第4話「設定姉弟は踏み出したい」③
「全く、やっぱり翔ちゃんったら私の料理がまずいって思っていたのね」
「いや、ホントすみません……」
俺が皿を洗い、ミド姉が拭いて皿立てに立てていく。食器の後片付け中だ。
ミド姉は、少し拗ねたように話す。
「作る前に料理には自信があるって言ったでしょ?」
「あれは、その……フラグかと思いまして」
「もー、フラグじゃないよ!」
「前回の掃除のノリと同じと思ってしまって……」
「片付けるのが苦手なだけだもん」
「いやもう、料理見る前から疑っちゃうなんて、ホント反省してるんで……勘弁を!!」
皿を洗いながら、ペコペコする俺。ミド姉はクスッと笑うと、
「しょうがないな。許してあげよう!」
「ありがとうございます」
「これで、私がお姉ちゃんらしいって思えたでしょ?」
「はい、それはもう!」
今回は頭が上がらない。普段はブラコン姉にやれやれと感じるところだが、今回はもう姉と認めざるを得ない。
「~~♪」
鼻歌交じりに皿を拭いていくミド姉。どうやら機嫌を取り戻してくれたようだ。というか、最初からそこまで機嫌を損ねてもいなかったように思える。あえて、拗ねてみせただけか。相変わらず、少し子供っぽい、無邪気な人だ。
「そういえば、今日はえらく上機嫌ですね、ミド姉。何かいい事でもあったんですか?」
「ん? それは、料理を翔ちゃんに褒めてもらえて、喜んでもらえたからだよ?」
「まぁ、確かにそれもあると思うんですけど……。何となく、今日はなんだか機嫌が良さそうだなって」
いつもとテンションは変わらないけど、語尾に「♪」がいつもより多くついている気がする。
「え? 分かる? 分かっちゃう? 流石私の弟だね! お姉ちゃんのことは何でもお見通しなんだね♪」
キャーキャー言いながら顔を横にスイングする自称「姉」。流石にここまで弟好き好きオーラ出されると、気恥ずかしい。見ていてくすぐったくなる。嬉しい気持ちもあるけれど、正直やめてほしい。
「今まで翔ちゃんに手伝ってもらいながら描いていた漫画なんだけどね……。実は、ようやく一話分の構成をまとめられたの!」
「おぉーーー!」
それはすごい! 出会って三週間、ようやくストーリーが完成したようだ。ミド姉の努力、俺の協力が詰まった一話。自分もこの一話に関わっていると考えると、自分がストーリーを考えたわけでもないのに変な達成感がある。
「ようやく漫画を描き始めることができるわ!」
「そうですね! 僕もモデルに協力した甲斐があるってもんですよ!」
絵のモデルをしたり、弟のモデルをしたり……。彼女の中ではっきりと湧いていなかったイメージを膨らませることができて本当によかった。「弟」になってから、自分が彼女の役に立ったと確実に感じることができる、一番の出来事だった。
「これなら、次の即売会の締切には間に合いそう!」
「あれ? 即売会?」
「そう! 締切まであと三週間くらいだから、気合入れなくっちゃ!」
「僕、ミド姉は持ち込み用の漫画を描いているのかと思っていましたよ」
丘の上の公園で絵を描いていた時に、
『この漫画を最高の出来にして、いつか、持ち込みに行こうと思っているの』
と言っていたものだから、てっきり持ち込み用の漫画かと思っていた。
「あー、違うよ。これは六月中旬にある即売会の漫画なの。私の趣味を全開にした、姉と弟のイチャイチャ同人誌よ!」
「そうだったんですね……」
どうやら、俺の勘違いだったらしい。
とは言え、別にそれが持ち込み用の漫画じゃなかったとしても、嬉しいことに変わりはない。作品の役に立てているのだから。それが商業誌か同人誌かというだけだ。
「読んでみたいですね! そのストーリー。文章だけでも、見られたりします?」
「もちろんいいよ! 是非読んで! パソコンにまとめてあるから」
ちょうど皿洗いを終えた俺とミド姉は、キッチンルームからワンルームに入る。
「今起動するね」
ミド姉は作業台の上にあるデスクトップを起動させ、文章ファイルを開く。俺は、文章ファイルに書かれた文章を読んでいく。
内容は、姉と弟(実の姉弟)がひたすらイチャイチャするストーリーだった。学校でも屋上でイチャイチャ、教室でも人目を気にせずイチャイチャ、家でもイチャイチャ。姉は弟にメロメロだし、弟も姉にメロメロだった。あれ? 俺のモデルとかけ離れてるなぁ……。
お風呂を間違って覗いて怒られるシーンも書かれていた。あ、作中の弟、殴られているらしい。ちゃんとモデル通りのところもある。というか、弟の名前が「翔太」で愛称が「翔ちゃん」、姉の名前が「翠子」で弟からの呼ばれ方が「お姉ちゃん」なのが気になる。
