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第42話「岡村翔平は結果が知りたい」②

「話はすごく変わるんだけどさ、大樹(だいき)って今、誰かと付き合う気はないの?」


 丼の上に乗った唐揚げを箸で掴みながらできるだけ自然に聞こえるように質問してみた。


「ん? なんだいきなり?」

「いや実はさ、この前バイトに行く途中に大樹が告白される現場を見ちゃったんだよね」


 実際には俺が直接聞いたわけではないのだが、そう言った。まさか、バレンタイン当日に告白しようとしている朱里(しゅり)が聞いたなんて、言えるはずもない。


 俺が質問すると、大樹は特に嫌がる様子もなく変わらずご飯を食べながら答えた。


「見られてたのか」

「悪いとは思ったんだけど、気になって」

「いや、いいさ。隠しておきたかったわけじゃないしな。……その通りだ。オレは今、誰かと付き合う気はないな」

「やっぱりそうなんだ。なんか理由でもあるの?」


 俺みたいに、女性関係のトラウマがあるってわけでもないはずだ。そういう話は聞いたことがない。せいぜい、付き合っていたカノジョが鬱陶しいってくらい。まぁ、それが理由で今は交際が面倒だというのなら理解できるけど。


「あぁ、一応あるぞ。就活が終わるまで、付き合う気がないんだよな」

「就活?」

「そうだ。オレたち大学三年は就活を間近に控えているだろ? 就活してたら、そっちが忙しくてカノジョに構えなくなる。そしたら、上手いこと付き合えないと思ってな」

「あぁ、そういうこと」


 就活に限らず、何かに忙しくなって付き合いが終わるカップルはいる。俺たちはまだ就活を経験していないけど、大学受験の勉強がそれと似ているだろう。受験勉強が忙しくて、カレシ、カノジョと会う機会が減り、自然消滅する。そういうクラスメートが何組かいた。


 ただ、大樹なら、就活しながらも上手いこと交際を続けて行けそうだけどな。一つの物事に集中したいタイプってなら分かるけど、大樹は同時並行的に色んなことができるタイプなわけだし。


「ま、そういうわけで今はオレもお前同様、就活の準備中ってわけだ」

「そういうことだったんだ。その女性は運が悪かったね」

「仕方ねぇよ。悪いけどな」

「これからバレンタインだし、同じように告白してくる女性もまだいそうだよね。本命チョコを持ってさ」

「そうか? あまりそういうのってないもんだぞ? それに、本命チョコか義理チョコかってあまり見た目じゃ分からないしな」


 俺には違いが分からないということ自体がよく分からないけど、モテ男で今までに何度もチョコレートをもらってきた大樹にはそう感じるのだろう。確かに、駅前やショッピングモールでたまに見かけるけど、バレンタインチョコも年々見た目がオシャレになってきているからな~。


「お前が思ってるほど、オレは告白されてばっかじゃねぇから。デートにはよく行くけどな」

「あ、そう……」


 当然のようにそう言う大樹。女の子と沢山デートできるってだけでも、カノジョがいない男子大学生が聞いたら羨ましがりそうだ。


「俺は、想いを告げないだけで大樹のことが好きっていう人はいると思うけどね」

「あぁ。陽ノ下(ひのもと)とかな」

「だね。朱里は分かりやすすぎるし。それに、よく一緒にいる学科の子とかもそうじゃない?」

「いや、あいつはそうじゃねぇよ。そもそも、あいつにはカレシがいるしな」

「あ、そうだったんだ。それは知らなかった。…………ってちょっと待って」


 俺はグラスに入った、食後の水を飲む手を止めてしまった。

 なんかナチュラルにスルーしてしまったけど、今、衝撃的な一言を聞いた気がする。大樹のことを好きな人はいるっていう俺の発言に対して、大樹、何て言ってた?


