第43話「設定姉弟は約束したい」②
パーティの主催者はマスターだ。マスターは店を立ち上げた当初から、友人の娘である緋陽里さんに店を手伝ってもらってきた。そんな緋陽里さんに感謝と祝福の気持ちを込めて、今日一日、マスターが店を休みにしてパーティを企画してくれた。
ずっと常連として通い続け、緋陽里さんの親友でもある卒業生のミド姉と一緒に、楽しんでもらえるように大々的なイベントにしてくれたのだ。
現在のブラウンで働く俺、朱里、モモと、この面子に馴染み深い大樹も誘って全部で七人が参加者だ。テーブルを移動したことで空いた空間のおかげで、広々と店を使える。七人だけで使用するにはちょっと広すぎるくらいで、落ち着かない。
テーブルの上にはサンドイッチ、パスタ、鶏肉などが乗った大皿と、その横にアルコール飲料やジュースが置かれている。こういう時は基本、立食形式を想像するが、人数もそこまで多くはないので、人数分の椅子を置くスペースは十分確保できる。立ち疲れても安心だ。なんて贅沢なんだろうか。
「この袴って、いつぐらいに予約したの?」
「私は七月くらいかな?」
「早いね! やっぱそれくらいに予約しないと自分の気に入った袴はなくなっちゃうのかな?」
「私はネットで九月がピークって書かれていたのを読んだことがあったから、ちょっと早めに予約したの! おかげでこんなに可愛いモノを着られちゃった!」
「いいな~。わたしも今年は早めに予約しよ」
女性陣たちのガールズトークが盛り上がる。ミド姉の着る袴にモモは興味深々だ。
袴の予約ってそんなに早いんだ。成人式の時も思ったけど、男はスーツでいいから楽だけど女性はこういう時、大変だな。
「緋陽里さんは?」
「わたくしは自前ですわ」
「え!? 自前なんですか!?」
自前で袴持ってる人って、いるんだ! 質問した俺だけでなく、モモも驚いている。
「すごい! レンタルだけでも結構お金かかるのに!」
「緋陽里はお嬢様だからね~」
「そんなことありませんわ。卒業式で袴を購入する方も沢山いますわよ?」
「あたしたちのうちは、お祖母さまがこだわりある人なのよ。そうそう着る機会なんてないっていうのに、レンタルじゃ気が済まないみたい」
「そうなんですよ。ちなみに文化祭の時に着ていた和服も自前ですわ」
す、すげぇ……。和服も自前なのか……。
緋陽里さんの言葉遣いとか所作とかから品格を感じてはいたけど、お金持ちだったのか。けど、本物のお嬢様と言われた方が納得だ。緋陽里さんは。
「じゃあ、朱里さんも持ってるの?」
「あたしはまだ。二ヶ月前に成人式があったばかりだからね」
「そういえば朱里ちゃん、今年成人式だったのよね! おめでとーー!」
あー、そういえばそうだった。朱里って今年、成人の年か。小さくて全然成人しているようには見えないけど、二十歳なんだよね。
「ちょっとそこの高校生顔。今、失礼なことを考えていたでしょ?」
「か、考えてないって!」
やべー。考えが読まれてる。
「ふんっ! どうだか? あなたも同類なんだからね。そこんとこ忘れないで発言しなさいよ」
「発言はしてないでしょ。ちょっと考えていただけで」
「やっぱり考えていたんじゃないの!」
「あっ……」
朱里の誘導尋問にやられてしまった。不覚。
周りのみんなは俺たちのやりとりを笑って見ている。もうすっかり俺たちの言い争いも見慣れられてしまったみたいだ。朱里も本気で気にしているわけでもなさそうだし、慣れって恐ろしいな。
ミド姉と緋陽里さんは、テーブルに乗ったお酒を開けて乾杯すると、「そういえば朱里、先日二十歳になりましたよね?」と緋陽里さんが朱里にお酒を勧める。朱里がお酒を飲むか迷っていると、大樹が俺のところに来て、
「おい、翔平。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが……」
と、何やら助力を求めてきた。女性陣のいるテーブルから離れ、カウンターの方へ行く。大樹は、さっきまでマスターと酒を飲んでいたらしい。
「どうしたの?」
「いや……、ここのマスターと酒を飲みながら話そうと思ったんだが……」
大樹が小声で俺に話す。あ、もしかして……、
「何を言っているのか、全然理解できないんだが……」
「あぁ~……」
俺もバイトに入って数ヶ月は苦労した。マスターの言葉が全て、渋い一言にしか聞こえなかったからだ。大樹もそれに悩まされているんだろう。
不思議なもので、ここでアルバイトして二、三ヶ月すると自然にマスター語をマスターしているんだよな~。俺もいつの間にか、理解できるようになってたし。
