第42話「岡村翔平は結果が知りたい」①
朱里がバレンタインに告白すると聞いてから数日後、俺は友人の大樹と食堂の待機列に並んでいた。
背が高く、髪色も明るく、二枚目な容姿を持つ彼を注目する女子もいた。バレンタインが近いので、そういう恋の話をする女性も多いのだろう。
二月上旬である今は、期末試験が間近なため、真面目に講義を受ける学生が多い。つまり、普段サボっている学生も大学に来るのだ。そのため、いつもよりも行列が長い。これじゃあ注文するまでに時間がかかってしょうがないな。
注文を終えて席に着けたのは、列に並び始めて二十分後だった。ま、四十分もあれば余裕で食べ終わるだろう。
「はぁ~。期末試験なんてめんどくせぇなぁ……。これから二時間ぶっ通しだぞ?」
注文したセットメニューのアジフライにソースをかけながら、辟易した様子で大樹が言う。
「いいじゃんか。大樹は今日で試験終わりでしょ?」
「そりゃそうだけど、留学で抜けていた部分の講義の内容で分からないところとか結構あるんだよ」
大樹は十一月の中旬から二週間前までイギリスに留学していた。だからその分の講義内容とかがすっぽり抜けているんだな。
留学から帰ってきてすぐに期末試験。留学分の講義は自主学習と来たものだからシビアだよな。救済措置がどの程度かによって、単位の可否が決まるな。教授もそこまで鬼ではないだろうから、考慮はしてくれると思うけど。
「そっちも大変そうだけど、こっちなんて来週まであるんだぞ? 何なら俺と大樹の期末テストの日程を交換して欲しいよ」
「そりゃ大変だ。ま、オレとしてもさっさと試験が終わったほうが遊び放題だから早く解放された方が嬉しいけどな。せいぜい頑張れ」
いいよな~。うちの大学、何故か理系は比較的期末試験が遅いんだよな~。早く終わる文系の期末試験が羨ましい……。
「そういや、ミドリさんは今年卒業だから、卒業論文に精を出しているんだろ?」
「うん。今まで漫画ばかりで卒業論文には全く手をつけていなかったから、すごく苦労しているみたい」
「ミドリさんらしいな。いつまで忙しさが続きそうなんだ?」
「確か、二月十四日だったかな? バレンタインデーと被っていたはず」
「おいおい、マジかよ。お前、ミドリさんからチョコもらえねぇんじゃねぇの?」
「い、言われてみれば確かに……」
ミド姉、今、本当に忙しそうだからな~。なにせ、平均的な文系学生が三ヶ月以上費やす卒論を漫画の投稿を終えてからの約三週間で終えようとしているんだ。激務になることは明らかだ。
けど、
「ミド姉からのチョコはすごく欲しいけど、十四日にもらえなくても構わないよ。それよりも、体を大事にして欲しい」
「そうだな。けど、ミドリさんなら何だかんだで当日に渡しそうじゃね? しかも、手作りとかで」
「う~ん。どうだろう?」
ミド姉の手作りチョコ……。絶対美味しい! 食べたすぎる! けど、あまり無理してもらっても心配だ。できることなら手作りがいいけど、それで無理して倒れられるようなら、出来合いの物でも構わない。俺は、ミド姉からの愛情がもらえればお腹いっぱいだ。
「ところで、大樹の方はどうなの? 今年も沢山もらいそうじゃない?」
「かもな」
「本当に毎年毎年、よくそんなにもらえるよね?」
女子の知り合いが多いから沢山もらうんだよね。特にサークル内では、気軽に渡すらしいし。義理か本命か分からないけど、数だけで言ったら二十人くらいだって去年は言っていたはず。
「なんだ翔平? 羨ましいのか?」
「そりゃあ、羨ましいよ。二十人はおろか、十人からも五人からももらったことないのに」
「それはほら、お前がコミュニティに属していないからだろ? サークル入ればそれなりにもらえるって。ショタコンやら可愛い顔好きの女子からさ」
「それは余計だ」
ナチュラルに童顔いじりをしてくる大樹。ていうか、サークルに入っていたとしてもそんなに簡単にもらえないだろ……。二十人とか、大樹だからもらえるようなものだ。
「けど、いいじゃねぇか。お前は確実に二人からは本命チョコをもらえるわけだし」
「二人? モモのこと?」
「あぁ。まぁ桜井の場合、割り切って義理の可能性もあるけど」
モモからのチョコか。義理なら受け取りやすいけど、本命だって言われたらどう受け取っていいか分からないな……。けど、その場合でも堂々と断るしかないな。うん。
「……あ。もしかしたら、三人かもしれない……」
そこで、俺は一人の存在を思い出す。大樹もそんな俺の反応を見て誰のことか気づいたようだ。
「あぁ、顔だけ女のことか」
「相変わらず容赦ないな」
俺の元カノ、水無碧からも間違いなくもらえるよな。しかも、ド直球ストレートに本命で。前、モールで会った時もそんな感じだったし。
大樹は、高校の頃から碧と仲が悪い。俺が一度目に碧と別れて復縁した時から、胡散臭い女だと思っているようだ。結局俺は、当時の大樹が心配していた通り高校二年の頃に別れてしまったわけだから、なおさら嫌悪しているだろう。
それに、この前の七城祭で碧と和解する前にも、一悶着あったみたいだし。
「ったく、前にも言ったけどお前もミドリさんも本当にお人好しだよな。片や自分のカレシの元カノが抱える問題を解決しようとし、片や行かなくていいもののわざわざ会いに行って和解するとか」
「はは。まぁ、そうかもね。けど、今の俺はミド姉のおかげで前に進むことができたから、もう嫌っているわけでもないってことを言いたかったんだよね。駅前で久しぶりに会ったときは、言いすぎたからさ」
「ふーん。オレはあいつのこと、好きになれそうにないけどな」
そう言って不機嫌そうに茶碗の中の米に乗せたアジフライを食べる大樹。
大樹のこの感情は、俺を案じてのことだ。だから、俺は大樹がそうやって負の感情を持っていることをむしろありがたいと思う。正直に自分のために怒ってくれる友人は、そうそういない。
だから俺は、心の中で大樹にお礼を言った。本当にありがとう。お前は最高の親友だ。
「ま、アオのことはともかくとして、翔平も少なくとも三つはもらえるんじゃねぇの? 良かったな。記録更新じゃね?」
「そうだね。俺は二十個ももらえないけどな」
「いいじゃねぇか。俺のはチ○ルチョコやらブラ○クサンダー一個ってのも数に含んでんだから。量より質だろ?」
それは間違いないな。これで緋陽里さんや、ないだろうけど朱里からもらえたら、一気に五つか。……すごいな。まぁ、あまり期待しないでおこう。
と、ここでふとバレンタインデー当日に勝負をかけようとする朱里のことを思い出し、大樹に尋ねてみることにした。