「朱里が大樹のことを好きなこと、気づいてたの!?」

「気づいてたぞ?」

「えぇーーーーー!!!」


 平然と答える大樹と、驚きの声を出してしまう俺。むしろ大樹は、俺の驚きの声に驚いてしまっている程だ。


 マジで!? こういうのって普通気づいてないのがテンプレじゃないの!? ラノベ主人公のテンプレを持ち出すのはどうかと思うけどさー!


「いつから!?」

「いつって……。大分前からだぞ? 最初にそうかなと思ったのは、夏休みに翔平が、陽ノ下の姉さんにお礼の品を買うって言った日辺りかな?」

「本当に大分前だ!! 何で気づいたの?」

「お前もさっき言ってただろ? あいつ、分かりやすすぎじゃん。お前じゃあるまいし、そりゃ気づくさ」

「あぁ~……」


 思わず納得してしまった……。確かに、大樹を目の前にしてあれだけ不自然な行動をしていたら、大樹は気づくよな。

 ていうか、『俺じゃあるまいし』ってのは余計じゃね?


 まさか、大樹が朱里の好意に気づいていたなんて。


 けど待てよ。そしたら、どうなるんだ?


 朱里がバレンタインに告白しようとしているのは、大樹に自分のことを意識してもらうためだ。単なる友人・後輩から、一人の女性へのステップアップを狙ってのものだ。


 しかし、大樹はすでに朱里の恋心を知っている。となると、もはや朱里の戦略は意味がないのでは? まさか大樹が、朱里からの告白を待っているってこともないだろうし、大樹には朱里と付き合うつもりはないということなのか?


「大樹は、もし朱里に告白されても断るの?」


 余計なことと思いつつも、気になって尋ねた。これでは、本当に朱里の負け戦になりかねない。


「あぁ、断る」

「そ、そうなんだ……」


 やっぱりそうか。朱里には残念な結果になってしまうな。


「今はな」


 大樹は、言葉を続けてきた。朱里が気の毒で、一度大樹から逸らしていた目を再び大樹に合わせる。


「え? 今はって?」

「あぁ。さっきも話した通り、オレは就活を終えるまで誰かと付き合う気はないんだけど……、終わったら、」


 そこまで言うと、大樹が珍しく照れを見せながら、間を開けて俺に言った。



「オレの方から、陽ノ下に交際を申込もうと思ってるんだ」

「えぇーーーーーーーー!?」



 意外な言葉が飛び出し、再度驚きを見せる俺。待って待って! 頭がついていかないぞ! 何だか、今日は大樹のことで驚いてばかりだ。


 だって、朱里から大樹への好意は知っていたけど、まさか大樹にも朱里への好意があったなんて、思いもよらないじゃないか!


「大樹も朱里のことが好きだったの!? 両想いだってこと!?」

「そうだな」

「いつから!?」

「今日は、質問ばかりだな……」

「いや、だって! 意外な真実が多すぎて質問して頭を整理しないと話についていけないだろ!?」

「ま、それもそうだな。言ってなかったもんな」

「そうだよ! 大樹が朱里のことを好きだなんて、思うわけないじゃん! 実際、そんな素振りも見せなかったし!」


 どちらかというと朱里からのアプローチが目立ったけど、大樹からってのは全然なかったはずだ。一体、大樹が朱里を好きになったきっかけは何なんだ?


「実際オレも、陽ノ下のことを最初は何とも思ってなかったよ。けど、一緒にいてある時思ったんだよな。『こいつ、意外と大人だな』、『友達想いの良い奴だな』って」


 大樹がどの時の朱里のことを言っているのかはよく分からないけど、そう思うのは何となく分かる。不器用で感情が先走るタイプの朱里だし、お礼もロクに言えないくらい素直じゃないけれど、精神的にはしっかりしている女性だ。


 ミド姉同様の努力家で、いざという時はきちんとした手助けをしてくれる。俺がミド姉とモモの間で揺れ動いていた時も、茶化さずに話を聞いてくれたしね。


「まぁけど極めつけは、あそこまで好かれたらこっちも何となく意識するよな。それが、魅力的な女性ならなおさらだ。それに、あんな金髪美少女に好かれるなんて、そうそうないぜ?」


