第41話「陽ノ下朱里はチョコレートをあげたい」②
二月十四日、バレンタインデー。女性が男性にチョコレートを渡し、いろんな想いが交錯する日だ。普段お世話になっている人に義理で渡す人もいれば、当然、想い人に自分の気持ちを込めて渡す人もいる。朱里の場合、後者に当たる。
俺の座っていた四人がけテーブルにモモ、朱里も座り、俺はモモがロッカールームで朱里に聞いたことを教えてもらった。
「なるほど、大樹が告白されている現場を見たんだ」
本日、七城大学からバイト先に向かっていた途中、俺たちの通う大学の道中にあるちょっとした広場で、大樹が女性に告白されたのを朱里は目撃してしまったようだ。
「けど、大樹がモテるってことは朱里も知ってるでしょ?」
「えぇ。ちょっとは動揺するけど、町田先輩ほどの方が他の女性に好かれるのは当然だし、これくらいじゃあたしも狼狽えたりしないわ」
「じゃあ、何でさっき元気がなかったんだ?」
「あ、それはね……」
モモが会話に割って入る。あ、そういえばさっきまでモモと朱里は全く同じ話をロッカールームでしていたんだよね。二人にとっては同じことの繰り返しになってしまったか。
朱里に代わって、モモは答えた。
「町田くん、今は誰とも付き合う気がないんだって」
「え? そうなの?」
告白現場で隠れて様子を伺っていた朱里が見たものは、大樹がその女性の告白を断ったことだったそうだ。ここまではいい。しかし、その後その女性が大樹に、付き合えない理由を尋ねたとき、大樹はそう言ったんだそうだ。
どうやら、さっき朱里が元気のなかった原因は、ここにあったらしい。
「翔平くんも知らなかったんだ?」
「うん。確かに最近は誰とも付き合ってなかったけど、そんな理由だったとは知らなかった。てっきり自分に合う人が見つかっていないからだと思ってた」
確か、最後に女性と別れたのは去年の十二月くらいだっけ? それからも俺が知ってるだけでも五、六人の女の人と二人でデートしていたけど、付き合いには至らなかったみたいだ。もしかしたら、今日みたいに告白だってされていたかもしれないな。
「だけど、桜井さんに言われてあたしは決心したわ! このままじゃあ町田先輩とはいつまで経ってもお付き合いができない! そして、来年の三月には卒業してしまう! だから、」
今度は朱里が妙に気合を入れてそう話し、次には自分の決意を表明した。
「あたしは今度、町田先輩に告白するわ!!」
「お~~!」
ついにその気になったのかと、俺はつい感嘆の声を漏らした。イケメンで女子にモテる我が友人に、ついに告白すると決めたのか。朱里は勝気で行動力があるようにも見えるが、意外と恋愛のこういうことは引っ込み思案であるから、この決意は相当なものであるだろう。
けど、今の話の流れには不自然なような気がするけど……?
「けど大樹は、今はカノジョを作る気はないんじゃないの? 今想いを告げてしまったら、かえって失敗に終わるんじゃない?」
と、俺には当然の疑問が浮かぶ。それに対して、朱里はそう聞かれると分かっていたかのように答える。
「えぇ、確かにその通りよ。きっとフラれてしまうわ。だけど、それこそが町田先輩を攻略する第一歩なのよ!」
「どゆこと?」
「今のあたしは、町田先輩におそらく女性として意識されていない。町田先輩の周りに数いる女性たちの中の一人でしかないはずよ。運が良くて、そこそこ多く顔を合わせたり遊びにいく友人・後輩といったところかしら?」
確かにそうかもしれない。大樹は、学科の女子、所属する二つのサークルの女子など、かなり女性と面識がある。合コンにも行ってるみたいだし、朱里が言うことも分かる。
「そんな状態から脱却するには、玉砕覚悟で想いを告げて、あたしが町田先輩のことを好きってことを知ってもらっておかないと! でないと、意識させることすらできないわ! 桜井さんがそうだったようにねぇーー!」
「……朱里さん?」
「……ご、ごめんなさい」
モモが怖い笑顔で朱里を見ると、朱里は発言の失態に気づいて、怯えたように素直に謝罪する。朱里の無神経な言葉の意味を知る、当事者とも言える俺はどういう顔をしていればいいんだ?
