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第40話「花森翠は果たしたい」②

「付き合って欲しい場所って、ここだったんですね」


 私たちは、喫茶店から上り坂を歩いたところにある公園内の『丘の上の広場』に来た。春には(しょう)ちゃんを初めてスケッチして、秋には紅葉を眺めてまた翔ちゃんをスケッチした。見晴らしもいいし、私のお気に入りの場所の一つだ。


「そう! 翔ちゃんを模写させてもらおうかと思って!」

「構いませんよ。今日は時間もたっぷりありますからね」


 翔ちゃんは快諾してくれた。私は「やった♪」と喜びの態度を見せて、スケッチブックの用意を行う。丘の頂上付近に二人で座り、私は模写を開始した。


「やっぱり、見ながら描くのは想像して描くよりも上手に描けるな~」

「僕は見ながらでも、絵を描くのが下手くそなんでミド姉やモモや朱里(しゅり)が羨ましいですよ」

「そうなの? 翔ちゃんは美術が苦手?」

「はい……。中学でも高校でも、美術の実技だけは2以外の評価を採ったことがないです……」

「えぇ~!? そうなの!? そんなに苦手なんだ!」

「はい。『ピカソの子供』って呼ばれてました……」

「ぶっ!!」


 評価2と言えば、ギリギリで単位が採れるくらいの評価。テストで表すと、赤点ギリギリと言ったところ。高校で1を採っちゃうと進級できないから、きっと先生の善意も考えられるくらいの評価だ。


 それにしたって、「ピカソの子供」って!


「あはははははは!!」

「爆笑!?」


 思わず爆笑してしまう。ヤバイ! お腹痛い! 鉛筆の手を早くも止めて、お腹を抑えて笑う。


「ごめんごめん。面白くて」


 やがて笑いも落ち着いて、とりあえず私は翔ちゃんに謝罪する。翔ちゃんは言ったことを若干後悔しているようだ。


「まさか現代のピカソがこんなに身近にいるなんてね」

「誰にでも、向き不向きがあるんです。それ以外の教科だったら、そこそこ悪くはないんですから!」

「そうだよ翔ちゃん。きっと先生が翔ちゃんの絵の才能に気づいてないだけだよ。芸術を理解できるのは、同じ芸術家だけだもんね。ほら、ピカソだって、それこそ子供の頃そうだっただろうし」

「……あれ? なんか僕、すごく馬鹿にされてます?」


 気づかれてしまった。翔ちゃんのちょっとした弱点みたいなモノが見つかって、ついついからかってしまった。


「そうは言いますけど、ミド姉の掃除スキルだって中々前衛的ですけどね」

「うっ!」


 と、ここで翔ちゃんの反撃。実に痛いところを的確に突いてくる。


「正直、あれが女性の部屋だなんて思えないですよね。『足の踏み場もない』って言葉を体現した、芸術的な部屋だと思います」

「ぐっ……うっ……」


 やっただけやり返す勢いで、私にグサグサと槍を投げてくる翔ちゃん。掃除のことを言われると、何も言えなくなるから辛い……。


「しかも、来客である僕を招き入れているのにも関わらず、下着が出しっぱなしでしたしね……」

「脱ぎっぱなしってわけじゃないんだから! 翔ちゃんのエッチーーー!!」

「なぁ!? 別にそういうわけで言ったわけではないですよ!」

「まったく。思春期な弟を持つとお姉ちゃんは大変だよ」

「なんか僕が悪いみたいな感じでシメるのやめてくださいよ! むしろ、結構配慮していたと思うんですけど!?」


 話の着地点を無理やりずらして、私の弱点をごまかした。私の下着の話という、若干こちらが恥ずかしめを受ける結果になった気がしないでもないが、まぁ、いいでしょう。


 話がひと段落したところで、再び雑談しながらのスケッチに戻る。話題は私の高校時代の成績についてになり、ほとんどの教科で5の評価を採っていたと話すと、翔ちゃんは「すごい!」と尊敬の眼差しを向けた。可愛い。カレシ兼弟に尊敬されるのは、とても気持ちがいい。



 しばらく模写を続けていると、ビュっと冷たい風が吹き抜ける。厚手のコートを着ているとは言え、遮蔽物のない丘の上で一月の寒空に座っていたら、そりゃ寒い。


「春とは違って、流石に寒いですね~」

「そうだね。ありがとうね、翔ちゃん。付き合ってくれて」


 新年早々、風邪でもひいたらたまったものじゃない。漫画の仕上げも控えているわけだし、あまり長居はしないようにしないとね。


「そういえば、春だけじゃなくて秋にも一度ここで、モデルになりましたね。あの時は、直前の出来事のおかげで頭がいっぱいでしたけど」


 翔ちゃんが言っているのは、私が翔ちゃんをデートに誘った日のことだろう。こことは違う公園内の広場で、翔ちゃんの口の横にキスをしたのよね。


「どうだった? 嬉しかった?」

「……えぇ、まぁ。そりゃ、嬉しかったですけど。それ以上に混乱しました。あの時僕は、モモから告白を受けて返事を保留にした状態だったんですから」


 思えば、あの時に攻めていなかったら私は恋愛勝負に敗北していたかもしれないのよね。(もも)ちゃんが告白したなんて、全然知らなかったし。結構、危なかったのかも。


「喫茶店とミド姉の家と、そしてこの丘の上の広場が、ミド姉のアトリエですね」

「翔ちゃん、上手いこと言うね!」


 確かに、大体その三箇所でしか翔ちゃんのスケッチはしていないものね。


「特にここは、私にとって思い出深い場所だよ。翔ちゃんが、初めて弟になってくれた場所だもんね」


 私は目の前に広がる見晴らしの良い景色を見ながら、思い出す。喫茶店で翔ちゃんに『弟宣言』をして、次の日にはここでモデルをしてもらって、そして……、お姉ちゃんになった。今や恋人にまでなったけど、あれこそが私たちの関係の原点だった。


