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第43話「設定姉弟は約束したい」③

「ふぅーーー……」


 騒がしさも落ち着き、今は、みんなで大テーブルに椅子を並べ、しっぽりとお酒と料理をつまみ、談笑を楽しんでいる。マスターと朱里(しゅり)は空いた皿の後片付けを少しずつ行っている。俺とモモも手伝おうとしたのだが、二人で十分と断られてしまった。


「ところで町田(まちだ)さん。朱里から告白はされましたの?」

「いきなりなんすか……」


 緋陽里(ひより)さんがニコニコして大樹(だいき)に尋ねた。頬が軽く紅潮しているが、もしかしてアルコールが回っているのか?


「隠しても無駄ですわよ? わたくしは全部知っていますから」

翔平(しょうへい)桜井(さくらい)。お前ら、なんか話したのか?」

「話してないよ~!」

「いえ、先日家で朱里から聞きましたわ」

「え、陽ノ下(ひのもと)から?」

「正確には、部屋から聞こえたと言ったほうが正しいですわね。『キャーーー! ついに言っちゃったわ! しかもあの返事! ステキーーーー!!』って大声で悶えていましたわよ?」

「あのバカ……」


 あいつ、部屋の中だからって制御失いすぎだろう……。枕に頭を埋めてベッドの上で転がる朱里が容易に想像できてしまう。


 大樹の頬も少し赤い。アルコール回りもあるのだろうが、大樹は酒に強い。きっと照れているんだな。


「えぇーーー! 大樹くんと朱里ちゃん、そんな関係だったのね! びっくり!」

「そうだよ、町田くん。その後どうなったかちゃんと教えてくれないと!」

「白状してくださいな! で、何て返したんですの? さぁ!」

「グイグイ来る! あんたら酔ってるだろ!」


 恋バナ大好きな女性陣が大樹に詰め寄る。朱里が厨房で皿洗いをしているから、ここぞとばかりに目をきらめかせている。

 俺も大樹が何て返事したのかは気になるな。朱里にとって悪い返事の仕方をしていないというのは分かるけど、実際には何て答えたのか、まだ聞いていなかったし。


 だが、俺は女性陣の様にグイグイと話に入って行きはしなかった。それより、お酒を飲んだせいでちょっとだけ頭がクラクラする。大樹の話にはすごく興味があるが、それよりも大事をとって休むことにしよう。


「翔平くん、どこか行くの?」

「ちょっと酔ったみたいだから、外のベンチで風に当たってくるよ」

「おい、大丈夫か? 飲みすぎたか?」

「いや、そんなに心配するほどじゃないから大丈夫」


 以前、飲み会をした時に相当な悪酔いをしたらしいので、心配された。けど、今回は小サイズの缶ビールを四分の三飲んだ程度だ。前みたいに、キャパオーバーになっているわけではない。


 扉を引いて、外に出る。大分陽が延びてきたとは言え、外はすでに大分暗かった。肌寒さが少し残るが、凍えるほどでもない。もう冬は終わったみたいだな。


 喫茶店の前に設置された長椅子にゆったりと腰をかける。気持ちのいい風が吹き、アルコールの入った俺の頭を覚ましていく。


 ……パーティ楽しかったな。ミド姉と緋陽里さんも喜んでくれたし、大成功だ。企画者のマスターと朱里には、俺からも感謝しないと。


 卒業生にとって、いい思い出を作ることができた。店を貸切にしてここまでワイワイガヤガヤできた出来事は、ふとした瞬間に学生生活が楽しかったことを思い出させてくれることだろう。


 友人同士集まって、自由に何かをするということも、社会人になったら減ってしまうのだろうか? 緋陽里さんは東京に残るみたいだけど、ミド姉は四国。そう簡単には会えなくなる。


 ……

 ……

 ……ミド姉と、離れ離れになるんだよな。


 漫画賞の結果通告を受けたときのことを思い出す。


『ダメだったみたい……』


 電話口で染谷(そめや)さんは、本当に申し訳なさそうに結果を伝えた。


 四年を費やしたミド姉の漫画家への夢は破れた。書き上げた渾身の読み切りは、あえなく落選してしまった。


 ミド姉は予定通り、就職する。東京から七百キロメートル以上離れた四国支部に勤務することになる。


 俺たちの交際は、遠距離恋愛になる。今まで多い週は毎日、少なくとも週に一度は会っていたけれど、これからはどれくらい会えるだろうか。

 俺はこれから公務員の勉強により本腰を入れないといけなくなる。ミド姉には仕事があるし、ひと月に一度会えればいい方なんだろうか?


