はあらかた終え、インターンシップに行く企業の方向性もある程度絞れたようだ。経験者として役に立てて、少し誇らしい。
「そういえば翔くん。みどりさんとは遠距離恋愛ですけど、ちゃんと会っているんですか?」
机の上に出したインターン用の資料をクリアファイルにしまいながら、唐突に碧が尋ねた。
「いや、会ってはないかな。一応まだ、就活中の身だし」
第一希望の公務員試験は終えたけれど、滑り止めも受けないといけない。万が一落ちたときに、就職浪人ってことになりたくはないからね。
「それはそうですけど、みどりさんは美人だから引く手数多だと思いますよ~?」
「それはそうかもしれないけど……」
「就活終わったら会いに行った方がいいんじゃないですか~?」
そういう碧の言い方は、普段に比べるとぶっきらぼうに聞こえた。俺は、彼女のそんな態度を見て察するものがあり、聞いてみた。
「碧、お前もしかして、心配してくれてるの?」
「別に心配とかじゃないですよ! みどりさんと翔くんが別れてくれたらワタシ的には万々歳なんですから~。ただ……、」
「ただ?」
「その……、みどりさんもカレシに会えなくて寂しい想いしてるだろうなって思っただけですぅ~。ワタシが同じ立場だったら、そうですし」
碧は唇を尖らせて返答した。不本意そうにしゃべってはいるが、その言葉にはきちんとミド姉に対する思いやりが込められていると俺は感じた。
「……ありがとう、碧。その通りだと思う。できるだけ早く、ミド姉に会いにいくことを考えるよ」
俺は素直にお礼を言う。自分で言うのもなんだけど、碧にとってミド姉は、俺と付き合う上での障害であるはずなのに、碧が俺たちの仲を邪険に扱わず、それでいて心配してくれているのには好印象を覚えた。碧にとってミド姉は、ライバルではあっても『敵』ではないんだな。
俺のお礼に対して碧は「あ~あ。今カノとのことを心配してあげるワタシって本当に良い女ですよね~? 惚れました?」といつものノリで茶化してきたが、それを「はいはい、惚れない惚れない」と適当にあしらって、俺たちは駅で別れた。
今日、碧と会ったのは俺にとってもプラスだったかもな。最近は繰り返しの公務員勉強やゼミでストレスを感じていたけど、碧と話せて楽しかったし。やっぱ、碧といるのは楽しいな。なんか、高校生の頃に戻ったみたいだった。
それに、ミド姉のことだけど、今までは漠然と「時間があったら会いに行きたいな」と思っていたくらいだったけど、今日碧に言われて決めた!
一次試験が合格したら、すぐにでもミド姉に会いに行こう! 就活が終わってなくてもいい! どうせ、面接の対策なんてそんなに時間がかからないんだ! 休日を使うくらい、大した影響はないはずだ。
そう決意し、俺は一次試験の合否判定がより待ち遠しくなったのだった。
それから三週間後の七月中旬に、一次試験合格の連絡を受け、俺はすぐにミド姉に連絡を取った。
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