 と、少々冗談混じりな感じを出しながら言う大樹。そういえば大樹って、歳上か歳下かで言ったら歳下の方が好きだもんな。そういう意味では、朱里は大樹のタイプでもあったのか。


 そうか。そうだったか。大樹と朱里は両想いだったか。これで朱里の想いも報われるってことか。


 けど、そうなると気になることが一つあるな。いや実際、朱里と大樹であればなんの問題も起こらないだろうと思うんだけど、これを一般的な男と女の交際前の告白と考えたとき、気になることが出てくる。


「さっき大樹は、就活が終わるまでは、例え朱里から告白されても断るって言ってたよね?」

「あぁ。せっかく付き合っても、忙しさのせいで別れたら意味ないからな」

「俺もそれについては否定しないよ。自分の将来と付き合う人のことを考えた、思いやりのある考えだと思う。けど、……」


 実際に大樹が受験期に付き合っていたカノジョは忙しいせいで喧嘩して別れたって聞いていたから、そう大樹が考えるのは理解できるし、その通りだと思う。だけど俺は、


「もしも……、もしもだけど、就活を終える前に朱里から告白されたら、ちゃんと事情を全て話したほうがいいと思う」


 朱里から告白されるということを仮の話とした上で、大樹に言った。


「事情ってのは、就活に対するオレの心意気のことか?」

「それだけじゃない。大樹も朱里と付き合いたいと考えていることと、改めて自分から告白するってことだ」

「……やっぱり、言った方がいいと思うか?」


 大樹も一応、そこまでのことを考えてはいたようだ。だが、その選択が正しいのかどうか分からないようで、疑問の言葉に不安が読み取れた。


「オレも考えたことがあるんだ。もしも陽ノ下の方から告白されたら何て言えばいいのかってな。けど、そうやって陽ノ下を何ヶ月もつなぎ止めておくのは、惚れた弱みに付け込んでいるみたいで嫌だなって思っちまったんだよな」


 ……なるほど、確かにそうかもしれない。

「就活が終わったらこちらから告白する」と言うのは、いわゆる「いつになるか分からないけど待っていてくれ」と言っているようにも解釈できる。悪い意味で取れば、キープしているということだ。

 解釈の仕方は人それぞれだが、大樹は朱里にそのように受け取られるのを危惧しているのだろう。


「大樹が躊躇してしまう理由は分かった。けど……、」


 だが俺は、大樹に主張したい。


「何も伝えないと、後で後悔することになりかねない。だから、言えるときに自分の気持ちは伝えておいたほうがいい!」


 恋愛経験で大樹に勝てるとは思わないけど、俺は俺の恋愛経験値を元に考えを述べた。大樹も俺を見て、その言葉の意味を考える。


「……なるほど。確かにそうかもしれないな」


 大樹は俺がこう考えた理由に当たるところを特に追求するでもなく、悟った。元カノ、(あお)との一件で、俺が碧を見ていてそう感じたことをだ。


 認識の齟齬で別れた俺と碧だったが、その最大の原因は碧による意志表明の欠如だったことだ。あの時の碧の言葉次第じゃ、俺たちの現在はどうなっていたか分からない。


 大樹は、俺と碧の過去から現在まで、全ての事情を知っている。だから、俺の主張を聞いて、すぐに納得したのだろう。


「よく分かった。その通りだ。後悔はしたくねぇもんな」

「うん。朱里ならきっと分かってくれるはずだ。嫌な顔したりなんかもしないよ」


 そもそも朱里は、今度のバレンタインデーの告白は玉砕覚悟で、あくまでそれからが本番って考えているわけだからね。大樹が何と答えようと下手なことにはならないとは思う。


 けど、勘違いやすれ違いで不本意な結果になって欲しくないからね。できるだけそうならないように、大樹にはちゃんと考えていることを伝えて欲しい。


 二人の関係が上手くいくといいな。そう思いつつも、俺のアドバイスに感謝する大樹に向かって、俺も笑顔を返した。


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