 ……寂しくなるな。


 目の前の木をボーッと見る。酔いが回っているからなのか、目に映るモノに焦点が合わない。そこまで酔っているわけではないはずなのに、頭の中だけに意識がいく。周りから見ると、無気力に座っているだけに見えるのかもしれない。


「翔ちゃん、大丈夫?」


 ボーッとしていると、長椅子の隣にミド姉が来ていた。手には二つのグラス。中身は水のようだ。


「ミド姉」

「翔ちゃんが心配、って言って出てきちゃった♪ はい、これ水だよ」

「はは、ありがとうございます。今回はそこまで潰れるほどの酔いは回ってないので、心配しなくても大丈夫ですよ」

「そう、それなら良かった。けど水は一応飲んでね! 翔ちゃんは酔うと手がつけられないんだから!」


 ミド姉がグラスを手渡してくれる。俺はグラスに口を付け、少量の水を飲んだ。ミド姉も俺の隣に座り、グラスに入った水を飲んだ。少し顔が赤い。ミド姉もアルコールを結構飲んだみたいだな。


「今、店内では朱里ちゃんと大樹くんの話で持ち切りよ」

「二人とも、気の毒に」

「私、知らなかったよ! 朱里ちゃんが大樹くんのことを好きだったこともそうだけど、告白もしたなんてね」

「僕とモモはずっと気づいていましたよ」

「えぇ~、本当に? じゃあ知らなかったのは私だけだったんだ!」

「ですね~。ミド姉は鈍いですね~(笑)」

「こらこら、(笑)をつけないの! 翔ちゃんだってついこの前まで鈍かったくせに……」

「はは、その節はご迷惑をおかけしました」

「特に(もも)ちゃんにね」

「特にモモにですね」


 俺にからかわれてぷくっと頬を含ませるミド姉。すぐに表情を変えるミド姉は見ていて楽しい。頬を膨らませたその態度は、とても歳上のようには見えない。


「ありがとね、翔ちゃん。パーティ、すごく楽しいよ!」

「いえ、マスターと朱里のおかげですよ」

「うん、あとでお礼言わないとね♪」


 弾ける笑顔で返すミド姉。太陽みたいに明るい笑顔も、何度も見てきたっけな。この笑顔を見るたびに、こっちも自然と頬が緩むんだ。


「卒業か~。長いと思っていたけど、あっという間だったな~」


 ミド姉も長椅子に背中を付け、目線を上にし、思い出に浸る。


「大学、楽しかったな。緋陽里と遊んだり、桃ちゃんと一緒にご飯を食べたり、朱里ちゃんに絵を教えたり、それに……、」


 そこまで言うと、ミド姉は俺の方を向いて、


「翔ちゃんに会えたしね!」


 と、笑顔で言った。こうして何度だって、ミド姉がストレートに気持ちを表現してくれるのを俺は嬉しいと思う。


「そうですね。僕もこの一年は、大学三年間の中で一番充実していたと思います」


 ドタバタする日も多かったけれど、とても楽しかった。時間が過ぎるのがあっという間だったように思える。まだ、一年しか経っていないのに。


「……」

「……」


 沈黙する。だけど、居心地が悪いわけではない。お互いに思い出を振り返っているのだ。俺たちの思い出を。心地よい風が吹く。……いい時間だ。


 ミド姉のトレードマークとも言えるリボンが揺れる。俺が横目でミド姉を見ていたのに気づくと、ミド姉はニコッと笑う。見慣れたものかと思っていたのだが、俺はその笑顔にドキッとしてしまった。


 再び前を向き、沈黙する。陽は完全に沈み、店のライトと周囲の街灯で辺りが明るく照らされている。


「私たち、遠距離恋愛になるんだね……」


 そんな中、ミド姉は正面を向いたままそう言った。俺はミド姉の方を向くが、ミド姉は正面を向いたまま続けた。


「ずっと一緒にいたのにね。これから、気軽に会えなくなっちゃうんだ」

「……」


 切なさが胸にこみ上げてくる。俺たちが遠距離恋愛になるということを強く実感させられた。俺は、ミド姉にうまい言葉をかけられない。


「やっぱり仕事って忙しいのかな? 学生の時にアルバイトをしていたことはあるけど、それとは全然違うよね?」

「そうかも、しれないですね……」

「けど、土日は休みだろうし会おうと思えば会えるよね? 今はさ、飛行機だって新幹線だって、交通手段は充実してるんだから!」


 ミド姉は雰囲気を暗くしないように配慮している。その心遣いを素直に汲み取って、返答すれば良かったのだが、俺はそうはせず、自分が思っていることを言った。


「ミド姉と……、離れたくないです……」


 やっぱりまだ、アルコールが残っているんだろうか? 普段の俺なら、就職するミド姉に余計な気を遣わせない様にできるはずなのに。こんなことを言ってもどうしようもないということは自分でも分かっているのに。誰よりもミド姉が、漫画で賞を取れなかったことを悔しがっているのに。


