第39話「設定姉弟は贈りたい」①
岡村翔平
「なんだ、そうだったんだ。紛らわしいな~もう」
「よく考えたら翔くんがそんな不誠実なこと、するわけないですもんね~」
「お前ら……」
ショッピングモールの二階、エスカレーターの降り口にある大きめのスペースで、休憩スペースの椅子に座って、とんでもない言いがかりを訂正し終え、ほっと一息付く。
俺の事情説明と、同行していた緋陽里さんからの擁護もあって、モモと碧、二人へのあらぬ誤解は解けた。解けたら解けたで好き勝手言ってくるもんだから、腑に落ちない。
「ちょっとふざけすぎちゃいましたかね?」
「いや、全然ちょっとじゃなかったですよ……?」
アイスクリーム店の前で一瞬だけ誤解が解けそうになったあの時に、援護射撃をして欲しかったなぁ~。いや、割とマジで……。
「そっか。翔平くん、ミドちゃんのためにクリスマスプレゼントを買いに来てるんだね?」
「うん、俺だけじゃいい物を選べるか心配だったから、緋陽里さんにアドバイスをもらっていたんだ」
「もうすぐクリスマスだもんね。うん! そういうことなら問題ないね!」
「クリスマスプレゼントですか~……。みどりさん、いいですね~。翔くんと一緒に過ごせるんですから」
と、不機嫌そうに頬を膨らませる碧。感情表現が正直過ぎて、俺はどう反応すればいいか分からず、とりあえず苦笑いをしておいた。
「でも、そういうことならワタシに任せてくださいよ、翔くん!」
「え? 任せるって?」
「七城のミス・ユニバースとして名高いこの水無碧が、女の子なら誰でも喜ぶ素敵なクリスマスプレゼントをチョイスしてあげますよ!」
と、得意げにそう提案してきた碧。微妙に不安な気がしないでもないが、実際、心強い提案ではあるのだろう。碧は、服装のコーディネートなんてお手の物だと思うし、こういうプレゼント選びなんかも、きっと得意だろうからね。
「わたしも、迷惑をかけたお詫びにプレゼント選びを手伝うよ。それに、水無さんに任せるのは不安だしね」
「むむっ! ちょっと! それはどういうことですか~?」
「だって水無さん、まだ翔平くんのことを露骨に狙っているみたいじゃない?」
「それはそうですけど、だからってみどりさんとの仲を邪魔しようだなんて考えはありませんよ! ワタシだって、みどりさんには喜んで欲しいですし……」
少々バツが悪そうに横を向く碧。ミド姉は、かつて絶縁状態だった俺と碧を引き合わせ、和解という形に持ち込んだのだ。碧も、そのことに恩を感じているようだった。
しかし、そうか。碧がミド姉のことをそんな風に思ってくれているのが嬉しい。見落としていたけど、碧だって別に、根っから悪党ではないんだよな。
「そっか。ごめん、水無さん。わたしちょっと、疑り深くなっていたみたいだよ。不安だっていう理由は取り消しさせて」
「いえ。まぁ、トウカ先輩がそう思うのは、当然ですし」
モモも碧の言葉を聞いて、少し言いすぎたと思ったらしく、素直に謝罪する。碧は、早くもモモのことを下の名前で呼ぶという、相変わらずいつの間にか距離感を詰めている。ミド姉とも三十分経たずに仲良くなったみたいだし、ホントそういうとこ、すごいな。人気がある理由が分かる気がする。
「まぁけどそれはともかく、困っているというなら、わたしたちにも手伝わせてよ。三人からの意見があれば、きっといい物が見つかると思うし」
「大船に乗った気でいてくださいね~。絶対にみどりさんが喜ぶものを見つけてみせます!」
「あ~……」
気合を入れて手伝いを申し出てくれる二人の女性。気持ちは嬉しいんだけど、俺は別にこんなにたくさん手伝いはいらないと思っている。緋陽里さんにアドバイスをもらっているわけだし、さっき、何もアドバイスをもらいさえすればいいというわけではないということも、教えてもらったわけだしね。
とりあえず、緋陽里さん一人いれば十分だと考えた俺は、二人の申し出を断ろうと、口を開きかける。すると、
「いえ、岡村くんにわたくしたちは、必要ありませんわ」
先に口を開いたのは、緋陽里さんだった。
「緋陽里さん?」
「岡村くんにはすでに、アドバイスを送りましたわ。ですから、これ以上は必要ないでしょう。それに、」
一度言葉を区切って、碧とモモの方を向いて話していた緋陽里さんが、今度はこちらを向く。
「岡村くんなら、素敵な贈り物を選ぶことができますわ。翠を思う気持ちが誰よりも強い岡村くんであればね。最初にも申し上げましたが、プレゼントに一番大切なのは、愛情ですよ、岡村くん!」
「……緋陽里さん。はい! ありがとうございます!」
緋陽里さんの言葉を聞いて、俺は笑顔で返事をする。俺の迷いのない返事を聞いて、緋陽里さんやモモも笑みを見せる。碧は、少し残念そうな顔をした。それが、プレゼント選びに協力できないことによるものなのか、それとも別の理由なのかは、よく分からない。
「では二人とも、わたくしたちは行きましょうか」
「そうですね。水無さん、行こう」
「は、はい! 翔くん。プレゼント選び、頑張ってくださいね~!」
「うん、ありがとう!」
二人とともに、緋陽里さんはエスカレーターを降りていった。残された俺は、改めてポケットに入れていたモールのパンフレットを眺め、先程まで回っていた店をもう一度一瞥する。
「さっきまで回った店にも、いい候補がいくつかあったけど、もう少し他の店も見たいな」
ミド姉に贈りたい物。それが何かは分からない。未だに、何も決めていない。けど、さっきまでとは違って、俺はいい物を贈れる様な気がしていた。ミド姉が喜ぶ顔。それを考えると、プレゼント選びが楽しみになる。
その後、買い物に来る以前に比べると自信と余裕を持って、俺はプレゼント探しをしたのだった。
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