それにしても何だか最近のモモは、どこかたくましくなった気がするな。前はもう少しオドオドしたり、引っ込み思案気味だった気がするけど。朱里とのこうした関係を見てもそうだが、朱里の第二のお姉さんって感じがする。
けどなるほど。そういうことか。だから「桜井さんに言われて決心した」なのか。俺がモモに告白されてモモを女性として意識したように、朱里もまずは今の関係を一歩進めるために、大樹が「誰とも付き合うつもりがない」今の段階で告白しようとしているってことか。
けど、う~ん。早計な気がしないでもないなぁ。
「けど、玉砕覚悟だなんて。大樹がいつまで付き合うつもりがないのかを聞いてからでも、遅くないんじゃないの?」
「甘いよ、翔平くん!」
「え? え?」
モモがビシッと俺の方向に指を差し俺はつい顎を引いてしまった。
「好きな人がいつ、他の人に盗られてもおかしくないんだよ? 『付き合うつもりのない期間』だって、その期間が終わる前に心代わりする可能性だってあるし、町田くんに好きな人ができてしまうかもしれない。そうなったらもう遅いんだよ!」
「た、確かに……!」
「だからこそ、可能性のあるときに攻めておかないといけないんだよ!」
モモの言葉には説得力があった。なにせ、経験者だからね……。当事者でもある俺はモモの言葉の意味を十二分によく理解していた。
「けど、あなたの言う事も最もよ、翔平。あたしだってただ玉砕覚悟で突撃するわけじゃないわ。できることなら、その場でオーケーをもらってハッピーエンドが一番いいしね。だからこそ、間近に迫ったバレンタインデーは勝負の日なのよ! 町田先輩に最高のチョコレートを贈って、あたしが他の女とは一味違うということを分かっていただくのよ!」
「あー、それで最初のチョコの話につながるわけか」
ようやく話がつながった。つまり、こういうことか。
大樹は今、誰とも付き合うつもりがない。だが、誰かに告白されている大樹を見て、関係を一歩先に進ませたい朱里は思った。それが、玉砕覚悟のものであろうとも、何もしないでいるよりはマシだと。
そして、その告白の実行日がバレンタインデーっていうわけか。そのために朱里は、俺に大樹のチョコの好みを聞いてきた。少しでも告白の成功率を上げるために。
「改めて聞くわ。町田先輩のチョコの好みは? 甘いのは苦手? ホワイトとビターだったらどっちが好み?」
話を最初に戻し、テーブルに両手を付いて聞いてくる朱里。あまり期間がないから、少し焦りがあるのだろう。
「甘いものは苦手ではないと思う。今までも色んなチョコを女子からもらっていたし、嫌いなモノもないかな?」
「じゃあ、何が特別好きとかは!?」
「えっと……。それは分かんないや」
有力な答えを与えることはできなかった。
「何よもー! 使えない男ねー!」
「はぁー!? しょうがないでしょ! 特に好きなチョコの種類とか話されたことないんだから!」
「これじゃあ頭下げただけ無駄じゃないの」
「このやろう……」
お前がいつ俺に頭を下げたっていうんだ? モモの注意があったとは言え、お前の目線は常に俺以上のものだったぞ?