「なんで四国支部なんですか? 関東や中部の方が沢山支部はあるはずじゃないですか。どうしてミド姉と縁もゆかりもない四国で勤務することになるんですか」


 だけど、口が勝手に動いてしまう。ミド姉を困らせたくないのに。


「寂しいです……」

「私も、すごく寂しい……」


 ミド姉は悲しそうに言った。先程までは努めて明るくしようとしていたが、今のミド姉の表情は暗い。そんな雰囲気を作り出してしまったことを後悔する。


 自分の道を示してくれて、密接な関係を持って、恋人関係にもなれた素敵な女性と出会えたというのに……。こんなに早く、離れ離れになるなんて。


 まるで、(あお)と別れたときのようだ。あの時俺は、ずっと碧との日常が続くと思っていた。だが、その願いは叶わず終わりを迎えてしまった。

 すれ違いも気の迷いもなく、俺もミド姉も付き合いを望んでいるという点が、あの時との相違点ではあるけれど、俺は、高校生の時に感じた無常さを感じてしまっていた。


 ミド姉に救われたことで、俺は交際に自信を持つことができたけれど、こうして俺たちの間に物理的に長い距離が生まれてしまうと考えると、その自信がなくなってくる。


 時間が空く限り、飛行機でも新幹線でも乗って、ミド姉のいるところへ会いにいく。俺は、来年度ならまだ学生だ。時間の融通は効かせやすいだろう。


 だけど……、そう簡単な話でもない。交通費は少なくないし、短くない時間を費やしても、会える時間は少しだけ。遠距離恋愛の辛いところだ。そんな状況で、ミド姉は果たして俺のことを好きでい続けてくれるのだろうか?


 今までと違って恋人は、近くにいない。俺は、寂しさに耐えることができるのだろうか……? 何より自分に一番自信が持てない。


「翔ちゃん」


 俺が黙っていると、ミド姉が口を開いた。俺は、彼女の方を振り返らずに話を聞く。


「私は翔ちゃんのことが大好き。だから別れたくなんてない。例え、遠距離恋愛になっちゃったとしても、離れ離れになっちゃったとしても、私は翔ちゃんのカノジョでありたいの。だから、……」


 ミド姉も正面を向いたまま、続けた。



「私は、帰ってくるよ。絶対に漫画家になって……」



 力強くミド姉は言い切った。俺はミド姉の横顔を見る。横顔には、暗く後ろ向きな様子は見られない。本心でそう言っているように感じた。


 ミド姉は、夢を諦めてなんかいなかった。学生でのデビューは叶わなかったけれど、社会人になっても連載を勝ち取ろうとしている。

 何度も失敗してきて、転機となった去年の四月。それから二回の投稿も受賞を逃したというのに、ミド姉の目は死んでいなかった。


 やがてミド姉も横を向き、俺の目を見る。俺も逸らさずに見つめた。


「翔ちゃん、私は社会人になっても漫画を描き続けて、必ず漫画家になるよ。待ってて、すぐに帰ってくるから。そしたら、一緒にいられる時間も沢山増えるよね?」


 笑った。この人は本当にどこまで強いんだろう。何回も受賞を逃してきたとは思えないほど、前向きだ。この人は自分のことも、俺のこともしっかり信じている。そう思えた。未だに自信のない自分が、ひどく情けなく思えた。


 そうだよな。ミド姉の言葉なら、俺は信じられる。俺もミド姉と、ずっと一緒にいたい。


「はい、ミド姉がこっちに戻ってくるのを待っています。約束です」

「うん、約束」


 俺もミド姉に笑顔を返し、約束をした。


「僕もそれまでに、立派な公務員になって自分磨きをしています」

「そうだね。けど、もしかしたらもう来年にはこっちに戻ってこられるようになっているかもしれないよ?」


 と、ここでも自信を見せるミド姉。俺もそれを聞いて笑いながら「それもそうですね」と返す。



 俺たち二人は先程までの暗い雰囲気を忘れて談笑する。ミド姉もいつもの調子に戻ったようで、「会える時間も残り少ないんだし、充電~」と言って抱きついてくる。二人きりではあるけれど、壁を隔てた建物の中にはみんながいると考えると、気恥ずかしい。


「ミド姉、戻りましょうか。まだ、卒業パーティは終わっていないみたいですよ?」

「うん、そうだね! 最後まで楽しもっか!」

「行きましょう!」


 俺たちは手を取り合う。長椅子から店の入口までのほんのわずかな距離だったが、しっかりと手をつないだまま。ゆっくりゆっくり歩いた。その間に互いの温もりを覚えるように。


 店に入ると、まだ仲間たちが騒いでいた。俺たちもその輪に戻って、パーティを最後まで楽しんだ。


 こうして、ミド姉にとって学生生活で最後となる騒がしいパーテイは、最高の形で締めくくられ、それから一週間後に、ミド姉は四国へ発ったのだった。


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