「どう? 姉弟の甘甘イチャイチャ同人誌!」
「僕、ここまでイチャイチャしてないですよ?」
「いいの! 同人誌ではこれが書きたかったんだから! ちゃんとモデル通りのところもあるでしょ?」
「まぁ、確かに」
それに、ミド姉が姉の幸せを作品に表現しているということは、俺のモデルあってのことだろうし、そんなに間違っているわけではないか。
「これが買った人に読まれるのかと思うと、知らない人とはいえ、なんとなく恥ずかしいですね」
「あとがきには『この作品は実際の出来事を漫画にしています』と書く予定よ」
「それはダメですよ! これ、完全にフィクションじゃないですか!」
こんな甘甘な弟がいてたまるか! ていうか、もはや名前がほぼ俺じゃん! それは流石に読まれる人が知らない人でも恥ずかしすぎて死ねる。
「やっぱダメかー。それじゃあ、『この作品は一部、フィクションです』って書くことにするわ」
「わざわざ『一部』ってつけなくても! 素直に『この作品はフィクションです』でいいじゃないですか!」
「だって、私が弟といるときにどんなに幸せに過ごしているかというのを読者に伝えたいじゃない? 『この作品はフィクションです』だと、『全てが作り話です』と言っているのと同じだと思うの」
「いいんですよ、そんなに厳密に考えなくて! 『一部』って書いちゃうと、僕が姉にイチャイチャしていると思う人もいるじゃないですか!」
「おっと、気づいちゃった?」
「確信犯! ミド姉の中では『一部』をそこに含んでいないんですね!?」
「私はそれでもやぶさかではないから♪」
危ない。知らないうちに読者に実際の出来事だと勘違いされるところだった。
文章ファイルを閉じ、フォルダに戻った俺は、ふと他のファイルが目に入った。そこには、「ボツ」と書かれたファイルが七つ並んでいた。「ボツ」の後ろには、タイトルらしき名前が書かれている。
俺はこれが、持ち込み用に描いた漫画だということを何となく推測した。なぜなら、出版社名がタイトルの前に書かれていたからだ。
俺がフォルダ内のファイルを見ていると気づいたのか、ミド姉はそのファイルについての話をし始めた。
「それはね、私が実際に持ち込みに行った漫画のファイルだよ。全部、ダメだったけどね」
顔は笑っているが、ちょっと残念そうな顔をしている。
七回……。漫画家を目指す者にとってこの持ち込み回数が多いのか少ないのか、俺には分からない。しかし、俺にとっては多いと感じた。七回、「出直してこい」と言われる。三年生の俺には、就活の経験があるわけでもないが、希望の企業から七回お祈りされるというのと同じだろう。それこそ、就活では、エントリーシートを何十枚と出す人もいるため、七回などという数は「少ない」という部類に入るかもしれないが、今の俺にとっては、自信を喪失するのに十分な回数のように思えた。
「私ね、実は、ちょっと自信をなくしていたの」
作業台前の俺が座る椅子の背もたれを持ちながら、彼女はそう言った。いつも元気でポジティブなオーラを出す彼女にしては、少し意外な発言だ。
「君と初めて会う、ちょうど一ヶ月前くらいだったかな? 私が七回目の持ち込みに行ったのは。もちろん結果はダメで、七回もダメだったから、流石にクるものがあってね。あの時だって、無理やり奮い立たせようとして、モデル探しをしていたんだ。今までと違ったジャンルで、今までと違った新しいことをやってみようと思って」
彼女は目を閉じ、思い出すように語る。それを俺は黙って聞いていた。
「そしたら、君を見つけたんだ。そして、声をかけた。もちろん、モデルを引き受けてくれると言われたときは、本当に嬉しかったよ? だけど、完全に自信は戻らなかったから、とりあえず持ち込み用の漫画じゃなくって、同人誌を書く事にしたの」
丘の上の公園で彼女に言われた言葉を思い出す。
『私も、不安でいっぱいだよ?』
あの時の言葉は、そんな気持ちの中で言った言葉だったのか。その後の前向きな言葉も本心だけど、自身も不安でいっぱいだった彼女が前向きに考えて出した言葉だったのか。
ミド姉も悩める人間の一人なんだと実感させられる。前向きでどんどん前進する、怖いもの知らずの女の子ではないんだと実感する。俺はそこに親近感を感じざるを得なかった。
そしてやっぱり、この人は強いなとも感じた。