「私は、ちゃんと翔ちゃんのお姉ちゃんとしての役目を全うできたのかな?」


 ふと思ったことが一部、口に出た。言葉通りの意味もあるが、私は他にも考えていることがあった。


 役目を果たせたのか……。翔ちゃんを弟にした目的、根源。それすなわち、弟を漫画へ上手に表現できたのか、だ。


 確かに私の漫画の出来は良くなっている。だけど、未だ連載も受賞もできていない。ひょっとしたら、私はまだまだ力不足で、夢には遠く及んでいないのかもしれない。


 翔ちゃんを弟にしたことで、かけがえのないものを得ることができたが、当初の目的を未だに果たせていない。役目を果たせていないのだ。それが気になる。投稿への不安だって、出てきてしまうのだ。


 翔ちゃんは私の質問に「う~ん」と応じると次には、


「正直、微妙でしたよね」


 と、かなり辛辣なことを言ってきた。


「最初の頃のミド姉は、結構暴走気味で何度も苦労をかけられましたしね。特に吐血関係で」

「酷い、翔ちゃん! 私、お姉ちゃんとして頑張ってたのに!」

「ちょっと行き過ぎでしたよ?」


 周りが見えていなかったのは認めるけど……。私だって、漫画のために作った弟にドはまりするだなんて、思わないじゃない? 不意打ちだったのよ!


「まぁけどそれは最初の頃の話で、今では、ミド姉が僕の姉で良かったなって思いますけどね」


 批評の次に出た言葉は、賞賛の言葉だった。批評が続くのかと思った私は、面食らってしまい、返事ができなかった。


「あの時、ミド姉の誘いに応じて良かったです。もう投稿用の漫画も仕上げでしょうから、機会はないかもしれませんけど、いつでもまた『弟』として、職務を果たしますよ」

「……そっか」


 翔ちゃんは、こちらを見て柔らかく微笑んだ。私も、その言葉に安心する。何だか、心にあった不安も、すっと軽くなったみたいだ。


 そうよね。翔ちゃんは、私に憧れを持ってくれていたんだもんね。前向きに努力する私を見て、そう思ってくれたんだもんね。だったら、前向きでいないとね♪


「それじゃあ翔ちゃん……」


 もう一度、聞いてみよう。前とは、場所は違うけど。


「私の弟に、なってくれる?」

「えぇ、何度でも」


 私にとっての特別な言葉、『弟』。


 それはもう私にとって、本来の言葉通りの意味だけではない。絆を表す象徴的な言葉だ。絵描きとモデル。愛でる者と愛でられる者。そして……、恋人。その全てを経てきた彼との絆を表す一言だ。


 翔ちゃんも、私と同じように考えていてくれたら、嬉しいな。


 私と翔ちゃんは、お互いに微笑んだ。うん。きっと、同じ気持ちだ。何となく、そう思う。



「さてと……それじゃあ、絵も描けたことだし今度は、初詣に行こうか!」

「そうですね。そろそろ動かないと寒くなってきましたし。けど、三が日なんでものすごく混んでそうですよね」

「別にそんなに大きな神社に行かなくてもいいよ。確か、この公園の近くに小さな神社があったと思うから、そこに行こ!」

「なるほど、それなら混雑はしていなさそうですね。では、行きましょう」

「うん♪」


 私は自然に翔ちゃんの腕に抱きついた。翔ちゃんもそれを自然と受け入れて、丘を下りながら会話を始める。誰も私たちが、設定上の姉弟関係だったなんて、思わないだろう。


 それでも私にとって翔ちゃんは、大事な『弟』であり、そして『恋人』だ。どちらでなくても嫌なのだ。複雑だから、分かる人にしか分からないだろうけどね。



 小さな神社でお賽銭を入れ、願う。願いたいことは沢山あるけれど、欲張らない。今回、私が祈ることはもう決まっている。


「(漫画家に手が届きますように……)」


 今年度最後の大勝負に勝利を願って、私は気を引き締めた。


 残りの期間は一週間ちょっと。最後の仕上げだ!



 それから一週間後、期限ギリギリではあったが、私は染谷(そめや)さんに原稿を提出し、賞への応募を完了した。今まで作った作品の中で、今回は最高のものが仕上がったと、私は感じていた。


 第40話は、二人の出会いと思い出を振り返るお話でした。設定姉弟関係が始まった丘の上で、彼女らは絆を確かめ合い、翠の漫画投稿は無事に完了です。あとは祈るだけですね。


 前回、不穏な空気で終わってしまいましたが、この投稿の結果次第で二人の状況は変わります。まだ結果を出せていない翠ですが、二人の絆で最後に奇跡は起こせるのでしょうか。


 今回は話も短いですし、この辺で。次回は久しぶりに、大樹と朱里、二人の話になります! 今回と同じく、二部構成になってしまいますが、よろしくお願いします!


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