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第43話「設定姉弟は約束したい」①

 正装に身を包んだ人たちが歩いていく。男はスーツ、女は袴が大半だ。色とりどりの袴によって、大学構内はいつもより明るい雰囲気が感じられた。



 卒業式。四年間の大学生活を終える、旅立ちの日だ。



 天気は快晴、気候はすっかり春の訪れを感じさせる。汗ばむほどではないが、涼しくもない。満開と言わずとも、大学周辺のいくつかの木には桜が咲いている。綺麗な桃色をした桜は、今日というめでたい日にぴったり。まるで、卒業生を祝福しているようだ。


 大学の正門前では、立てかけられた看板の前で記念写真を撮る人たちでごった返している。俺は、そんな正門の横を抜けて構内に入る。講堂横の通路を通り、大学の中心地であるアーケード前のT字路を抜け、文系棟の前に向かう。


 文系棟の前にも多くの卒業生がいたが、俺の待ち人はすぐに見つかった。


「あ、(しょう)ちゃん!」


 こちらが声をかけるよりも早く、待ち人、花森翠(はなもりみどり)さんは俺に気づき、手を振る。


 白と薄いピンクを基調とした小振袖に藍色の袴姿。小振袖には、美しい花が描かれていて華やかであると同時に、控えめなベースカラーがお淑やかさを演出していた。


「なになに? この子が翠の噂のカレシ兼弟くん?」

「本当に可愛い顔しているわね」

「……高校生のうちの弟よりも若々しいかも」


 一緒にいたミド姉の友達が俺に注目する。おそらく、ミド姉の学科の友達だろう。歳上女性数人に注目され、俺は変に緊張してしまった。


「そうよ! 可愛いでしょ! 私の自慢のカレシよ!」

「カレシを自慢するのに可愛いってのはどうなの?」

「はいはい。翠のノロケは四月から聞き飽きてるから」

「末永く爆発しろ!」


 と、先輩女性たちは適当にあしらう。そういえば、ミド姉の大学の友人って見たことなかったな。彼女らの間にも俺という設定上の弟の存在は認識されていたのか……。


「それじゃあ、私たちはこれで」

「え~! 翠、もう行っちゃうの?」

「おっとぉ~。カレシとデートか~? 羨ましい」

「あはは。この後ちょっと用事があって」


 ミド姉の友達の一人がニヤニヤしながらミド姉をからかう。俺は大変気まずい。


「それじゃあね、みんな。元気でね!」

「翠も元気でね!」

「また連絡するよ!」

「四国に行くことあったら、お茶しよ!」


 ミド姉は学科の友達に挨拶をして、俺の方を向く。


「お待たせ、翔ちゃん。じゃあ、行こうか!」


 俺たちは、二人並んで正門とは反対方向に歩いて行った。


 *


「良かったんですか? 今日で学科の人と会うのも最後ですよね?」

「うん、もう十分お話したから」


 ミド姉の家に向かう時に通る並木道を歩く。袴姿の彼女と一緒に歩くと、存在感が強すぎて気後れしそうだ。だって俺、普通の私服だしね。


 あ、そうだ。


「ミド姉、卒業おめでとうございます!」

「ありがとう、翔ちゃん♪」


 言い忘れていたことに気づき、祝福の挨拶をする。彼女も笑顔で応じた。


 ミド姉は今日、大学を卒業した。四年間の学生生活を終え、四月からは新社会人だ。俺とミド姉は一つ学年の差があるので、今までと同じように大学で彼女に会い、一緒に過ごすということができなくなる。


 けど、こうして卒業を一緒に祝福できるのは心底嬉しく思う。カノジョの貴重な袴姿も見られたしね。お世辞など一切抜きで、とてもよく似合っている。


「どうしたの、翔ちゃん? 私の袴姿に見とれちゃった?」

「え、いや! ……いえ、そうですね。見とれていました」

「嬉しい! どう、可愛いでしょ?」

「はい。可愛いですし、とても綺麗です」

「選ぶのに苦労したんだ~。袴なんて、もう着る機会ないかもしれないしね!」


 一生に一度、着るか着ないかだもんね。それこそ、大学の卒業式とか成人式くらいなものだ。女性にとっては気に入った組み合わせの予約を勝ち取るだけでも一苦労だろうな。



 そうこう話しているうちに、目的地にたどり着いた。いつも俺が通うアルバイト先、喫茶店『ブラウン』だ。


 開きなれた喫茶店の扉を押して、鐘を鳴らしながら中に入ると、ミド姉に祝福の声がかけられる。


「翠さん、ご卒業おめでとうございます!」

「ミドちゃん、おめでとう!」


 いつもの喫茶店ブラウンの制服姿ではなく、綺麗めにコーディネートされた私服姿で出迎えたのは、ミド姉より二学年下の陽ノ下朱里(ひのもとしゅり)と、一学年下の桜井桃果(さくらいとうか)だった。


 ミド姉が二人にお礼を言うと、もう一人の卒業生も挨拶する。


「翠、卒業おめでとうございますわ」

緋陽里(ひより)も、おめでとう!」


 他大学の卒業生、陽ノ下緋陽里(ひのもとひより)さんだ。緋陽里さんも橙色の華やかな小振袖と薄緑色の袴に身を包んでおり、いつもよりも美しかった。和装を見るのはこれで二度目だが、文化祭の時に着ていた和服とはまた雰囲気が違う。どちらも似合っていることに変わりはないのだけど。


「お姉さまも翠さんも、抜群に似合っているわ。美しい……」

「ね! わたしたちも着物を着たくなっちゃうよ」


 女性陣が憧れの眼差しで着物姿の卒業生たちを見る。やっぱり、女性にとってこういう特別な格好って憧れるものなんだな。二人とも目がキラキラしている。


「となると、あとは大樹(だいき)だけか……」


 俺が店の中を見渡してそう呟くと、ちょうど扉が開き、大樹が入ってくる。


「お、みんなもう集まってるのか」

「大樹、重役出勤かよ」

「時間には間に合ってるだろ? ほら、まだ十分もあるぞ。……っと、おぉ!」


 やりとりをしている途中に、大樹がミド姉と緋陽里さんを見て、感嘆の声を漏らす。


「ミドリさんにヒヨリさん、めっちゃ綺麗っすね! おめでとうございます」

「大樹くん! ありがとう」

「あら、町田(まちだ)さん。来てくださってありがとうございますわ」

「美しすぎて一瞬目を奪われましたよ!」

「お上手ですね」


 大樹が二人を褒める。相変わらず自然に女性の心を掴んでくるな~。まぁ本当に二人とも綺麗なので、お世辞でも何でもないのは分かっているんだけど。俺とか、こうして褒めるときは一回緊張やらなんやらで口が止まってしまうんだよね。やっぱすげぇわ、大樹。


「ふっ……」


 喫茶店のマスターが奥からやってきて、「これで全員揃ったようだね。それじゃあ、そろそろ始めようか」と言い、次々と料理を持ってくる。

 喫茶店の従業員として働く俺、朱里、モモも手伝い、普段はお客さん用として使っているテーブルに大皿や飲み物を置いていく。一つの大皿に対して、一つのテーブルを贅沢に使う。


 お客さんのいない店内のレイアウトも多少変え、テーブルや椅子を配置する。なにせ、今日は貸切だからね。


「さぁ……」

「そうですね。それじゃあ、始めましょうか」


 マスターが促し、俺もそれに続く。


「ミド姉と緋陽里さんの卒業を祝って!」


 卒業生二人を祝うための、卒業パーティが始まったのだった。


 *


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