「だけど、この三週間で……自信を取り戻したわ。だって、ストーリーを考えるのが、絵をスケッチするのが楽しいんだもの」
そして、いつもの笑顔を見せてくれた。太陽のように輝く、彼女の笑顔。沈んでいた心を立ち直らせてくれるほど眩しい、ミド姉の笑顔。
「だから、この同人誌が完成したら、また持ち込み用の漫画を描いてみようと思う。今度は、私の妄想だけで描くものじゃなく、もっと理解した姉心と、弟心を反映させてね。だから、これからも協力してくれる?」
ほんの少しだけ不安そうに尋ねてくる。俺の答えが分かっていようと、不安な気持ちに変わりはないのだ。
俺は彼女を見上げると、その不安を払拭させるように、微笑んで返答した。
「当然じゃないですか。僕にできることは、何だって協力しますよ。ミド姉」
その言葉を聞いて彼女は俺の手を取り、
「ありがとう、がんばるね」
と優しく笑った。
「ところで、今、何でも協力するって言った?」
目ざとく俺の言葉を聞いていた彼女が、ニコニコしながら尋ねる。
「あ、いえ、何でもではないですね」
「それじゃあ、私のこと、『お姉ちゃん』って呼んでみて!」
「吐血するから嫌です!」
「大丈夫だよ! 『ミド姉』って呼ばれるようになって、吐血しなくなったでしょ! 今の私だったら大丈夫だって! 今、ちょっといい話した後だし、吐血する雰囲気じゃなくなってるんだから!」
「いいえ、もうオチは見えています」
「オチ?」
「こういう場合、そういう雰囲気じゃなかったとしても確実に吐血して、オチます。はい、もう分かっています」
「なんか達観してない!? まるで物語の中みたいに話してない!?」
「なんとなく、そういうオチになるんじゃないかって予感がするんで、ここはあえて、テンプレ通りに話を進ませません」
「作者なの!? 翔ちゃんは私の行動を決める作者か何かなの!?」
「そうですね……。今は選択肢を提示されて答えを求められている、ギャルゲー主人公の気分です」
「『お姉ちゃん』と呼ばれて吐血エンドって、傍から聞いているとバッドエンドの感じがしてならないわね」
「この選択肢はミド姉が『お姉ちゃんと呼ばれて吐血するルート』か『お姉ちゃんと呼ばれずにションボリするルート』かの二択しかないですね。つまり、どっちもバッドエンドです」
「無理ゲーすぎる! どこかで選択肢間違えたのかしら!」
とそのとき、俺はついつい「プッ」と吹き出し、大声で笑ってしまった。それに釣られるように、ミド姉も大きく声を上げて笑ったのだった。
窓が空いているにも関わらず、俺たちは大声で笑った。外に丸聞こえなのにも気にせず、笑い続けた。
心地良い風が入ってくる。四月は終わり、もうすぐ五月。桜が終わり、新緑の季節となる。
そう、「緑」の季節に……。
再び新たな始まりを迎える彼女にとって、ふさわしい季節だ。
*
午後八時半、ミド姉の家から帰宅し、晩ご飯、入浴ともに済ませた俺は、パソコンの前に座っていた。ノートパソコンに接続されたマウスを軽快に操作する。
大学のホームページから、学生専用サイトに接続、履修登録ページを開く。
一つだけ空欄だった、必修選択科目の選択欄に授業科目番号を打ち込む。
「これでよしっと」
番号を打ち込み、科目名が表示されたことを確認すると、「履修登録完了」のボタンをクリックした。
登録完了科目
『インターンシップ』
第4話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、翔平と翠のお話でした。翔平は翠から、翠は翔平から、お互いに影響を受け合っていくんですね。まるで理想的なカップルのようですね!違いますけど。
いつも家でパソコンを使って書いているんですけど、この話は某有名コーヒーチェーン店にパソコンを持って行って書きました!普段そんなことしないんですけど、たまたまタダ券をもらったのでやってみました!翔平も喫茶店でラノベ読んでるしね(笑)喫茶店で作業するってのは、かなり集中できますね。お金払って注文しているからなのか、居心地の良い空間だからなのか謎ですけど、ファミレスでアイデア出しをする漫画家の気持ちが少し分かった気がします。
ちなみに今回の話に登場する翠さんのエプロンの色、あれはそれにちなんでます(笑)翠さんの名前とたまたま一緒になったのには私も驚きましたよ。
では、今回はこの辺で!あとがきまで読んでくれている方、作品を読んでくれている方、ありがとうございます!アクセス解析で閲覧者がいるのを見るたびに嬉しくなります。今後共よろしくお願いします!