俺は大樹に言われてマスターとの会話に参加する。マスターも今日は仕事モードではないようで、グラスにウィスキーを入れて、右手で持っている。別に普通のことなのに、マスターが持っていると絵になるな~。
「ふふっ……」
「はい、すごく楽しいですよ。緋陽里さんもミド姉もほら」
「ふっ……」
「本当に最高の企画だと思います。流石マスターですね! 店まで貸切にしてくれて」
「いや……」
「あ、そうなんですか?」
「あぁ……」
「そうですね。朱里は姉思いだと思いますよ」
俺とマスターが会話を続けていくのを、大樹は不審そうな顔で見ていた。マスターがトイレに行ったタイミングを見計らい、大樹は俺に聞く。
「おい、今、何て話していたんだ?」
「今のは、パーテイを楽しんでいるかマスターが聞いたから同意したんだ。そしたらマスターが、『緋陽里くんには何年も前から世話になっているからね。これくらいするのは当然なのさ。彼女無しにはこの店もここまで発展しなかったし、君たちと出会うこともなかっただろうからね。もちろん、君のお姉さんもだ。彼女にも感謝を込めて、送り出してあげたかったのさ』って言ったんだ。……で、実はこのパーティ、マスターだけが主催者ではなくて、朱里も企画に携わっていたんだって。店を貸切にしてパーティをするって考えたのは朱里の考えなんだそうだ。だからマスターが、『緋陽里くんは姉思いの良い妹を持って幸せだね。良い姉妹愛だ』って」
「いや、絶対そんなに言ってなかっただろ!」
それが言ってるんだよなぁ。従業員は何故かこれが理解できるんだよなぁ。『頭の中に直接流れ込んでくる!』とかいうSFチックなモノではないんだけど、何で理解できるんだろうね、ホント。
「お前、すげぇな……」
「大樹もそのうち理解できるようになるよ。店に足を運べば」
「何年後だよ……」
「やぁ……」
「あ、マスターおかえりなさい」
マスターがトイレから帰ってきて、再び会話が始まる。大樹は四苦八苦しながらも酒の力とノリと勢いで会話しようと努力する。俺も通訳に入って会話のサポートをした。
大樹は、身振り手振りで何となくコミュニケーションを取れているみたいだ。普段とは少し違う意味で、大樹がコミュ力を発揮した瞬間だった。
「マスター。男性同士で楽しく話しているところ悪いですが、わたくしたちも混ぜていただけますか?」
と、さっきまで盛り上がっていた女性陣がカウンターの方にやってきた。
「マスター、今日は素敵な会を開いてくれて、ありがとうございます♪」
「いや……」
「いえいえ、私も漫画のネタ出しとか、集中できましたから!」
「「え!!」」
俺とモモが声を合わせて驚く。
ミド姉が……、従業員でもないミド姉が、マスターと会話しているだと!?
「ミド姉、マスターの言葉理解できるんだね……」
「うん……。わたしたち従業員の特権だと思っていたのに……」
考えてみたら、ミド姉は一年の頃からずっと足を運んでいたんだもんね……。話せるようになっていても不思議はないか。
……けど、なんか従業員の特別待遇を一般のお客さんも受けられているような、そんな納得のいかなさがある。
「ねぇ、みんなで写真撮らない?」
「いいですわね」
「撮ろう撮ろう!」
ミド姉が提案すると、マスターは店の奥からカメラと三脚を持ってきた。用意が良い!
テーブルを少しずらして十分に空間を空けた後、みんなで整列する。まずは学生たちだけで一枚。卒業生だけで一枚。女性だけで一枚、マスターとのツーショットで一枚と、次々に思い出の写真を残していく。変顔やじゃれあいながらや、中には俺がミド姉と緋陽里さんに囲まれながらというのもあった。
「じゃあ、最後の一枚を撮りますよ~」
そして十数枚もの様々な写真を撮ったあと、最後の一枚を全員で撮る。大樹がセルフタイマーを起動し、列に入る。
やがて、カメラの点滅が早くなり、
パシャ
シャッターを切った。その写真をみんなで確認する。ミド姉はそれを見て、嬉しそうに感想を述べた。
「最高の一枚だね!」
画面には、気の合う仲間たちが映った最高の写真が撮れていた。袴姿の卒業生二人を中心とし、みんな笑っている。俺もそれを見て、今年に入って出来た繋がりを尊いものと感じた。
その後も俺たちは何枚も写真を撮った。ずっと袴でいるのに疲れたと言って、卒業生は私服になって撮ったり、従業員が制服に着がえて撮ったり。
パーティは大盛り上がりを見せ、俺たちは時間を忘れて楽しんだのだった。
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