「けど、別にいいんじゃないの? 大樹には特に苦手なチョコはないわけだし、それに……」
最近実感した、贈り物をする上で重要になることを俺は朱里に伝えた。
「俺も最近改めて実感したんだけど、贈り物って一番大事なのは気持ちなんじゃない? 朱里が大樹に、他の人に負けないくらいの気持ちを込めて贈れば、大樹は絶対喜んでくれると思うけど」
ミド姉のプレゼント選びの時、緋陽里さんにそう教えてもらい、俺はそう実感したんだ。ミド姉のことを考えて贈ったプレゼントをミド姉は本当に喜んでくれた。
俺がもらった腕時計だってそうだ。何でもいいとまでは言わないけれど、もらったプレゼントが腕時計じゃなかったとしても、俺は嬉しかったに違いないと確信している。
誰かへの贈り物や言葉は、気持ちを込めることが一番大切なのだ。そうすれば、相手には必ず伝わる。
「うん。翔平くんの言う通りだよ、朱里さん! 好みを知ることは大切だけど、無理に気負う必要はないと思うよ」
「……そうね。ちょっと焦っていたかもしれないわ。たまにはいい事言うじゃないの。……感謝するわ」
朱里は乗り出していた体を元の位置に戻し、落ち着いた様子を見せた。「ありがとう」という言葉を俺に使わない辺りが素直じゃないが、朱里らしいからいいか。
「そうね。それじゃあ、町田先輩に喜んでもらえるように、あたしのありったけの気持ちを込めたチョコを作るわ! 町田先輩に、あたしを女として意識させてみせるんだから!」
「ま、よっぽどまずくなければ、の話だけどね」
「そんなチョコを作るわけないでしょ?」
張り切って立ち上がり、ガッツポーズを取る朱里。気合十分だな。これなら、バレンタインで大樹にチョコを渡そうと思っている他の女性ライバルにも負けはしないだろう。
「そういえば、朱里も料理とかお菓子づくりとか、得意なの?」
「いえ、得意じゃないわよ? チョコは、一度だけお姉さまと一緒に高校生の頃に作ったのが最初で最後ね」
ミド姉もモモも料理が出来るから、朱里もそうなのかな? と思ったけどそういうわけではないようだ。まぁけど、味より気持ちで優っているから、そこまでマイナス点にはならないだろう。
「作っている途中、間違ってレンジを爆発させたりするなよ?」
「はっ、馬鹿ね! いくらお菓子作りが得意じゃないからって、そんなお約束みたいなこと、するわけないでしょ?」
自信たっぷりに腕を組んでそう言う朱里。そりゃそうだ。漫画やゲームの世界じゃあるまいし、そんな露骨な失敗はしないか。
「せいぜい、キッチンがチョコまみれになっちゃうくらいよ」
「お約束なことしそうじゃん!」
「何言ってるの? それくらいチョコ作りをしていたら当然のことじゃない。ボウルに入れて力強くチョコをかき混ぜるんだから、そりゃ飛び散るわよ。だから、エプロンと新聞紙でガードするんでしょ?」
「……え。そ、そうなの?」
「そうよ!」
えーっと……。俺、チョコ作りをしたことないからどんなものかよく分からないけど、現実はそんなものなのかな? 漫画とかラノベだと、料理下手なヒロインがキッチンを滅茶苦茶にする展開はよくあるけど……。
チラッとモモの方を見ると、モモは苦笑いをしていた。え、やっぱり当然のことではなくないか!? こうなると味の方も保証されたものではないぞ……。
「わたしがチョコ作りのコツを教えてあげるよ……」
「本当に!? ありがとう、桜井さん! あなたがいれば百人力よ!」
モモの協力を得て、朱里はより気合を入れ直す。そういえば以前、モモはお菓子作りが得意だと言っていたな。これなら問題ないだろう。
しかし、大樹は今、誰とも付き合う気がないみたいだけど、朱里の告白を受けたら、どう反応するんだろう? やっぱり同じことを言うのかな?
そして、その後朱里とどう接するんだろうか? 二人の友人として、いい方向に話が進めばいいものだけど……。
第41話を読んでいただきありがとうございました。今回は久しぶりに朱里がサブタイに入る話でした。朱里と大樹は、最近は本当に蚊帳の外でしたから、久しぶりに出番を作れそうです!
ただ、内容は会話だけのものになってしまいました。2部構成でしかも、次回に続きます(笑)
次回は翔平と大樹の話がメインとなります。関係は進むのでしょうか? では、第42話をお待ちください!