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第40話「花森翠は果たしたい」①

 年も明けて数日が過ぎた一月一週目。いつもと変わる様相もない自室で、机に体を向けてペンを走らせる私、花森翠(はなもりみどり)


 この時期、三が日の初売りセールが行われる量販店のある駅前広場は、いつも以上に賑やかで、しめ縄や門松を飾る家もある閑静な住宅街は、休日の空気が流れていつも以上に静かだ。


 だけど、私の部屋は、いつもと何も変わらない。やっていることもいつもと変わらない。お正月らしい過ごし方もしていない。周りに漂うお正月らしい雰囲気だけを味わい、私はひたすら漫画原稿に集中する。


 漫画賞の応募期日が迫り、集中力を高める。残りの期間は一週間。あまり時間はないが、私の原稿は順調に完成へ近づいていた。下書きは終わり、あとは仕上げに入るのみ。三日後には卒業論文に向けて、大学の拘束時間も長くなるが、これまで通りの順調なペースで進めていけば、何とか完成させることはできそうだ。



「休憩……、しようかな」


 根を詰め込みすぎても良くない。私は、キリのいいところでペンを止める。温かいココアでも飲んで、休憩しよう。


 戸棚からココアパウダーを取り出しマグカップに入れ、お湯を注ぐ。スプーンでかき混ぜて、口にマグカップを当てる。うん、温まる。最近、また寒くなってきたから、温かいココアが嬉しい。


 部屋に戻り、壁にかけられたカレンダーを見る。「一月」と大きく書かれた数字を見て、思いを馳せる。


「(もう、一月なのかぁ……。早いな~)」


 漫画を本格的に描き始めてもうすぐ四年が経とうとしている。とてもゆっくりだけど、進んできた四年間と、成果が出始めたここ一年を懐かしむ。四月、五月、六月……と翔ちゃんと出会ってから色んなことがあったけど、まだ一年も経っていない。それだけ、この一年は濃密だったのだろう。


 もうすぐ三月になって、そしたら私は卒業。翔ちゃんとは、離れ離れになる。

 先日、就職先の勤務地発表があり、私は四国の支部に勤めることが分かった。東京からだと、とても遠い。今みたいに、簡単には会えなくなる。


 それを回避する最善の方法が、私の漫画家デビューだ。


 現在、私は賞に応募している段階にあり、染谷(そめや)さんという担当編集者が付いてくれるくらいにまでは、実力を認められている。そして、担当編集者が付いた状態で、投稿した読み切り漫画が受賞するということは、それだけ連載につながる可能性も高くなる。


 一番良いのは、大賞を取れることだ。一般的には、良い賞を取れたからと言って、必ずしも連載につながるわけではないが、私の応募している賞は、大賞と準大賞で連載が確約されている。また、大賞、準大賞にならなかったとしても、受賞をしていればそれだけ自信や審査員からの注目を集めることにつながり、連載だって狙いやすくなるだろう。


 ここで受賞することは、私にとって大きな意味を持つのだ。


 赤い丸の付けられた日付。漫画賞の応募締切の印だ。残りの期間は一週間。順調に進んでいる私の漫画ではあるが、果たしてこれは、審査員に面白いと思ってもらえるのだろうか?


 机の上のパソコンモニターに表示された自分の漫画原稿を眺めて、そんなことを思う。染谷さんと、それに(しょう)ちゃんにもアドバイスをたくさんもらって作った読み切り。私自身も良い仕上がりだと思うが、前回も投稿時には自信を持っていたのに落選したのだ。不安がないと言えば嘘となる。


 パソコンモニターから目を外し、本立てに仕舞ってあるスケッチブックを取り出す。中を開くと、様々なスケッチが描かれている。この四年で描いてきたものだ。正確には、このスケッチブックは二冊目になるので一年くらい。モチーフのあるものもあれば、想像で描いているものもあるし、漫画に登場するキャラクターの原案も描かれている。


 パラパラとページをめくっていくと、より多く描かれた男の子のスケッチが続く。四月から何枚も私が描いてきた、翔ちゃんのスケッチだ。


「ふふっ、可愛い♪」


 我ながら、上手く描けているな~。この翔ちゃんは特に目の部分が上手く描けたし、この翔ちゃんは笑顔が素敵。こっちの翔ちゃんは、アルバイトの制服を着ていてちょっとカッコイイ。


 ハァァーー。けど、どれも共通して可愛いな~。


 なんか、たまに鉛筆の線が滲んでいるところがある。……これ、私の頬ずりの跡……よね? いやぁ……あの時は私も若かったものだ。


 と、自身のブラコンを思い出し、苦笑いする。まぁ、今でもまだ若干ブラコン気質は残ってしまっているのだけど……。


「(最近、翔ちゃんのスケッチをしていないな~)」


 夏頃から絵のモデルをしてもらうこともなくなったからね。ちょいちょい、趣味って感じで描かせてはもらっていたけど、最近ではそれもご無沙汰だ。今回だって、賞に応募する漫画は大方描き終わっている。資料集めも必要ない。けど、


「(ちょっと、久しぶりに描いてみたいかも)」


 私は鉛筆とスケッチブックを持って、新たなページを開いて翔ちゃんを描き始める。何枚も描いてきたから、ペンが自然に動き、徐々に翔ちゃんの顔が出来上がっていく。


 十数分して、描き終えた。うん、良い出来だと思う。何も見なくても、ある程度は描けるみたいね。まぁ、どうしても漫画のイラスト調になるけどね。スケッチではないし。


 こうしてスケッチブックに翔ちゃんを描いたのは、四月の丘の上の公園が初めてだったよね。


 パラパラとページを戻し、その日に描いた翔ちゃんのスケッチを見る。先入観も何もなく、見たままを描いた翔ちゃんの顔だ。それから、私なりの多少のアレンジも含めて、イラストにしていったんだよね。


 またパラパラとめくって、順番に描かれた翔ちゃんを見ていく。徐々にイラストらしくなり、絵も上達している描かれた翔ちゃんを見て、私は微笑む。何だか、翔ちゃんに会いたくなってきちゃったなぁ。


 ブーブー


 ローテーブルに置かれたスマホが振動する。これは、電話の着信バイブレーションだ。

 相手は、私が今会いたいと思っていた翔ちゃんだった。


「もしもし、翔ちゃん?」

『こんにちは、ミド姉』

「どうしたの? 確か今、実家なんだよね?」


 翔ちゃんは、年末から実家に帰っていた。お正月を一緒に過ごせないのはちょっとだけ寂しかったけど、それよりも私は漫画を進めたかったというのもあり、翔ちゃんには遠慮なく帰ってもらったのだ。


『さっきまでは実家にいましたけど、今からそっちに戻るところなんです』

「そうなんだ! 実家は楽しめた?」

『はい。カノジョができたこととか、話してきましたよ』

「わぁぁー! それは嬉しい! 家族はなんて?」

『なんか歳上のカノジョってことを話したら、「上手いこと童顔を活用したな!」って言われました』

「それは間違いないものね♪」

「えぇ~……。ミド姉まで」


 翔ちゃんが可愛い顔をしていなければ、私と翔ちゃんが出会うこともなかっただろうしね。あながち間違ってもいないよね♪


『それで、もうすぐそっちに着くので、ちょっと会えないかなと思いまして』

「えぇー! 何! お姉ちゃんが恋しくなっちゃったの!?」

『……』

「そうなのね!? そうなのね!? わぁぁーー! お姉ちゃん嬉しい♪」

『えっと、おみやげ渡そうと思っただけなんで』

「そこは恋しくなったって言ってよ~」

『冗談です』


 私の素直な愛情表現に照れたのか、上手く受け流す翔ちゃん。もう、翔ちゃんももっと素直になってもいいのに。


「うん、会おう翔ちゃん! 私も翔ちゃんに会いたかったところなの!」

『それじゃあ、一時間後はどうです? 一度荷物を置いてきます』


 あ、そうだ……! 翔ちゃんと会えるなら、ちょうどいいかも。



「翔ちゃん、私、行きたいところがあるんだけど、付き合ってもらっていいかな?」



 電話を終えて数十分後、スケッチブックとペンケースを持って私は家を出た。


 *


「翔ちゃ~ん♪」


 声を弾ませて、喫茶店ブラウンの前に立つ翔ちゃんと合流する。今日は、三が日なので喫茶店はお休みだ。二台分のスペースしかない駐車場も、今日は空いている。


 駐車場の前に立ちながら、黒のピーコートのポケットから手袋をはめた左手を出し、翔ちゃんも私に挨拶した。


「こんにちは、ミド姉。今日は一層寒いですね」

「ね~。ここ数日は全然家から出られなかったよ」


 漫画を描くという使命があったけど、それ抜きにしても、最近の寒さのせいで外に出る気もなくなってしまったのだ。年の瀬にまとめて食材を買い込んでおいて良かったかも。


「あ! そういえば、」


 と、翔ちゃんは何かを思い出すと、軽く頭を下げて新年の挨拶をした。


「明けましておめでとうございます、ミド姉。今年もよろしくお願いします」

「明けましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 私も翔ちゃんに挨拶する。正月の挨拶って、どうしてこんなにも行儀正しくなっちゃうんだろうね? お互いにお辞儀してしまって、どうも堅苦しい。


「ふふっ。元日に電話で挨拶はしたけど、直接はこれが初めてだね」

「ですね。まさか日付が変わって一秒のズレもなく電話してくるとは思いませんでしたよ」

「ふっふっふ。これで今年、世界で最初に翔ちゃんと会話したのは私ね! 翔ちゃんの一番は渡さないんだから!」


 腰に手を当てて得意げな顔になる私。翔ちゃんは、それをあははと笑って返した。


「ところで、付き合って欲しいことってなんなんですか?」

「あ、そうだった! 翔ちゃんと行きたいところがあるの!」

「もしかして初詣とかですか? 確かミド姉、年末から家を出ていないんですもんね」

「あ……」


 そういえばそうだった。私、初詣に行ってない……。完全に頭から抜け落ちていたよ。今年は、いつも以上に漫画家になれるように祈っておかなければいけないのに。


「初詣も……あとで付き合って」


 付き合ってもらう場所を一箇所増やして、私たちは喫茶店から歩き出した。


 *


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